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本編

第十九話 君に捧ぐ①

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 教室の前でふと足を止めたライトが愛おし気にルージュを見つめ、ふわりと微笑わらう。
「じゃあ、ルージュ。また」
「うん。またね」
 その微笑みに少しだけ気恥ずかさを覚えたルージュは、ほんのりと頬を染めて自分の教室へ向かうライトの後ろ姿を見送った。
 ――の、瞬間。
「……朝帰り?」
「っ! アメリア……ッ」
 にょき、と横から顔を出したアメリアに、「ふ~ん?」と意味深な瞳を向けられて、思わずドキマギとしてしまう。
「仲良くウィーズリー家から登校、ねぇ……?」
「……っ!」
 今日は、二人揃ってウィーズリー家の馬車でここまで送ってもらった。
 特に隠すつもりもなく、堂々と門の前に停められた馬車から二人が降りてくるところを見た生徒たちは少なくはないから、ライトとルージュの噂が広まるのはあっという間の出来事だろう。
「仲直りしたどころか……」
「な、なに……?」
 口元をによによと緩めながら上から下まで観察され、つい一歩引いてしまったルージュに、アメリアはきらりと瞳を輝かせる。
「まさか、一線超えちゃった?」
「っ! アメリア……ッ!」
 いくらウィーズリー家から二人で登校したからと、またなんて恥ずかしい想像を膨らませてくれるのだろう。
 まさか学校中の生徒からそんな邪推をされているのだろうかと真っ赤になれば、アメリアの目は大きく丸くなる。
「え。本当に?」
「っ、違うわよ……っ!」
 口元に手をやり、わざとらしく驚いてみせるアメリアに、赤い顔のままで否定する。
「違うの?」
「そんなわけないでしょ……!」
 ぱちぱちと瞬く瞳に、再度しっかりと否定する。
 けれどアメリアは微妙に納得がいかない様子で、じろじろとルージュの顔を眺めてくる。
「にしては、なんかアンタたちが醸し出す雰囲気がやけに親密だったけど……」
「……そ、それは……っ」
 ――『……次の、満月の夜までには』
 その場の雰囲気でつい頷いてしまったものの、思い起こせばなんて恥ずかしい約束をしてしまったのだろう。
(……あれって……、やっぱり、そういう意味、よね……?)
 思い出して顔が熱くなる。
 正真正銘の初めて、というには複雑な状況だけれど、ライト・・・とは、まだキスもしたことがない。
 ライトのことだ。ルージュの“初めて”を、どんなふうに演出してくれるつもりでいるのだろう。
「“それは”?」
「っ」
 くす、と興味津々の瞳で突っ込まれ、アメリアへ恨めし気な双眸を向ける。
「もう……っ、からかわないでよ……っ!」
 アメリアとは長い付き合いだ。この親友は、全てわかっていて面白がっている。
「あはは。ごめんごめん。ルージュの反応が面白すぎてつい」
「アメリア……ッ」
 案の定からからと楽しそうに笑われて、ルージュは唇を尖らせる。
「まぁ、アンタたちはやっぱりこうじゃなくちゃね~」
 ライトとルージュがお互いのことしか見えていないのは大昔からのこと。
 やっといつも通りの光景が戻ったと笑うアメリアに、ルージュはほんの少しだけ申し訳なさそうに苦笑する。
「……ありがと」
 いろいろと心配してくれていた親友には、謝罪よりも感謝の気持ちを。
 それを受け、「いいえ~?」と笑顔を向けてくるアメリアに、ルージュもまた明るい笑顔を返していた。




 ◈◈✼◈◈┈┈┈┈◈◈✼◈◈




 屋根から空に伸びる尖塔は美しい青色で彩られており、白亜の壁が眩しく輝く、美しい王宮。
 両親と兄と弟。家族と共に馬車から降り立ち、厳しい警備体制を抜けて城内に入ったところで、ルージュの母親が「ふふ」と小さな笑みを零した。
「ルージュ? お迎えが来たわよ」
「えっ?」
 その声に玄関ホールから続く廊下に顔を向ければ、そこには少しだけ青味がかったダークグレーの正装姿の青年がこちらに歩いてきて、まるで絵画の中から出てきたようなその姿にルージュは見惚れてしまう。
「ルージュ」
「ライト……」
「君をエスコートする権利をいただいても?」
 茶目っ気のある瞳で手を差し出され、ルージュは思わず赤くなる。
「っ! もうっ、ライトってば」
 婚約者同士であるルージュとライトは、公式行事で呼ばれた際には必ず互いがパートナーを務めるから、こんなやり取りをするのはこれが初めてのことではない。
 それでもいつだってライトは、こうして恭しくルージュに伺いを立ててくる。
「よく似合ってるよ」
 そうして差し出された手にそっと己の手を乗せたルージュを上からみつめ、ライトの瞳が嬉しそうな笑みを作った。
「……ありがとう」
 ルージュが今着ているドレスは、先日ライトから贈られてきたものだ。腰の部分が細かい花柄の刺繍でできており、全体的にふわりとした、薄い紫色のドレス。
 まるで妖精を思わせるようなそのドレスが贈られてきた時には自分に似合うだろうかと心配になってしまったが、合わせてみれば色合いのためか意外と落ち着いた雰囲気で、ライトのセンスのよさが窺えるものだった。
「こんにちは。ルージュをお借りしますね」
「えぇ。もちろんどうぞ」
 律儀にルージュの両親へ挨拶をするライトに、ルージュの母親は当然だとばかりににこやかに微笑わらう。
 もしかしたら、ルージュとライトが婚約関係になったことを一番喜んでいるのは、親友同士である互いの母親たちかもしれない。
 そんなルージュの母親の横で、ほんの少しだけ複雑そうな顔をした父親が沈黙を守っているが、それは仕方のないことだろう。
「それじゃあルージュ。行こうか」
「うん」
 互いの両親や兄弟もパーティーには呼ばれているものの、ここからは別行動だ。
 両親たちへ目だけで離れる挨拶をして、ルージュはライトと共にパーティー会場に向かって歩いていく。
 何百人もの招待客を収容できるパーティー会場へ続く廊下は、右も左も美しい花々で豪華に飾り付けられていた。
「お披露目会かぁ……」
 今日、主要な貴族たちが王宮へと招かれた理由。それは、すでに婚約を結んでいた王太子とその婚約者である御令嬢の結婚が正式に決まったためのものだった。
 婚約式はもう何年も前に開かれており、今回は結婚が決まったことのお披露目だ。
 王族の婚姻は本当に大変らしく、いろいろな手順を踏んだ上で、結婚式自体は一年以上も先だという。
「なに? ルージュ。羨ましいの?」
 ついしみじみとした呟きを洩らしてしまったルージュへ、ライトからはくす、とした笑みが洩らされる。
「っ、そんなわけじゃ……っ」
「ルージュがしたいならいつでもするよ?」
「!」
 くすくすと楽しそうに見下ろされて目を見張る。
「っだから……!」
 いつだってライトはルージュに甘くて優しくて。
 普通の男の人であれば「面倒だ」と思ってしまうようなことも、こうしてなんでもないことのように受け入れてくれる。
 けれど。
「君が誰のものなのか、世界中に宣言できるなら、俺はいつだって構わないよ?」
「!?」
 ルージュを見つめてくる瞳の奥に独占欲のようなものが垣間見えた気がして息を呑む。
「ラ、ライト……ッ!?」
「なに?」
 驚いたように声を上げたルージュに返される、いつも通りの穏やかな微笑み。
「……だって、ライトがそんなこと言うなんて……」
 先ほどの言葉は本当にライトのものだろうかと戸惑いの色を浮かべるルージュに、少しだけ身を屈めたライトの声が落ちてくる。
「もう知ってるでしょ? 俺の本性気持ち
「……っ」
 それは、いつもと変わりない、穏やかで甘い声色。
「本当は、世界中に見せつけたい」
「――っ!」
 いつの間にか腰を引き寄せられ、耳元で意味深に囁かれた言葉に、ぞくりと背筋が粟立った。
「……ほ、本当に、ライト?」
 仕草も話し方も優しいのに、どこか秘めた欲望のようなものが垣間見え、ついそんなことを口にしてしまう。
 ――そんなことを、今までライトが口にしたことはない。
 それは、ライトというよりも、むしろ……。
「……誰と比べてるの?」
「っ!」
 僅かに嫉妬が滲み出る双眸を前にその先の思考回路を遮断する。
「ごめんね。独占欲も強くて」
 それから申し訳なさそうにそう苦笑したライトはいつものライトで、ルージュは小さく首を横に振る。
「……ううん……」
 そんなライトを怖いとか、嫌だと思ったわけではない。
 ただ、今までにないライトの言動に少し驚いただけ。
 むしろ……。
「こんな俺はやっぱり嫌?」
「! そんなことない……っ」
 寂しそうに見つめられ、ふるふると首を振って否定する。
「よかった」
「っ」
 ふわりと嬉しそうに微笑まれ、胸がドキリと高鳴った。
(や、やだ……っ、どうしてこんな……っ)
 ドキドキと鼓動が鳴り、顔へと熱が昇る。
 いつだって優しくて、穏やかな微笑みを崩すことのないライト。そんなライトから向けられる強い感情に、むしろときめいてしまうなんて。
(顔、熱い……っ!)
 嫉妬されて嬉しい、なんて。
 赤くなった顔を落ち着かせようと深呼吸を繰り返し、ルージュはライトと共に広々としたパーティーホールに足を踏み入れるのだった。
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