満月の夜にご注意を! 〜双子の兄弟から迫られて!?〜

姫 沙羅(き さら)

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番外編

月の満ち欠けに君を想う

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 子供ながら寝足りていない気だるさを感じながら目を覚ました。
 いつもより昇った朝日に、自分が寝坊したことを知る。
 幼いライトはぼんやりと室内を見回して……。
「っ! ライト……ッ!」
 なぜか、両親が二人揃って自分の顔を覗き込んでいることに、きょとん、と瞳を瞬かせていた。
「……母様……? 父様……?」
「! 良かった……! いつものライトだわ……!」
 そうして泣き出しそうな表情をした母親に抱き締められ、幼いライトには意味がわからない。
「? ??」
 父親を見上げても、ただほっとした様子を返されるばかりで。
 だが。
「……これ……、どうしたの……?」
「っ!?」
 父親の肩越しに見えた室内の惨状に、ライトはぱちぱちと瞳を瞬かせる。
 いつもであれば綺麗に片づけられている室内は、ライトが眠る前に見た光景とまるで様子が変わっていた。
 床にはありとあらゆる玩具が散乱し、足の踏み場もないほど雑然としていた。
「……あとで、一緒に片づけましょうね……?」
 びくりっ、と肩を震わせた母親が、明らかに無理矢理作った微笑みで優しい声をかけてきて、ライトは不信感を強くした。
 答えになっていない母親からの応え。
 そこからなんとなく察してしまえるほどには、ライトは子供ながら聡明だった。
「……ぼくが、したの……?」
 目が覚めた時、少しだけ怯えを覗かせていた両親の瞳。
 “いつものライト”だと安堵していた母の言葉。
「――っ!」
 大きく目を見開いた母親の反応に自分の考えを確信し、ライトもまた愕然と言葉を失った。
 ――記憶は、一切なかった。
 だが、なぜか自分がしたという妙な納得感があった。
 なぜ、こんなことになったのかはわからない。
「……大丈夫よ、ライト……。大丈夫だから……」
 普段一切手のかからないライトが起こした行動に、かなりのショックを受けたのだろう。
 幼いライトの身体をぎゅっと抱き締めて声をかけてくる母親の震えを感じながら、ライトはただただ茫然と室内の惨状を見つめていた。




 ◈◈✼◈◈┈┈┈┈◈◈✼◈◈




『最近は悪戯ばかりで、本当に困ってしまって……』
 同じ年頃の子供を持つ母親同士が集まったお茶会では、会話は自然と我が子の話になる。
『そうなの? それは大変ねぇ……』
 しみじみとした吐息を零した友人の一人に、ライトの母親だけが少しばかり他人事のような同情を洩らす姿は印象的だった。
『ライトくんは? そんなことはない?』
『ライトに困らされたことはない……、かしら』
 驚いたように目を丸くする友人に、ライトの母親はふと考え込むようにしながらコトリと首を傾けた。
『まぁ! なんて羨ましい』
『ライトくんは本当にいい子ねぇ』
 口々にライトを褒める友人たちへ、ライトの母親は「本当に手がかからなくて」と謙遜するかのような苦笑を零し、それからなにかを思い直したようににこりと微笑んだ。
『小さいのによく気が利いて、自慢の息子なの』
 そう堂々と微笑むライトの母親からは、ライトのことを本当に自慢の息子だと思っている様子が伝わっていて。
『いいわねぇ~』
 あちこちから「羨ましいわ」という声が上がり、母親たちの悩み相談は続いていく。


『ライトは本当にいい子ね』
 純粋に、褒められることが好きだった。
 大好きな母親に褒められて、嫌だと思う子供などいないだろう。
『優しい子。自慢の息子よ』
 そう頭を撫でてくる、母親の笑顔が好きだった。
 だからといって、その笑顔を曇らせないためになにかを我慢したことなんてなかったのに。


 同じ年頃の男の子たちがするようなことをしたくなかったわけではない。
 ただ、きっと周りを困らせるのだろうな、と思うと、そこまでしてやりたいことだろうかと冷静な考えが働いて、そこまで至らなかっただけのこと。
 言い方を変えれば、ただ早熟なだけの子供だったのだ。
 知らずストレスを溜めていた覚えも、我慢をしていたつもりもない。
 それなのに。


「ライト……ッ!」
 あの日と同じ。
 部屋の中は眠る前と変わりなかったが、起きてすぐに飛び込んできた真っ青な母親の顔と叫びに、すぐに事態を理解した。
「……ぼく、また……?」
 やはり、記憶は全くない。
 ただ、あの日と同じように、寝足りていない疲労感が残っていた。
 朝食を取るためにリビングへ足を運べば、途中の廊下であちこち散乱した家具が見え、後で自分が家中を舞台にした鬼ごっこを繰り広げていたことを知った。

 月に一度の頻度でそんなことが起こるようになり、何度目かに迎えた朝だった。
「……これは、一度森の魔女に聞いてみた方がいいかもしれないな……」
 朝食を取りながら、ライトの父親は神妙な面持ちでそんなことを口にした。
 森の魔女というのは、王家に仕える博識な老女のことだ。恐らく国中で一番長生きで知識豊富な彼女であれば、なにかわかるかもしれないと思ったのだ。

 そうして。

「……狼男の血……?」
 遠い祖先に狼男がいたことを、ライトはその時初めて知った。
 御伽噺のように語り継がれている先祖の恋物語を聞かされていたという父親とて、己の中に狼男の血が流れているなど、この時まで半信半疑でいたとのことだった。
「そう。だからライトのせいじゃないの」
 全く記憶がないとはいえ、知らないうちに自分がやらかした惨状を見聞きしてライトが酷く落ち込んでいたせいだろう。諭すようにそう告げてくる母の声色はとても優しく、頭を撫でてくる手は柔らかだった。
 だが。
「ライトが気に病む必要なんてないのよ」
 優しく微笑んで宥めてくる母親が、少しだけ困ったような空気を滲ませているような気がするのは、ライトの気のせいなどではないだろう。
 ――狼男の性質を継いで、ライトが豹変するのは満月の夜だけ……。
 月に一度程度のこととはいえ、普段全く手のかからないライトがやらかす数々の悪戯に、母からはどうしたらいいものかという困惑が伝わっていた。
「でも……」
 満月の夜に現れる、“もう一人の自分”。
 記憶のないライトには、もう一人の自分がどんな人物なのかわからない。
 ただ。
 魔女は、普段押さえつけられている欲望や欲求が、別人格となって表に現れているのだろうと言っていたらしいから。
 普通であれば自然と自分の中で昇華できるはずの抑制ストレスが、ライトの中に流れる狼男の野生の血が強まる時だけ、抑えが効かなくなるのだろうと。
 自分の中にそんな欲望があることに愕然とした。
 ――否、本当は。自分の中にそういった衝動があることには気づいていた。
 ただ、ずっと見ないふりをしていただけで。
「いいのよ、ライト。貴方は今まで本当にいい子すぎたから……」
 母親の優しい抱擁に包まれながら、自分の中の醜い欲望を思い知らされた時。
 ハッ、と突然思い立った。

 ――ルージュ……ッ!

 幼いライトの脳内に、おままごとのような結婚を約束した、可愛いらしい少女の笑顔が浮かんだ。
 自分の中に秘められた一番の衝動は、幼いながらも本気で好きになった少女に対するものだった。

 誰よりも、少女に。こんな醜い願望があることを知られたくない。
 いつだって少女には、虚勢でも“頼れる王子様”のような存在でいたいのに。

 ……そして、身の内にある秘めた欲望を抑え込んでいるというのなら、そのタガが外れた時、一番の危険に晒される相手はルージュに違いない。

(そんなことはさせない……!)
 自分の身に起きていることを知った時、一番に思ったことはやはりルージュのことだった。
 ルージュを、決して傷つけたりしないように。
 それからずっと。もう一人の自分が絶対にルージュの元へ行くことができないよう画策し、奮闘してきた。
 そのかいあってか、ルージュとはそのまま良好に恋人同士になり、婚約もした。
 だが、いつだってルージュへ隠していることへの罪悪感は付き纏った。
 ――自分の、“本当の姿”を、彼女は知らない……。




 ◈◈✼◈◈┈┈┈┈◈◈✼◈◈




「ねぇ、ライト。今度の夜会のことだけれど」
 一緒に行きたいと誘われて、すぐに満月の夜の訪れを計算した。
「……ごめん、ルージュ。その日はちょっと……」
 運が悪くも、ちょうどその夜が満月に当たる日だとわかって、申し訳なさと同時に若干の苛立ちも湧く。
「そう……」
 残念、と。そんなふうに寂しそうな表情かおをさせたいわけではないのに。
「俺は行けないけど、みんなで行っておいでよ」
 だから、と。せめて友人たちと行くことを勧めたライトに、ルージュはぱちぱちと不思議そうに瞳を瞬かせていた。 
「え?」
「星祭の夜のパーティーは盛大なイルミネーションが有名だろ? せっかくだから楽しんで来なよ」
 ルージュがライトを誘ってきたのは、一年のイベントの中でも一、二を争う盛り上がりをみせる、星祭の夜に行われるパーティーだった。その日が近づいてくると国中が美しいイルミネーションでライトアップされ、個人邸宅まできらびやかな輝きをみせて様変わりする。
 当然その日の夜に行われるパーティーも、一年の中でもっとも綺麗なイルミネーションで彩られることになる。
 恋人同士のイベントとしても、欠かすことのできない日。
 そんな、大切な日を。
「……うん……」
「……ごめんね?」
 たまたま満月と重なってしまった運のなさに、少しだけ哀しそうに頷くルージュよりも、内心ライトの方が打ちのめされていた。
「そんな……っ。用事があるなら仕方ないもの……!」
 慌てて首を振るルージュのいじらしさが可愛くて愛しくて仕方なかった。
「……来年は絶対一緒に参加するから」
 それは、宣言。
 まさか来年まで満月と被ることはないだろう。
「約束」
 互いの小指を絡めてする約束は、初めて出逢った幼いあの日の約束から変わらない。
 あの時にした約束と同じく、この約束も絶対に守るから。
「……うん……、約束……」
 小さく微笑んだルージュを今すぐにでも抱き寄せたい衝撃に駆られながら、ライトは自分の身の内にある欲望を閉じ込めて、優しい眼差しでルージュを見つめるのだった。

 ――ナイトから、君を守るから……。
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