満月の夜にご注意を! 〜双子の兄弟から迫られて!?〜

姫 沙羅(き さら)

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本編

第二十三話 ライトとナイト②

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 一瞬なにを言われたのか理解できずに固まった。
「……え……」
「そうしたら、ライトを呼び起こしてやるよ」
「……っ」
 にや、と意地悪く歪んだ口元に息を呑む。
「“次の満月の夜までには”、って、ライトと約束してただろ? オレだってライトだ。いいだろ?」
 ナイトにはライトの記憶がある。
 “次の満月の夜までには”――、つまりそれは、次にナイトが表に現れる前までに、ルージュを自分のものにしておきたいというライトの気持ちの表れだった。
「……そ、れは……っ」
 本来であれば、今日のこの満月を迎えるまでに、ルージュは身も心もライトに甘く優しく愛されていたのだろうと思う。
 けれどそれはあくまで“ライトの方の人格”と、であって、ライトの身体と、という意味ではない。
 ナイトもライト。
 それはもうしっかりと理解している。
 だからといって。
「じゃあ、ライトはこのままだな」
「!」
 くっ、と可笑しそうに口の端を引き上げたナイトに、ルージュの瞳は揺らめいた。
「……な、んで……、そんな、意地悪……」
 思わず泣きそうになってしまいながら震える唇で訴えれば、ナイトの瞳は心外だとばかりに丸くなる。
「意地悪?」
 それから先ほどまでのからかうような笑みを消し、真っすぐルージュを見つめてくる。
「別に虐めてるつもりはないぜ? オレだってライトなんだ。……ただ、ルージュが欲しいだけだ」
「っ」
 真剣な瞳の奥に微かな欲望の色が浮かび、ルージュはあまりの動揺から忘れていた、抱き込まれているかのような体勢から逃げようと、必死に腕を突っぱねる。
 だが、ナイトが離れたがるルージュを許すはずもなく、そんな抵抗さえ可愛いとでも言いたげな表情で笑いながら、ますますルージュを抱き込んだ腕の力を強くする。
「もちろんライトは悔しがるだろうけどな? でも、結局は自分の一部分なんだし」
「ナ、イト……ッ!」
 もう離して……っ! と腕の中でもがけば、そこでふとナイトの動きが止まった。
「……」
「……ナ、イト……?」
 そうなるとそうなったで不安にもなってしまい、ルージュは恐る恐るナイトの顔を窺った。
 と。
「……そんなにオレのことが嫌いかよ」
「っ!」
 傷ついたような表情(かお)でぽつりと呟かれ、ルージュは大きく目を見張る。
「っそんなはず、ないでしょ……!?」
 咄嗟にそう返してしまった言葉に嘘はない。
 ナイトはもちろん、主人格であるライトが認めているように、ナイトもまたライトなのだ。
 ナイトがライトである以上、ルージュがナイトを嫌うなどということがあるはずもない。
 けれど、それとこれとは話が違うのだ。
 その気持ちを説明するには状況が複雑すぎて、どうしたらいいのかわからない。
 正直な話、ルージュ自身、まだいろいろなことが整理できていない。
「だったらいいだろ?」
「あ……っ!?」
 くるりと体勢を入れ替えられ、そのままルージュの身体は柔らかなベッドの上へ沈まされた。
「ナイ……ッ」
「ライトのためだ、って思えば免罪符にもなるだろ?」
 そう言ってルージュを見つめてくるナイトの顔には自嘲気味の笑みが浮かび、つきり……っ、と胸が痛む。
 ――あくまでナイトに抱かれるのは、“ライトのため”。
 まるでルージュの気持ちを得ることは諦めたかのようなその言動に、胸が苦しくなるのはなぜだろうか。
「抱きたい」
「っ」
 嘘偽り一つない、真剣な瞳に囚われる。
 ルージュを欲しいと思っているのは、ナイトであり、そして同時にライトの本心でもあるのだ。
「オレにだって、それを望むくらいの権利はあるだろ?」
「……ナ、イト……」
 自分を見下ろしてくる青年が、ライトなのかナイトなのかわからなくなってくる。
 ――だって。結局は二人とも同じ人物だ。
「……あ……っ」
 首筋にナイトの唇が這わされて、服の上から柔らかな胸の形を確かめるようにやわやわと揉み込まれ、びく……っ、と肩が揺れる。
「ナ、ナイ、ト……!」
 僅かな抵抗を示して伸ばした腕は、ただ縋るようにナイトの肩口に皺を作っただけだった。
「あ……っ、ん……、や、ぁ……っ」
 もう片方の手が脇腹をなぞり上げ、びくびくと腰が揺れ動く。
「あ……っ、あ……」
 悪戯なその指先は、すぐにルージュの身体の線を伝い降りたかと思うと細腰を撫で、軽く膝を立てさせて浮いたお尻の柔らかさを堪能する。
「あ……っ!」
 両方の手と唇と。それぞれで身体のあちこちに触れられて、ぞくぞくとした刺激が背筋を昇っていく。
 それらは気持ちがいいばかりで、嫌悪感など一つもない。
 それでも。
「ナ、イト……ッ、やっぱり、だ、め……!」
 びくびくと身悶えながら懸命に首を振る。
 例えライトを呼び起こすためだとしても。
 それを理由にナイトに抱かれるなど、ライトにも、ナイトに対しても、どちらにとっても裏切りのような気がした。
「どうしてだよ。オレもライトだってわかってるだろ?」
「っで、も……っ! あ……っ」
 鎖骨を軽く吸い上げられ、ぴりりと走った痛みさえ甘い刺激となって、ルージュの口からは小さな嬌声が上がる。
「オレに許したからって、ライトがルージュのことを嫌ったりするわけがない。オレは自分自身なんだから」
「あ……っ!」
 少しだけ苛立たし気に立てられた歯に、びくりと肩が震えた。
「まぁ、せいぜい自分で自分を責めて自分に嫉妬するくらいで」
「っだからそれが嫌なの……!」
 自嘲気味に口元を歪ませるナイトに、ルージュは涙で潤んだ目を向ける。
 ライトはナイトで、ナイトはライト。
 それなのに、ルージュを抱いて罪悪感に駆られるライトの姿など見たくない。
 ライトにならばなにをされてもいいとさえ思っているのに、本気で謝罪をされてしまったら、どうしていいかわからない。
 ルージュがナイトの行いを……、ライトを許しても、ライト自身が一生自分のことを許せないに違いない。――そして、これから先、ずっとその傷を負って生きていくことになる。
 そんなことには耐えられない。
 けれど。
「オレだってライトに嫉妬してる」
「ナイ……ッ」
「ずっとルージュの傍にいて。昼間にデートだってできる」
 燃えるような感情の揺らぐ瞳で見つめられ、ルージュはこくりと言葉を呑み込んだ。
「オレは、満月の夜のほんの短い時間だけなのに」
 ライトを通してルージュと言葉を交わし、触れることができたとしても。それはライトの意思であってナイトのものではない。
 優しく清廉潔白なライトは、必要以上にルージュに触れたりはしてこない。一方、ライトのその強固な理性が緩んだナイトは。
「それなら、これくらいのこと許されたっていいだろ!?」
 本当のライトは、ルージュに触れたくて触れたくて。
 キスをしたくて。それ以上のこともしたいと思っていて。
「……ナ、イト……」
 これはナイトの想いであると同時に、ライトの心の叫び。
 ライトのことが……、ナイトのことが嫌なわけがない。それでも。
「……待……っ」
「ライトのためだ」
「あ……っ!」
 今日は、胸元辺りまでが白いブラウスになっている黒いワンピースを着ていた。その一番上のボタンをぷつりと外されて、ルージュはびくりと身体を震わせる。
「だ、め……っ」
 ふるふると首を横に振りつつも、大した抵抗などできずに、二番目、三番目のボタンも外されていく。
 と。
「あ……っ、や……! ラ、イト……ッ」
 思わず縋るように零れ落ちたライトの名に、一瞬にしてナイトの顔が悔しさに歪んだ。
「っ! どうしてオレじゃダメなんだよ……!」
「!」
 ぴたりと動きを止め、悲痛の面持ちで放たれたその叫びに、ルージュもまた泣きそうに瞳を潤ませる。
「……そんなこと、言ってない……」
「だったら……!」
 まるで迷子になった子供が必死で母親を求めるような瞳にずきりと胸が痛む。
 ナイトは、ずっと言っていた。
 ルージュさえナイトのことを認め、受け入れてくれれば、他にはなにも望まないと。
 そんなナイトの唯一の願いは。
「……でも、やっぱり、こんなの、フェアじゃない……」
 思わずナイトのことを抱き締めてしまいたくなる衝動を抑え込み、ルージュは緩く首を振る。
 すでにルージュは、ナイトのことを――、ライトが押し殺してきた欲望の存在を認め、受け入れている。
 ライトにならばなにをされても構わないと思うのは、言ってしまえばそういうことだ。
 けれど、ライトとナイトは、同一人物でありながらも別人でもあって。
 ナイトがルージュに求める“受け入れる”は、精神的なものよりも肉体的な意味合いが強いのだろう。
 それは、今までナイトが置かれていた立場を考えると当然のことのようにも思う。精神などという目に見えないものではなく、確かな繋がりを求めてしまうことは。
「狡いのはアイツの方だろ……!? 自分の醜い部分をオレに全部押し付けて……!」
 幼い頃からそうやってライトは“天使の顔”を張り付けてきたのだとナイトは苦し気に吐き出した。
「ライトの方がよっぽど酷いと思わないか!?」
 自分の中に在る“欲望”に蓋をして。見て見ぬふりをして。
 ずっと、聖人君子の顔をしてルージュの傍にいた。
「ナ、イト……」
 ずきり、と胸が痛む。
 ナイトの言っていることはルージュの心に響いてくる。
 それでも、ルージュだからこそわかることもある。
 ずっとライトのことが好きだった。ずっとライト一人を見つめていた。
 だから、わかるのだ。
 ナイトは……、間違いなくライトだ。
「……ごめんなさい……。でも、今日は……」
 複雑すぎる想いを上手く言葉にできずに俯くルージュに、ナイトがぐっと拳を握り締める気配がした。
「……また一か月後、かよ」
「っ」
 ナイトが表に出てくることができるのは、月が導く光が満ちた日だけ。
 これが交渉決裂ということならば、もはやライトに会うことも次の満月の日以降ということになるのだろうか。
「っ、帰ってくれ」
「っナイト……!」
 勝手だとはわかりつつ、顔を背けたナイトに祈るような声を上げる。
 だが。
「でなければ、今すぐ無理矢理にでも犯す」
「っ」
 脅すように鋭い目を向けられて息を呑む。
「……」
 それでもその瞳を受け止めて、しばしの沈黙が落ちた後、ルージュは小さく微笑んでいた。
「……できないよ。ナイトには、無理矢理なんてできない」
 それは、確信。
 なぜなら。
「ナイトはライトだもの。私が本当に望まないことは絶対にしない」
 ナイトは確かに強引だけれど、身勝手な人間などではない。
 本気でルージュのことを想ってくれていることはわかるから……。
 ――『拒否しないのかよ』
 無理矢理奪おうと思えば、今までいつだってできたはずだった。
 それをしなかったのは、間違いなくナイトがライトで……、“優しいから”。
「っ! 帰れ……!」
 途端、振り切るように放たれた叫びに、ルージュは困ったように頷いた。
「……うん……。今日のところは帰るね」
 例え明日、ライトが目覚めることがなかったとしても。
 無事・・であることさえわかれば、今のところは安心できた。
「……また・・明日、ね」
「――っ!」
 明日がどうなっているかはわからないけれど。
 どちらにしても、ルージュがライトに会いに来ることだけは間違いないから。
 ナイト・・・が目覚めたことをライトの家族に話した方がいいのだろうかと頭を悩ませつつ、ルージュはライトの部屋を後にしていた。
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