離縁を申し出たら溺愛されるようになりました!? ~将軍閣下は年下妻にご執心~

姫 沙羅(き さら)

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後日談 ⑤

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「……」
「…………」
「……だめ、ですか……?」
 あの、なにを考えているのかわからずに、悶々と頭を悩ませた日々はなんだったのだろう。
 眉間に皺を寄せ、なんとも難しい表情で顔を顰めているゼノンへと、シャーロットはおずおずとした視線を向けていた。
 その、下から顔を覗き込むその仕草が。少しだけ上目遣いとなった、その可愛らしい表情が。またゼノンを苦悩させる原因となっていることには、シャーロットは気づいていない。
「……貴女のそれが計算であればたちが悪い」
「……?」
 深々とした溜め息を吐き出したゼノンに、シャーロットはきょとん、と不思議そうな目を向ける。
 その邪気のない仕草にゼノンはますます頭垂こうべたれ、低い唸り声を洩らしていた。
「そんなおねだりの仕方をどこで覚えた」
「……っ、お、おねだり、なんて……っ」
 おねだり、などと言われると、夜の淫らな行為を思い出してしまい、シャーロットは瞬時に赤くなる。
 ――『可愛らしくおねだりできたらイかせてやる……』
 普段はシャーロットに激甘なゼノンだが、ベッドの中でだけはいつも意地が悪い。
 昨夜も、そんなふうに散々焦らされた一場面が頭の中に甦り、シャーロットは口をぱくぱくさせてしまっていた。
「わかった。オレも参加しよう」
 そう言ったゼノンの視線の先には、シャーロットが手にした綺麗な便箋が数枚と――、一枚のカード。
 シャーロットに宛てられたそれは。

 ――とあるダンスパーティーへの招待状だった。




 ◈◈✼◈◈┈┈┈┈◈◈✼◈◈




 お茶会や夜会といった社交の場に参加することは、ある種貴族の義務のようなものではあるが、それでも今回は少し勝手が違っていた。
 今回シャーロットが招かれたのは、妙齢の独身貴族が数多く集まるダンスパーティー。それが、ゼノンがシャーロットの参加を一瞬渋ってしまった大きな原因だった。
「シャーロット! 今日は来てくれてありがとう……っ」
 広々としたホール内。シャーロットが姿を見せた途端に嬉しそうに傍に寄ってきた少女に向かい、シャーロットもまた笑顔を輝かせる。
「マリー」
 ふわふわとしたピンクベージュの髪の少女――、本名、マリアンヌは、シャーロットの遠縁にあたる侯爵家の令嬢で、とても仲のいい友人だ。
 当然二人の結婚式にも参列していたマリアンヌは、ひとしきりシャーロットと再会の喜びを伝え合うと、次にゼノンの方へ向き直る。
「ゼノン様も。お越しくださりありがとうございます」
「あぁ」
 招待状はシャーロット宛てではあったものの、そこにはゼノンが一緒に参加しても支障はないというような旨が添えられていた。
 ただ、どう見ても会場内にゼノンと同世代の姿は見当たらず、かなり悪目立ちしてしまっていることは確かだった。
「……それで、マリー? ……どちらの方が?」
 そこでマリアンヌに顔を寄せたシャーロットは、そわそわとした様子で会場内を――、正しくは、会場内にいる男性たち・・・・を見回した。
 実は、今回の少しばかりイレギュラーなお呼ばれは、マリアンヌが意中の人をシャーロットに紹介したいから、というものだった。
 すでに夫がいる身とはいえ、そこはまだまだ年頃の女の子だ。一度恋話を始めてしまえば花が咲く。友人が選んだ恋のお相手はどんな方だろうと、ここに来るまでもずっと気になって堪らなかったシャーロットは、あの方だろうか、この方だろうかと、興味津々に辺りを見回していた。
「……っ、あ、あの方よ。今、窓際でご友人と談笑してらっしゃる」
 そんなシャーロットにマリアンヌは恥ずかしそうに頬を染め、視線だけで少し遠い位置にいる一人の青年を指し示す。
「あとでちゃんと紹介するからっ」と告げてくるマリアンヌの恥じらいはとても可愛らしくて、シャーロットは思わずからかうような目を向ける。
「……あら、マリーってば。結構面食いだったのね」
 さらりとした金髪の青年は、整った目鼻立ちをしていて、シャーロットはくすくすと楽しそうな笑みを溢す。
 けれど、長年の仲の良い友人同士。そんな親友のからかいに、マリアンヌも黙って恥ずかしがっているばかりではない。
「シャーロットほどじゃないわよ」
「っ私は、そんなこと……っ」
 途端、こちらも頬を染めるシャーロットに、マリアンヌの悪戯っぽい瞳が向けられる。
「……“そんなこと”?」
 その続きは? と、促してくるマリアンヌに、シャーロットは一瞬言葉を詰まらせる。
 一方、親友同士のそんな年相応の楽しそうな会話は、否応でも傍にいるゼノンの耳に入ってきてしまう。早くに結婚した妻のそんな姿は、新鮮なような、嬉しいような。そして少しだけ申し訳ないような気持ちにもなってしまいながら、ゼノンは相変わらずの無言を貫いていた。
 そして、そんなふうに無表情を貼り付けているゼノンをチラリと気にしたシャーロットは、また恥ずかしそうに視線を逸らしてから、ゆっくりと口を開いていた。
「……確かに私は一目惚れだったけど、容姿だけに惹かれたわけじゃないもの」
「っ」
 ぽつり、と、ほんの少しだけ拗ねたように洩らされたその言葉に、ゼノンは一瞬息を呑み、マリアンヌは目を丸くする。
「……はいはい。ごちそうさま」
 それからシャーロットへ呆れたように肩を落とし、マリアンヌはチラリとゼノンにも意味深な視線を向けていた。
「私もシャーロットみたいに旦那様とらぶらぶで幸せな奥様になりたいわ~」
「……もうっ、マリーってば」
 羨ましそうにからかってくるマリアンヌへ、シャーロットは困り顔になりながらも口元を緩ませる。
 いろいろと誤解もあったけれど、そんな辛い日々があったからこそ、シャーロットは今、ゼノンの大きな愛に包まれるとても幸せな毎日を送っている。
「応援してるから」
 マリアンヌにも幸せが訪れますようにと、シャーロットは優しい微笑みを浮かべていた。


 そうして、ダンスパーティーは幕を開け……。
 ゼノンの嫌な予感は的中してしまっていた。
 シャーロットにそんなつもりがなかったことはもちろんわかっているものの、親友――、マリアンヌの想い人はどの人だろうとあちらこちらへと視線を彷徨わせている最中。その視線を感じた若い独身男性たちは、自分がシャーロットに見つめられているという多大な誤解をしていた。
 すでに夫がいることを理解していても、まだ若く可愛らしい少女に見つめられてしまえば、目を――、時には心まで――、奪われてしまう輩がいたとしてもおかしくはない。
 その証拠に。
「シャーロット様。一曲お相手していただけませんか?」
「……私、ですか?」
「はい。是非」
 せっかく仲の良い友人と一緒にいるのだ。自分が傍にいては遠慮して話せないこともあるだろうと、そんな気を遣って距離を取っていたことが災いした。
 さすがに表向きは鉄壁の無表情を崩すことのないゼノンが傍にいれば、妻であるシャーロットに声をかけてくる勇者もいないだろうが、今は、マリアンヌと雑談に花を咲かせているところだった。その隙を見計らって声をかけてきた勇気ある青年へ、シャーロットはほんの少しだけ困ったような表情かおになる。
 すでにゼノンとは、ダンスパーティーが始まった時に二曲続けて踊っている。これで一応はパーティーに参加した義務は果たしたと思っているシャーロットだが、パーティーの趣旨が趣旨である以上、ここで断るのもおかしなことだろう。
 なにも、既婚女性は夫以外の男性と踊ってはいけないというきまりはない。相手がどこかの貴族子息であれば、無下に断ることも難しかった。
「……」
 ちら、と。シャーロットから答えに迷うような目を向けられたゼノンは、心中舌打ちをしながらも、渋々と、表面上はそんなことを悟られないよう、無言で頷いて許可を出す。
 本当は、他の男がシャーロットの身体に触れることなど、指一本でも許せないが、愛しい妻に、ここで心の狭い夫だと呆れられたくはない。
 これは、自分のミスでもある。
 そうして“大人の余裕”を見せたゼノンは、自分を慕って声をかけてきた、若き騎士でもある貴族子息に囲まれながら、心中はとても穏やかではいられずに、ずっとシャーロットの方へと意識を向けていた。
「……」
 幸いなことに、長年身に付けている無表情が崩れることはない。だが、内心では忌々しげな舌打ちが溢れてしまう。
 シャーロットをダンスに誘った青年は、軽いステップを踏みながらも、どこか緊張した様子であれやこれやとシャーロットに話しかけ、高揚とした表情を浮かべている。
 また、シャーロットが一言二言と言葉を返していることがわかれば、ますます気分は悪くなる。
 大人げないことはわかっている。だが、胸に沸き上がる嫉妬心に、すぐにでもシャーロットをその男から引き剥がしてしまいたくなってくる。
 シャーロットをリードするその青年は、軍人としてのゼノンから見れば“若造”といったところだが、シャーロットの夫として見た時には、一回りも年下の妻にはお似合いの若い好青年にも思えてしまっていた。
 そうしてゼノンにとっては長い一曲が終わり、シャーロットがその青年に挨拶をして離れかけた時。
 そこにすかさずまた声をかけてくる輩がいて、ゼノンは周りには気づかれない程度ではあるものの、思わず顔を顰めてしまっていた。
 らしくなく視野が狭くなってしまっていたが、ふと周りに意識を向ければ、二人目の青年と言葉を交わしているシャーロットには、次は自分が、という思惑の見える視線があちこちから注がれている。
 中には、「次、お前が行けよ」と肘で小突き合っている青年たちの姿まで見て取れてしまう。
 シャーロットがこういった社交の場に顔を出すことは滅多にない。これ幸いとお近づきになろうとする人間は多いだろう。
「……」
 ダンスをしながらも、チラチラと自分へ向けられるシャーロットからの視線がとても愛おしい。
 だが、それと同時に、醜い嫉妬心も沸いてくる。
 あの細い腰に手を回していい者も、顔を寄せて言葉を交わす権利を持つ者も、唯一自分だけだと主張したくて堪らない。あの白い肌に、意外にも柔らかな身体に触れていいのは自分だけ――。
 あの身体に他の男が触れた感触など、すぐにでも忘れさせてやりたくて堪らない。

 帰りの馬車の中で、シャーロットと二人きりになった自分はどこまで冷静でいられるだろうかと、ゼノンはぐっと奥歯を噛み締めていた。
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