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本編
第二十二話 ライトとナイト①
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ライトが欠席をしているからと、ルージュまで学校を休めるわけではない。
「……あ、あの……っ、ライトは……っ!?」
ルージュが姿を現した途端、走り寄ってきた昨日の少女に、ルージュはゆっくりと首を横に振る。
あの後、すぐに治癒師と医者が呼ばれ、ルージュもライトも打撲だけは綺麗に完治した。だが、頭を強打したらしいライトは、今もそのまま眠り続けている。
治癒師が治すことのできる怪我の程度には限界がある。だが、医者の見立てによれば、軽い脳震盪を起こしている程度で脳にまで損傷があるわけではないという話だった。
だが、実際、ライトが目を覚ます気配はない。
「っ、そ、んな……っ、わたくし……っ、そんな、つもりじゃ……っ」
「……貴女のせいじゃないわ。私が変なふうに飛び出したから……」
口元を手で覆い、カタカタと小刻みに身体を震わせる少女に、ルージュは曖昧な笑みを浮かべて慰めの言葉を口にする。
だからといって元々の原因が彼女にある以上、自分が飛び出したことを謝るつもりはないけれど。
「そんなこと……っ」
「……きっと、大丈夫だから……。私は、信じてる……」
ぶわりと涙を浮かばせる少女から目を落とし、ルージュは自分に言い聞かせるように呟いた。
「……絶対に、目を覚ますから」
「……っ、本当にごめんなさい……っ、わたくし……っ、わたくし……っ」
しゃくりあげて泣く少女の姿に、可哀想だとは思いつつ、ルージュも精神的な余裕があるわけではない。
「……大丈夫……」
ルージュのことを心から大切に想ってくれているライトが、ルージュを悲しませるようなことをするはずはないから。
だから、絶対に大丈夫だと、ルージュは自分に言い聞かせる。
「……ライト……」
いつも傍にいてくれたライトがここにはいないことを思い、遠い何処かへ向かって呼びかける。
「……早く、目を覚まして……」
たった一日。けれど、その時間は永遠にも感じて。
胸が押し潰されそうな不安に襲われながら、ルージュは一人で教室へと向かうのだった。
それから、数週間の時がたった。
ライトが目覚める気配はなく、ルージュは毎日眠るライトの元へ帰り、学園へはウィーズリー家から通う日々を過ごしている。
「お姉様。代わります」
昼間は母親や姉が交代でライトに付き添う中、夜、ライトの傍にいるのはすっかりルージュの役目になっていた。
「ルージュ……」
軽い夕食と入浴を済ませ、力なく現れたルージュの顔を見上げ、エレノアは心配そうな表情を浮かばせる。
「……でも、貴女だってろくに寝ていないでしょう……?」
ライトの部屋にルージュ用の簡易ベッドを用意してはもらっているけれど、それが使われたことは一度もない。
いつもルージュは、ライトの横に座って手を握ったまま、ベッドに顔だけ預けて浅い眠りを取っている状態だ。
さすがにそろそろしっかりと休んだ方がいいと心配するエレノアの言葉に、ルージュはゆるゆると首を振る。
「いいんです。私が傍にいたいだけなので」
ずっと目覚めないライトを見ていると、まさかこのまま……、と、最悪の事態を想像してしまって怖くなる。
自分の気づかないうちにライトの身体が冷たくなっていたら……、と考えると、ずっと手を繋いでいないと不安で不安で恐怖に押し潰されそうになってしまうのだ。
眠り続けるライトの身体には、生命維持に必要な栄養を与えるための管なども繋がれており、完全に寝たきりの病人状態だ。
「……そう、ね……。この子には、きっとルージュの声が一番の薬だから……」
絶対にライトの傍から離れないと固い意志を見せるルージュに、エレノアも小さく笑う。
眠るライトを起こすための力を与えるとしたら。声が届くとしたら。家族よりもルージュの方がライトの心に響くだろうと告げられて、さすがのルージュもほんの少しだけ赤くなる。
「そんなことは……」
そんなふうに思ってもらえることは単純に嬉しいけれど、家族ももちろんかけがえのない存在だ。
「ごめんなさいね。ライトのこと、よろしくお願いね」
「はい……」
そうして席を譲るエレノアの後ろ姿を見送って、ルージュはいつものようにライトの手を両手で握り締める。
「ライト……? 今日はね、天気が良かったからアメリアたちと中庭でピクニックをしたのよ……?」
こんなふうにその日にあった出来事を語って聞かせるのも毎日のことだった。
友達のこと、先生のこと。こんな授業を受け、この講義がよくわからなかった、など。
ライトがこんなことになった後の数日間は授業の内容など全く頭に入ってこなかったけれど、これもライトに話して聞かせようと思い直した時、きちんと向き合えるようになった。
本当は片時も離れずにライトの傍にいたいけれど、そのためにルージュが学校を休むことをライトは悲しむだろうからと、毎日きちんと授業を受けている。
それもこれも、全てライトのためだ。
だから。
「……ねぇ、ライト……。早く、目を覚ましてよ……」
今日あった出来事を全て話し終えた時、ぽろり、と涙が零れ落ちた。
「そろそろ、限界だよ……っ」
毎日、毎日。自分が学校に行っている間にライトに万が一のことがあったらと思うと。
夜、うたた寝をしている間に呼吸が止まっていたらと思うと。
胸が軋み、心が悲鳴を上げる。
「ねぇ、ライト……ッ!」
どんなにライトのことを信じていても、そこまで強くはいられない。
声が聞きたい。
あの優しい声色でルージュの名前を呼んでほしい。
その瞳にルージュの姿を映してほしい。
「ライト……ッ、ライト……ッ!」
とうとう涙腺の壊れたルージュは次から次へと涙を零し、ライトの身体に縋りつく。
と、その瞬間。
「……ん……」
「……っ!?」
ぴくり、と、ライトの胸元と、繋いだ手が動いた気がして、ルージュは慌てて身を起こす。
「っライト……ッ!?」
「……ん……っ」
瞼が動き、眉が寄る。
目覚めの気配に、今度は喜びの涙が溢れ出す。
「ライト……ッ! ライト……!」
「……ん……?」
手を握り締めたままライトの顔を覗き込めば、ゆっくりとその瞳は開いていく。
「っ、ライト……! よかった。目を覚ましたのね……っ!?」
ぼんやりと彷徨うライトの視線を感じながら、ルージュの視界は涙で滲む。
「……っ私……っ、本当に……っ、このままライトが目を覚まさなかったらどうしようかと思……っ」
「ルー、ジュ……?」
ぽろぽろと涙を零しながらあまりの安堵に喉を詰まらせるルージュに、空いている方のライトの手がそっと伸ばされる。
「……泣くなよ」
ずっと眠っていたせいか少しだけ掠れた声。
緩慢な動作で長い髪を撫でてくるライトに、余計に涙が止まらなくなる。
「ライト……ッ!」
怖かった。苦しかった。ずっとずっと辛かった。
ルージュを庇ってこんなことになったライトに、お礼だって言いたかった。
けれど、いざこうして目覚めたライトの瞳の中に自分の姿が映り込んでいるのを見ると、なにも言えなくなってしまう。
ただただ、安堵して。
こうしてまたライトと話せることが嬉しくて。
「……あ……、お母様たちに知らせてこないと……っ」
そこでふとこうしてはいられないと思い出し、ルージュは涙を拭うとライトが目覚めたことを知らせてこようと席を立ちかける。
だが。
「ほんと、ルージュは泣き顔も可愛いな」
「え……っ?」
ぐいっ、とライトの方へと腕を引かれ、強引に顎を取られて固定される。
「ん……っ!?」
一体なにが起こっているのかと目を見開いたルージュの瞳の中に、近すぎてピントの合わないライトの顔が映り込む。
唇に触れている感触に、ライトのそれが押し付けられているのだと理解するまで少しの時間が必要だった。
「んんん……っ?」
驚いて動きを止めたルージュの唇は簡単に割り開かれ、すぐに口腔内にぬるりとしたライトの舌が潜り込む。
「ん……っ、ん、ぅ……っ!?」
いつしかライトの腕はルージュの背中に回り、身体ごと引き寄せるように抱き込まれる。
とてもライトとは思えない、強引なその行動は。
「ライ……ッ、ナイト!?」
まさか、と声を上げたルージュは、そこでハッと窓の向こうへ振り返る。
「……満、月……?」
あの日から何度も夜は過ぎていた。
すっかり時間の感覚を失っていたものの、今日は満月の夜だったのだ。
「みたいだな」
ルージュを腕の中に閉じ込めたまま、ナイトはくすりと笑みを洩らす。
目を覚ましたのは、ライトではなく、ナイト。
それは、つまり。
「っ、じゃあ、ライトは……っ!? ライトはどうなってるの!?」
ナイトの胸元に手をついて身を起こしたルージュの戸惑いに、ナイトの顔は不快そうに顰められる。
「ライトの心配かよ。オレのことはどうでもいいわけ?」
「っそれは……っ、もちろんナイトのことだって心配だけど……っ」
ライトの目が覚めないということは、ナイトもまたその恐れがあったということだ。
薄情だと言われてしまえばそうなのだが、すっかりその辺りのことまで頭の回っていなかったルージュは、罪悪感を覚えつつも慌ててそれを否定する。
例えライトが自分自身の中に在るナイトの存在を消えてほしいものだと思っていても、もはやルージュの中でナイトの存在は確立してしまっている。
ナイトもまたライトなのだ。ルージュにとっては大切な存在には違いない。
「多重人格のことはよくわからねぇけど……。使う脳みそが少し違ったりするのか?」
自分から生えている管の存在がうっとおしいのか、ナイトは医者を待つこともなく自分の身体から針を抜きながら、少しだけ考え込む仕草をする。
そんなナイトにやはり医者を呼ばなければと思いつつ、ルージュはナイトに向かって焦燥の声を上げる。
「じゃあ、ライトは……!」
もし、ライトの人格を司る部分だけが損傷したのなら、やはり明日になればライトは眠り込んでしまうということだろうか。
だが、再び泣きそうになるルージュの顔を見下ろして、ナイトはやれやれと嘆息する。
「何度も言ってるけど、オレだってライトなんだぜ?」
確かにそれはそうだけれど、ならば朝が来ればライトが目を覚ますのだろうかと考えれば、とてもそんなふうには思えない。
「……っ」
じわり、とまた涙が滲む。
と、軽い舌打ちを零したナイトがルージュを抱き寄せ、忌々し気に口を開いていた。
「……多分、オレならライトを起こせる気がする」
「……え!?」
耳元で静かに告げられたその言葉に、ルージュはすぐに顔を上げてナイトへ迫る。
「だったら……!」
「ライトに会わせてほしいか?」
「!」
くす、と。どこか意味ありげな瞳で見つめられ、なぜかぞくりと背筋が痺れる感覚がした。
――ライトに会いたい。
それは当然だ。
けれど、そうは思いつつも即答できずにいるルージュに、ナイトの唇が可笑しそうに引き上がる。
「だったら、取引しよーぜ」
そう笑うナイトの瞳の奥には、なにかを企んでいる色が滲む。
「……な、にを……」
急速に喉が渇き、緊張で心臓がドキドキする。
ライトの目を覚まさせるための取引。
ナイトは、ルージュにそう言っているのか。
呆然とナイトを見つめるルージュの瞳に、ナイトの綺麗な笑顔が映り込む。
「ルージュの“はじめて”、オレにくれよ」
「……あ、あの……っ、ライトは……っ!?」
ルージュが姿を現した途端、走り寄ってきた昨日の少女に、ルージュはゆっくりと首を横に振る。
あの後、すぐに治癒師と医者が呼ばれ、ルージュもライトも打撲だけは綺麗に完治した。だが、頭を強打したらしいライトは、今もそのまま眠り続けている。
治癒師が治すことのできる怪我の程度には限界がある。だが、医者の見立てによれば、軽い脳震盪を起こしている程度で脳にまで損傷があるわけではないという話だった。
だが、実際、ライトが目を覚ます気配はない。
「っ、そ、んな……っ、わたくし……っ、そんな、つもりじゃ……っ」
「……貴女のせいじゃないわ。私が変なふうに飛び出したから……」
口元を手で覆い、カタカタと小刻みに身体を震わせる少女に、ルージュは曖昧な笑みを浮かべて慰めの言葉を口にする。
だからといって元々の原因が彼女にある以上、自分が飛び出したことを謝るつもりはないけれど。
「そんなこと……っ」
「……きっと、大丈夫だから……。私は、信じてる……」
ぶわりと涙を浮かばせる少女から目を落とし、ルージュは自分に言い聞かせるように呟いた。
「……絶対に、目を覚ますから」
「……っ、本当にごめんなさい……っ、わたくし……っ、わたくし……っ」
しゃくりあげて泣く少女の姿に、可哀想だとは思いつつ、ルージュも精神的な余裕があるわけではない。
「……大丈夫……」
ルージュのことを心から大切に想ってくれているライトが、ルージュを悲しませるようなことをするはずはないから。
だから、絶対に大丈夫だと、ルージュは自分に言い聞かせる。
「……ライト……」
いつも傍にいてくれたライトがここにはいないことを思い、遠い何処かへ向かって呼びかける。
「……早く、目を覚まして……」
たった一日。けれど、その時間は永遠にも感じて。
胸が押し潰されそうな不安に襲われながら、ルージュは一人で教室へと向かうのだった。
それから、数週間の時がたった。
ライトが目覚める気配はなく、ルージュは毎日眠るライトの元へ帰り、学園へはウィーズリー家から通う日々を過ごしている。
「お姉様。代わります」
昼間は母親や姉が交代でライトに付き添う中、夜、ライトの傍にいるのはすっかりルージュの役目になっていた。
「ルージュ……」
軽い夕食と入浴を済ませ、力なく現れたルージュの顔を見上げ、エレノアは心配そうな表情を浮かばせる。
「……でも、貴女だってろくに寝ていないでしょう……?」
ライトの部屋にルージュ用の簡易ベッドを用意してはもらっているけれど、それが使われたことは一度もない。
いつもルージュは、ライトの横に座って手を握ったまま、ベッドに顔だけ預けて浅い眠りを取っている状態だ。
さすがにそろそろしっかりと休んだ方がいいと心配するエレノアの言葉に、ルージュはゆるゆると首を振る。
「いいんです。私が傍にいたいだけなので」
ずっと目覚めないライトを見ていると、まさかこのまま……、と、最悪の事態を想像してしまって怖くなる。
自分の気づかないうちにライトの身体が冷たくなっていたら……、と考えると、ずっと手を繋いでいないと不安で不安で恐怖に押し潰されそうになってしまうのだ。
眠り続けるライトの身体には、生命維持に必要な栄養を与えるための管なども繋がれており、完全に寝たきりの病人状態だ。
「……そう、ね……。この子には、きっとルージュの声が一番の薬だから……」
絶対にライトの傍から離れないと固い意志を見せるルージュに、エレノアも小さく笑う。
眠るライトを起こすための力を与えるとしたら。声が届くとしたら。家族よりもルージュの方がライトの心に響くだろうと告げられて、さすがのルージュもほんの少しだけ赤くなる。
「そんなことは……」
そんなふうに思ってもらえることは単純に嬉しいけれど、家族ももちろんかけがえのない存在だ。
「ごめんなさいね。ライトのこと、よろしくお願いね」
「はい……」
そうして席を譲るエレノアの後ろ姿を見送って、ルージュはいつものようにライトの手を両手で握り締める。
「ライト……? 今日はね、天気が良かったからアメリアたちと中庭でピクニックをしたのよ……?」
こんなふうにその日にあった出来事を語って聞かせるのも毎日のことだった。
友達のこと、先生のこと。こんな授業を受け、この講義がよくわからなかった、など。
ライトがこんなことになった後の数日間は授業の内容など全く頭に入ってこなかったけれど、これもライトに話して聞かせようと思い直した時、きちんと向き合えるようになった。
本当は片時も離れずにライトの傍にいたいけれど、そのためにルージュが学校を休むことをライトは悲しむだろうからと、毎日きちんと授業を受けている。
それもこれも、全てライトのためだ。
だから。
「……ねぇ、ライト……。早く、目を覚ましてよ……」
今日あった出来事を全て話し終えた時、ぽろり、と涙が零れ落ちた。
「そろそろ、限界だよ……っ」
毎日、毎日。自分が学校に行っている間にライトに万が一のことがあったらと思うと。
夜、うたた寝をしている間に呼吸が止まっていたらと思うと。
胸が軋み、心が悲鳴を上げる。
「ねぇ、ライト……ッ!」
どんなにライトのことを信じていても、そこまで強くはいられない。
声が聞きたい。
あの優しい声色でルージュの名前を呼んでほしい。
その瞳にルージュの姿を映してほしい。
「ライト……ッ、ライト……ッ!」
とうとう涙腺の壊れたルージュは次から次へと涙を零し、ライトの身体に縋りつく。
と、その瞬間。
「……ん……」
「……っ!?」
ぴくり、と、ライトの胸元と、繋いだ手が動いた気がして、ルージュは慌てて身を起こす。
「っライト……ッ!?」
「……ん……っ」
瞼が動き、眉が寄る。
目覚めの気配に、今度は喜びの涙が溢れ出す。
「ライト……ッ! ライト……!」
「……ん……?」
手を握り締めたままライトの顔を覗き込めば、ゆっくりとその瞳は開いていく。
「っ、ライト……! よかった。目を覚ましたのね……っ!?」
ぼんやりと彷徨うライトの視線を感じながら、ルージュの視界は涙で滲む。
「……っ私……っ、本当に……っ、このままライトが目を覚まさなかったらどうしようかと思……っ」
「ルー、ジュ……?」
ぽろぽろと涙を零しながらあまりの安堵に喉を詰まらせるルージュに、空いている方のライトの手がそっと伸ばされる。
「……泣くなよ」
ずっと眠っていたせいか少しだけ掠れた声。
緩慢な動作で長い髪を撫でてくるライトに、余計に涙が止まらなくなる。
「ライト……ッ!」
怖かった。苦しかった。ずっとずっと辛かった。
ルージュを庇ってこんなことになったライトに、お礼だって言いたかった。
けれど、いざこうして目覚めたライトの瞳の中に自分の姿が映り込んでいるのを見ると、なにも言えなくなってしまう。
ただただ、安堵して。
こうしてまたライトと話せることが嬉しくて。
「……あ……、お母様たちに知らせてこないと……っ」
そこでふとこうしてはいられないと思い出し、ルージュは涙を拭うとライトが目覚めたことを知らせてこようと席を立ちかける。
だが。
「ほんと、ルージュは泣き顔も可愛いな」
「え……っ?」
ぐいっ、とライトの方へと腕を引かれ、強引に顎を取られて固定される。
「ん……っ!?」
一体なにが起こっているのかと目を見開いたルージュの瞳の中に、近すぎてピントの合わないライトの顔が映り込む。
唇に触れている感触に、ライトのそれが押し付けられているのだと理解するまで少しの時間が必要だった。
「んんん……っ?」
驚いて動きを止めたルージュの唇は簡単に割り開かれ、すぐに口腔内にぬるりとしたライトの舌が潜り込む。
「ん……っ、ん、ぅ……っ!?」
いつしかライトの腕はルージュの背中に回り、身体ごと引き寄せるように抱き込まれる。
とてもライトとは思えない、強引なその行動は。
「ライ……ッ、ナイト!?」
まさか、と声を上げたルージュは、そこでハッと窓の向こうへ振り返る。
「……満、月……?」
あの日から何度も夜は過ぎていた。
すっかり時間の感覚を失っていたものの、今日は満月の夜だったのだ。
「みたいだな」
ルージュを腕の中に閉じ込めたまま、ナイトはくすりと笑みを洩らす。
目を覚ましたのは、ライトではなく、ナイト。
それは、つまり。
「っ、じゃあ、ライトは……っ!? ライトはどうなってるの!?」
ナイトの胸元に手をついて身を起こしたルージュの戸惑いに、ナイトの顔は不快そうに顰められる。
「ライトの心配かよ。オレのことはどうでもいいわけ?」
「っそれは……っ、もちろんナイトのことだって心配だけど……っ」
ライトの目が覚めないということは、ナイトもまたその恐れがあったということだ。
薄情だと言われてしまえばそうなのだが、すっかりその辺りのことまで頭の回っていなかったルージュは、罪悪感を覚えつつも慌ててそれを否定する。
例えライトが自分自身の中に在るナイトの存在を消えてほしいものだと思っていても、もはやルージュの中でナイトの存在は確立してしまっている。
ナイトもまたライトなのだ。ルージュにとっては大切な存在には違いない。
「多重人格のことはよくわからねぇけど……。使う脳みそが少し違ったりするのか?」
自分から生えている管の存在がうっとおしいのか、ナイトは医者を待つこともなく自分の身体から針を抜きながら、少しだけ考え込む仕草をする。
そんなナイトにやはり医者を呼ばなければと思いつつ、ルージュはナイトに向かって焦燥の声を上げる。
「じゃあ、ライトは……!」
もし、ライトの人格を司る部分だけが損傷したのなら、やはり明日になればライトは眠り込んでしまうということだろうか。
だが、再び泣きそうになるルージュの顔を見下ろして、ナイトはやれやれと嘆息する。
「何度も言ってるけど、オレだってライトなんだぜ?」
確かにそれはそうだけれど、ならば朝が来ればライトが目を覚ますのだろうかと考えれば、とてもそんなふうには思えない。
「……っ」
じわり、とまた涙が滲む。
と、軽い舌打ちを零したナイトがルージュを抱き寄せ、忌々し気に口を開いていた。
「……多分、オレならライトを起こせる気がする」
「……え!?」
耳元で静かに告げられたその言葉に、ルージュはすぐに顔を上げてナイトへ迫る。
「だったら……!」
「ライトに会わせてほしいか?」
「!」
くす、と。どこか意味ありげな瞳で見つめられ、なぜかぞくりと背筋が痺れる感覚がした。
――ライトに会いたい。
それは当然だ。
けれど、そうは思いつつも即答できずにいるルージュに、ナイトの唇が可笑しそうに引き上がる。
「だったら、取引しよーぜ」
そう笑うナイトの瞳の奥には、なにかを企んでいる色が滲む。
「……な、にを……」
急速に喉が渇き、緊張で心臓がドキドキする。
ライトの目を覚まさせるための取引。
ナイトは、ルージュにそう言っているのか。
呆然とナイトを見つめるルージュの瞳に、ナイトの綺麗な笑顔が映り込む。
「ルージュの“はじめて”、オレにくれよ」
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