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本編

第三十五話 古代遺跡へ②

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「な、に、これ……?」
 呆然と目を見開くアリーチェの前で、石碑を思わせる黒光りする台へ身を乗り出したクロムは、その表面に刻まれている古代文字を指先で追っていく。
 微かに洩れ聞こえてくる呟きは、その文字を読み上げているようでもあり、なにかの呪文を唱えているようでもある。
 ただ、一つだけ確かなことは、呪いの魔法石を持ったクロムが石碑の表面に手を翳し、なにかを呟いた後、祠の奥が青白い光を灯して開いたという事実だった。
「っ!」
「なにが起こるかわかりませんから、俺から離れないでくださいね?」
 ふいに肩を抱いてきたクロムを見上げれば、そこには真剣な眼差しで見つめてくる赤い双眸があって、アリーチェはこくりと息を呑む。
「わ、わかったわ」
 そのまま促されるように開いた壁の奥へ向かえば、すぐに小さな空間は閉ざされて、再び足元が揺れる感覚がした。
「きゃ……っ!?」
 直後、感じたのは、地面ごと自分の身体が下へ運ばれていくような不思議な浮遊感。
 思わずクロムに抱きつけば、アリーチェの肩に回されていた腕に力がこもり、自然と安堵の吐息が洩れた。
 不安定な足元の振動は数秒間続き、ぴた、とその動きが止まった時。
 目の前の壁が開き、そこには青白い光に照らされた長い通路が広がっていた。
「行きましょう」
 促され、こくりと頷いたアリーチェは、ぴたりとクロムに身を寄せながら怖々と歩き出す。
 もはや灯火は必要ないと判断し、空いた手でぎゅっとクロムの服を握り締めた。
 クロムは手にした羅針儀コンパスの動きを確認しつつ、一歩一歩ゆっくりと、慎重に先へ進んでいく。
 その真剣な横顔を見つめ、アリーチェは話しかけても大丈夫だろうかと思いながら、先ほど湧いた疑問を言葉に乗せていた。
「……クロムは、古代文字が読めるの?」
 複雑で難解な古代文字は、解読不可能と言われている。
 だが、クロムであれば肯定が返ってきても不思議はないと思いつつ窺えば、なぜかクロムは苦い表情かおになった。
「……まぁ、そうですね」
 想像通りの答えには、今さら驚きを覚えることもない。
 ただ、その一方で。
「正直にお話しますと、読めるようになったのは最近です」
「え……?」
 どこか申し訳なさそうに向けられた苦笑に、アリーチェの瞳は驚きで丸くなる。
 前々から読めたわけではなく、ここ最近になってから、とは。
「実は、貴女の呪いを分析している過程でとある法則に気づきまして」
 今までも数々の古代魔道具を研究・解析してきたが、呪いの魔法石に刻まれた魔力の波動は別格だったのだとクロムは言うが、アリーチェにはもちろん理解不可能だ。
「つい、夢中になって解析してしまいました」
 楽しかったです。と自嘲気味の笑みを零すクロムに、だから先ほど申し訳なさそうにしていたのかと、こちらの機微は理解する。
「不謹慎ですが、そういった意味では、貴女が呪いにかけられたことには感謝したいくらいです」
 すみません。と謝られ、確かに少しばかり複雑な想いは湧く。
 それでも。
「……それならよかったわ」
 一瞬呆気に取られたようにクロムを見つめた後、アリーチェは仄かな微笑を浮かばせる。
 この約二カ月間、他の研究の手を止めさせてしまっていることに微かな罪悪感を抱いていたのだ。それが喜んでもらえる結果となったなら、複雑ながらアリーチェ自身も「それはよかった」と感じられる。
「もう私の呪いに付き合うのが嫌になっていたらどうしようかと思っていたの」
 だから安心したと笑顔を向ければ、クロムの瞳は驚いたように見張られた。
「そんなことがあるはず……っ」
「だから、嬉しいの」
 間髪入れず返ってきた否定の声に、純粋な喜びが胸に湧く。
 アリーチェと過ごしたこの二カ月間が、クロムの中で有意義なものになったなら。
 互いの生活に戻った後も、時折アリーチェのことを思い出してくれるような、忘れられない存在になれていたら嬉しいと思った。
 ――元の生活に戻った時のことを考えると、なぜか胸がツキリと痛んだけれど。
「アリー……」
 その時クロムは、一体なにを口にしようと思ったのだろう。
「? クロム?」
 手元の羅針儀コンパスを凝視したクロムが足を止め、意識して初めてそう見える岩の扉を見つめた。
「ここ……、ですかね」
「……ここ?」
 針の指し示す方向と壁を交互に見遣り、岩の扉に手を置いたクロムは、次に向こう側の空間を確認するかのようにコンコンと音を鳴らす。
 それから岩の壁を透視するかのように目を眇め、扉の周りを探っていく。
「どうやら宝物庫のようですね」
「宝物庫!?」
 王族の墓に宝物庫。そもそも、呪いの魔道具が“宝物ほうもつ”扱いであることもよくわからない。
 壁に刻まれた古い文字を確認し、腰の辺りに隠れていた小さな魔石らしきものを探り出したクロムは、そこに羅針儀コンパスを持った手を翳す。
 と、重い音を響かせて、岩の扉が動いていた。
「……す、ごい……」
 そこに現れた世界は、ここまでの蒼白く光る洞窟のような仄暗さからは一変し、真昼の輝きを思わせる部屋だった。
「ここだけ時が止まっているみたい……」
 キラキラと輝く室内は、とても数千年も昔から眠っていた世界には思えない。
 光の反射によってか黄金に輝く壁には向き合う二体の神獣らしき姿が彫り込まれており、タペストリーや仮面のようなものまで飾られている。そして、岩で作られた机の上は、ありとあらゆる色をした宝石や黄金で光り輝いていた。
「……こんなものが……」
 今まで誰にも見つかることなく眠っていたのかと、アリーチェはこくりと息を呑む。
 古代遺跡にこんなものが隠されているのなら、各国の王家が厳重に管理していることも頷ける。
 ここにある宝物一つ一つが、どれほどの価値があるのか計り知れないほどのものだ。
 感嘆の吐息を零しながら机の上の宝物一つ一つを覗き見ていると、スタスタと迷いなく奥の石台の前に立ったクロムが、そこにある装飾品を凝視した。
「……ありました」
「え……っ?」
 そんなに簡単に見つかるものかと驚きは隠せないものの、そのための羅針儀コンパスだ。
 小走りで駆け寄れば、台の上へと躊躇することなく手を伸ばしたクロムが二つの装飾品をアリーチェへ掲げて見せてきて、思わずうっとりと魅入ってしまっていた。
「……綺麗……」
 耳飾りと首飾りに腕輪。元々揃いだという三つの装飾品は、どれも赤い魔法石がキラキラと輝いていて。その美しさはしばし言葉を失い、心奪われてしまうほど。
 こうして見ると、とても恐ろしい呪いをかけるための魔道具とは思えない。
「それはそうでしょう。元々この装飾品は儀式の際などに高貴な身分の方々が身に付けたものでしょうから」
「え……?」
 周りに並べられた他の装飾品などにも目を向けながら告げてくるクロムの言葉に、アリーチェの瞳は丸くなる。
 ならば、なぜ、アリーチェは呪われたのか。
「これは、呪いの魔具なんかじゃありません」
 きっぱりと断言し、クロムの真剣な瞳がアリーチェを見つめてくる。
「耳飾りと首飾り、そして腕輪と、三つ揃うことによって……、っ!?」
 が、その瞬間。
「っすぐにここを出ましょう……っ!」
 どこかに鋭い視線を投げたクロムがアリーチェの手を取って、外に出ることを促してきた。
「え? えっ? クロム……ッ!?」
トラップが発動しました」
 そのままアリーチェの手を引いて走り出しながら、クロムが警戒の気配を滲ませる。
「恐らく、例の殺人人形が襲ってきます」
「え……。えぇ……っ!?」
 殺人人形とは、先日もアリーチェたちを襲ってきた、人を殺すための魔術が組み込まれた魔道具のことだろうか。
 なぜそんなものが、とも思ったが、宝物庫に入った不審者・・・を排除する機能がしかけられていることは、考えてみれば普通のことなのかもしれない。
「絶対に離れないでください」
 長い地下廊を走りながら、クロムがアリーチェの方へと振り返る。
「必ず守りますから」
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