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本編
第五話 指切り③
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シャンパンゴールドの丸いケーキスタンドには薔薇の装飾品が三つ。三段になっているお皿には、一番下にはサンドウィッチ、真ん中にカットフルーツやケーキなどのスイーツ、そして一番上にはスコーンやフィナンシェなどの焼き菓子が綺麗に並べられている。
「わぁ~。素敵」
ここは、今王都で話題になっているカフェ。緑の木々と季節の花々に囲まれた空間には、小さな噴水から流れる水が、陽の光を浴びてきらきらと輝いていた。
「うん。朝から並んだかいがあったね」
そんな美しい空間にまるで違和感なく、むしろ溶け込んでいるといっても過言ではないライトが、ふわりとした甘い微笑みを向けてくる。それにほんのりと頬を染めながら、ルージュはドキドキとケーキスタンドに目を移す。
「どれから食べようか迷っちゃう」
ずっと前から気になっていて、今日は開店前から二人で並んだ話題のカフェ。期待以上のひと時に、ルージュの口元には嬉しそうな笑みが浮かぶ。
食べたい順で選びたいところだけれど、やはり下から順に食べなければマナー違反だろう。
「そうやって悩みながら食べるのも楽しいから」
サンドウィッチから食べるにしても、一口大にカットされたそれすら種類は豊富にある。
どれから食べようかと悩むルージュに、ライトの優しい瞳が向けられる。
完全に女性向けのカフェは、ぽつぽつと数組の恋人同士の姿が見えるものの、やはり女友達同士で訪れている組み合わせの方が圧倒的に多い。
普通の男性であれば面倒がったり恥ずかしがって付き合ってくれないような場面でも、ライトは嫌な顔一つせず、むしろいつも嬉しそうに傍にいてくれる。
今もそうだ。一口ティーカップを傾けたライトは、優しい微笑みでルージュのことを見つめている。
「……ライト? なに?」
あまりにも見られると恥ずかしくなってきて、ルージュはドキドキとライトの顔を見返した。
ライトの顔はいつまでも眺めていられるほど綺麗だけれど、ルージュはどんなに贔屓目に見ても上の下くらいだ。穴が空くほどに見られると却っていたたまれなくなってくる。
「ん? 可愛いな、と思って」
「っ、ライト……ッ」
けれど嘘偽りない柔らかな微笑みを向けられて、ルージュの顔には朱色が走る。
昔からライトはそうだ。年頃の男子が恥ずかしくてとても口にできないようなことも、ライトはそうやって恥ずかしげもなくさらりと言葉にする。
そんなライトの惜しみない愛情に包まれて、ルージュはなんの不安を感じることもなく、ずっと幸せに過ごしてきた。
幼い頃からずっと。ずっと。ルージュもライトも、互いのことだけを見てきたから。だから、わかってしまうのだ。
「最近、どこか心ここにあらずだったから」
「!」
優しい微笑みの中で、そこだけは心配と探るような目を向けられて、ルージュは僅かに目を見張る。
「……なにかあった?」
ほんのりと零れる苦笑は、ルージュを気遣うものであっても、隠し事を抱えるルージュを責めるものでも暴こうとしているものでもない。
「ライト……」
「俺じゃ頼りにならない?」
甘く優しく微笑まれ、ルージュの胸にはツキン……ッ、とした痛みが走る。
「……そ、んなこと……」
誰かに……、ライトに相談できたならばどれほどいいだろう。
けれど、ルージュが今抱える悩み事は、内容が内容なだけに、とても誰かに話せるものではない。
――それでも、いつまでも隠しておけないこともわかっている。
本当ならば、あの出来事があってすぐにライトに聞きたかった。
“ナイト”というのは誰なのか。本当にライトの双子の弟なのか。そしてもし本当にナイトがライトの弟ならば、今までルージュも……、誰もナイトのことを知らずにいたのはなぜなのか。
「……ライトのことが好きなの」
「!」
小さな不安に駆られたルージュの口から零れ落ちた言葉はそんな告白だった。
――ライトのことが好き。
それだけは間違えようのない真実。
だからこそ話せなくて……、罪悪感で胸が痛む。
「うん。俺もルージュのことが好きだよ」
ルージュへ返される、誠実で甘い微笑み。
「だから……」
怖いのだ。もし、話して、ライトに嫌われてしまったらと思ったら。
だからといってこのまま隠しておくことはそれ以上に卑怯だともわかっている。
だから、そのために必要なことは。
「……俺、なにかルージュを不安にさせるようなことをした?」
「っち、違うの……っ、そんなこと、ない……っ、から……!」
僅かに覗く哀しそうな瞳の色に、ルージュはふるふると首を振る。
「うん?」
優しい眼差しは、決して先を急くことなく、いつまででもルージュを待っていてくれる優しさに溢れていて。
「……自分の中で、まだ整理がつかなくて……」
「うん」
「……ちょっとだけ……、待ってて。ちゃんと……、話すから」
今、ルージュに必要なことは、全てを話す勇気と……、時間。
ぽつり……、と告げたルージュに、やはりどこまでも優しいライトの微笑みが向けられる。
「……わかった」
待ってる。と静かに告げ、それからライトは真っ直ぐルージュを見つめてくる。
「でも、ルージュ。これだけは覚えておいてほしいんだけど」
「ライト?」
いつだってライトはルージュに優しくて。ルージュの心を柔らかく包み、溶かしてくれるから。
「俺には、ルージュだけだから。なにがあっても、それだけは忘れないでほしいんだ」
「……ライト……」
真摯な瞳に嘘偽りは一切なく、それだけでルージュは泣きたくなってくる。
「好きだよ」
不安と罪悪感に駆られたルージュの心に沁み込んでいく甘い囁き。
「……うん。嬉しい。ありがとう」
そんなライトの優しい愛情に包まれて、ルージュは柔らかな微笑みを浮かべていた。
◈◈✼◈◈┈┈┈┈◈◈✼◈◈
悶々と学園生活を過ごし、あの夜から約一か月。
空には、また美しい満月が輝いていた。
欠けることのないその月を見つけてしまえば、思い出すのはあの夜の出来事だ。
寮の個室の窓から夜空を見上げていたルージュは、ふと視界の下に差した影にぎくりと肩を強張らせる。
の、瞬間。
――ココン……ッ!
ガラス窓を叩く音と共に見知った顔がそこに覗き、ルージュは驚愕に目を見張る。
ルージュの個室は角部屋にあるが、ここは建物の三階だ。
そんなところに、“誰か”がいていいはずがない。
けれどそれは見間違えるはずもなく。
「ラ、ライト……ッ!?」
幻でもなんでもない、笑顔でこちらを見つめてくるその姿に、ルージュは思わず彼の人物の名前を呼んでいた。
「わぁ~。素敵」
ここは、今王都で話題になっているカフェ。緑の木々と季節の花々に囲まれた空間には、小さな噴水から流れる水が、陽の光を浴びてきらきらと輝いていた。
「うん。朝から並んだかいがあったね」
そんな美しい空間にまるで違和感なく、むしろ溶け込んでいるといっても過言ではないライトが、ふわりとした甘い微笑みを向けてくる。それにほんのりと頬を染めながら、ルージュはドキドキとケーキスタンドに目を移す。
「どれから食べようか迷っちゃう」
ずっと前から気になっていて、今日は開店前から二人で並んだ話題のカフェ。期待以上のひと時に、ルージュの口元には嬉しそうな笑みが浮かぶ。
食べたい順で選びたいところだけれど、やはり下から順に食べなければマナー違反だろう。
「そうやって悩みながら食べるのも楽しいから」
サンドウィッチから食べるにしても、一口大にカットされたそれすら種類は豊富にある。
どれから食べようかと悩むルージュに、ライトの優しい瞳が向けられる。
完全に女性向けのカフェは、ぽつぽつと数組の恋人同士の姿が見えるものの、やはり女友達同士で訪れている組み合わせの方が圧倒的に多い。
普通の男性であれば面倒がったり恥ずかしがって付き合ってくれないような場面でも、ライトは嫌な顔一つせず、むしろいつも嬉しそうに傍にいてくれる。
今もそうだ。一口ティーカップを傾けたライトは、優しい微笑みでルージュのことを見つめている。
「……ライト? なに?」
あまりにも見られると恥ずかしくなってきて、ルージュはドキドキとライトの顔を見返した。
ライトの顔はいつまでも眺めていられるほど綺麗だけれど、ルージュはどんなに贔屓目に見ても上の下くらいだ。穴が空くほどに見られると却っていたたまれなくなってくる。
「ん? 可愛いな、と思って」
「っ、ライト……ッ」
けれど嘘偽りない柔らかな微笑みを向けられて、ルージュの顔には朱色が走る。
昔からライトはそうだ。年頃の男子が恥ずかしくてとても口にできないようなことも、ライトはそうやって恥ずかしげもなくさらりと言葉にする。
そんなライトの惜しみない愛情に包まれて、ルージュはなんの不安を感じることもなく、ずっと幸せに過ごしてきた。
幼い頃からずっと。ずっと。ルージュもライトも、互いのことだけを見てきたから。だから、わかってしまうのだ。
「最近、どこか心ここにあらずだったから」
「!」
優しい微笑みの中で、そこだけは心配と探るような目を向けられて、ルージュは僅かに目を見張る。
「……なにかあった?」
ほんのりと零れる苦笑は、ルージュを気遣うものであっても、隠し事を抱えるルージュを責めるものでも暴こうとしているものでもない。
「ライト……」
「俺じゃ頼りにならない?」
甘く優しく微笑まれ、ルージュの胸にはツキン……ッ、とした痛みが走る。
「……そ、んなこと……」
誰かに……、ライトに相談できたならばどれほどいいだろう。
けれど、ルージュが今抱える悩み事は、内容が内容なだけに、とても誰かに話せるものではない。
――それでも、いつまでも隠しておけないこともわかっている。
本当ならば、あの出来事があってすぐにライトに聞きたかった。
“ナイト”というのは誰なのか。本当にライトの双子の弟なのか。そしてもし本当にナイトがライトの弟ならば、今までルージュも……、誰もナイトのことを知らずにいたのはなぜなのか。
「……ライトのことが好きなの」
「!」
小さな不安に駆られたルージュの口から零れ落ちた言葉はそんな告白だった。
――ライトのことが好き。
それだけは間違えようのない真実。
だからこそ話せなくて……、罪悪感で胸が痛む。
「うん。俺もルージュのことが好きだよ」
ルージュへ返される、誠実で甘い微笑み。
「だから……」
怖いのだ。もし、話して、ライトに嫌われてしまったらと思ったら。
だからといってこのまま隠しておくことはそれ以上に卑怯だともわかっている。
だから、そのために必要なことは。
「……俺、なにかルージュを不安にさせるようなことをした?」
「っち、違うの……っ、そんなこと、ない……っ、から……!」
僅かに覗く哀しそうな瞳の色に、ルージュはふるふると首を振る。
「うん?」
優しい眼差しは、決して先を急くことなく、いつまででもルージュを待っていてくれる優しさに溢れていて。
「……自分の中で、まだ整理がつかなくて……」
「うん」
「……ちょっとだけ……、待ってて。ちゃんと……、話すから」
今、ルージュに必要なことは、全てを話す勇気と……、時間。
ぽつり……、と告げたルージュに、やはりどこまでも優しいライトの微笑みが向けられる。
「……わかった」
待ってる。と静かに告げ、それからライトは真っ直ぐルージュを見つめてくる。
「でも、ルージュ。これだけは覚えておいてほしいんだけど」
「ライト?」
いつだってライトはルージュに優しくて。ルージュの心を柔らかく包み、溶かしてくれるから。
「俺には、ルージュだけだから。なにがあっても、それだけは忘れないでほしいんだ」
「……ライト……」
真摯な瞳に嘘偽りは一切なく、それだけでルージュは泣きたくなってくる。
「好きだよ」
不安と罪悪感に駆られたルージュの心に沁み込んでいく甘い囁き。
「……うん。嬉しい。ありがとう」
そんなライトの優しい愛情に包まれて、ルージュは柔らかな微笑みを浮かべていた。
◈◈✼◈◈┈┈┈┈◈◈✼◈◈
悶々と学園生活を過ごし、あの夜から約一か月。
空には、また美しい満月が輝いていた。
欠けることのないその月を見つけてしまえば、思い出すのはあの夜の出来事だ。
寮の個室の窓から夜空を見上げていたルージュは、ふと視界の下に差した影にぎくりと肩を強張らせる。
の、瞬間。
――ココン……ッ!
ガラス窓を叩く音と共に見知った顔がそこに覗き、ルージュは驚愕に目を見張る。
ルージュの個室は角部屋にあるが、ここは建物の三階だ。
そんなところに、“誰か”がいていいはずがない。
けれどそれは見間違えるはずもなく。
「ラ、ライト……ッ!?」
幻でもなんでもない、笑顔でこちらを見つめてくるその姿に、ルージュは思わず彼の人物の名前を呼んでいた。
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