13 / 39
本編
第十ニ話 恋する気持ち①
しおりを挟む
それからは、学園内で会っても一言二言言葉を交わすだけで、気まずい日々が続いていた。
ルージュを明らかに避けている……、ということはなかったが、今までのように特に用事がなくても会いに来てくれる、というようなことはない。ばったりと会った時に、不自然ではない程度の日常会話をするくらい。
そんな二人の、今までになかったぎくしゃくとした雰囲気は、すぐに仲のいい友人たちには伝わってしまっていた。大丈夫なのかと気遣うような目を向けられて、ルージュは曖昧な笑みを返すことしかできずにいた。
だから。
ずっとライトに仄かな想いを寄せていた少女たちが、ここぞとばかりに二人の仲を引き裂こうと画策しても、それは当然の流れかもしれなかった。
「いつも我が物顔でライトの傍に侍っていたのにねっ?」
「いい気味」
「やっとライトも目が覚めたんじゃない?」
くすくすと。わざとこちらに聞こえる音量で交わされる陰口。
「幼馴染だかなんだか知らないけど、そんな小さな頃に交わした約束に今までずっと縛られて」
「母親同士が親友だからって、どうせそこに付け込んだんでしょ」
「ライトは優しいから。今まで断れなかっただけなんじゃない? 可哀想」
休み時間にルージュと廊下で話していたアメリアの眉根が、そのこそこそ話を耳にして吊り上がる。
「っ! ちょっと……! 貴女たち……っ!」
キ……ッ! と少女たちを睨み付け、今にも食ってかかりそうな様子の親友に、ルージュは困ったように眉を下げる。
「アメリア。いいから」
「っ、だって! ルージュ……!」
ぐっ、と悔し気に唇を噛み締めて、ルージュの代わりに怒りを露わにするアメリアへ、ルージュは苦笑と共にゆっくりと首を横に振る。
「いいの。言いたい人には言わせておけば」
「……ルージュ……」
ルージュとライトの間に起こった出来事も、ルージュの気持ちもライトの気持ちも、他の誰にもわからない。
そして、それと同じように、密かにライトに想いを寄せてきた彼女たちの気持ちも。
「ライトをずっと一人占めしてきた自覚はあるもの」
「! なに言ってるの! それは当然でしょ!?」
ルージュとライトは、幼い頃からの恋人同士で、互いの親も認めた婚約者同士。
そんなことは当然の権利だと声を上げるアメリアに、ルージュは曖昧な笑みを浮かべてみせる。
今までずっと、優しいライトの愛情に包まれて、なんの不安も抱くことなくやってきた。
だから、ルージュは贅沢にも、好きな人に振り向いてもらえない、切ない恋心というものを味わったことがない。
それが、ほんの少し……。こんなことになった今、少しだけ理解できるような気がした。
それでも。
「そもそも、ライトがルージュにべた惚れなのは誰の目から見ても明らかじゃない……! なんなのよ、あの女たち……! 目が腐ってるの!?」
「アメリア……」
「十年以上一度も喧嘩したことがない方が異常なくらいだもの。そんな時だってあるわよっ」
ルージュの代わりにぷりぷりと怒るアメリアに、思わず笑みを誘われる。
そう……。ルージュとライトは、幼い頃に出逢ってからずっと、一度も喧嘩というものをしたことがない。
いつだって優しいライトに甘やかされて、それが当たり前のことだった。
アメリアの言うように、ライトが他の女の子に目を向けたことは一度もなくて。
「……ありがとう」
仄かに微笑んで喜びを口にすれば、アメリアは仕方ないわねとばかりに肩を落とす。
「理由は……、教えてくれないんでしょう?」
「……ごめんなさい」
今度は申し訳なさそうに謝るルージュに、アメリアはやれやれという反応をしながらも苦笑する。
「いいわよ、別に。馬に蹴られるような内容かもしれないし」
「え……?」
アメリアから向けられる瞳は、なぜか少しばかり悪戯っぽい色を滲み出す。
「あのライトが狼に変身しちゃって、気まずくて近寄れない……、とか」
それは恐らく、少しばかり重くなってしまったその場の空気を和ませるための冗談だったに違いない。
けれど、くす、とからかうように向けられた瞳に、ルージュは思わず息を呑む。
「っ」
「……え。なにそれ。図星なの?」
そんなルージュのぎくりとしたような反応に、アメリアの瞳はみるみると丸くなった。
「ち、違……っ」
「あの、ライトが?」
信じられない、と見開かれる瞳は、普段のライトがどれだけ穏やかな性格をしているかを如実に語っている。
「っだから違うって……!」
ライトの名誉のためにも、ルージュは慌ててそれを否定する。
とはいえ、確かにそれは誤解だけれど、ある意味では間違ってもいない。
まるでライトが“狼”になってしまったかのような、ライトが強引になっただけのような、そんなナイトに迫られた。
ルージュがナイトを拒み切れない大きな理由はそこにあると言ってもいい。
本当に。まるでライトに迫られているような感覚に陥って、そのまま抵抗を忘れてしまうのだ。
「ふ~ん……?」
「アメリア……ッ!」
今だに疑うように向けられる眼差しに、少しだけ赤くなった顔で声を上げる。
「まぁ、いいけどね。どっちでも」
あまりにも必死なルージュの様子に、それ以上の追及を諦めたらしいアメリアは、最後にくすりと意味深な笑みを洩らし――。それからこの話はこれで終わりだとばかりに肩を竦め、別の話題へと話を変える。
「それより、今度の休みにみんなで観劇に行こう、って話が出てるんだけど」
みんな、というのは、ルージュとライト、そしてアメリアを含めた、昔から仲良くしている女子三人男子三人のグループだ。
「新しい演目が評判がよくて。この前その話で盛り上がったのよね」
それでみんなで行こうという話になったのだと言って、アメリアはルージュを誘ってくる。
「来るでしょ?」
ルージュも。ライトも。
仲間内みんなで行く分には少しは気が紛れるだろうと告げてくるアメリアの気遣いに、ルージュの瞳は揺れ動く。
「アメリア……」
「女子は女子、男子は男子で、ね?」
「うん……」
一緒に行きつつ、それぞれで盛り上がって楽しもうと悪戯っぽく笑われて、ルージュはこくりと頷いた。
「早く仲直りしなさいよ~?」
明るく笑うアメリアに癒される。
「ありがとう」
そもそも喧嘩をしたわけではないのだけれど。
そう笑い返し、ルージュはライトがいるであろう教室の方へとちらりと視線を投げていた。
ルージュを明らかに避けている……、ということはなかったが、今までのように特に用事がなくても会いに来てくれる、というようなことはない。ばったりと会った時に、不自然ではない程度の日常会話をするくらい。
そんな二人の、今までになかったぎくしゃくとした雰囲気は、すぐに仲のいい友人たちには伝わってしまっていた。大丈夫なのかと気遣うような目を向けられて、ルージュは曖昧な笑みを返すことしかできずにいた。
だから。
ずっとライトに仄かな想いを寄せていた少女たちが、ここぞとばかりに二人の仲を引き裂こうと画策しても、それは当然の流れかもしれなかった。
「いつも我が物顔でライトの傍に侍っていたのにねっ?」
「いい気味」
「やっとライトも目が覚めたんじゃない?」
くすくすと。わざとこちらに聞こえる音量で交わされる陰口。
「幼馴染だかなんだか知らないけど、そんな小さな頃に交わした約束に今までずっと縛られて」
「母親同士が親友だからって、どうせそこに付け込んだんでしょ」
「ライトは優しいから。今まで断れなかっただけなんじゃない? 可哀想」
休み時間にルージュと廊下で話していたアメリアの眉根が、そのこそこそ話を耳にして吊り上がる。
「っ! ちょっと……! 貴女たち……っ!」
キ……ッ! と少女たちを睨み付け、今にも食ってかかりそうな様子の親友に、ルージュは困ったように眉を下げる。
「アメリア。いいから」
「っ、だって! ルージュ……!」
ぐっ、と悔し気に唇を噛み締めて、ルージュの代わりに怒りを露わにするアメリアへ、ルージュは苦笑と共にゆっくりと首を横に振る。
「いいの。言いたい人には言わせておけば」
「……ルージュ……」
ルージュとライトの間に起こった出来事も、ルージュの気持ちもライトの気持ちも、他の誰にもわからない。
そして、それと同じように、密かにライトに想いを寄せてきた彼女たちの気持ちも。
「ライトをずっと一人占めしてきた自覚はあるもの」
「! なに言ってるの! それは当然でしょ!?」
ルージュとライトは、幼い頃からの恋人同士で、互いの親も認めた婚約者同士。
そんなことは当然の権利だと声を上げるアメリアに、ルージュは曖昧な笑みを浮かべてみせる。
今までずっと、優しいライトの愛情に包まれて、なんの不安も抱くことなくやってきた。
だから、ルージュは贅沢にも、好きな人に振り向いてもらえない、切ない恋心というものを味わったことがない。
それが、ほんの少し……。こんなことになった今、少しだけ理解できるような気がした。
それでも。
「そもそも、ライトがルージュにべた惚れなのは誰の目から見ても明らかじゃない……! なんなのよ、あの女たち……! 目が腐ってるの!?」
「アメリア……」
「十年以上一度も喧嘩したことがない方が異常なくらいだもの。そんな時だってあるわよっ」
ルージュの代わりにぷりぷりと怒るアメリアに、思わず笑みを誘われる。
そう……。ルージュとライトは、幼い頃に出逢ってからずっと、一度も喧嘩というものをしたことがない。
いつだって優しいライトに甘やかされて、それが当たり前のことだった。
アメリアの言うように、ライトが他の女の子に目を向けたことは一度もなくて。
「……ありがとう」
仄かに微笑んで喜びを口にすれば、アメリアは仕方ないわねとばかりに肩を落とす。
「理由は……、教えてくれないんでしょう?」
「……ごめんなさい」
今度は申し訳なさそうに謝るルージュに、アメリアはやれやれという反応をしながらも苦笑する。
「いいわよ、別に。馬に蹴られるような内容かもしれないし」
「え……?」
アメリアから向けられる瞳は、なぜか少しばかり悪戯っぽい色を滲み出す。
「あのライトが狼に変身しちゃって、気まずくて近寄れない……、とか」
それは恐らく、少しばかり重くなってしまったその場の空気を和ませるための冗談だったに違いない。
けれど、くす、とからかうように向けられた瞳に、ルージュは思わず息を呑む。
「っ」
「……え。なにそれ。図星なの?」
そんなルージュのぎくりとしたような反応に、アメリアの瞳はみるみると丸くなった。
「ち、違……っ」
「あの、ライトが?」
信じられない、と見開かれる瞳は、普段のライトがどれだけ穏やかな性格をしているかを如実に語っている。
「っだから違うって……!」
ライトの名誉のためにも、ルージュは慌ててそれを否定する。
とはいえ、確かにそれは誤解だけれど、ある意味では間違ってもいない。
まるでライトが“狼”になってしまったかのような、ライトが強引になっただけのような、そんなナイトに迫られた。
ルージュがナイトを拒み切れない大きな理由はそこにあると言ってもいい。
本当に。まるでライトに迫られているような感覚に陥って、そのまま抵抗を忘れてしまうのだ。
「ふ~ん……?」
「アメリア……ッ!」
今だに疑うように向けられる眼差しに、少しだけ赤くなった顔で声を上げる。
「まぁ、いいけどね。どっちでも」
あまりにも必死なルージュの様子に、それ以上の追及を諦めたらしいアメリアは、最後にくすりと意味深な笑みを洩らし――。それからこの話はこれで終わりだとばかりに肩を竦め、別の話題へと話を変える。
「それより、今度の休みにみんなで観劇に行こう、って話が出てるんだけど」
みんな、というのは、ルージュとライト、そしてアメリアを含めた、昔から仲良くしている女子三人男子三人のグループだ。
「新しい演目が評判がよくて。この前その話で盛り上がったのよね」
それでみんなで行こうという話になったのだと言って、アメリアはルージュを誘ってくる。
「来るでしょ?」
ルージュも。ライトも。
仲間内みんなで行く分には少しは気が紛れるだろうと告げてくるアメリアの気遣いに、ルージュの瞳は揺れ動く。
「アメリア……」
「女子は女子、男子は男子で、ね?」
「うん……」
一緒に行きつつ、それぞれで盛り上がって楽しもうと悪戯っぽく笑われて、ルージュはこくりと頷いた。
「早く仲直りしなさいよ~?」
明るく笑うアメリアに癒される。
「ありがとう」
そもそも喧嘩をしたわけではないのだけれど。
そう笑い返し、ルージュはライトがいるであろう教室の方へとちらりと視線を投げていた。
0
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
会社の後輩が諦めてくれません
碧井夢夏
恋愛
満員電車で助けた就活生が会社まで追いかけてきた。
彼女、赤堀結は恩返しをするために入社した鶴だと言った。
亀じゃなくて良かったな・・
と思ったのは、松味食品の営業部エース、茶谷吾郎。
結は吾郎が何度振っても諦めない。
むしろ、変に条件を出してくる。
誰に対しても失礼な男と、彼のことが大好きな彼女のラブコメディ。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
小野寺社長のお気に入り
茜色
恋愛
朝岡渚(あさおかなぎさ)、28歳。小さなイベント企画会社に転職して以来、社長のアシスタント兼お守り役として振り回される毎日。34歳の社長・小野寺貢(おのでらみつぐ)は、ルックスは良いが生活態度はいい加減、デリカシーに欠ける困った男。
悪天候の夜、残業で家に帰れなくなった渚は小野寺と応接室で仮眠をとることに。思いがけず緊張する渚に、「おまえ、あんまり男を知らないだろう」と小野寺が突然迫ってきて・・・。
☆全19話です。「オフィスラブ」と謳っていますが、あまりオフィスっぽくありません。
☆「ムーンライトノベルズ」様にも掲載しています。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。

離婚した彼女は死ぬことにした
まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。
-----------------
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
-----------------
とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。
まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。
書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。
作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる