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本編
第十一話 告白②
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「……ライト。話があるの」
そうして週が明け。緊張の面持ちでそう切り出したルージュに、ライトは二人きりの時間を作ってくれた。
思いつめた様子でいるルージュになにか思うところがあったのだろう。学園内ではなく、わざわざ街中の個室のあるカフェの一室で、ルージュはライトと向かい合って座っていた。
「どうしたの?」
そう微笑んでルージュの顔を窺ってくるライトは、決して急くことなく優しく先の言葉を待ってくれている。
「……ラ、ライトに……っ、聞きたいことがあって……っ」
全て話そうと決意したものの、いざこうしてライトを前にすると、心臓がバクバクと脈打って、背中にはじわりとした嫌な汗が滲む。
「聞きたいこと?」
「……その……っ」
不思議そうに瞬く瞳に、ぎゅ、と手を握り込む。
話す順序をいろいろと考えていたはずなのに、頭の中はぐるぐると思考が回り、もはやなにから話したらいいのかわからなくなっていた。
「……ナ……、“ナイト”って……」
知ってる? 誰? ライトの弟?
多くの疑問が頭に浮かぶ。
ナイトがライトの双子の弟だというのは、ナイト自身の自己申告だ。
ライトにそっくりなナイトがライトと双子の兄弟ではないなどということはありえないとは思うものの、それでもその言葉が嘘だという可能性が全くないわけではない。
けれど、喉が絡んで一度質問を止めてしまったルージュの言葉に返されたライトの反応は。
「――っ!?」
その名前を聞いた瞬間、大きく見張られた瞳が動揺で揺らいだのがわかって、ルージュもまた動揺する。
「……ライト……?」
おずおずと声をかければ、青白い顔をしたライトがルージュの顔を見つめてくる。
「……“ナイト”を……、知っているの?」
「……え……」
それは、明らかに、ライトがナイトのことを知っていることを示していて。
「……ラ、ライト……?」
色を失ったライトの表情に、自分は知ってはならないことを知ってしまったのかと背中に冷たい汗が流れていく。
――『もし、生まれた時からずっと、オレの存在が忌むべきものとして隠されていたとしたら?』
その言葉通り、ナイトが外部に知られてはならない存在だったとしたならば。
相手にずっと隠し事をしてきたのは、ルージュではなくライトの方だということになる。
――この、誠実で優しいライトが。
初めて出逢った時から十年以上。ライトは……、ライトの家族も、ルージュを騙してきたのだろうか。
「……ナイト、に、会った、の?」
「……ぇ……、う、うん……」
怖々と口にされる確認に、どんな言葉を返していいのかわからず、ただ肯定を示して頷いた。
「……ナイトは、なんて?」
ルージュの出方を窺うような、探るような瞳が向けられる。
「……ライトの、双子の弟だ、って……」
この世界は魔法が存在する世界だけれど、どんな大魔法使いでも、他人の姿そっくりに変化するようなことは不可能だ。
瓜二つの顔をしていて他人の空似、などということがあるはずもない。つまり、双子の弟、というのは本当のことなのだろうか。
「それで……。ナイトとなにか話した? ……なにも、されなかった?」
「っ!」
じっと瞳を覗き込まれて息を呑む。
今日は、そのこともきちんと話さなくてはならないと思っていたのだ。
とはいえ、いきなりすぎるその質問に、心の準備が間に合わない。
「っ、されたの!?」
「そ……っ、それは……っ」
ガタリと席を立ちかけるライトに、変に焦った声が出る。
ナイトにされたことを隠すつもりはもはやない。それでも、全てを語るには覚悟がいる。
「アイツがルージュに会ってなにもしないはずはない……っ! まさか……っ」
「!」
途端、珍しくも感情を露わにして眉を吊り上げたライトに、ルージュはぎゅっとスカートの膝元を握り込むと身体を硬くする。
「ご、ごめんなさい……っ」
「ルージュ!?」
俯き、硬く目を閉ざして謝るルージュに、ライトの焦燥の声が上がる。
「っアイツに、なにを……っ」
怒りさえ感じるその声色は、ライトがナイトのことを決して良くは思っていないことを伝えてくる。
この、温和で誰にでも分け隔てなく優しいライトが。
二人の間に、一体なにがあるというのだろう。
「……キス、を……」
とても黙ってはいられずに、ルージュは覚悟を決めると口を開く。
「……それだけ?」
「……っ」
疑うような瞳を向けられて肩が揺れた。
「っ、ルージュ……!?」
「……そ、れは……」
初めて会ったナイトのことを、ライトだと思ってキスをした。
そしてその先も……。初めてのあの時は、相手がライトだと思っていたから受け入れただけだった。
けれど、その後は。
満月の夜に現れた、二度目三度目の逢瀬は。
「……っごめんなさい……っ」
ライトが欠席のはずのパーティーに現れた、ライトとそっくりな双子の弟――、ナイトのことをライトだと疑わず、そのまま受け入れかけてしまったこと。
その後も理由をつけて現れたナイトに、あれこれと身体を触られてしまったこと。
それらの詳細を話すことはかなりの羞恥が湧いたものの、全て包み隠さず告げるルージュに、ライトの顔色はどんどんと悪くなっていく。
「……」
全てを話し終え、ライトの顔を見ることができずに俯いてしまっていたルージュは、その場に流れる重い沈黙に不安を駆られ、とうとう耐えられなくなって顔を上げる。
おずおずと視線だけを上に上げてライトの顔を窺えば、そこには愕然とした様子のライトが言葉を失っていた。
「……ラ、ライト……?」
怖々と、声をかける。
と。
「……ルージュ。ごめん」
「っ」
ふいっ、と顔を逸らされ、嫌な予感に囚われる。
そして、その嫌な予感は現実のものとなる。
「……しばらくそっとしておいてほしい……」
「っ、ラ、ライト……!?」
カタン……ッ、と席を立って部屋を出ていこうとするライトに声をかけるが、引き留めることは叶わない。
「ライト……ッ!」
泣きそうになったルージュの呼びかけにライトが振り返ることはなく、一人残されたルージュは、呆然とその場に佇むことしかできなくなっていた。
(……嫌、われた……?)
それだけが怖くて。
あまりの衝撃に涙さえ零すことができず、ただただ身を凍らせていた。
そうして週が明け。緊張の面持ちでそう切り出したルージュに、ライトは二人きりの時間を作ってくれた。
思いつめた様子でいるルージュになにか思うところがあったのだろう。学園内ではなく、わざわざ街中の個室のあるカフェの一室で、ルージュはライトと向かい合って座っていた。
「どうしたの?」
そう微笑んでルージュの顔を窺ってくるライトは、決して急くことなく優しく先の言葉を待ってくれている。
「……ラ、ライトに……っ、聞きたいことがあって……っ」
全て話そうと決意したものの、いざこうしてライトを前にすると、心臓がバクバクと脈打って、背中にはじわりとした嫌な汗が滲む。
「聞きたいこと?」
「……その……っ」
不思議そうに瞬く瞳に、ぎゅ、と手を握り込む。
話す順序をいろいろと考えていたはずなのに、頭の中はぐるぐると思考が回り、もはやなにから話したらいいのかわからなくなっていた。
「……ナ……、“ナイト”って……」
知ってる? 誰? ライトの弟?
多くの疑問が頭に浮かぶ。
ナイトがライトの双子の弟だというのは、ナイト自身の自己申告だ。
ライトにそっくりなナイトがライトと双子の兄弟ではないなどということはありえないとは思うものの、それでもその言葉が嘘だという可能性が全くないわけではない。
けれど、喉が絡んで一度質問を止めてしまったルージュの言葉に返されたライトの反応は。
「――っ!?」
その名前を聞いた瞬間、大きく見張られた瞳が動揺で揺らいだのがわかって、ルージュもまた動揺する。
「……ライト……?」
おずおずと声をかければ、青白い顔をしたライトがルージュの顔を見つめてくる。
「……“ナイト”を……、知っているの?」
「……え……」
それは、明らかに、ライトがナイトのことを知っていることを示していて。
「……ラ、ライト……?」
色を失ったライトの表情に、自分は知ってはならないことを知ってしまったのかと背中に冷たい汗が流れていく。
――『もし、生まれた時からずっと、オレの存在が忌むべきものとして隠されていたとしたら?』
その言葉通り、ナイトが外部に知られてはならない存在だったとしたならば。
相手にずっと隠し事をしてきたのは、ルージュではなくライトの方だということになる。
――この、誠実で優しいライトが。
初めて出逢った時から十年以上。ライトは……、ライトの家族も、ルージュを騙してきたのだろうか。
「……ナイト、に、会った、の?」
「……ぇ……、う、うん……」
怖々と口にされる確認に、どんな言葉を返していいのかわからず、ただ肯定を示して頷いた。
「……ナイトは、なんて?」
ルージュの出方を窺うような、探るような瞳が向けられる。
「……ライトの、双子の弟だ、って……」
この世界は魔法が存在する世界だけれど、どんな大魔法使いでも、他人の姿そっくりに変化するようなことは不可能だ。
瓜二つの顔をしていて他人の空似、などということがあるはずもない。つまり、双子の弟、というのは本当のことなのだろうか。
「それで……。ナイトとなにか話した? ……なにも、されなかった?」
「っ!」
じっと瞳を覗き込まれて息を呑む。
今日は、そのこともきちんと話さなくてはならないと思っていたのだ。
とはいえ、いきなりすぎるその質問に、心の準備が間に合わない。
「っ、されたの!?」
「そ……っ、それは……っ」
ガタリと席を立ちかけるライトに、変に焦った声が出る。
ナイトにされたことを隠すつもりはもはやない。それでも、全てを語るには覚悟がいる。
「アイツがルージュに会ってなにもしないはずはない……っ! まさか……っ」
「!」
途端、珍しくも感情を露わにして眉を吊り上げたライトに、ルージュはぎゅっとスカートの膝元を握り込むと身体を硬くする。
「ご、ごめんなさい……っ」
「ルージュ!?」
俯き、硬く目を閉ざして謝るルージュに、ライトの焦燥の声が上がる。
「っアイツに、なにを……っ」
怒りさえ感じるその声色は、ライトがナイトのことを決して良くは思っていないことを伝えてくる。
この、温和で誰にでも分け隔てなく優しいライトが。
二人の間に、一体なにがあるというのだろう。
「……キス、を……」
とても黙ってはいられずに、ルージュは覚悟を決めると口を開く。
「……それだけ?」
「……っ」
疑うような瞳を向けられて肩が揺れた。
「っ、ルージュ……!?」
「……そ、れは……」
初めて会ったナイトのことを、ライトだと思ってキスをした。
そしてその先も……。初めてのあの時は、相手がライトだと思っていたから受け入れただけだった。
けれど、その後は。
満月の夜に現れた、二度目三度目の逢瀬は。
「……っごめんなさい……っ」
ライトが欠席のはずのパーティーに現れた、ライトとそっくりな双子の弟――、ナイトのことをライトだと疑わず、そのまま受け入れかけてしまったこと。
その後も理由をつけて現れたナイトに、あれこれと身体を触られてしまったこと。
それらの詳細を話すことはかなりの羞恥が湧いたものの、全て包み隠さず告げるルージュに、ライトの顔色はどんどんと悪くなっていく。
「……」
全てを話し終え、ライトの顔を見ることができずに俯いてしまっていたルージュは、その場に流れる重い沈黙に不安を駆られ、とうとう耐えられなくなって顔を上げる。
おずおずと視線だけを上に上げてライトの顔を窺えば、そこには愕然とした様子のライトが言葉を失っていた。
「……ラ、ライト……?」
怖々と、声をかける。
と。
「……ルージュ。ごめん」
「っ」
ふいっ、と顔を逸らされ、嫌な予感に囚われる。
そして、その嫌な予感は現実のものとなる。
「……しばらくそっとしておいてほしい……」
「っ、ラ、ライト……!?」
カタン……ッ、と席を立って部屋を出ていこうとするライトに声をかけるが、引き留めることは叶わない。
「ライト……ッ!」
泣きそうになったルージュの呼びかけにライトが振り返ることはなく、一人残されたルージュは、呆然とその場に佇むことしかできなくなっていた。
(……嫌、われた……?)
それだけが怖くて。
あまりの衝撃に涙さえ零すことができず、ただただ身を凍らせていた。
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