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本編
第二十九話 満ちる月に導かれ①
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ルージュの家族はみな、ライトの訪問は大歓迎だ。
今日はライトも一緒に夕食を取った後、ルージュは自室へライトを招いてた。
「ルージュの部屋……」
「ライトが入るのは久しぶり?」
ルージュの部屋へ一歩足を踏み入れてすぐ。ぐるりと室内を見回したライトに、ルージュは少しばかり気恥ずかしさを感じながらくすりと笑う。
小さな頃から互いの家を行き来していたとはいえ、仮にも伯爵家の令嬢として、自室で異性と二人きりになるようなことはしてこなかった。
幼い頃は互いの母親の目の届く範囲内で。少し成長してからは客室で会っていた。
もちろんライトはルージュ以上にその辺りは弁えていたため、ライトがルージュの部屋に訪れるようなことがあるとしたら、それはルージュが体調を崩した時などのお見舞いくらいだったように記憶する。
部屋は常に綺麗に整えてはいるけれど、それでも少しドキドキしてしまうのは仕方のないことだろう。
「……ナイトとしてなら来たけどね」
「っ」
と、一通り室内を眺めたライトに苦笑気味に告げられて、思わず小さく息を呑む。
今のライトには、ナイトでいた時の記憶がある。
つまりは。
「そこのソファーにルージュを押し倒した」
「! ラ、ライト……ッ」
ちらり、と視線が向けられた先に、そこにライトを促そうとしていたルージュは一瞬にして赤くなる。
「すごく可愛かったよ?」
「っ!」
くす、と洩らされた、からかうような笑み。
目を見開き、ぱくぱくと口を泳がせるルージュに、ライトの表情は悔しそうに顰められる。
「……俺があぁいう表情させたかったのに」
「~~~~っ!?」
それは紛れもなくライトの本音で、その件に関しては罪悪感も胸に浮かぶが、どう言葉を返していいのかわからなってしまう。
だからといって……。
「そうそう。せっかくだから続きしよーぜ?」
「っ、ナイト……!?」
そこでニヤリと口の端を引き上げたのは、紛れもなくナイトだ。
「ちょ……っ、ナイ……ッ」
そのまま腕を捕られたかと思うとソファーの方まで連れて行かれ、その意味を悟って動揺する。
「ライトだってそう思うだろ~? ルージュ、めちゃくちゃ敏感でえっちで可愛いかったもんな~?」
「な……っ!?」
どさりとソファに座らされ、楽しそうにナイトが笑う、あまりの内容に真っ赤になる。
「……でも、このままじゃいつまでたってもルージュを抱けない」
「!?」
ふいに真面目な顔になり、苦し気な声を洩らしたのはライトだが、やはりその中身は少しばかり論点がずれている。
「こんな状態になったからには、余計に」
真剣な瞳に見つめられて思い出す。
――『……次の、満月の夜までには』
あんな事件が起こらなければ、今頃ライトとルージュは一線を越えた関係になっていたに違いない。
そうライトに宣言され、ルージュは確かに頷いたのだ。
ライトとそういう関係になることに、抵抗感はもちろんない。ない、けれど。
「ルージュだって、この状態は困るだろ?」
ライトとナイトが互いの意思で頻繁に入れ替わることができるようになった今、そんな雰囲気になどなれるはずがない。
キス一つするだけでも、すぐに一人二役状態の言い合いになるのだ。
深い仲になろうと思ったなら、ライトとナイトがどう入れ替わるのかわからない。否、その前に、ルージュを巡って争って、ロマンチックな雰囲気自体が台無しになるに違いない。
「……俺は……、俺たちは、ルージュのことが好きだ」
真摯な想いを口にするライトの顔には苦悩が浮かぶ。
「特にナイトは……、俺の願望が強くなった存在だから」
ナイトは、ライトの理性が緩んだ存在。ライトの本質。
理想の自分でありたいと己を律するライトには、とても許せない部分だろう。
だから。
「……ナイトは、ルージュに相応しくない」
「はぁ? なに言ってんだよっ? だったらお前は相応しいって言うのかよ」
ある意味自分自身を否定するライトに、ナイトからは批難のような嘲笑が零れ落ちる。
「少なくとも俺は、世界中で誰よりもルージュのことを想ってる。俺以上にルージュを大切にできる人間はいないと断言できるっ」
「オレだってルージュを想う気持ちは負けねーよ! つかオレの方がルージュのことを愛してるし! それはお前が一番わかってんだろ!?」
「お前はルージュを泣かせただろ!」
「それはお前もだろ……!」
やはり今日も不毛な言い合いを始める二人に、ルージュはただただ傍観することしかできなくなる。
「……ライト……、ナイト……」
「っルージュ……! お前はオレを排除したりしなよな!? オレは本気でお前のことが……!」
「ナイト……」
両肩を掴んで真摯な想いを告げられて、どんな答えを返していいのかわからない。
ナイトは、ライトだ。
拒否をすることも、もちろん嫌いだとも思わない。
それでもルージュにとって、“ライト”という存在は、今まで必死で自分の欲望を抑え込んできた――、ナイトになるまいとしているライトなのだ。
「……ちょっとね。考えたの」
頭の中で、ありえない想像をしてみる。
「もし……、もし、ね?」
それは、本当に、ただの“仮”の話。
「もし、ライトとナイトが本当に双子の兄弟だったら、って」
もし、ライトとナイトが本当に別々の存在で、小さな頃から三人で遊んでいたとしたら。
「そしたら、どっちを選んでいたかわからないなぁ……、って」
今のルージュはライトのことが好きだけれど、もし、幼い頃から性格の異なる二人に愛を告げられていたら、どちらを選んでいたかわからない。
穏やかで優しいライトと、やんちゃで強引なナイト。
本当にそんな二人が存在していたら、ルージュでなくとも年頃の少女たちはみな、どちらの方がいいだろうと黄色い悲鳴を上げているだろう。
「……ルージュ……」
「でも、やっぱりライトはナイトで、ナイトはライトで……」
ライトが嫌う自分自身の欲望の象徴――、ナイトは、それでもライトの一部分で、根本的にはとても優しい。
「言っていたじゃない? ライトの本質はナイトなんだ、って」
ライトは、ナイトという欲望を綺麗に覆い隠しているだけ。
つまり、結局のところは。
「どっちも好きよ?」
決して間違いない答えを口にして、ルージュは仄かな微笑みを二人へ向ける。
「優しいライトは大好きだけど、もう少し強引になってくれてもいいのに、と思っていたし」
優しいライトが好きで、ライトのことを信じているのに、恋人同士として手を繋ぐ程度の触れ合いしかないことに不安を覚えたことが全くないと言ったらやはり嘘になる。本当にルージュのことを好きなのならば、少しは求めてくれないものなのかと。もしかしたら、一部の御令嬢たちが影で囁く、“幼い頃の約束で仕方なく”、“優しいライトは断れなくて”、ルージュの傍にいてくれるのではないだろうかと。
それでもそんな不安は、自分を見つめる優しいライトの瞳を見るだけで、杞憂だったとすぐに拭い去れていたけれど。ライトはルージュのことを心から想ってくれているから、大切に大切にしてくれるのだと。
だから。
「ナイトだって、ライトと同じように優しい」
ライトの押し込めた欲望でありながら、それでもナイトは決して暴走したりはしなかった。つまりそれは、ナイトもライトだからなのだ。
女の子はとても我が儘な生き物だから。優しくしてほしいと思いながら、優しいだけでも嫌なのだ。
時には少しだけ強引に。少し困らせるようなこともしてほしかったりして。
「だ、けど……」
それでも、例え同一人物だとしても、人格の異なる二人を両方選ぶことはできないと思う。
ルージュはもう、ライトの中に隠された欲望を認めている。それはつまりナイトのことを認めているということには繋がるけれど、“ナイトを選ぶかどうか”ともなれば。
「……」
「……」
そこでしばしの沈黙が落ち、その重い空気に終止符を打ったのはナイトだった。
「……わかった」
ぐ、と唇を噛み締めて、ナイトはルージュの顔を見つめてくる。
「ルージュの気持ちはよくわかった」
「……ラ、イト……? ナイ、ト……?」
そう告げてきたのがどちらなのか、一瞬わからなくなった。
冷静なようでいて、感情を押し殺しているようなその空気はどちらのものなのか。
最近の二人は、本当にどちらなのかわからないことが多くなっている。
けれど。
「結局ルージュはライトを選ぶんだな」
「っ!? ナイト……ッ!?」
どさり……っ、と後方へと押し倒されて驚きに目を見張る。
「な、に……? ん……っ!?」
今度はしっかりとナイトだとわかる唇に言葉を吸い込まれ、突然のことで抵抗もできないまま、生温かなものが強引にルージュの口腔内に潜り込んでくる。
「ん……っ、んんん……っ!?」
逃げようとする舌を絡まされ、ぞくりとした刺激が背筋を昇っていった。
「ナイ……ッ」
「気づいてたか? 満月だ」
「!?」
口づけの合間に囁かれ、ハッと窓の外へと視線を移すが、角度のためかそこから月の姿を確認することはできなかった。
「最近普通に入れ替わってたからな。ライトも油断したな」
それでもナイトがそう強気にくすりと笑うからには、きっと今夜は満月なのだ。
今は、満月の夜。つまり、それが意味することは。
「満月の夜はオレの方が強いみたいだ」
今日はライトも一緒に夕食を取った後、ルージュは自室へライトを招いてた。
「ルージュの部屋……」
「ライトが入るのは久しぶり?」
ルージュの部屋へ一歩足を踏み入れてすぐ。ぐるりと室内を見回したライトに、ルージュは少しばかり気恥ずかしさを感じながらくすりと笑う。
小さな頃から互いの家を行き来していたとはいえ、仮にも伯爵家の令嬢として、自室で異性と二人きりになるようなことはしてこなかった。
幼い頃は互いの母親の目の届く範囲内で。少し成長してからは客室で会っていた。
もちろんライトはルージュ以上にその辺りは弁えていたため、ライトがルージュの部屋に訪れるようなことがあるとしたら、それはルージュが体調を崩した時などのお見舞いくらいだったように記憶する。
部屋は常に綺麗に整えてはいるけれど、それでも少しドキドキしてしまうのは仕方のないことだろう。
「……ナイトとしてなら来たけどね」
「っ」
と、一通り室内を眺めたライトに苦笑気味に告げられて、思わず小さく息を呑む。
今のライトには、ナイトでいた時の記憶がある。
つまりは。
「そこのソファーにルージュを押し倒した」
「! ラ、ライト……ッ」
ちらり、と視線が向けられた先に、そこにライトを促そうとしていたルージュは一瞬にして赤くなる。
「すごく可愛かったよ?」
「っ!」
くす、と洩らされた、からかうような笑み。
目を見開き、ぱくぱくと口を泳がせるルージュに、ライトの表情は悔しそうに顰められる。
「……俺があぁいう表情させたかったのに」
「~~~~っ!?」
それは紛れもなくライトの本音で、その件に関しては罪悪感も胸に浮かぶが、どう言葉を返していいのかわからなってしまう。
だからといって……。
「そうそう。せっかくだから続きしよーぜ?」
「っ、ナイト……!?」
そこでニヤリと口の端を引き上げたのは、紛れもなくナイトだ。
「ちょ……っ、ナイ……ッ」
そのまま腕を捕られたかと思うとソファーの方まで連れて行かれ、その意味を悟って動揺する。
「ライトだってそう思うだろ~? ルージュ、めちゃくちゃ敏感でえっちで可愛いかったもんな~?」
「な……っ!?」
どさりとソファに座らされ、楽しそうにナイトが笑う、あまりの内容に真っ赤になる。
「……でも、このままじゃいつまでたってもルージュを抱けない」
「!?」
ふいに真面目な顔になり、苦し気な声を洩らしたのはライトだが、やはりその中身は少しばかり論点がずれている。
「こんな状態になったからには、余計に」
真剣な瞳に見つめられて思い出す。
――『……次の、満月の夜までには』
あんな事件が起こらなければ、今頃ライトとルージュは一線を越えた関係になっていたに違いない。
そうライトに宣言され、ルージュは確かに頷いたのだ。
ライトとそういう関係になることに、抵抗感はもちろんない。ない、けれど。
「ルージュだって、この状態は困るだろ?」
ライトとナイトが互いの意思で頻繁に入れ替わることができるようになった今、そんな雰囲気になどなれるはずがない。
キス一つするだけでも、すぐに一人二役状態の言い合いになるのだ。
深い仲になろうと思ったなら、ライトとナイトがどう入れ替わるのかわからない。否、その前に、ルージュを巡って争って、ロマンチックな雰囲気自体が台無しになるに違いない。
「……俺は……、俺たちは、ルージュのことが好きだ」
真摯な想いを口にするライトの顔には苦悩が浮かぶ。
「特にナイトは……、俺の願望が強くなった存在だから」
ナイトは、ライトの理性が緩んだ存在。ライトの本質。
理想の自分でありたいと己を律するライトには、とても許せない部分だろう。
だから。
「……ナイトは、ルージュに相応しくない」
「はぁ? なに言ってんだよっ? だったらお前は相応しいって言うのかよ」
ある意味自分自身を否定するライトに、ナイトからは批難のような嘲笑が零れ落ちる。
「少なくとも俺は、世界中で誰よりもルージュのことを想ってる。俺以上にルージュを大切にできる人間はいないと断言できるっ」
「オレだってルージュを想う気持ちは負けねーよ! つかオレの方がルージュのことを愛してるし! それはお前が一番わかってんだろ!?」
「お前はルージュを泣かせただろ!」
「それはお前もだろ……!」
やはり今日も不毛な言い合いを始める二人に、ルージュはただただ傍観することしかできなくなる。
「……ライト……、ナイト……」
「っルージュ……! お前はオレを排除したりしなよな!? オレは本気でお前のことが……!」
「ナイト……」
両肩を掴んで真摯な想いを告げられて、どんな答えを返していいのかわからない。
ナイトは、ライトだ。
拒否をすることも、もちろん嫌いだとも思わない。
それでもルージュにとって、“ライト”という存在は、今まで必死で自分の欲望を抑え込んできた――、ナイトになるまいとしているライトなのだ。
「……ちょっとね。考えたの」
頭の中で、ありえない想像をしてみる。
「もし……、もし、ね?」
それは、本当に、ただの“仮”の話。
「もし、ライトとナイトが本当に双子の兄弟だったら、って」
もし、ライトとナイトが本当に別々の存在で、小さな頃から三人で遊んでいたとしたら。
「そしたら、どっちを選んでいたかわからないなぁ……、って」
今のルージュはライトのことが好きだけれど、もし、幼い頃から性格の異なる二人に愛を告げられていたら、どちらを選んでいたかわからない。
穏やかで優しいライトと、やんちゃで強引なナイト。
本当にそんな二人が存在していたら、ルージュでなくとも年頃の少女たちはみな、どちらの方がいいだろうと黄色い悲鳴を上げているだろう。
「……ルージュ……」
「でも、やっぱりライトはナイトで、ナイトはライトで……」
ライトが嫌う自分自身の欲望の象徴――、ナイトは、それでもライトの一部分で、根本的にはとても優しい。
「言っていたじゃない? ライトの本質はナイトなんだ、って」
ライトは、ナイトという欲望を綺麗に覆い隠しているだけ。
つまり、結局のところは。
「どっちも好きよ?」
決して間違いない答えを口にして、ルージュは仄かな微笑みを二人へ向ける。
「優しいライトは大好きだけど、もう少し強引になってくれてもいいのに、と思っていたし」
優しいライトが好きで、ライトのことを信じているのに、恋人同士として手を繋ぐ程度の触れ合いしかないことに不安を覚えたことが全くないと言ったらやはり嘘になる。本当にルージュのことを好きなのならば、少しは求めてくれないものなのかと。もしかしたら、一部の御令嬢たちが影で囁く、“幼い頃の約束で仕方なく”、“優しいライトは断れなくて”、ルージュの傍にいてくれるのではないだろうかと。
それでもそんな不安は、自分を見つめる優しいライトの瞳を見るだけで、杞憂だったとすぐに拭い去れていたけれど。ライトはルージュのことを心から想ってくれているから、大切に大切にしてくれるのだと。
だから。
「ナイトだって、ライトと同じように優しい」
ライトの押し込めた欲望でありながら、それでもナイトは決して暴走したりはしなかった。つまりそれは、ナイトもライトだからなのだ。
女の子はとても我が儘な生き物だから。優しくしてほしいと思いながら、優しいだけでも嫌なのだ。
時には少しだけ強引に。少し困らせるようなこともしてほしかったりして。
「だ、けど……」
それでも、例え同一人物だとしても、人格の異なる二人を両方選ぶことはできないと思う。
ルージュはもう、ライトの中に隠された欲望を認めている。それはつまりナイトのことを認めているということには繋がるけれど、“ナイトを選ぶかどうか”ともなれば。
「……」
「……」
そこでしばしの沈黙が落ち、その重い空気に終止符を打ったのはナイトだった。
「……わかった」
ぐ、と唇を噛み締めて、ナイトはルージュの顔を見つめてくる。
「ルージュの気持ちはよくわかった」
「……ラ、イト……? ナイ、ト……?」
そう告げてきたのがどちらなのか、一瞬わからなくなった。
冷静なようでいて、感情を押し殺しているようなその空気はどちらのものなのか。
最近の二人は、本当にどちらなのかわからないことが多くなっている。
けれど。
「結局ルージュはライトを選ぶんだな」
「っ!? ナイト……ッ!?」
どさり……っ、と後方へと押し倒されて驚きに目を見張る。
「な、に……? ん……っ!?」
今度はしっかりとナイトだとわかる唇に言葉を吸い込まれ、突然のことで抵抗もできないまま、生温かなものが強引にルージュの口腔内に潜り込んでくる。
「ん……っ、んんん……っ!?」
逃げようとする舌を絡まされ、ぞくりとした刺激が背筋を昇っていった。
「ナイ……ッ」
「気づいてたか? 満月だ」
「!?」
口づけの合間に囁かれ、ハッと窓の外へと視線を移すが、角度のためかそこから月の姿を確認することはできなかった。
「最近普通に入れ替わってたからな。ライトも油断したな」
それでもナイトがそう強気にくすりと笑うからには、きっと今夜は満月なのだ。
今は、満月の夜。つまり、それが意味することは。
「満月の夜はオレの方が強いみたいだ」
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