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本編
第十四話 満月の真実①
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手首に繋がれた鎖をジャラリと鳴らし、ルージュの姿を見つめたナイトはニヤリと口の端を引き上げた。
「よぉ」
「ナ、ナイト!?」
一瞬ライトかと勘違いしてしまうその人物は、けれど間違いなくナイトの方だ。
直接床に腰を下ろして膝を立てて座るナイトは、不遜な態度でちらりとルージュの後方へと視線を投げる。
そこには。
「……ルージュ……? 貴女、“ナイト”のことを知っているの……?」
「っ」
遅れて追いついたエレノアに愕然と見下ろされ、ルージュは思わず息を呑む。
ナイトがライトの部屋にいるというこの状況と、その言葉。
それらは間違いなく、ナイトがこの家の人間だということを現していて。
――『オレの存在が忌むべきものとして隠されていたとしたら?』
と、同時に、ナイトのその言葉も真実であることを伝えてくる。
今までずっと隠されてきたから。エレノアがルージュを追い返そうとしていたのは、ナイトのことを知られては困るからだったのだろう。
「……そう……。だからライトは突然こんなこと……」
「お姉様……?」
ぽつりと呟き、細い吐息を吐き出したエレノアに、ルージュの揺らめく瞳が向けられる。
それから室内のナイトに顔を向けたエレノアへ、ナイトからは「どうする」とでもいうかのような挑発的な笑みが浮かぶ。
「……お父様とお母様に話してくるわ。いつまでも隠してはおけないものね」
「それが賢明だな」
仕方がない、と諦めたように零された吐息に、ナイトはさっさと行けとばかりに可笑しそうに喉を鳴らす。
「……ルージュ。私はちょっとお父様たちのところへ行ってくるから……。ここにいても構わないけど、くれぐれもナイトには近づかないようにね」
そうして本意ではなさそうな様子でチラチラとルージュとナイトへ視線を投げながら警告し、その言葉通り廊下の向こうへ消えていくエレノアの後ろ姿を見送ったルージュは、そっと室内へと視線を戻していた。
「ナイト……?」
そこにいるのは、ルージュが会いに来たライトではなく、ナイト。
けれど、ナイトがライトの部屋にいて。しかも鎖に繋がれているというのは一体どういう状況なのだろう。
事態が理解できずに困惑するルージュへと、ナイトのくすりとした嘲笑が向けられる。
「これをしたのはライトだよ。オレが自由に動けないようにな」
「!?」
じゃらり、と鎖を掲げて見せるナイトの言葉に驚愕する。
あの、優しいライトが。どんな理由があったらそんなことを。
「鍵を持ってんのは姉貴だからな。律儀なこった」
しかも、強固な施錠魔法付きで。だから自分ではどうすることもできないのだと、やれやれと大袈裟に溜め息をついてみせるナイトは、この状況を甘んじて受け入れている節が窺える。
一体、ライトとナイトの間になにが。ライトたちの家族の中で、なにが起こっているというのだろう。
「おかげでルージュの方から近づいてくれなきゃキスもできない」
「!」
だが、そこで悪びれもなくニヤリと笑われ、ルージュの頬へは朱色が走る。
「せっかくルージュの方から会いに来てくれたってのに」
「っ、こ、こんな時になに言ってるのよ……っ!」
こんな時でも飄々としたその態度は間違いなくナイトのもの。
そして。
「ナイトに会いに来たわけじゃないわ……! 私は……っ、ライトに……っ」
そう……。ルージュはライトに会いに来たのだ。ライトと、きちんと話をするために。
それなのに。
「残念ながら、今夜はライトには会えないな」
「……どうして?」
肩を竦めて「諦めろ」と言われ、ルージュの瞳は不安定に揺らめいた。
せっかく覚悟を決めたのだ。時間を置いたらこの勇気が薄らいでしまうかもしれない。
だから、なんとしてでもライトと話しておきたいのに。
だが、そんなふうに縋るような目を向けたルージュに、ナイトは自嘲気味にくすりと笑う。
「ここにオレがいるからだよ」
「……?」
ナイトの言っていることの意味がよくわからない。
なぜ、ナイトがいるとライトに会えないというのだろう。
けれど、意味がわからないという表情を浮かべるルージュから目を逸らし、ナイトは窓の外――すっかり日の落ちた夜の空へと顔を向ける。
「……知ってるか? 今夜は綺麗な満月だ」
「満、月……?」
そこには、煌めく星々の中。一層輝く大きく丸い月が浮かんでいる。
「聞いたことくらいあるだろ? 満月の夜は、狼男が狼になる、って」
この世界は、ルージュやライトが扱うような魔法はもちろんのこと、人魚や吸血鬼、魔女といった種族が存在する。狼男も大きな集落を持つ種族の一つで、その中から選ばれた数人はルージュと同じ学園にも通っている。
とはいえ、そんな彼らが満月の夜に狼に変身するところは見たことがない。もしかしたら、ひっそりと狼に変化して、人前に姿を現さないようにしているのかもしれないけれど。
「……それがライトとナイトと、どういう関係があるっていうの?」
今夜は満月。
ルージュの目の前にいる相手はナイト。
そして、ライトには会えないという。
と、そこで、ルージュは一つの真実に思い当たる。
――ナイトがルージュの前に姿を現す時。その時は、必ず闇夜に満月が浮かんでいた……。
「!?」
「そっ。わかった?」
みるみると見開かれていくルージュの瞳に、ナイトは悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「……ま、さか……」
そんなこと、あるはずがない。
そうは思っても、目の前の状況が全てを語っている。
「ウィーズリー家の祖先には、狼男の血が混じってるんだよ」
異種族間の婚姻は珍しいものではあるものの、絶対にないわけではない。
けれど異種族間の婚姻……、というよりも出産にはリスクが伴い、症例が少ないこともあって未だにほとんど妊娠・出産に関するメカニズムは解明されていない。
異種族間に生まれた子供がどんな能力を持って生まれてくるのかも、未知数なのだ。
「ライトは……、オレたちは、まぁ……、あれだ。“先祖返り”、ってヤツだな」
ナイトが苦笑しながら告げてくるその言葉の意味。
「オレが。……いや、違うな。オレもライトなんだよ」
「!」
突然突き付けられた真実に愕然とする。
つまり、ライトとナイトは。
「……同一、人物……?」
掠れた声で洩らされたルージュの言葉に、ナイトはくすりと笑う。
「オレは、満月の夜にだけ現れる、ライトの“もう一つの人格”」
狼男の血を受け継いでいるライトは、姿が狼になるわけではなく、人格が入れ替わる。
正義感が強く、清く正しい、優しいライトは、満月の夜にだけ人格が“狼”に……――。
清廉潔白なライトにとって、そんなもう一人の自分の姿は。
「ライトがルージュに隠したくて仕方がない……、もう一人の自分」
ライトには、そんな自分が許せないのだとナイトは笑う。
「アイツの“欲望の固まり”」
ずっと前からルージュだって思っていた。ライトはルージュのことを本当に本当に大切に思ってくれているから。そんな欲があったとしても、理性で綺麗に隠しているだけなのだろうと。
けれど、もし。その強固な理性が外れてしまったとしたら。
「ライトは優しいヤツなんかじゃない。本当は、心の奥底に獰猛な獣を飼ってて隠してるだけの……。欲望まみれの男だよ」
「よぉ」
「ナ、ナイト!?」
一瞬ライトかと勘違いしてしまうその人物は、けれど間違いなくナイトの方だ。
直接床に腰を下ろして膝を立てて座るナイトは、不遜な態度でちらりとルージュの後方へと視線を投げる。
そこには。
「……ルージュ……? 貴女、“ナイト”のことを知っているの……?」
「っ」
遅れて追いついたエレノアに愕然と見下ろされ、ルージュは思わず息を呑む。
ナイトがライトの部屋にいるというこの状況と、その言葉。
それらは間違いなく、ナイトがこの家の人間だということを現していて。
――『オレの存在が忌むべきものとして隠されていたとしたら?』
と、同時に、ナイトのその言葉も真実であることを伝えてくる。
今までずっと隠されてきたから。エレノアがルージュを追い返そうとしていたのは、ナイトのことを知られては困るからだったのだろう。
「……そう……。だからライトは突然こんなこと……」
「お姉様……?」
ぽつりと呟き、細い吐息を吐き出したエレノアに、ルージュの揺らめく瞳が向けられる。
それから室内のナイトに顔を向けたエレノアへ、ナイトからは「どうする」とでもいうかのような挑発的な笑みが浮かぶ。
「……お父様とお母様に話してくるわ。いつまでも隠してはおけないものね」
「それが賢明だな」
仕方がない、と諦めたように零された吐息に、ナイトはさっさと行けとばかりに可笑しそうに喉を鳴らす。
「……ルージュ。私はちょっとお父様たちのところへ行ってくるから……。ここにいても構わないけど、くれぐれもナイトには近づかないようにね」
そうして本意ではなさそうな様子でチラチラとルージュとナイトへ視線を投げながら警告し、その言葉通り廊下の向こうへ消えていくエレノアの後ろ姿を見送ったルージュは、そっと室内へと視線を戻していた。
「ナイト……?」
そこにいるのは、ルージュが会いに来たライトではなく、ナイト。
けれど、ナイトがライトの部屋にいて。しかも鎖に繋がれているというのは一体どういう状況なのだろう。
事態が理解できずに困惑するルージュへと、ナイトのくすりとした嘲笑が向けられる。
「これをしたのはライトだよ。オレが自由に動けないようにな」
「!?」
じゃらり、と鎖を掲げて見せるナイトの言葉に驚愕する。
あの、優しいライトが。どんな理由があったらそんなことを。
「鍵を持ってんのは姉貴だからな。律儀なこった」
しかも、強固な施錠魔法付きで。だから自分ではどうすることもできないのだと、やれやれと大袈裟に溜め息をついてみせるナイトは、この状況を甘んじて受け入れている節が窺える。
一体、ライトとナイトの間になにが。ライトたちの家族の中で、なにが起こっているというのだろう。
「おかげでルージュの方から近づいてくれなきゃキスもできない」
「!」
だが、そこで悪びれもなくニヤリと笑われ、ルージュの頬へは朱色が走る。
「せっかくルージュの方から会いに来てくれたってのに」
「っ、こ、こんな時になに言ってるのよ……っ!」
こんな時でも飄々としたその態度は間違いなくナイトのもの。
そして。
「ナイトに会いに来たわけじゃないわ……! 私は……っ、ライトに……っ」
そう……。ルージュはライトに会いに来たのだ。ライトと、きちんと話をするために。
それなのに。
「残念ながら、今夜はライトには会えないな」
「……どうして?」
肩を竦めて「諦めろ」と言われ、ルージュの瞳は不安定に揺らめいた。
せっかく覚悟を決めたのだ。時間を置いたらこの勇気が薄らいでしまうかもしれない。
だから、なんとしてでもライトと話しておきたいのに。
だが、そんなふうに縋るような目を向けたルージュに、ナイトは自嘲気味にくすりと笑う。
「ここにオレがいるからだよ」
「……?」
ナイトの言っていることの意味がよくわからない。
なぜ、ナイトがいるとライトに会えないというのだろう。
けれど、意味がわからないという表情を浮かべるルージュから目を逸らし、ナイトは窓の外――すっかり日の落ちた夜の空へと顔を向ける。
「……知ってるか? 今夜は綺麗な満月だ」
「満、月……?」
そこには、煌めく星々の中。一層輝く大きく丸い月が浮かんでいる。
「聞いたことくらいあるだろ? 満月の夜は、狼男が狼になる、って」
この世界は、ルージュやライトが扱うような魔法はもちろんのこと、人魚や吸血鬼、魔女といった種族が存在する。狼男も大きな集落を持つ種族の一つで、その中から選ばれた数人はルージュと同じ学園にも通っている。
とはいえ、そんな彼らが満月の夜に狼に変身するところは見たことがない。もしかしたら、ひっそりと狼に変化して、人前に姿を現さないようにしているのかもしれないけれど。
「……それがライトとナイトと、どういう関係があるっていうの?」
今夜は満月。
ルージュの目の前にいる相手はナイト。
そして、ライトには会えないという。
と、そこで、ルージュは一つの真実に思い当たる。
――ナイトがルージュの前に姿を現す時。その時は、必ず闇夜に満月が浮かんでいた……。
「!?」
「そっ。わかった?」
みるみると見開かれていくルージュの瞳に、ナイトは悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「……ま、さか……」
そんなこと、あるはずがない。
そうは思っても、目の前の状況が全てを語っている。
「ウィーズリー家の祖先には、狼男の血が混じってるんだよ」
異種族間の婚姻は珍しいものではあるものの、絶対にないわけではない。
けれど異種族間の婚姻……、というよりも出産にはリスクが伴い、症例が少ないこともあって未だにほとんど妊娠・出産に関するメカニズムは解明されていない。
異種族間に生まれた子供がどんな能力を持って生まれてくるのかも、未知数なのだ。
「ライトは……、オレたちは、まぁ……、あれだ。“先祖返り”、ってヤツだな」
ナイトが苦笑しながら告げてくるその言葉の意味。
「オレが。……いや、違うな。オレもライトなんだよ」
「!」
突然突き付けられた真実に愕然とする。
つまり、ライトとナイトは。
「……同一、人物……?」
掠れた声で洩らされたルージュの言葉に、ナイトはくすりと笑う。
「オレは、満月の夜にだけ現れる、ライトの“もう一つの人格”」
狼男の血を受け継いでいるライトは、姿が狼になるわけではなく、人格が入れ替わる。
正義感が強く、清く正しい、優しいライトは、満月の夜にだけ人格が“狼”に……――。
清廉潔白なライトにとって、そんなもう一人の自分の姿は。
「ライトがルージュに隠したくて仕方がない……、もう一人の自分」
ライトには、そんな自分が許せないのだとナイトは笑う。
「アイツの“欲望の固まり”」
ずっと前からルージュだって思っていた。ライトはルージュのことを本当に本当に大切に思ってくれているから。そんな欲があったとしても、理性で綺麗に隠しているだけなのだろうと。
けれど、もし。その強固な理性が外れてしまったとしたら。
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