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本編
第二十八話 王都にて④
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「……は!?」
さらり、と告げたクロムの言葉の意味がよくわからない。
「ターゲットを殺すまで止まらない、古代魔道具の一つです」
「……ぇ……」
意味、自体はわかる。
殺せと命じた相手を消すために動く、古代魔術を組み込まれた人形。
その人形の目的は、呪いをかけられたアリーチェか、それとも。
「……いえ……、その……」
クロムが放った札のようなものが身体の中央に突き刺さり、そこから灰が風に舞うようにして形を失っていく黒い人形に、アリーチェはクロムの手元へ視線を移す。
「……それ、は……?」
すとん、とアリーチェを下ろしたクロムは、アリーチェを背に庇うようにして立ち、数枚の札らしきものを手にして身構えた。
「古代魔道具には古代魔道具でないと太刀打ちできません」
つまり、クロムが手にしているものは、アリーチェたちを囲うようにして立った四体の人形に対抗するための道具、ということだろうか。
「とりあえず、さっさと片づけますから」
宣言し、クロムは四体の殺人人形へ鋭い視線を走らせた。
「……っ」
突然すぎる展開に、アリーチェはなにがなんだかわからない。
ただ、クロムの邪魔をしてはいけないことだけは察し、気配を殺すように息を詰める。
「!」
黒い人形が一斉に襲いかかってきたかと思えば、クロムの腕が横一線に打ち払われ、ぶわりという強風が舞った。
そうして人形の動きが止まった一瞬の隙を突き、クロムが先ほどと同じように札を投擲すれば、それが突き刺さった場所から黒い影は溶けていく。
「クロム……ッ!」
アリーチェが悲鳴にも似た叫びを上げてしまったのは、残る二体の腕が変形し、鋭い刃のようなものを作ったからだ。
「絶対に俺の傍から離れないでくださいね!?」
再度警告されても、そもそも怖くて身体が動かない。
「――っ!」
自由自在な形を作ることができるのか、先端にナイフをつけた鞭のように迫ってくる細い影に、アリーチェはびくりと身体を震わせる。
だが、それも、ぶつぶつとなにかを呟いているクロムの目の前で、障壁に阻まれたように弾かれて霧散した。
「貴重な研究対象が勿体ない……!」
こんなに緊迫した状況だというにも関わらず、クロムから発せられた悔し気な叫びはどこまでもクロムらしかった。
また一体、札の突き刺さった人形が消えていく一方で、最後に残った影が一直線に飛び込んでくる。
「……っち……」
かまいたちのような鋭い風と共に走り込んできた人形を寸でのところで躱したクロムは、その背中に向かってまた一つ札のようなものを投げ込んだ。
すると影は動きを止め、錆びた人形のような動きでギギギ……、と背後のクロムの方へと振り返り、そのままそこから動くことなく、さらさらと空気に溶けるように消えていった。
あとにはただ、静まり返った空気が流れるだけ。
「……」
しばらくは警戒するかのように辺りの様子を窺っていたクロムだが、ややあってさらなる襲撃がないことをどうやって確認したのか、ふぅ……、と大きな吐息を洩らした。
「もう大丈夫です」
そうは言われても、アリーチェには危機が去ったことなどわからない。
恐怖からの緊張でまだ身体の動きを固めたままのアリーチェは、それでもドキドキとした鼓動を刻みながら震える唇で問いかける。
「……貴方……、何者なの……?」
普通の人間とはとても思えない動き。
そして、古代魔道具だという殺人人形をあっさりと壊してしまえるほどの“なにか”を操って。
古代魔道具の特徴は、自身に魔力がなくとも扱えること。
クロムは、“天才魔道具研究家”。それでも。
「ただの古代魔道具オタクだ、って言ったら信じてくれます?」
「! なに言……っ」
くす、と困ったように苦笑され、咄嗟に反論の声が出た。
けれど。
「……信じるわ」
一瞬の間を置いて、アリーチェはなぜかそう返していた。
「!」
「クロムがそう言うなら信じてあげる」
驚いたように目を見張るクロムに、苦笑を零しながらも自然と柔らかな微笑みが浮かんだ。
クロムがそういうことにしておいてほしいと望むなら。
それ以上のことを追及したりしない。
クロムは、クロムだ。
研究オタクで、夢中になると他が見えなくなって。
アリーチェのために尽力してくれている、優しくて頼りになる人。
アリーチェにとってはそれが全てで、クロム以外の何者でもない。
「……アリーチェさん……」
感動したかのような吐息を零したクロムは、申し訳なさそうに眉を下げた。
「ありがとう、ございます」
そう謝礼を口にするクロムの表情と声色からは安堵の気配が滲み出て、アリーチェはやはりこれで良かったのだと実感する。
「その代わり」
それでも、一つだけ。
どうしてもこれだけは、と、苦笑いを零してクロムを見つめた。
「いつか、話してもいいと思ったら話してね?」
「……」
いつか、という表現は、近くもあり、遠い未来でもある。
あえてその言葉を選んだのは、本当に言いたくなければ一生そのままでも構わないという想いを伝えるだめだ。
「……アリーチェさん」
少しだけ俯いたクロムの表情は前髪の陰になってよく見えなかった。
その代わり、というわけではないけれど、クロムの腕がアリーチェに伸びてきて。
「……クロム?」
きゅ、と静かに抱き寄せられ、アリーチェは黙ってそれを受け入れていた。
さらり、と告げたクロムの言葉の意味がよくわからない。
「ターゲットを殺すまで止まらない、古代魔道具の一つです」
「……ぇ……」
意味、自体はわかる。
殺せと命じた相手を消すために動く、古代魔術を組み込まれた人形。
その人形の目的は、呪いをかけられたアリーチェか、それとも。
「……いえ……、その……」
クロムが放った札のようなものが身体の中央に突き刺さり、そこから灰が風に舞うようにして形を失っていく黒い人形に、アリーチェはクロムの手元へ視線を移す。
「……それ、は……?」
すとん、とアリーチェを下ろしたクロムは、アリーチェを背に庇うようにして立ち、数枚の札らしきものを手にして身構えた。
「古代魔道具には古代魔道具でないと太刀打ちできません」
つまり、クロムが手にしているものは、アリーチェたちを囲うようにして立った四体の人形に対抗するための道具、ということだろうか。
「とりあえず、さっさと片づけますから」
宣言し、クロムは四体の殺人人形へ鋭い視線を走らせた。
「……っ」
突然すぎる展開に、アリーチェはなにがなんだかわからない。
ただ、クロムの邪魔をしてはいけないことだけは察し、気配を殺すように息を詰める。
「!」
黒い人形が一斉に襲いかかってきたかと思えば、クロムの腕が横一線に打ち払われ、ぶわりという強風が舞った。
そうして人形の動きが止まった一瞬の隙を突き、クロムが先ほどと同じように札を投擲すれば、それが突き刺さった場所から黒い影は溶けていく。
「クロム……ッ!」
アリーチェが悲鳴にも似た叫びを上げてしまったのは、残る二体の腕が変形し、鋭い刃のようなものを作ったからだ。
「絶対に俺の傍から離れないでくださいね!?」
再度警告されても、そもそも怖くて身体が動かない。
「――っ!」
自由自在な形を作ることができるのか、先端にナイフをつけた鞭のように迫ってくる細い影に、アリーチェはびくりと身体を震わせる。
だが、それも、ぶつぶつとなにかを呟いているクロムの目の前で、障壁に阻まれたように弾かれて霧散した。
「貴重な研究対象が勿体ない……!」
こんなに緊迫した状況だというにも関わらず、クロムから発せられた悔し気な叫びはどこまでもクロムらしかった。
また一体、札の突き刺さった人形が消えていく一方で、最後に残った影が一直線に飛び込んでくる。
「……っち……」
かまいたちのような鋭い風と共に走り込んできた人形を寸でのところで躱したクロムは、その背中に向かってまた一つ札のようなものを投げ込んだ。
すると影は動きを止め、錆びた人形のような動きでギギギ……、と背後のクロムの方へと振り返り、そのままそこから動くことなく、さらさらと空気に溶けるように消えていった。
あとにはただ、静まり返った空気が流れるだけ。
「……」
しばらくは警戒するかのように辺りの様子を窺っていたクロムだが、ややあってさらなる襲撃がないことをどうやって確認したのか、ふぅ……、と大きな吐息を洩らした。
「もう大丈夫です」
そうは言われても、アリーチェには危機が去ったことなどわからない。
恐怖からの緊張でまだ身体の動きを固めたままのアリーチェは、それでもドキドキとした鼓動を刻みながら震える唇で問いかける。
「……貴方……、何者なの……?」
普通の人間とはとても思えない動き。
そして、古代魔道具だという殺人人形をあっさりと壊してしまえるほどの“なにか”を操って。
古代魔道具の特徴は、自身に魔力がなくとも扱えること。
クロムは、“天才魔道具研究家”。それでも。
「ただの古代魔道具オタクだ、って言ったら信じてくれます?」
「! なに言……っ」
くす、と困ったように苦笑され、咄嗟に反論の声が出た。
けれど。
「……信じるわ」
一瞬の間を置いて、アリーチェはなぜかそう返していた。
「!」
「クロムがそう言うなら信じてあげる」
驚いたように目を見張るクロムに、苦笑を零しながらも自然と柔らかな微笑みが浮かんだ。
クロムがそういうことにしておいてほしいと望むなら。
それ以上のことを追及したりしない。
クロムは、クロムだ。
研究オタクで、夢中になると他が見えなくなって。
アリーチェのために尽力してくれている、優しくて頼りになる人。
アリーチェにとってはそれが全てで、クロム以外の何者でもない。
「……アリーチェさん……」
感動したかのような吐息を零したクロムは、申し訳なさそうに眉を下げた。
「ありがとう、ございます」
そう謝礼を口にするクロムの表情と声色からは安堵の気配が滲み出て、アリーチェはやはりこれで良かったのだと実感する。
「その代わり」
それでも、一つだけ。
どうしてもこれだけは、と、苦笑いを零してクロムを見つめた。
「いつか、話してもいいと思ったら話してね?」
「……」
いつか、という表現は、近くもあり、遠い未来でもある。
あえてその言葉を選んだのは、本当に言いたくなければ一生そのままでも構わないという想いを伝えるだめだ。
「……アリーチェさん」
少しだけ俯いたクロムの表情は前髪の陰になってよく見えなかった。
その代わり、というわけではないけれど、クロムの腕がアリーチェに伸びてきて。
「……クロム?」
きゅ、と静かに抱き寄せられ、アリーチェは黙ってそれを受け入れていた。
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