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本編
第四十四話 手を取って⑥
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「まさかそんなものを隠し持っていたとは、どこまでも憎らしい男よ……っ!」
「俺の知らない祖先の誰かと重ねられても困ります」
魔女から放たれた衝撃波を透明な障壁で中和しながらクロムは淡々と対応する。
時々なにかをぶつぶつ呟いているのは、魔力を増幅するための呪かなにかを唱えているためだろうか。
「ち……っ」
一連の攻撃が無駄だと気づいたらしい魔女は忌々し気な舌打ちを零し、一度攻撃の手を止めた。
「じゃが、わらわの攻撃を防いでいるだけではのぉ……?」
「……」
挑発するかのような微笑みに、クロムは眉を顰めて沈黙する。
言われてみれば、確かにクロムは魔女からの攻撃を受け流すようなことはしても、殺人人形を相手にした時のような攻撃はしていない。
それは、己の攻撃が無駄に終わることを理解しているためか、魔力の温存のためなのか。
「わらわの封印には莫大な魔力が必要とされる。果たしてお主にそれが可能か……?」
蛇を思わせる細い瞳がクロムをみつめ、赤い唇が可笑しそうに引き上がる。
「せいぜい足掻くがよい……!」
「――っ!」
二人の実力差を指摘してくる魔女は、クロムの魔力切れを狙っているのだろうか。
「絶対に俺の背中から出ないでくださいね!?」
次々と迫ってくる蔦のような黒い影を風の刃で切り捨てながら、クロムがアリーチェへ声をかけてくる。
それにこくりと頷いたアリーチェは、素直にクロムの背中に縋りつく。
今まで経験したことのないような危機的状況は怖くて怖くて堪らないのに、クロムの背中のあたたかさを感じるだけで安心する。
ドキドキとした緊張と恐怖が消えることはなく、きっと逃げようとしても足が上手く動かないに違いない。
けれど、そんな状態でも、この場から逃げ出したいとは――、クロムの傍から離れたいとだけは思わなくて。
「いつまで持つか見物よのぉ……っ!?」
クロムの魔力切れを待つ高らかな笑い声が響き、無数の黒い刃が降り注ぐ。
「……っく……」
それを、空に手を向けたクロムが消し去って。
「ク、クロム……」
「大丈夫です」
辛そうに顔を歪めたクロムにアリーチェが不安そうな瞳を向ければ、僅かに息を切らした声が返ってきて、その背中に縋る指先にきゅ、と力がこもった。
アリーチェには、なにもできない。
ただ、クロムの足手まといにならないよう、こうして素直に庇われているだけで。
「アリーチェさん」
次々と襲い来る攻撃を全て消滅させながら、呪を唱える間にクロムが囁きかけてくる。
「ありがとうございます」
「?」
前を向いたままのクロムの表情は窺えないが、微かに苦笑するような気配が伝わった。
「貴女がいなければ、俺は生き残ろうと思わなかったかもしれません」
「!」
「まだまだやりたいことはたくさんありますので、死にたくはないですが……」
アリーチェの解呪に関して、クロムは自分の命と引き換えにすることを淡々と口にしていた。
死にたくないとは言いつつも、それはどこか自分の生への執着が薄いように感じられるものだった。
それが。
「アレをどうにかするためには、相打ちも仕方なし、と思っていましたので」
正攻法ではとても敵わない相手をどうにかするためには、自分の命を代償にする以外の手段が思いつかなかったとクロムは口にする。
けれど。
「貴女の存在が、俺を強くします」
黒い風が吹き荒れる中、そこだけが無風の空間に立って、アリーチェへ顔を向けることなくクロムが告げてくる。
「こうして傍にいてくれるだけでいいんです」
「っ」
まるでなにもできない自分を悔やむアリーチェの心を読んだかのようなクロムの発言に、アリーチェの瞳は泣きそうに揺らめいた。
「俺の言っていること、わかります?」
少しだけ惚けたような口調で確認され、じわじわと顔が熱くなる。
「っ、わかるわ……! わかるから……!」
なにもしなくていい。
なにもできなくても構わない。
ただ、傍にいるだけで。
「はい。ですからそうして俺に張り付いていてください」
「っ絶対に離れないわ……!」
くす、と満足そうに笑われて、照れ隠しもあってクロムの背中に顔を摺り寄せる。
「クロムに万が一があった時には、私も一緒だから……!」
トクン、トクン、と、背中越しにクロムの鼓動を感じ、胸へとあたたかなものが広がっていく。
こうして離れることなくくっついているから。
運命は共に。
「そんなの、嫌でしょう!?」
「はい」
自分が死んだら嫌でしょうと強気な声をかければあっさりと肯定され、感動で泣きたくなる。
「頑張りますね」
そうしてクロムの視線がちら、とアリーチェに向いた時。
「こざかしい真似を……っ!」
悉く自分の攻撃を無効化するクロムに痺れを切らしたのか、ヒステリックな声が響き渡り、魔女の憎悪が膨れ上がった。
「こうなったら、一思いに消してくれるわ……っ!」
もはや、器として狙っているアリーチェの肉体ごと二人共。
「――っ!」
黒い稲妻を思わせる光が魔女の足元からバチバチと立ち昇り、その手の中へと集まっていく。
明らかに今までとは違う禍々しい攻撃の気配にアリーチェはぎゅっとクロムに身を寄せて、クロムからはぴりりとした警戒と緊張の糸が張る。
だが。
「恨むなら、あの世で己の先祖を恨むがいい……!」
高らかな声と共に闇色の稲妻が襲いかかってきた瞬間。
「……これを待っていました」
クロムの口元が僅かに緩み、そんな呟きが聞こえたような気がした。
(……え……?)
直後。
「※※※※※※……っ!」
なにかの呪いと共に目の前へ金色の障壁が広がって、襲い来る攻撃が吸収され……、ではなく反射した。
「な……っ!?」
二人に襲いかかってきた狂暴な攻撃は真っ直ぐ元の場所――、魔女の元まで戻っていき、眼前に迫った己自身の攻撃に、魔女の瞳は驚愕で大きく見開かれた。
「アリーチェさんは見ないでください……っ」
「きゃ……っ?」
視界を遮るように背中の後ろへ隠されて、一体なにが起こっているのかとアリーチェが目を白黒させる中。
「ぎゃぁぁぁ――……っ!?」
夜の薄闇に絶叫が響き渡り、魔女の身体が黒い炎に燃え上がる……、様子が視界の端に映った気がした。
「……受けた衝撃を数倍にも増幅させる反射魔術です」
クロムとアリーチェを一撃で消し去るために放たれた、渾身の攻撃の一手。
その機会を、クロムはずっと待っていた。
自分からは攻撃せずにひたすら守りの一手に周り、魔女の苛立ちを煽るようにのらりくらりと無効化を繰り返していたのはクロムの策略だったのだろう。
「俺の魔力ではこれが精一杯ですが……」
クロムがほっと安堵の吐息を零す一方で、細い悲鳴が風に乗って流れていく。
「成功してよかったです」
人間の形をしていたモノは、気づけば黒い靄の集合体と化していて、それも少しずつ薄闇の中へ溶けていく。
「貴女はコレの本当の使い道など知らず、ただ魔石でできた装飾品だと思って利用したのでしょうが……」
答えが返ることなど期待していないだろうが、すでに人間としての形を失った魔女へとクロムは淡々と語りかける。
「それが仇になりましたね」
俺にとっては幸運でしたけど。という呟きは、心からの安堵に満ちていた。
それはそうだろう。もし魔力を増幅する魔具がなければ、クロムもアリーチェも確実にこの世から消されていた。
結果的に、アリーチェが呪いを受けたことは最高の結末へと繋がっていた。
「過去の恨みに囚われず、俺のことなんて放っておけば貴女の野望は叶ったでしょうに」
今世で唯一古代魔術を操ることのできる、かつて魔女を封印した者の末裔。
魔女にとってクロムが脅威の対象であったことは確かだろうが、それよりも過去の恨みに駆られたことが一番の敗因に違いない。
自ら手を出さなければ返り討ちに遭うようなことにはならなかった。
なぜなら、世代を継ぐ度に力を失っていったかつての魔術師の末裔は、とても魔女を討つほどの魔力を備えてはいなかったのだから。
「……わらわは滅びん……!」
一握りほどの靄となった黒い塊から憎しみの声だけが届く。
「これはただの器じゃ。だが、確かに器が滅びればわらわも道連れじゃが……」
そして、最後の力を振り絞ったかのような恨み言が一拍の間を作った時。
もはやないはずの目がちらり、とアリーチェの姿を捉えた気がして、アリーチェはふるりと身体を震わせる。
その直後。
「! アリーチェさん……っ!」
「え?」
慌てて後ろへ振り返ったクロムがアリーチェの手を引いて身体の位置を動かした。
が。
「!?」
「無駄な足掻きを……!」
たった今アリーチェがいた場所に飛んできた小さな靄が足元で跳ね返り、アリーチェの胸元へ迫ってきた。
「……な……っ?」
そこには、禍々しく咲く呪いの華。
「アリーチェさん……!」
「……か……っ、は……?」
クロムの叫びが響く中、呪いの華へと吸収されていく禍々しいなにかに、一瞬呼吸を奪われた。
「アリーチェさん……っっ!」
――わらわとコレとは細い糸のようなもので繋がっておる……!
どこからともなく響いた魔女の声に、アリーチェの身体からは脂汗のようなものが滲み出て、激しい頭痛に襲われる。
――必ずや甦ってみせる……!
それは、ある意味魔女の断末魔の叫び。
だが。
「……ク、ロム……?」
自分の中の呪いが上塗りされていくような感覚を覚え、アリーチェの身体はくらりと傾いた。
「アリーチェさん……っ! アリーチェさん……!?」
「……大、丈夫……」
自分の身体をしっかりと抱き留めてくれた力強い腕の感触に安堵する。
「私は、大丈夫だから……」
――クロムがいるから。
――だから、きっと大丈夫。
「ク、ロム……」
どうしてもそうしなければならない気がして、アリーチェは遠のく意識の中でクロムへと手を伸ばす。
「……!?」
なけなしの力を振り絞ってクロムの唇にキスをすれば、印象的な赤い瞳が大きく見開かれた。
「アリーチェさん……っっ!」
そうして遠くクロムの叫びを聞きながら、アリーチェの意識は闇の中へ落ちていった。
「俺の知らない祖先の誰かと重ねられても困ります」
魔女から放たれた衝撃波を透明な障壁で中和しながらクロムは淡々と対応する。
時々なにかをぶつぶつ呟いているのは、魔力を増幅するための呪かなにかを唱えているためだろうか。
「ち……っ」
一連の攻撃が無駄だと気づいたらしい魔女は忌々し気な舌打ちを零し、一度攻撃の手を止めた。
「じゃが、わらわの攻撃を防いでいるだけではのぉ……?」
「……」
挑発するかのような微笑みに、クロムは眉を顰めて沈黙する。
言われてみれば、確かにクロムは魔女からの攻撃を受け流すようなことはしても、殺人人形を相手にした時のような攻撃はしていない。
それは、己の攻撃が無駄に終わることを理解しているためか、魔力の温存のためなのか。
「わらわの封印には莫大な魔力が必要とされる。果たしてお主にそれが可能か……?」
蛇を思わせる細い瞳がクロムをみつめ、赤い唇が可笑しそうに引き上がる。
「せいぜい足掻くがよい……!」
「――っ!」
二人の実力差を指摘してくる魔女は、クロムの魔力切れを狙っているのだろうか。
「絶対に俺の背中から出ないでくださいね!?」
次々と迫ってくる蔦のような黒い影を風の刃で切り捨てながら、クロムがアリーチェへ声をかけてくる。
それにこくりと頷いたアリーチェは、素直にクロムの背中に縋りつく。
今まで経験したことのないような危機的状況は怖くて怖くて堪らないのに、クロムの背中のあたたかさを感じるだけで安心する。
ドキドキとした緊張と恐怖が消えることはなく、きっと逃げようとしても足が上手く動かないに違いない。
けれど、そんな状態でも、この場から逃げ出したいとは――、クロムの傍から離れたいとだけは思わなくて。
「いつまで持つか見物よのぉ……っ!?」
クロムの魔力切れを待つ高らかな笑い声が響き、無数の黒い刃が降り注ぐ。
「……っく……」
それを、空に手を向けたクロムが消し去って。
「ク、クロム……」
「大丈夫です」
辛そうに顔を歪めたクロムにアリーチェが不安そうな瞳を向ければ、僅かに息を切らした声が返ってきて、その背中に縋る指先にきゅ、と力がこもった。
アリーチェには、なにもできない。
ただ、クロムの足手まといにならないよう、こうして素直に庇われているだけで。
「アリーチェさん」
次々と襲い来る攻撃を全て消滅させながら、呪を唱える間にクロムが囁きかけてくる。
「ありがとうございます」
「?」
前を向いたままのクロムの表情は窺えないが、微かに苦笑するような気配が伝わった。
「貴女がいなければ、俺は生き残ろうと思わなかったかもしれません」
「!」
「まだまだやりたいことはたくさんありますので、死にたくはないですが……」
アリーチェの解呪に関して、クロムは自分の命と引き換えにすることを淡々と口にしていた。
死にたくないとは言いつつも、それはどこか自分の生への執着が薄いように感じられるものだった。
それが。
「アレをどうにかするためには、相打ちも仕方なし、と思っていましたので」
正攻法ではとても敵わない相手をどうにかするためには、自分の命を代償にする以外の手段が思いつかなかったとクロムは口にする。
けれど。
「貴女の存在が、俺を強くします」
黒い風が吹き荒れる中、そこだけが無風の空間に立って、アリーチェへ顔を向けることなくクロムが告げてくる。
「こうして傍にいてくれるだけでいいんです」
「っ」
まるでなにもできない自分を悔やむアリーチェの心を読んだかのようなクロムの発言に、アリーチェの瞳は泣きそうに揺らめいた。
「俺の言っていること、わかります?」
少しだけ惚けたような口調で確認され、じわじわと顔が熱くなる。
「っ、わかるわ……! わかるから……!」
なにもしなくていい。
なにもできなくても構わない。
ただ、傍にいるだけで。
「はい。ですからそうして俺に張り付いていてください」
「っ絶対に離れないわ……!」
くす、と満足そうに笑われて、照れ隠しもあってクロムの背中に顔を摺り寄せる。
「クロムに万が一があった時には、私も一緒だから……!」
トクン、トクン、と、背中越しにクロムの鼓動を感じ、胸へとあたたかなものが広がっていく。
こうして離れることなくくっついているから。
運命は共に。
「そんなの、嫌でしょう!?」
「はい」
自分が死んだら嫌でしょうと強気な声をかければあっさりと肯定され、感動で泣きたくなる。
「頑張りますね」
そうしてクロムの視線がちら、とアリーチェに向いた時。
「こざかしい真似を……っ!」
悉く自分の攻撃を無効化するクロムに痺れを切らしたのか、ヒステリックな声が響き渡り、魔女の憎悪が膨れ上がった。
「こうなったら、一思いに消してくれるわ……っ!」
もはや、器として狙っているアリーチェの肉体ごと二人共。
「――っ!」
黒い稲妻を思わせる光が魔女の足元からバチバチと立ち昇り、その手の中へと集まっていく。
明らかに今までとは違う禍々しい攻撃の気配にアリーチェはぎゅっとクロムに身を寄せて、クロムからはぴりりとした警戒と緊張の糸が張る。
だが。
「恨むなら、あの世で己の先祖を恨むがいい……!」
高らかな声と共に闇色の稲妻が襲いかかってきた瞬間。
「……これを待っていました」
クロムの口元が僅かに緩み、そんな呟きが聞こえたような気がした。
(……え……?)
直後。
「※※※※※※……っ!」
なにかの呪いと共に目の前へ金色の障壁が広がって、襲い来る攻撃が吸収され……、ではなく反射した。
「な……っ!?」
二人に襲いかかってきた狂暴な攻撃は真っ直ぐ元の場所――、魔女の元まで戻っていき、眼前に迫った己自身の攻撃に、魔女の瞳は驚愕で大きく見開かれた。
「アリーチェさんは見ないでください……っ」
「きゃ……っ?」
視界を遮るように背中の後ろへ隠されて、一体なにが起こっているのかとアリーチェが目を白黒させる中。
「ぎゃぁぁぁ――……っ!?」
夜の薄闇に絶叫が響き渡り、魔女の身体が黒い炎に燃え上がる……、様子が視界の端に映った気がした。
「……受けた衝撃を数倍にも増幅させる反射魔術です」
クロムとアリーチェを一撃で消し去るために放たれた、渾身の攻撃の一手。
その機会を、クロムはずっと待っていた。
自分からは攻撃せずにひたすら守りの一手に周り、魔女の苛立ちを煽るようにのらりくらりと無効化を繰り返していたのはクロムの策略だったのだろう。
「俺の魔力ではこれが精一杯ですが……」
クロムがほっと安堵の吐息を零す一方で、細い悲鳴が風に乗って流れていく。
「成功してよかったです」
人間の形をしていたモノは、気づけば黒い靄の集合体と化していて、それも少しずつ薄闇の中へ溶けていく。
「貴女はコレの本当の使い道など知らず、ただ魔石でできた装飾品だと思って利用したのでしょうが……」
答えが返ることなど期待していないだろうが、すでに人間としての形を失った魔女へとクロムは淡々と語りかける。
「それが仇になりましたね」
俺にとっては幸運でしたけど。という呟きは、心からの安堵に満ちていた。
それはそうだろう。もし魔力を増幅する魔具がなければ、クロムもアリーチェも確実にこの世から消されていた。
結果的に、アリーチェが呪いを受けたことは最高の結末へと繋がっていた。
「過去の恨みに囚われず、俺のことなんて放っておけば貴女の野望は叶ったでしょうに」
今世で唯一古代魔術を操ることのできる、かつて魔女を封印した者の末裔。
魔女にとってクロムが脅威の対象であったことは確かだろうが、それよりも過去の恨みに駆られたことが一番の敗因に違いない。
自ら手を出さなければ返り討ちに遭うようなことにはならなかった。
なぜなら、世代を継ぐ度に力を失っていったかつての魔術師の末裔は、とても魔女を討つほどの魔力を備えてはいなかったのだから。
「……わらわは滅びん……!」
一握りほどの靄となった黒い塊から憎しみの声だけが届く。
「これはただの器じゃ。だが、確かに器が滅びればわらわも道連れじゃが……」
そして、最後の力を振り絞ったかのような恨み言が一拍の間を作った時。
もはやないはずの目がちらり、とアリーチェの姿を捉えた気がして、アリーチェはふるりと身体を震わせる。
その直後。
「! アリーチェさん……っ!」
「え?」
慌てて後ろへ振り返ったクロムがアリーチェの手を引いて身体の位置を動かした。
が。
「!?」
「無駄な足掻きを……!」
たった今アリーチェがいた場所に飛んできた小さな靄が足元で跳ね返り、アリーチェの胸元へ迫ってきた。
「……な……っ?」
そこには、禍々しく咲く呪いの華。
「アリーチェさん……!」
「……か……っ、は……?」
クロムの叫びが響く中、呪いの華へと吸収されていく禍々しいなにかに、一瞬呼吸を奪われた。
「アリーチェさん……っっ!」
――わらわとコレとは細い糸のようなもので繋がっておる……!
どこからともなく響いた魔女の声に、アリーチェの身体からは脂汗のようなものが滲み出て、激しい頭痛に襲われる。
――必ずや甦ってみせる……!
それは、ある意味魔女の断末魔の叫び。
だが。
「……ク、ロム……?」
自分の中の呪いが上塗りされていくような感覚を覚え、アリーチェの身体はくらりと傾いた。
「アリーチェさん……っ! アリーチェさん……!?」
「……大、丈夫……」
自分の身体をしっかりと抱き留めてくれた力強い腕の感触に安堵する。
「私は、大丈夫だから……」
――クロムがいるから。
――だから、きっと大丈夫。
「ク、ロム……」
どうしてもそうしなければならない気がして、アリーチェは遠のく意識の中でクロムへと手を伸ばす。
「……!?」
なけなしの力を振り絞ってクロムの唇にキスをすれば、印象的な赤い瞳が大きく見開かれた。
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