21 / 39
本編
第二十話 君に捧ぐ②
しおりを挟む
“王子様”と聞いて思い浮かべる姿はライトの方がそれらしいけれど、そんなライトの友人でもある王太子も、充分すぎるほど美丈夫だ。
黒髪に切れ長の瞳の王太子は、“王子様”というよりは“騎士”の方がイメージは近く、ライトと並ぶとどちらが王子でどちらが仕える側近なのかわからなくなってしまうけれど。
王太子に寄り添うようにして現れた、ふわふわとした栗色の髪をした御令嬢はとても幸せそうで、ルージュの口元は自然綻んでしまっていた。
二人の婚姻は政略的な意味が色濃いけれど、それでもきちんとした愛を育んでいるという噂はルージュの耳にも届いている。今回のお披露目会で現れた二人が見つめ合う姿はそれを確かに裏付けるもので、こちらまで幸せな気持ちになるものだった。
「王太子殿下もリディア様も素敵だったなぁ……」
見つめ合い、微笑み合う二人の姿を思い出す。
きっと、誰もが憧れる王太子夫妻になるに違いない。
「やっぱりルージュもしたくなっちゃった?」
思わず零れ落ちたルージュの呟きに、ライトが隣でくすりと微笑う。
お披露目会が終わり、息抜きにと足を運んだ中庭。
来客者に開放された緑広がる庭園では、他にもあちこちで貴族たちがおのおのの会話に花を咲かせていた。
「……でも、大変そう」
一歩離れた場所から眺めている分には素敵だとは思うけれど、実際にこれだけの準備をするためにどれだけの労力を必要とするだろう。
万が一ルージュとライトが“お披露目会”をしたとしても、王族のそれとは規模が全く違うものになるが、それでもかなり骨が折れるに違いない。
「まぁ、確かにね」
自分は結婚式だけで充分だと笑ってみせるルージュに、ライトは肩を竦めて同意する。
ルージュがどうしてもしたいと言えば叶えてくれるだろうが、そこまでのことは望んでいない。
そんな時間があるのなら、ライトとデートをする方がよほど楽しいと思ってしまう。
「結婚式は来年よね?」
「そうだね」
王族の――、しかも王太子の婚姻ともなれば準備はとても大変だろうが、その分贅の限りを尽くしたきらびやかな結婚式になるだろう。
「楽しみ」
数十年の王宮行事の中で、最も華やかなものが結婚式だ。どんな結婚式になるのだろうかと想像を膨らませるルージュに、ライトの優しい目が向けられる。
「ルージュは、昔から“お姫様”になりたいって言ってたものね」
幼い女の子にとって、ウェディングドレスを着た女の人は、みな等しく“おひめさま”だ。
「っ、それは小さい頃の話よ……っ」
大昔の話を持ち出され、恥ずかしさから思わず顔を赤く染めたルージュに、ライトの瞳がどこか悪戯っぽい光を灯す。
「今は?」
「……え?」
「今は、違うの?」
「……っ」
からかっているように見え、その実真剣なその問いかけに一瞬返す言葉を呑み込んだ。
「っ、ち、違わない……、けど……」
今だって、ルージュの一番の夢は“ライトのお姫様”になることだ。
――それは、幼いあの頃から変わらずに。
「よかった」
「!」
本当に嬉しそうに微笑まれ、恥ずかしくて仕方がない。
ライトはいつも、こうしてストレートに想いを口にしてくるから、ルージュはいつだってその優しさに甘やかされてしまっている。
「……そういえば、昔、一緒に花飾りを作ったことあったよね」
と、季節の花々が咲き乱れるフラワーゲートの方まで手を引かれ、緑の絨毯が広がるその奥まで進んでいく。
「……綺麗……」
もはや誰の目も届かなくなったそこは、花と緑の楽園だ。
そんなふうに感動で目を輝かせるルージュにくすりと笑い、ライトが足元に咲く白い小花を一輪手折る。
「ルージュ」
目だけで傍に来るように呼ばれ、ルージュはことりと小さく首を傾けた。
「? ライト?」
「手、出して」
「……?」
不思議そうに瞳を瞬かせるルージュに、ライトの笑みが深くなる。
「いいから」
「?」
ライトの目が促すままに左手を上げれば、器用な指先がルージュの薬指になにかを巻き付けてくる。
小さな白い花が存在を主張する、緑の茎が輪を作っているそれは。
「っラ、ライト……ッ!?」
白い花は宝石の代わり。緑の茎はその土台代わり。
「さすがにちょっと子供っぽすぎるかな?」
「!」
恥ずかしそうに笑うライトに、顔へ熱が昇っていくのを感じる。
まるでおままごとのようなそれは、間違いなく。
――愛を誓う、指環の代わり。
小さい頃には、お互いの母親同士が中庭でお茶会をしている横でよく作っていた。
その頃も、こんなふうに“プロポーズごっこ”をしたことがあるような気がする。
「指環を用意してくればよかった」
そう残念そうに苦笑しながらも、ライトからはあまりそう思っている気配が窺えない。
それは。
「でも、それなら一緒に選びたいから」
「――っ」
そっと仮初めの指環を撫でながら甘く微笑まれ、完全に頭の中が沸騰する。
「代わりで申し訳ないけど」
ルージュとライトはすでに婚約関係にあるものの、指環はまだ贈られていなかった。貴族の通う学園内で婚約者がいる生徒は少なくないが、さすがに常日頃から指環をしている者はいない。
そんなこともあり、律儀なライトは律儀だからこそ、それこそ卒業後に自分で手にした三か月分の報酬で婚約指輪を買うつもりのようだった。
「卒業までまだ一年以上あるけど……」
けれどライトは、そこで困ったように微笑んだ。
「俺、あんまり待てないから」
「!」
真剣な瞳で見下ろされる、その言葉の意味。
「卒業したら……」
続く言葉を察したルージュは、薔薇色に染まった顔で小さく頷いた。
「……っ、う、うん……」
――結婚しよう。
ルージュを見つめる瞳が雄弁に語る。
「……好きだよ、ルージュ」
ルージュの頬へとそっと伸ばされた指先。
静かに顔を上げられて、近づくライトの綺麗な顔と、目元へ差した光の影に、静かに瞳を落とす。
「……ん……」
ゼロ距離でライトの気配を感じ、唇へと柔らかな感触が広がった。
「…………」
「…………」
それは、本当に触れるだけの、優しく重なるだけのものだったけれど。
永遠にも感じるキスに、ルージュの胸には幸福感が広がっていった。
黒髪に切れ長の瞳の王太子は、“王子様”というよりは“騎士”の方がイメージは近く、ライトと並ぶとどちらが王子でどちらが仕える側近なのかわからなくなってしまうけれど。
王太子に寄り添うようにして現れた、ふわふわとした栗色の髪をした御令嬢はとても幸せそうで、ルージュの口元は自然綻んでしまっていた。
二人の婚姻は政略的な意味が色濃いけれど、それでもきちんとした愛を育んでいるという噂はルージュの耳にも届いている。今回のお披露目会で現れた二人が見つめ合う姿はそれを確かに裏付けるもので、こちらまで幸せな気持ちになるものだった。
「王太子殿下もリディア様も素敵だったなぁ……」
見つめ合い、微笑み合う二人の姿を思い出す。
きっと、誰もが憧れる王太子夫妻になるに違いない。
「やっぱりルージュもしたくなっちゃった?」
思わず零れ落ちたルージュの呟きに、ライトが隣でくすりと微笑う。
お披露目会が終わり、息抜きにと足を運んだ中庭。
来客者に開放された緑広がる庭園では、他にもあちこちで貴族たちがおのおのの会話に花を咲かせていた。
「……でも、大変そう」
一歩離れた場所から眺めている分には素敵だとは思うけれど、実際にこれだけの準備をするためにどれだけの労力を必要とするだろう。
万が一ルージュとライトが“お披露目会”をしたとしても、王族のそれとは規模が全く違うものになるが、それでもかなり骨が折れるに違いない。
「まぁ、確かにね」
自分は結婚式だけで充分だと笑ってみせるルージュに、ライトは肩を竦めて同意する。
ルージュがどうしてもしたいと言えば叶えてくれるだろうが、そこまでのことは望んでいない。
そんな時間があるのなら、ライトとデートをする方がよほど楽しいと思ってしまう。
「結婚式は来年よね?」
「そうだね」
王族の――、しかも王太子の婚姻ともなれば準備はとても大変だろうが、その分贅の限りを尽くしたきらびやかな結婚式になるだろう。
「楽しみ」
数十年の王宮行事の中で、最も華やかなものが結婚式だ。どんな結婚式になるのだろうかと想像を膨らませるルージュに、ライトの優しい目が向けられる。
「ルージュは、昔から“お姫様”になりたいって言ってたものね」
幼い女の子にとって、ウェディングドレスを着た女の人は、みな等しく“おひめさま”だ。
「っ、それは小さい頃の話よ……っ」
大昔の話を持ち出され、恥ずかしさから思わず顔を赤く染めたルージュに、ライトの瞳がどこか悪戯っぽい光を灯す。
「今は?」
「……え?」
「今は、違うの?」
「……っ」
からかっているように見え、その実真剣なその問いかけに一瞬返す言葉を呑み込んだ。
「っ、ち、違わない……、けど……」
今だって、ルージュの一番の夢は“ライトのお姫様”になることだ。
――それは、幼いあの頃から変わらずに。
「よかった」
「!」
本当に嬉しそうに微笑まれ、恥ずかしくて仕方がない。
ライトはいつも、こうしてストレートに想いを口にしてくるから、ルージュはいつだってその優しさに甘やかされてしまっている。
「……そういえば、昔、一緒に花飾りを作ったことあったよね」
と、季節の花々が咲き乱れるフラワーゲートの方まで手を引かれ、緑の絨毯が広がるその奥まで進んでいく。
「……綺麗……」
もはや誰の目も届かなくなったそこは、花と緑の楽園だ。
そんなふうに感動で目を輝かせるルージュにくすりと笑い、ライトが足元に咲く白い小花を一輪手折る。
「ルージュ」
目だけで傍に来るように呼ばれ、ルージュはことりと小さく首を傾けた。
「? ライト?」
「手、出して」
「……?」
不思議そうに瞳を瞬かせるルージュに、ライトの笑みが深くなる。
「いいから」
「?」
ライトの目が促すままに左手を上げれば、器用な指先がルージュの薬指になにかを巻き付けてくる。
小さな白い花が存在を主張する、緑の茎が輪を作っているそれは。
「っラ、ライト……ッ!?」
白い花は宝石の代わり。緑の茎はその土台代わり。
「さすがにちょっと子供っぽすぎるかな?」
「!」
恥ずかしそうに笑うライトに、顔へ熱が昇っていくのを感じる。
まるでおままごとのようなそれは、間違いなく。
――愛を誓う、指環の代わり。
小さい頃には、お互いの母親同士が中庭でお茶会をしている横でよく作っていた。
その頃も、こんなふうに“プロポーズごっこ”をしたことがあるような気がする。
「指環を用意してくればよかった」
そう残念そうに苦笑しながらも、ライトからはあまりそう思っている気配が窺えない。
それは。
「でも、それなら一緒に選びたいから」
「――っ」
そっと仮初めの指環を撫でながら甘く微笑まれ、完全に頭の中が沸騰する。
「代わりで申し訳ないけど」
ルージュとライトはすでに婚約関係にあるものの、指環はまだ贈られていなかった。貴族の通う学園内で婚約者がいる生徒は少なくないが、さすがに常日頃から指環をしている者はいない。
そんなこともあり、律儀なライトは律儀だからこそ、それこそ卒業後に自分で手にした三か月分の報酬で婚約指輪を買うつもりのようだった。
「卒業までまだ一年以上あるけど……」
けれどライトは、そこで困ったように微笑んだ。
「俺、あんまり待てないから」
「!」
真剣な瞳で見下ろされる、その言葉の意味。
「卒業したら……」
続く言葉を察したルージュは、薔薇色に染まった顔で小さく頷いた。
「……っ、う、うん……」
――結婚しよう。
ルージュを見つめる瞳が雄弁に語る。
「……好きだよ、ルージュ」
ルージュの頬へとそっと伸ばされた指先。
静かに顔を上げられて、近づくライトの綺麗な顔と、目元へ差した光の影に、静かに瞳を落とす。
「……ん……」
ゼロ距離でライトの気配を感じ、唇へと柔らかな感触が広がった。
「…………」
「…………」
それは、本当に触れるだけの、優しく重なるだけのものだったけれど。
永遠にも感じるキスに、ルージュの胸には幸福感が広がっていった。
0
お気に入りに追加
40
あなたにおすすめの小説
小野寺社長のお気に入り
茜色
恋愛
朝岡渚(あさおかなぎさ)、28歳。小さなイベント企画会社に転職して以来、社長のアシスタント兼お守り役として振り回される毎日。34歳の社長・小野寺貢(おのでらみつぐ)は、ルックスは良いが生活態度はいい加減、デリカシーに欠ける困った男。
悪天候の夜、残業で家に帰れなくなった渚は小野寺と応接室で仮眠をとることに。思いがけず緊張する渚に、「おまえ、あんまり男を知らないだろう」と小野寺が突然迫ってきて・・・。
☆全19話です。「オフィスラブ」と謳っていますが、あまりオフィスっぽくありません。
☆「ムーンライトノベルズ」様にも掲載しています。
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
お見合いから始まる冷徹社長からの甘い執愛 〜政略結婚なのに毎日熱烈に追いかけられてます〜
Adria
恋愛
仕事ばかりをしている娘の将来を案じた両親に泣かれて、うっかり頷いてしまった瑞希はお見合いに行かなければならなくなった。
渋々お見合いの席に行くと、そこにいたのは瑞希の勤め先の社長だった!?
合理的で無駄が嫌いという噂がある冷徹社長を前にして、瑞希は「冗談じゃない!」と、その場から逃亡――
だが、ひょんなことから彼に瑞希が自社の社員であることがバレてしまうと、彼は結婚前提の同棲を迫ってくる。
「君の未来をくれないか?」と求愛してくる彼の強引さに翻弄されながらも、瑞希は次第に溺れていき……
《エブリスタ、ムーン、ベリカフェにも投稿しています》
転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる