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本編

第三話 指切り①

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 ルージュとライトの母親は、二人が今通う王立学園時代の親友同士だった。
 そのため、ウィーズリー公爵家で開かれたお茶会に母親と共に顔を出し、ルージュはライトと初めて会った。
『ほら……、ルージュ。ライトくんよ。ご挨拶なさい』
 その頃のライトは背丈もルージュと同じくらいで髪が少し長く、まるで女の子のように綺麗な顔をしていた。
『……天使さまみたい……』
 ある意味性別不詳のライトは例えるならば絵本の中で見た天使のようで、うっとりとそう呟いた幼いルージュに、ライトは目を丸くした。
『……“天使”……?』
『金色の髪がきらきらしていて、まるで頭に天使の輪っかがあるみたい……』
 太陽の下で輝く金色の髪ごと眩い光を纏うライトは、まるでこの世の者とは思えないほど綺麗で、頬を染めて見惚れてしまったことを覚えている。
 とてもドキドキしたけれど、それは恋というよりも、どちらかと言えば“絵本の中の天使さま”に会ってしまったという高揚感の方が大きかったように思う。
 そんなルージュに一瞬だけ驚いたような顔をしたライトだったが、すぐににこりと優しい微笑みを向けてきた。
『……だったら君はお姫様だね』
『え……?』
『頭の花飾りが王冠みたいだ』
 ライトが姿を現して呼ばれるまで、ルージュは庭園に咲く花で冠を作って遊んでいた。
 それを示してにこりと笑い、ライトは少し離れた場所へ顔を向ける。
『あっちにもたくさん花が咲いているよ』
 ここに咲いているものとは異なる花が咲いていると言われ、ルージュは思わずそちらの方へ振り返る。
『母様。向こうのお花を少し摘んでもいい?』
『いいわよ』
 ライトが母親に問いかければ、ライトに良く似た女性はふわりと柔らかく微笑んだ。
『連れて行ってあげる』
『……っうん……!』
 手を差し出され、笑顔で小さな手と手を繋いで走り出した。
 そうして。
『ライト! ライト! はいっ、これあげる……!』
『ありがとう』
 姉がいるライトは、ある意味その頃から女の子の扱いに慣れていた。
 後から聞いた話では、三歳年上の姉とはほとんど喧嘩をしたことがないという。
 普通の男の子であれば付き合ってくれないだろう遊びに付き合い、ルージュが作った花飾りを笑顔で胸につけてくれた。
『お揃い、だね』
『うん。お揃い』
 そうにこにこと楽しそうに笑い合って。
 その時までは、まだかろうじて“親同士が仲の良い幼馴染”の関係の予定だった。
 けれど。
『まるで花嫁さんと花婿さんみたいだ』
『……え……っ?』
 それをあっさりと崩したのはライトの方。
『ねぇ』
 にこりと笑った幼いライトが、その時どこまでその言葉の意味を理解していたのかはわからない。
『僕たち、けっこん、しようか』
『!』
 とてもシンプルに求婚され、ルージュは真っ赤になって言葉を失った。
 それでも。
『……う、うん……』
 ドキドキドキドキ、と胸が高鳴った。
 その時、幼いながらも胸に芽生えた恋心。
『約束』
『……やく、そく……』
 その時小指を絡めて将来を誓い合った指切りは、とても温かかったことを覚えている。

『僕たち、将来結婚します』

 幼い手と手を繋いでそう宣言した二人に、ライトとルージュの母親は一瞬とても驚いたような顔をしたけれど、すぐに笑顔を浮かべて喜んでくれた。
 それ以来、なにかと理由をつけては互いの家を行き来して、二人は仲を深めてきた。
 同じ年の二人は、社交界デビューも一緒で、お互いをパートナーとしてパーティーにも参加した。
 身分も高く非の打ちどころのないライトは、常に女の子たちから憧れの眼差しを向けられていたけれど、驚くほどルージュ以外に目を向けることはなく、誰から見てもルージュに一途であることは明白だった。
 そんな、揺るぎない愛情を注がれて、ルージュはずっとライトの隣で幸せな時間を過ごしてきた。
 最初こそ嫉妬していた令嬢たちも、いつしか二人の仲を認め、今では誰もが二人の婚約を認めている。
 幼いあの日に出逢ってから今日までずっと。
 ずっと、ずっと。ルージュはライトだけを想っていた。
 ライトはルージュに嘘をつくことも、隠し事をすることもない。
 だから。

 ――双子の弟の存在など、一度も聞いたことがない。


「ルージュ! ルージュ!」
 週明けの教室。自分の名を呼ぶアメリアの声に、ルージュははっと現実に引き戻された。
「な、なにっ?」
 目の前には、何度呼んでも心ここにあらず状態だったルージュに呆れた様子のアメリアの姿。けれどすぐにニマニマと口元を緩ませると、その瞳は興味津々と輝いた。
「この前は二人でパーティーを抜け出して、あの後どうしたのよ……っ?」
「え……」
 気づけば消えていた二人の姿に、アメリアが二人でパーティーを抜け出したと考えるのは自然の流れだろう。そしてその推測は、もちろん間違いない。
 さらに言えば、挨拶もなくそのまま帰ってしまったルージュとライトに、いつもとはなにか違うことが起こっていたのだろうと考えるのも当然だ。
「だって、こんなこと初めてじゃないっ」
 品行方正のライトは、先にパーティーなどを抜けるようなことがあれば、きちんとその旨を伝えて挨拶してから帰路に着く。そしてそんな時は大抵ルージュも一緒で、そのまま真っ直ぐきちんと家まで送り届けてくれるのだ。
「ファーストキスは結婚式での神の誓いまで取っておく――、なんて大真面目なタイプなのに」
「っ、ア、アメリア……ッ」
 昔と違い、今はそれほど処女性は重んじられてはいない世の中だ。よって、すでに婚約関係にある者同士の場合、婚前交渉があることもそう珍しくはなかったりする。
 さすがにこれは褒められたことではないが、学園生活の中で子供ができてしまったことを理由に中途退学し、そのまま結婚することになった女生徒の話を聞いたことがあるくらいだ。
 だが、そんな中でルージュとライトが清い関係でいるどころか、キスの一つもしたことがないと断定してくるアメリアは、さすがに長い付き合いだった。
「あの日は綺麗な満月だったしねー。さすがのライトもオオカミになっちゃったかと」
「っ! アメリア……ッ!」
 あまりの言い様に、ルージュは思わず赤くなって声を上げる。
 満月の夜に狼に変身する狼男。ここは人魚や吸血鬼、魔女なども存在する世界だが、もちろんアメリアが言っていることがそういう意味ではないことくらいルージュにもわかっている。
 なにか色っぽい進展があったのでは? とからかうような瞳を向けながら、それでもその一方でアメリアは己の発言をからからと笑い飛ばしていた。
「冗談よ、冗談。まさかライトに限ってそんなこと」
「っ」
 ないない、と手を振るアメリアに、あの夜の出来事を思い出してしまったルージュは、思わず言葉を詰まらせる。
 ライトそっくりの、双子の弟だと名乗るナイトに、ライトのふりをして迫られた。迫られて――……。
 結果、婚約者であるライト以外の男性に唇を奪われてしまったことは、ルージュへと酷い罪悪感をもたらした。
 まさかライトと瓜二つの人間が存在するとは思っていなかったのだ。ライトだから許したのであって、まさかこんなことになるとは思っていなかった。
 あの後ルージュはナイトのことをきっぱり拒絶して、混乱のままに帰路に着いたのだけれど……。
「……え……、なによその反応。まさか……」
 ルージュの反応からなにか悟ったらしいアメリアが驚いたように目を丸くして、窺うような視線を向けてくる。
「ち、違うわ……! 違う……! そんなこと、あるはずないでしょっ?」
 それにルージュは慌てて首を振り、「相手はあのライトよ……!?」と潜めた声を上げる。
「そうよねぇ……。あのライトがオオカミになる姿なんて想像つかないわ」
「……想像しないでよ」
「! やだっ、ルージュってば。今さらそんな焼きもち」
 なんとなく、自分ですら見たことのないライトの姿を勝手に想像されることにもやりとしてしまったルージュが呟けば、アメリアは可笑しそうに笑い飛ばしてくる。
 ――『……ルージュ……。好きだよ』
 ライトの……、否、ナイトの、熱っぽい囁きと瞳を思い出す。
 ライトのあんな姿は、自分だけが知っていればいい……。
「っと、とにかく! あの日のことにはもう触れないで……! 私だけでなくて、ライトにも!」
 あの時の記憶を追い出すように首を振り、ルージュはついでに「みんなにも言っておいて」と釘を刺す。
 あれが実はライトではなく、双子を名乗る別人だったなど知られたくはない。
 ルージュが彼と姿を消したことは、アメリアたちパーティーに参加した友人たちはみな知っていることなのだから。
「はいはい。わかりました」
「アメリア……!」
 おざなりな頷きを返してくるアメリアに、ルージュは思わず声のトーンを上げてしまう。
 けれど、その時。
「ルージュ」
 耳慣れた声が聞こえ、ルージュはそちらの方へ振り返る。
 するとそこにいたのは。
「! ラ、ライト……」
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