37 / 58
本編
第三十六話 古代遺跡へ③
しおりを挟む
「……っ」
真剣すぎる表情と声色で告げられて、こんな時にも関わらず、胸の奥がきゅんとなる。
「! 俺の後ろに……!」
「きゃ……っ!?」
斜め前方の壁が動いたかと思うと例の人形が現れて、クロムの手からナイフのようなものが放たれる。
それは人形の額辺りに突き刺さり、人形と共に黒い灰となって虚空へ溶けていった。
「立ち止まらないでください……!」
例え黒い影が現れてもそのまま走り続けるよう促され、アリーチェはクロムに手を引かれるまま懸命に足を動かした。
二体目、三体目……、と飛び出してきた人形は、すぐにクロムの手によって動きを止め、さらさらと黒い灰と化す。
「中へ!」
先ほど地下に降りてきた時に入った小部屋へ促され、扉が閉じる瞬間に現れた人形も、クロムの放った札のようなものが腹部に張り付いた直後、糸の切れた操り人形のようにアリーチェの目の前でカクリと膝を折っていた。
「……」
上へ上っていく感覚があって、全方向へ警戒の色を浮かばせているクロムの横顔を見上げ、改めて一体何者なのだろうと思う。
心臓がドキドキとした早鐘を打つのは、殺人人形に襲われかけている恐怖からなのか、全力疾走などというしたこともない運動をしたためか。
ただ、一つだけわかっていることは、こんな状況にも関わらず、不思議と落ち着いた気持ちでいられるということだ。
繋いだ手はあたたかく、アリーチェはその手をぎゅ、と強く握り締める。
と、辺りへ向ける警戒心を消すことのないまま同じように握り返され、安心感が広がっていく。
(……どうしてかしら)
ドキドキドキ、と心臓は音を刻むけれど、不思議と怖さは感じない。
「俺の後ろへ」
「!」
地上に上がった気配がして、岩の扉が開き始めると同時に背後へ庇われ、アリーチェは僅かに息を詰める。
「一体どこから湧いてくるのか……っ」
「――っ!」
岩の扉が開くと同時に襲いかかってきた黒い影を迎撃し、クロムは背後に振り向くことなくそのまま外へ走り出す。
後方からゴゴゴゴ……ッ、と響いた地鳴りの音は、祠の中の石碑が再び地面に埋まっていく音だろうか。
「ッ、クロム……!」
前方の物陰から飛び出してきた人形をした三つの影にアリーチェが緊迫の声を上げれば、クロムの腕が横一線に薙ぎ払われた。
ぶわりと風のようなものが舞い、三体の動きが止まった直後。クロムが投擲したナイフらしきものが次から次へと額に突き刺さり、三つの影はその場に崩れ落ちた。そのまま頭の先から黒い灰となり、さらさらと風に攫われていく様を眺めつつ、クロムの緊張の糸が緩むことはない。
そうして三体の人形が跡形もなく姿を消し去って、周りの景色が元通りに戻った頃。
やっと警戒心を解いたクロムがほっと肩を落としたのを見て取って、アリーチェもまた肩の力を抜いていた。
「……これで全部……?」
「……油断はできませんが、とりあえずは」
もう追ってこないだろうかと問いかければ、クロムは一応の頷きと共に苦笑を溢す。
「目当てのものは手に入れましたし、さっさとここから離れた方が賢明ですね」
「そうね」
アリーチェにも異論はない。
ここは元々、立ち入りを禁じられた特別区域。用が済んだならば一秒だって長居はしたくない。
繋いだ手はそのままに、アリーチェとクロムは元来た道を足早に戻っていく。
クロムの手に引かれるままに歩きながら、アリーチェはその背中をじっと見つめた。
――『必ず守りますから』。
一片も疑うことなく信じられる、頼れる広い背中。
そう……、いつだってクロムは。
――『貴女を死なせないことだけはお約束します』
トクトクトク……、と心臓が小さな鼓動を鳴らし、妙に恥ずかしくなってくる。
(……ク、ロム……)
じわじわとあたたかな感情が湧き上がり、その感情の名もわからぬまま、溢れる想いに逆らえず、アリーチェの唇がゆっくりと言葉を紡ぎかける。
「……好……」
だが、その瞬間。
「!」
前方に見えた覚えのある人影に、アリーチェはクロムの手を握ったままぎくりと足を止めていた。
「……ぁ……」
自然、きゅ、と繋いだ手に力が籠り、アリーチェはこくりと息を呑む。
元々は広場かなにかだったのだろう円状の遺跡に立つ人物たちは。
「……陛、下……」
中央に立ち、三人の宮廷魔術士を従えているのは、この国の最高権力者である国王に違いない。
それから。
「……ハインツ殿下」
と、なぜか。
「イザベラ、様……」
ハインツに肩を抱かれて優雅な微笑みを浮かべている女性の姿に、いくらなんでもどうしてここにイザベラが同席しているのだろうと不審に思う。
とはいえ、そんなことを深く考えている場合ではない。
「……クロム・スピアーズ。及び、アリーチェ・マクラーゲン」
「!」
声高に王の低音が響き、アリーチェの背中には冷たい汗が流れていく。
そうして。
「お前たちを王家管理下の古代遺跡への不法侵入罪で拘束する」
「――っ!」
王らしい威厳に満ちた声色で堂々と告げられた言葉に、魔術士たちがアリーチェとクロムを囲うように動き出す。
「抵抗は身にならない。大人しく確保されるんだ」
アリーチェの実家であるマクラーゲン家とクロムが所属する研究施設の今後の処遇を匂わされ、アリーチェの肩はぎくりと強張った。
クロムの魔術をもってすれば、ここから逃げ出すことは可能かもしれない。
それでも。
「連れていけ!」
その直後、繋いだ手は強引に引き離されていた。
真剣すぎる表情と声色で告げられて、こんな時にも関わらず、胸の奥がきゅんとなる。
「! 俺の後ろに……!」
「きゃ……っ!?」
斜め前方の壁が動いたかと思うと例の人形が現れて、クロムの手からナイフのようなものが放たれる。
それは人形の額辺りに突き刺さり、人形と共に黒い灰となって虚空へ溶けていった。
「立ち止まらないでください……!」
例え黒い影が現れてもそのまま走り続けるよう促され、アリーチェはクロムに手を引かれるまま懸命に足を動かした。
二体目、三体目……、と飛び出してきた人形は、すぐにクロムの手によって動きを止め、さらさらと黒い灰と化す。
「中へ!」
先ほど地下に降りてきた時に入った小部屋へ促され、扉が閉じる瞬間に現れた人形も、クロムの放った札のようなものが腹部に張り付いた直後、糸の切れた操り人形のようにアリーチェの目の前でカクリと膝を折っていた。
「……」
上へ上っていく感覚があって、全方向へ警戒の色を浮かばせているクロムの横顔を見上げ、改めて一体何者なのだろうと思う。
心臓がドキドキとした早鐘を打つのは、殺人人形に襲われかけている恐怖からなのか、全力疾走などというしたこともない運動をしたためか。
ただ、一つだけわかっていることは、こんな状況にも関わらず、不思議と落ち着いた気持ちでいられるということだ。
繋いだ手はあたたかく、アリーチェはその手をぎゅ、と強く握り締める。
と、辺りへ向ける警戒心を消すことのないまま同じように握り返され、安心感が広がっていく。
(……どうしてかしら)
ドキドキドキ、と心臓は音を刻むけれど、不思議と怖さは感じない。
「俺の後ろへ」
「!」
地上に上がった気配がして、岩の扉が開き始めると同時に背後へ庇われ、アリーチェは僅かに息を詰める。
「一体どこから湧いてくるのか……っ」
「――っ!」
岩の扉が開くと同時に襲いかかってきた黒い影を迎撃し、クロムは背後に振り向くことなくそのまま外へ走り出す。
後方からゴゴゴゴ……ッ、と響いた地鳴りの音は、祠の中の石碑が再び地面に埋まっていく音だろうか。
「ッ、クロム……!」
前方の物陰から飛び出してきた人形をした三つの影にアリーチェが緊迫の声を上げれば、クロムの腕が横一線に薙ぎ払われた。
ぶわりと風のようなものが舞い、三体の動きが止まった直後。クロムが投擲したナイフらしきものが次から次へと額に突き刺さり、三つの影はその場に崩れ落ちた。そのまま頭の先から黒い灰となり、さらさらと風に攫われていく様を眺めつつ、クロムの緊張の糸が緩むことはない。
そうして三体の人形が跡形もなく姿を消し去って、周りの景色が元通りに戻った頃。
やっと警戒心を解いたクロムがほっと肩を落としたのを見て取って、アリーチェもまた肩の力を抜いていた。
「……これで全部……?」
「……油断はできませんが、とりあえずは」
もう追ってこないだろうかと問いかければ、クロムは一応の頷きと共に苦笑を溢す。
「目当てのものは手に入れましたし、さっさとここから離れた方が賢明ですね」
「そうね」
アリーチェにも異論はない。
ここは元々、立ち入りを禁じられた特別区域。用が済んだならば一秒だって長居はしたくない。
繋いだ手はそのままに、アリーチェとクロムは元来た道を足早に戻っていく。
クロムの手に引かれるままに歩きながら、アリーチェはその背中をじっと見つめた。
――『必ず守りますから』。
一片も疑うことなく信じられる、頼れる広い背中。
そう……、いつだってクロムは。
――『貴女を死なせないことだけはお約束します』
トクトクトク……、と心臓が小さな鼓動を鳴らし、妙に恥ずかしくなってくる。
(……ク、ロム……)
じわじわとあたたかな感情が湧き上がり、その感情の名もわからぬまま、溢れる想いに逆らえず、アリーチェの唇がゆっくりと言葉を紡ぎかける。
「……好……」
だが、その瞬間。
「!」
前方に見えた覚えのある人影に、アリーチェはクロムの手を握ったままぎくりと足を止めていた。
「……ぁ……」
自然、きゅ、と繋いだ手に力が籠り、アリーチェはこくりと息を呑む。
元々は広場かなにかだったのだろう円状の遺跡に立つ人物たちは。
「……陛、下……」
中央に立ち、三人の宮廷魔術士を従えているのは、この国の最高権力者である国王に違いない。
それから。
「……ハインツ殿下」
と、なぜか。
「イザベラ、様……」
ハインツに肩を抱かれて優雅な微笑みを浮かべている女性の姿に、いくらなんでもどうしてここにイザベラが同席しているのだろうと不審に思う。
とはいえ、そんなことを深く考えている場合ではない。
「……クロム・スピアーズ。及び、アリーチェ・マクラーゲン」
「!」
声高に王の低音が響き、アリーチェの背中には冷たい汗が流れていく。
そうして。
「お前たちを王家管理下の古代遺跡への不法侵入罪で拘束する」
「――っ!」
王らしい威厳に満ちた声色で堂々と告げられた言葉に、魔術士たちがアリーチェとクロムを囲うように動き出す。
「抵抗は身にならない。大人しく確保されるんだ」
アリーチェの実家であるマクラーゲン家とクロムが所属する研究施設の今後の処遇を匂わされ、アリーチェの肩はぎくりと強張った。
クロムの魔術をもってすれば、ここから逃げ出すことは可能かもしれない。
それでも。
「連れていけ!」
その直後、繋いだ手は強引に引き離されていた。
2
お気に入りに追加
140
あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判
七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。
「では開廷いたします」
家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています
水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。
森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。
公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。
◇画像はGirly Drop様からお借りしました
◆エール送ってくれた方ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる