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本編
第三十六話 古代遺跡へ③
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「……っ」
真剣すぎる表情と声色で告げられて、こんな時にも関わらず、胸の奥がきゅんとなる。
「! 俺の後ろに……!」
「きゃ……っ!?」
斜め前方の壁が動いたかと思うと例の人形が現れて、クロムの手からナイフのようなものが放たれる。
それは人形の額辺りに突き刺さり、人形と共に黒い灰となって虚空へ溶けていった。
「立ち止まらないでください……!」
例え黒い影が現れてもそのまま走り続けるよう促され、アリーチェはクロムに手を引かれるまま懸命に足を動かした。
二体目、三体目……、と飛び出してきた人形は、すぐにクロムの手によって動きを止め、さらさらと黒い灰と化す。
「中へ!」
先ほど地下に降りてきた時に入った小部屋へ促され、扉が閉じる瞬間に現れた人形も、クロムの放った札のようなものが腹部に張り付いた直後、糸の切れた操り人形のようにアリーチェの目の前でカクリと膝を折っていた。
「……」
上へ上っていく感覚があって、全方向へ警戒の色を浮かばせているクロムの横顔を見上げ、改めて一体何者なのだろうと思う。
心臓がドキドキとした早鐘を打つのは、殺人人形に襲われかけている恐怖からなのか、全力疾走などというしたこともない運動をしたためか。
ただ、一つだけわかっていることは、こんな状況にも関わらず、不思議と落ち着いた気持ちでいられるということだ。
繋いだ手はあたたかく、アリーチェはその手をぎゅ、と強く握り締める。
と、辺りへ向ける警戒心を消すことのないまま同じように握り返され、安心感が広がっていく。
(……どうしてかしら)
ドキドキドキ、と心臓は音を刻むけれど、不思議と怖さは感じない。
「俺の後ろへ」
「!」
地上に上がった気配がして、岩の扉が開き始めると同時に背後へ庇われ、アリーチェは僅かに息を詰める。
「一体どこから湧いてくるのか……っ」
「――っ!」
岩の扉が開くと同時に襲いかかってきた黒い影を迎撃し、クロムは背後に振り向くことなくそのまま外へ走り出す。
後方からゴゴゴゴ……ッ、と響いた地鳴りの音は、祠の中の石碑が再び地面に埋まっていく音だろうか。
「ッ、クロム……!」
前方の物陰から飛び出してきた人形をした三つの影にアリーチェが緊迫の声を上げれば、クロムの腕が横一線に薙ぎ払われた。
ぶわりと風のようなものが舞い、三体の動きが止まった直後。クロムが投擲したナイフらしきものが次から次へと額に突き刺さり、三つの影はその場に崩れ落ちた。そのまま頭の先から黒い灰となり、さらさらと風に攫われていく様を眺めつつ、クロムの緊張の糸が緩むことはない。
そうして三体の人形が跡形もなく姿を消し去って、周りの景色が元通りに戻った頃。
やっと警戒心を解いたクロムがほっと肩を落としたのを見て取って、アリーチェもまた肩の力を抜いていた。
「……これで全部……?」
「……油断はできませんが、とりあえずは」
もう追ってこないだろうかと問いかければ、クロムは一応の頷きと共に苦笑を溢す。
「目当てのものは手に入れましたし、さっさとここから離れた方が賢明ですね」
「そうね」
アリーチェにも異論はない。
ここは元々、立ち入りを禁じられた特別区域。用が済んだならば一秒だって長居はしたくない。
繋いだ手はそのままに、アリーチェとクロムは元来た道を足早に戻っていく。
クロムの手に引かれるままに歩きながら、アリーチェはその背中をじっと見つめた。
――『必ず守りますから』。
一片も疑うことなく信じられる、頼れる広い背中。
そう……、いつだってクロムは。
――『貴女を死なせないことだけはお約束します』
トクトクトク……、と心臓が小さな鼓動を鳴らし、妙に恥ずかしくなってくる。
(……ク、ロム……)
じわじわとあたたかな感情が湧き上がり、その感情の名もわからぬまま、溢れる想いに逆らえず、アリーチェの唇がゆっくりと言葉を紡ぎかける。
「……好……」
だが、その瞬間。
「!」
前方に見えた覚えのある人影に、アリーチェはクロムの手を握ったままぎくりと足を止めていた。
「……ぁ……」
自然、きゅ、と繋いだ手に力が籠り、アリーチェはこくりと息を呑む。
元々は広場かなにかだったのだろう円状の遺跡に立つ人物たちは。
「……陛、下……」
中央に立ち、三人の宮廷魔術士を従えているのは、この国の最高権力者である国王に違いない。
それから。
「……ハインツ殿下」
と、なぜか。
「イザベラ、様……」
ハインツに肩を抱かれて優雅な微笑みを浮かべている女性の姿に、いくらなんでもどうしてここにイザベラが同席しているのだろうと不審に思う。
とはいえ、そんなことを深く考えている場合ではない。
「……クロム・スピアーズ。及び、アリーチェ・マクラーゲン」
「!」
声高に王の低音が響き、アリーチェの背中には冷たい汗が流れていく。
そうして。
「お前たちを王家管理下の古代遺跡への不法侵入罪で拘束する」
「――っ!」
王らしい威厳に満ちた声色で堂々と告げられた言葉に、魔術士たちがアリーチェとクロムを囲うように動き出す。
「抵抗は身にならない。大人しく確保されるんだ」
アリーチェの実家であるマクラーゲン家とクロムが所属する研究施設の今後の処遇を匂わされ、アリーチェの肩はぎくりと強張った。
クロムの魔術をもってすれば、ここから逃げ出すことは可能かもしれない。
それでも。
「連れていけ!」
その直後、繋いだ手は強引に引き離されていた。
真剣すぎる表情と声色で告げられて、こんな時にも関わらず、胸の奥がきゅんとなる。
「! 俺の後ろに……!」
「きゃ……っ!?」
斜め前方の壁が動いたかと思うと例の人形が現れて、クロムの手からナイフのようなものが放たれる。
それは人形の額辺りに突き刺さり、人形と共に黒い灰となって虚空へ溶けていった。
「立ち止まらないでください……!」
例え黒い影が現れてもそのまま走り続けるよう促され、アリーチェはクロムに手を引かれるまま懸命に足を動かした。
二体目、三体目……、と飛び出してきた人形は、すぐにクロムの手によって動きを止め、さらさらと黒い灰と化す。
「中へ!」
先ほど地下に降りてきた時に入った小部屋へ促され、扉が閉じる瞬間に現れた人形も、クロムの放った札のようなものが腹部に張り付いた直後、糸の切れた操り人形のようにアリーチェの目の前でカクリと膝を折っていた。
「……」
上へ上っていく感覚があって、全方向へ警戒の色を浮かばせているクロムの横顔を見上げ、改めて一体何者なのだろうと思う。
心臓がドキドキとした早鐘を打つのは、殺人人形に襲われかけている恐怖からなのか、全力疾走などというしたこともない運動をしたためか。
ただ、一つだけわかっていることは、こんな状況にも関わらず、不思議と落ち着いた気持ちでいられるということだ。
繋いだ手はあたたかく、アリーチェはその手をぎゅ、と強く握り締める。
と、辺りへ向ける警戒心を消すことのないまま同じように握り返され、安心感が広がっていく。
(……どうしてかしら)
ドキドキドキ、と心臓は音を刻むけれど、不思議と怖さは感じない。
「俺の後ろへ」
「!」
地上に上がった気配がして、岩の扉が開き始めると同時に背後へ庇われ、アリーチェは僅かに息を詰める。
「一体どこから湧いてくるのか……っ」
「――っ!」
岩の扉が開くと同時に襲いかかってきた黒い影を迎撃し、クロムは背後に振り向くことなくそのまま外へ走り出す。
後方からゴゴゴゴ……ッ、と響いた地鳴りの音は、祠の中の石碑が再び地面に埋まっていく音だろうか。
「ッ、クロム……!」
前方の物陰から飛び出してきた人形をした三つの影にアリーチェが緊迫の声を上げれば、クロムの腕が横一線に薙ぎ払われた。
ぶわりと風のようなものが舞い、三体の動きが止まった直後。クロムが投擲したナイフらしきものが次から次へと額に突き刺さり、三つの影はその場に崩れ落ちた。そのまま頭の先から黒い灰となり、さらさらと風に攫われていく様を眺めつつ、クロムの緊張の糸が緩むことはない。
そうして三体の人形が跡形もなく姿を消し去って、周りの景色が元通りに戻った頃。
やっと警戒心を解いたクロムがほっと肩を落としたのを見て取って、アリーチェもまた肩の力を抜いていた。
「……これで全部……?」
「……油断はできませんが、とりあえずは」
もう追ってこないだろうかと問いかければ、クロムは一応の頷きと共に苦笑を溢す。
「目当てのものは手に入れましたし、さっさとここから離れた方が賢明ですね」
「そうね」
アリーチェにも異論はない。
ここは元々、立ち入りを禁じられた特別区域。用が済んだならば一秒だって長居はしたくない。
繋いだ手はそのままに、アリーチェとクロムは元来た道を足早に戻っていく。
クロムの手に引かれるままに歩きながら、アリーチェはその背中をじっと見つめた。
――『必ず守りますから』。
一片も疑うことなく信じられる、頼れる広い背中。
そう……、いつだってクロムは。
――『貴女を死なせないことだけはお約束します』
トクトクトク……、と心臓が小さな鼓動を鳴らし、妙に恥ずかしくなってくる。
(……ク、ロム……)
じわじわとあたたかな感情が湧き上がり、その感情の名もわからぬまま、溢れる想いに逆らえず、アリーチェの唇がゆっくりと言葉を紡ぎかける。
「……好……」
だが、その瞬間。
「!」
前方に見えた覚えのある人影に、アリーチェはクロムの手を握ったままぎくりと足を止めていた。
「……ぁ……」
自然、きゅ、と繋いだ手に力が籠り、アリーチェはこくりと息を呑む。
元々は広場かなにかだったのだろう円状の遺跡に立つ人物たちは。
「……陛、下……」
中央に立ち、三人の宮廷魔術士を従えているのは、この国の最高権力者である国王に違いない。
それから。
「……ハインツ殿下」
と、なぜか。
「イザベラ、様……」
ハインツに肩を抱かれて優雅な微笑みを浮かべている女性の姿に、いくらなんでもどうしてここにイザベラが同席しているのだろうと不審に思う。
とはいえ、そんなことを深く考えている場合ではない。
「……クロム・スピアーズ。及び、アリーチェ・マクラーゲン」
「!」
声高に王の低音が響き、アリーチェの背中には冷たい汗が流れていく。
そうして。
「お前たちを王家管理下の古代遺跡への不法侵入罪で拘束する」
「――っ!」
王らしい威厳に満ちた声色で堂々と告げられた言葉に、魔術士たちがアリーチェとクロムを囲うように動き出す。
「抵抗は身にならない。大人しく確保されるんだ」
アリーチェの実家であるマクラーゲン家とクロムが所属する研究施設の今後の処遇を匂わされ、アリーチェの肩はぎくりと強張った。
クロムの魔術をもってすれば、ここから逃げ出すことは可能かもしれない。
それでも。
「連れていけ!」
その直後、繋いだ手は強引に引き離されていた。
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