満月の夜にご注意を! 〜双子の兄弟から迫られて!?〜

姫 沙羅(き さら)

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本編

第一話 満月の舞踏会①

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 この国の貴族の子息子女は、十八になった年に、全寮制の王立学園で、社会に出る前の二年間を過ごすことになる。
 伯爵家の令嬢であるルージュ・ヴィトンと、公爵家の令息であるライト・ウィーズリーがその王立学園に入学してから、半年の時間が流れていた。

「ごめんね。この夜会の日は、ちょっと用事があって……」
 金髪碧眼の、誰もが見惚れてしまうであろう美貌。差し出された一枚の手紙に目を通した青年――、ライトは、申し訳なさそうに顔を上げる。
「そう……。それじゃあ仕方ないわよね」
 そんなライトにルージュは手紙を回収し、残念そうな吐息をつく。
「ほんと、ごめん」
「じゃあ、アメリアたちと一緒に行ってきてもいい?」
 心底申し訳なさそうに謝るライトに「ううん」と首を振り、ルージュはにこりとした笑顔を返す。
 アメリアというのは、ライトを含み、ルージュとは幼い頃から仲良くしている友人のうちの一人だ。今も、教室内の一角で話をする二人の背後で、他のクラスメイトたちとの話に花を咲かせている、ふわりとした栗色の髪の少女。
「……うん。気をつけて」
 ルージュとライトは誰もが認める恋人同士で婚約者同士。本来であれば同伴したいと思っているのであろうライトは、仕方がない、という様子で許可を出す。
「くれぐれも、他の男に目を向けないように」
 少しだけ身を屈め、ライトはルージュの耳元でくす、と悪戯っぽい囁きを落としてくる。
「もう……っ、ライトってば」
 心配性なライトからこんなことを言われるのは日常茶飯事ではあるものの、ルージュはほんのりと赤くなる。
 品行方正、眉目秀麗。勉強に運動に、なんでもそつなくこなす、絵に描いたような“王子様”タイプのライトは、この国の本物の王子様――、王太子の親友でもあった。宰相である父を親に持つライトは、将来は王太子の一番の側近になるであろうと今から期待されているほど有能だ。
 性格は穏やかで優しく、それでいて自分の気持ちを恥ずかしがることなくさらりと告げてくるライトは、本当にルージュには勿体ないほど出来た恋人。
 だから、ライトがルージュに愛想を尽かすようなことがあったとしても、ルージュがライトを……、などという逆のことは絶対に起こらない。
「ルージュは可愛いから」
「っ、もう……っ」
 一方ルージュは、それなりに格式のあるヴィトン伯爵家の令嬢とはいえ、王家の血も混じるライトには及ばない。それなりの美少女とは言われるけれど、それも身内の贔屓目で見た評価だろう。唯一の自慢は、ちょっとした魔法が使えること。それ以外は特に取柄もない極々普通の令嬢だ。
 それでもライトは、出会ったその日からルージュだけを真摯に愛してくれていて……。
「あ……っ、チャイムが……」
「うん。またね」
 そこで昼休みの終わりを告げる予鈴の音が鳴り響き、教室の違うルージュは、ライトに見送られながらパタパタと廊下を走っていく。

 そうして二個隣の教室へと姿を消したルージュの後ろ姿を見届けて、ライトは廊下の窓から見える青空を仰ぎ見る。
 そこには、雲一つない晴天に浮かぶ、真昼の白い月。
「……満月の夜会、かぁ……」
 今はまだ、満ちることなく欠けているけれど。
 ライトの口から洩らされた意味ありげな呟きは、誰に聞かれるでもなく空気に溶けて消えていた。


 そしてその半月後。友人であるアメリアと共に参加した、とある貴族主催の夜会。
「……ラ、ライト?」
 途中参加とはいえ、いるはずのないライトの姿に、ルージュは驚いたように目を丸くしていた。
「実は用事が早めに済んで。驚かせたくて黙ってたんだ」
 ごめんね。とにっこりと微笑まれ、ルージュは見慣れているはずのライトの正装姿に、ドキリと胸を高鳴らせてしまう。
 いつもであれば水色や白を基調とした服装を好むライトだが、なぜか今日に限っては紺の色濃いジャケットを着ているため、そのギャップのせいかもしれない。
「ルージュッ、よかったじゃない……っ」
「う、うん……」
 ドキドキと妙な緊張感に襲われるルージュの横で、赤いドレスに身を包んだアメリアがにこにこと嬉しそうに笑いかけてくる。
 ライトが姿を現したのは、「ライトもいないしそろそろ帰ろうかな……」と、ルージュがかなり早い退席をアメリアに零した後だったからなおさらだろう。
「びっくりした?」
「……それは、もちろん」
「じゃあ、成功だね」
 ふふ、と悪戯が成功した時のような意味ありげな笑みを向けられて、やはりルージュはドキリと肩を震わせてしまう。
 しかも、その肩へさりげなく腕を回されて、ますます顔へと熱が昇る。
「ラ、ライト……ッ?」
 今までライトと参加したパーティーの中には、身体を密着させて踊るような舞踏会などもあった。だから全くの初めてというわけではないけれど、それでも清廉潔白で紳士的なライトは、今までこんなふうに気安くルージュの身体に触れてくることはなかった。
「もう……っ、見せつけないでよ……っ」
 そんな二人を見て取ったアメリアは、恥ずかしそうに頬を染めながら、「相変わらずらぶらぶなんだから……っ」と変な気を遣って離れていく。
「あ……っ、アメリア……ッ!?」
「いいからごゆっくり~」
「っアメリア……!」
 ふふふ、と意味ありげな笑みを浮かべたアメリアはひらひらと手を振って、他にも参加している友人たちの輪の中へと消えていく。
 元々社交性の高いアメリアは、すぐにその場にいた少し年上だろう貴族青年たちから話しかけられ、笑顔でそれに対応している。そのまま弾んでいるらしい会話に、ルージュは申し訳ない気持ちになりながらもほっと安堵の吐息を洩らし、それからライトへ珍しくも恨めし気な目を向けていた。
「もう……っ、ライトってば」
「迷惑だった?」
 困ったように頬を赤く染めるルージュに、ライトの悪戯っぽい瞳が向けられる。
「……そんなはず、ないでしょ?」
 アメリアには申し訳ないけれど、来られないと思っていたライトが来てくれたことは本当に嬉しかった。
 だから素直に喜びを表してはにかめば、ライトの瞳が優しく細められる。
「今日も可愛いね」
「っ、ライト……ッ」
 あちこちに水色の花の刺繍があしらわれた清楚なドレス姿を見下ろして、ライトは恥ずかしげもなく誉め言葉を口にする。
 ライトはいつも、こんなふうにストレートに自分の気持ちを口にするから、ルージュはいつだってドキドキさせられっぱなしだ。
「もう……、恥ずかしいから止めて」
 恥ずかしがって目を逸らすルージュに、ライトはふわりと微笑わらう。
「本当のことだから」
「っ」
 愛おし気な瞳に見下ろされ、ルージュは返す言葉をなくしてしまう。
 出会った時からいつだって惜しみない愛を見せてくれるライトだから。だからルージュは、ライトにとても釣り合わないと思いつつ、それでもライトの愛情そのものを疑ったことは一度もない。
 互いに幼かったあの頃は、血筋や身分などを気にすることもなく、お互いに好きなのだから将来は結婚するのだと、ただ単純に結婚の約束を交わしていた。けれど、少しずつ成長するにつれ、現実を知ってしまえば、そう簡単に物事は運ばないことを知る。
 とはいえ、ルージュもそれなりに格式高い伯爵家のご令嬢。互いの母親が親友同士だったこともあり、特に周りから反対の声が上がることもなく、十六の頃に二人はそのまま婚約した。
 悩んだ時期が全くなかったと言えば嘘になるけれど、優しい友人たちに囲まれて、なによりもライトの深い愛に包まれて……。そんなライトに「私なんかじゃ」と卑屈になるのは却って失礼だと思うから、ルージュはずっとライトから向けられる愛情を真っすぐ受け入れて生きてきた。
 なによりも、ルージュ自身がライトのことを好きなのだから。
 ライトを想う気持ちだけは、誰にも負けないという自負がある。
「……ね、ルージュ。満月が綺麗だよ? ちょっと二人で抜け出さない?」
 シャンパンを片手にしばらく二人で夜会を楽しんで。ふとガラス扉の向こうに視線を投げたライトから、中庭に出ようかと誘われた。
「……え……? でも……」
「ね? 少しだけ」
「ラ、ライト……ッ?」
 いつになく強引に腕を引かれ、戸惑いつつも中庭に出れば、そこにはライトが言うように、美しい満月が満天の星の中で一際明るく輝いていた。
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