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本編
第十ニ話 恋する気持ち①
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それからは、学園内で会っても一言二言言葉を交わすだけで、気まずい日々が続いていた。
ルージュを明らかに避けている……、ということはなかったが、今までのように特に用事がなくても会いに来てくれる、というようなことはない。ばったりと会った時に、不自然ではない程度の日常会話をするくらい。
そんな二人の、今までになかったぎくしゃくとした雰囲気は、すぐに仲のいい友人たちには伝わってしまっていた。大丈夫なのかと気遣うような目を向けられて、ルージュは曖昧な笑みを返すことしかできずにいた。
だから。
ずっとライトに仄かな想いを寄せていた少女たちが、ここぞとばかりに二人の仲を引き裂こうと画策しても、それは当然の流れかもしれなかった。
「いつも我が物顔でライトの傍に侍っていたのにねっ?」
「いい気味」
「やっとライトも目が覚めたんじゃない?」
くすくすと。わざとこちらに聞こえる音量で交わされる陰口。
「幼馴染だかなんだか知らないけど、そんな小さな頃に交わした約束に今までずっと縛られて」
「母親同士が親友だからって、どうせそこに付け込んだんでしょ」
「ライトは優しいから。今まで断れなかっただけなんじゃない? 可哀想」
休み時間にルージュと廊下で話していたアメリアの眉根が、そのこそこそ話を耳にして吊り上がる。
「っ! ちょっと……! 貴女たち……っ!」
キ……ッ! と少女たちを睨み付け、今にも食ってかかりそうな様子の親友に、ルージュは困ったように眉を下げる。
「アメリア。いいから」
「っ、だって! ルージュ……!」
ぐっ、と悔し気に唇を噛み締めて、ルージュの代わりに怒りを露わにするアメリアへ、ルージュは苦笑と共にゆっくりと首を横に振る。
「いいの。言いたい人には言わせておけば」
「……ルージュ……」
ルージュとライトの間に起こった出来事も、ルージュの気持ちもライトの気持ちも、他の誰にもわからない。
そして、それと同じように、密かにライトに想いを寄せてきた彼女たちの気持ちも。
「ライトをずっと一人占めしてきた自覚はあるもの」
「! なに言ってるの! それは当然でしょ!?」
ルージュとライトは、幼い頃からの恋人同士で、互いの親も認めた婚約者同士。
そんなことは当然の権利だと声を上げるアメリアに、ルージュは曖昧な笑みを浮かべてみせる。
今までずっと、優しいライトの愛情に包まれて、なんの不安も抱くことなくやってきた。
だから、ルージュは贅沢にも、好きな人に振り向いてもらえない、切ない恋心というものを味わったことがない。
それが、ほんの少し……。こんなことになった今、少しだけ理解できるような気がした。
それでも。
「そもそも、ライトがルージュにべた惚れなのは誰の目から見ても明らかじゃない……! なんなのよ、あの女たち……! 目が腐ってるの!?」
「アメリア……」
「十年以上一度も喧嘩したことがない方が異常なくらいだもの。そんな時だってあるわよっ」
ルージュの代わりにぷりぷりと怒るアメリアに、思わず笑みを誘われる。
そう……。ルージュとライトは、幼い頃に出逢ってからずっと、一度も喧嘩というものをしたことがない。
いつだって優しいライトに甘やかされて、それが当たり前のことだった。
アメリアの言うように、ライトが他の女の子に目を向けたことは一度もなくて。
「……ありがとう」
仄かに微笑んで喜びを口にすれば、アメリアは仕方ないわねとばかりに肩を落とす。
「理由は……、教えてくれないんでしょう?」
「……ごめんなさい」
今度は申し訳なさそうに謝るルージュに、アメリアはやれやれという反応をしながらも苦笑する。
「いいわよ、別に。馬に蹴られるような内容かもしれないし」
「え……?」
アメリアから向けられる瞳は、なぜか少しばかり悪戯っぽい色を滲み出す。
「あのライトが狼に変身しちゃって、気まずくて近寄れない……、とか」
それは恐らく、少しばかり重くなってしまったその場の空気を和ませるための冗談だったに違いない。
けれど、くす、とからかうように向けられた瞳に、ルージュは思わず息を呑む。
「っ」
「……え。なにそれ。図星なの?」
そんなルージュのぎくりとしたような反応に、アメリアの瞳はみるみると丸くなった。
「ち、違……っ」
「あの、ライトが?」
信じられない、と見開かれる瞳は、普段のライトがどれだけ穏やかな性格をしているかを如実に語っている。
「っだから違うって……!」
ライトの名誉のためにも、ルージュは慌ててそれを否定する。
とはいえ、確かにそれは誤解だけれど、ある意味では間違ってもいない。
まるでライトが“狼”になってしまったかのような、ライトが強引になっただけのような、そんなナイトに迫られた。
ルージュがナイトを拒み切れない大きな理由はそこにあると言ってもいい。
本当に。まるでライトに迫られているような感覚に陥って、そのまま抵抗を忘れてしまうのだ。
「ふ~ん……?」
「アメリア……ッ!」
今だに疑うように向けられる眼差しに、少しだけ赤くなった顔で声を上げる。
「まぁ、いいけどね。どっちでも」
あまりにも必死なルージュの様子に、それ以上の追及を諦めたらしいアメリアは、最後にくすりと意味深な笑みを洩らし――。それからこの話はこれで終わりだとばかりに肩を竦め、別の話題へと話を変える。
「それより、今度の休みにみんなで観劇に行こう、って話が出てるんだけど」
みんな、というのは、ルージュとライト、そしてアメリアを含めた、昔から仲良くしている女子三人男子三人のグループだ。
「新しい演目が評判がよくて。この前その話で盛り上がったのよね」
それでみんなで行こうという話になったのだと言って、アメリアはルージュを誘ってくる。
「来るでしょ?」
ルージュも。ライトも。
仲間内みんなで行く分には少しは気が紛れるだろうと告げてくるアメリアの気遣いに、ルージュの瞳は揺れ動く。
「アメリア……」
「女子は女子、男子は男子で、ね?」
「うん……」
一緒に行きつつ、それぞれで盛り上がって楽しもうと悪戯っぽく笑われて、ルージュはこくりと頷いた。
「早く仲直りしなさいよ~?」
明るく笑うアメリアに癒される。
「ありがとう」
そもそも喧嘩をしたわけではないのだけれど。
そう笑い返し、ルージュはライトがいるであろう教室の方へとちらりと視線を投げていた。
ルージュを明らかに避けている……、ということはなかったが、今までのように特に用事がなくても会いに来てくれる、というようなことはない。ばったりと会った時に、不自然ではない程度の日常会話をするくらい。
そんな二人の、今までになかったぎくしゃくとした雰囲気は、すぐに仲のいい友人たちには伝わってしまっていた。大丈夫なのかと気遣うような目を向けられて、ルージュは曖昧な笑みを返すことしかできずにいた。
だから。
ずっとライトに仄かな想いを寄せていた少女たちが、ここぞとばかりに二人の仲を引き裂こうと画策しても、それは当然の流れかもしれなかった。
「いつも我が物顔でライトの傍に侍っていたのにねっ?」
「いい気味」
「やっとライトも目が覚めたんじゃない?」
くすくすと。わざとこちらに聞こえる音量で交わされる陰口。
「幼馴染だかなんだか知らないけど、そんな小さな頃に交わした約束に今までずっと縛られて」
「母親同士が親友だからって、どうせそこに付け込んだんでしょ」
「ライトは優しいから。今まで断れなかっただけなんじゃない? 可哀想」
休み時間にルージュと廊下で話していたアメリアの眉根が、そのこそこそ話を耳にして吊り上がる。
「っ! ちょっと……! 貴女たち……っ!」
キ……ッ! と少女たちを睨み付け、今にも食ってかかりそうな様子の親友に、ルージュは困ったように眉を下げる。
「アメリア。いいから」
「っ、だって! ルージュ……!」
ぐっ、と悔し気に唇を噛み締めて、ルージュの代わりに怒りを露わにするアメリアへ、ルージュは苦笑と共にゆっくりと首を横に振る。
「いいの。言いたい人には言わせておけば」
「……ルージュ……」
ルージュとライトの間に起こった出来事も、ルージュの気持ちもライトの気持ちも、他の誰にもわからない。
そして、それと同じように、密かにライトに想いを寄せてきた彼女たちの気持ちも。
「ライトをずっと一人占めしてきた自覚はあるもの」
「! なに言ってるの! それは当然でしょ!?」
ルージュとライトは、幼い頃からの恋人同士で、互いの親も認めた婚約者同士。
そんなことは当然の権利だと声を上げるアメリアに、ルージュは曖昧な笑みを浮かべてみせる。
今までずっと、優しいライトの愛情に包まれて、なんの不安も抱くことなくやってきた。
だから、ルージュは贅沢にも、好きな人に振り向いてもらえない、切ない恋心というものを味わったことがない。
それが、ほんの少し……。こんなことになった今、少しだけ理解できるような気がした。
それでも。
「そもそも、ライトがルージュにべた惚れなのは誰の目から見ても明らかじゃない……! なんなのよ、あの女たち……! 目が腐ってるの!?」
「アメリア……」
「十年以上一度も喧嘩したことがない方が異常なくらいだもの。そんな時だってあるわよっ」
ルージュの代わりにぷりぷりと怒るアメリアに、思わず笑みを誘われる。
そう……。ルージュとライトは、幼い頃に出逢ってからずっと、一度も喧嘩というものをしたことがない。
いつだって優しいライトに甘やかされて、それが当たり前のことだった。
アメリアの言うように、ライトが他の女の子に目を向けたことは一度もなくて。
「……ありがとう」
仄かに微笑んで喜びを口にすれば、アメリアは仕方ないわねとばかりに肩を落とす。
「理由は……、教えてくれないんでしょう?」
「……ごめんなさい」
今度は申し訳なさそうに謝るルージュに、アメリアはやれやれという反応をしながらも苦笑する。
「いいわよ、別に。馬に蹴られるような内容かもしれないし」
「え……?」
アメリアから向けられる瞳は、なぜか少しばかり悪戯っぽい色を滲み出す。
「あのライトが狼に変身しちゃって、気まずくて近寄れない……、とか」
それは恐らく、少しばかり重くなってしまったその場の空気を和ませるための冗談だったに違いない。
けれど、くす、とからかうように向けられた瞳に、ルージュは思わず息を呑む。
「っ」
「……え。なにそれ。図星なの?」
そんなルージュのぎくりとしたような反応に、アメリアの瞳はみるみると丸くなった。
「ち、違……っ」
「あの、ライトが?」
信じられない、と見開かれる瞳は、普段のライトがどれだけ穏やかな性格をしているかを如実に語っている。
「っだから違うって……!」
ライトの名誉のためにも、ルージュは慌ててそれを否定する。
とはいえ、確かにそれは誤解だけれど、ある意味では間違ってもいない。
まるでライトが“狼”になってしまったかのような、ライトが強引になっただけのような、そんなナイトに迫られた。
ルージュがナイトを拒み切れない大きな理由はそこにあると言ってもいい。
本当に。まるでライトに迫られているような感覚に陥って、そのまま抵抗を忘れてしまうのだ。
「ふ~ん……?」
「アメリア……ッ!」
今だに疑うように向けられる眼差しに、少しだけ赤くなった顔で声を上げる。
「まぁ、いいけどね。どっちでも」
あまりにも必死なルージュの様子に、それ以上の追及を諦めたらしいアメリアは、最後にくすりと意味深な笑みを洩らし――。それからこの話はこれで終わりだとばかりに肩を竦め、別の話題へと話を変える。
「それより、今度の休みにみんなで観劇に行こう、って話が出てるんだけど」
みんな、というのは、ルージュとライト、そしてアメリアを含めた、昔から仲良くしている女子三人男子三人のグループだ。
「新しい演目が評判がよくて。この前その話で盛り上がったのよね」
それでみんなで行こうという話になったのだと言って、アメリアはルージュを誘ってくる。
「来るでしょ?」
ルージュも。ライトも。
仲間内みんなで行く分には少しは気が紛れるだろうと告げてくるアメリアの気遣いに、ルージュの瞳は揺れ動く。
「アメリア……」
「女子は女子、男子は男子で、ね?」
「うん……」
一緒に行きつつ、それぞれで盛り上がって楽しもうと悪戯っぽく笑われて、ルージュはこくりと頷いた。
「早く仲直りしなさいよ~?」
明るく笑うアメリアに癒される。
「ありがとう」
そもそも喧嘩をしたわけではないのだけれど。
そう笑い返し、ルージュはライトがいるであろう教室の方へとちらりと視線を投げていた。
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