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後日談 ④
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ここ数日で日課となった、“いってらっしゃい”のキスでゼノンを送り出し、その背中が扉の向こうに消えた直後。シャーロットはなんともいえない小さな微笑を溢し、大きな溜め息を吐き出していた。
――自分の気持ちを、まだゼノンに伝えられていない。
そのことに気づいたのは、ゼノンから真実の想いを告げられた三日後のことだった。
敏いゼノンのことだ。わかりやすいシャーロットの態度から気持ちなどバレバレだろうが、それでも。それでも、真摯に自分と向き合ってくれたゼノンのことを思えば、シャーロットもきちんとこの想いを言葉にしなければならないと思うのだ。
――『口にしていただかなければわかりません……!』
なによりも、そう訴えたのはシャーロットの方なのだから。
けれど、そうは思っても、いざとなるとそのタイミングが掴めない。さすがに使用人たちがいる前でそんなことを口にする勇気はシャーロットにはない上に、いざ二人きりになった時にと思っても……。
『……貴女は本当に可愛らしい人だ……』
昨夜も、散々啼かされた時間を思い出してしまい、シャーロットは一人赤くなる。
ゼノンと二人きりになって、どう言い出したらいいものかとタイミングを図っているうちに、気づければ与えられる甘美な熱に翻弄されてしまっているのだ。
「……今日こそは……っ!」
ぐっ、と拳を握り締め、シャーロットはもう見えないゼノンの後ろ姿に誓いを立てるのだった。
◈◈✼◈◈┈┈┈┈◈◈✼◈◈
夜。寝室に現れたゼノンに、ベッドの端に腰かけたシャーロットは、言葉にするタイミングを逃す前にと、自分を奮い立たせるようにぎゅ、と手を握り締めていた。
「今日は……っ、旦那様にお話が……っ!」
慌てて口にしたせいで、変に焦った声が出た。
刹那、ゼノンがぎくりと表情を強張らせていたことに、緊張感でいっぱいいっぱいのシャーロットは気づいていなかった。
「……なんだ」
だが、静かに返ってきたその低音に、どこか違和感を感じ……。
「?」
ふと顔を上げたシャーロットは、まるで以前のゼノンを思わせる冷たい無表情を前にして、ハッと息を呑んでいた。
ゼノンは、寡黙な無表情を装っているだけで、本来の姿は全くそれとは異なるもの。
むしろ真逆と言っていいほど熱く、饒舌な人間だということを、最近になって思い知らされていた。
本当のゼノンは、敬愛する師の教えを信じ、忠実に守っていたような、とても純粋な人。
――ゆえに、とても傷つきやすい人。
だから。
――『……今日は、旦那様にお話があります』
離縁を申し出たあの日。
あの夜と同じように畏まったシャーロットを前にして、今、ゼノンはなにを思っているだろうか。
そのことに気づいたシャーロットは、今日まであれこれと悩んでいたことなどすっかり忘れ、慌てて口を開いていた。
「ち、違うんです、旦那様……っ! そうでは、なくて……!」
自分は一体なにを言おうとしていたのだろうとわからなくなって、ますます焦りは募っていく。
今夜、ゼノンが扉を開ける前までも、一人悶々とどうしたものかと悩んでいた。
自分の気持ちを、どのタイミングでどう告げたらいいのか。
ゼノンへと、どんなふうに、どんな言葉で想いを伝えたらいいのだろうかと。
想いは溢れて止まないというのに、この想いを形作る言葉が見つからなくて。
けれど今は、そんなことで頭を悩ませている場合ではない。
いろいろと、考えていた。
どう、伝えようかと。
本当に、いろいろと。
でも。
「わ、私……っ」
焦ると、頭は本当に全く回らない。
それゆえに。
「す、好きです……っ!」
慌てたシャーロットの口から飛び出た言葉はそんなもの。
「あ……」
あまりにも端的すぎる気持ちの吐露に、シャーロットは別の意味で恥ずかしくなって赤くなり、おろおろと視線を彷徨わせてしまう。
「……」
流れた沈黙は数秒だろうが、ゼノンのその無言には焦る気持ちばかりが募ってしまう。
他に言い様はいくらでもあるだろうに、それだけしか口にできない自分が悲しくて悔しくて堪らなかった。
「……え?」
だが、固まっていたゼノンから僅かに驚いたような声が洩れ、シャーロットは悩んでいる暇などないと、きゅ、と両手を握り締める。
「だ、旦那様のことが……っ。私は、貴方のことを、誰よりも愛しています……っ!」
勢いでそう言ってしまってから、ぶわりと顔が沸騰した。
想いを伝えるだけの行為が、どうしてここまで恥ずかしいのだろう。
そしてその赤裸々な想いを、最近では全く臆することなく告げてくるゼノンのことを思い、シャーロットはどれだけ自分は愛されているのだろうと、じんわりと感動してしまっていた。
「……よかった」
と。ふいに肩を落としたゼノンの安堵に、シャーロットはおずおずと顔を上げる。
「……旦那様……?」
「貴女の態度から、嫌われてはいないだろうと……、どちらかと言えば好いてくれているとは思っていたが、自信がなかった」
ほっと、安心したかのように洩らされる静かな言葉は、恐らくシャーロットが感じるよりも切実なものだったに違いない。
「旦那様……」
自分も思い悩んでいたけれど、ゼノンも同じように不安な思いを抱えていたことを理解して、ズキリと胸が痛んだ。
こんなことなら、もっと早く自分の想いを告げていれば良かったと思う。
ゼノンは黙することで己を律していたが、シャーロットだってなにもしようとしなかった。
自分たちの間には、圧倒的に言葉が足りていなかった。
だから。
「オレも、貴女のことを愛している」
真っ直ぐ向けられるゼノンの思いに、自分も素直になろうと決意する。
「ほんの少しだけ、貴女の気持ちを疑ってしまった」
申し訳ない。と頭を下げるゼノンに、きゅ、と唇を噛み締める。
あの時シャーロットの胸に沸いた、子供っぽい醜い心。けれど、押し殺すことは止めようと思った。
きっと、ゼノンは、そんなシャーロットごと受け止めてくれるだろうから。
「……それは、私も同じです」
自分の醜さを見せることには勇気がいる。
ほんの少しの緊張感に胸をドキドキさせながら、シャーロットは思いきって口を開く。
「……嫉妬……っ、してました……っ」
ドクドクとうるさい鼓動と戦うシャーロットに、ゼノンから落とされた沈黙は数秒間。
「…………嫉妬?」
どことなく不思議そうに向けられる疑問符に、シャーロットはかぁぁ……、と顔を赤く染めていた。
「……この前の……っ、あの、パーティーの時の……っ」
――『是非また御寝所に呼んで下さいませ』
とても魅力的で綺麗な女性だった。
ゼノンを信じていないわけではないが、それとこれとは話が別。
過去の女性関係をとやかく言うべきではないこともわかっている。
それでも醜い嫉妬心は湧いてしまう。
今までも、これからも。きっと、こんなことは山ほどあるだろう。ゼノンは、それほど魅力的な男性だ。
妻がいても関係ないと、そう思う女性もたくさんいるに違いない。
「……あぁ」
そこでやっとシャーロットの言葉の意味を察したらしいゼノンが、なんとも言い難い表情で眉根を下げる。
「不安にさせてすまなかった」
シャーロットの前までやってきたゼノンが、さらりと髪を撫でてくる。
「……若い頃の話だ。だからと言って、過去の話だと割り切れるものではないこともわかっているが」
「……いえ、私は……」
優しく見下ろしてくる瞳が、シャーロットの気持ちは全てわかっているとでもいうかのように甘くなり、ほんの少しだけ居たたまれない気持ちになってしまう。
今のゼノンは、間違いなくシャーロットのことだけを真摯に愛してくれているのだから。
「まさか、こんなふうに貴女を妻に迎えられる日が来るとは思っていなかった」
シャーロットの髪に、頬に、優しく触れながら、ゼノンは静かに独白する。
「もしできるのであれば、過去の自分を殴ってやりたいくらいだ」
「……そ、そこまでは……」
そこだけは悔しげに本気を滲ませるゼノンに、さすがのシャーロットも小さく首を振る。
なによりもゼノン自身がそう思ってくれているなら、それはとても嬉しいことだった。
「妬いてくれたのではないのか?」
「……過去のこと、なのでしょう?」
くす、と、ほんの少しだけ可笑しそうな笑みを洩らすゼノンへ、シャーロットもまたくすり、と仄かに微笑みかける。
「今はもう、貴女だけだ。これから先もずっと、未来永劫、オレは貴女だけのものだ」
「……ゼノン様……」
言いながら真摯な瞳が目の前まで近づいてきて、シャーロットは自然と目を閉じる。
そっと重ねられた唇は柔らかく、そしてとても温かい。
「……ところで、オレからも一ついいか?」
「……はい」
すぐに離された唇に顔を上げれば、なぜか言い難そうな気配を醸し出すゼノンがいて、シャーロットはなんだろうかと不思議に思いながらも頷いた。
「……貴女はいつからオレのことを好いてくれていたんだ?」
「!」
確かにそれは、ゼノンにとっては疑問に感じるところなのかもしれない。
「小さな頃に一度会ったことはあるが、さすがに覚えてはいないだろう?」
そして、例え覚えていたとしても、あれほど小さな時に一回りも年上の青年に恋をするとは考え難い。
「……正直な話、情けないが、貴女に好かれる要素が見当たらないのだが」
「だ、旦那様は他のどんな殿方よりも素敵で魅力的な方です……!」
冷静な声色ながらも困った様子を見せるゼノンへ、シャーロットは反射的に声を上げていた。
ゼノンは、魅力溢れるとても素敵な男性だ。
それだけは、はっきりと断言することできる。
それこそ。
「……私が、一目惚れしてしまうくらいに」
「っ!」
ほんのり頬を染めながら告げたシャーロットの想いの吐露に、ゼノンは一瞬だけ本当に驚いたように反応し。
「シャーロット……」
それから、熱っぽい声と瞳でシャーロットへと手を伸ばしていた。
「もう、これ以上は無理だ」
「え?」
「貴女をたくさん愛して愛でて抱きたい」
「!」
その瞳と声に乗った欲の色に、シャーロットはドキリと鼓動を跳ねさせる。
「シャーロット……」
これ以上なく愛おしそうに呼ばれる己の名。
「……はい。私も貴方を感じたいです」
伸ばされた腕に、自らもその背中へと腕を回し、シャーロットは覆い被さってくるゼノンの身体を受け止めていた。
――自分の気持ちを、まだゼノンに伝えられていない。
そのことに気づいたのは、ゼノンから真実の想いを告げられた三日後のことだった。
敏いゼノンのことだ。わかりやすいシャーロットの態度から気持ちなどバレバレだろうが、それでも。それでも、真摯に自分と向き合ってくれたゼノンのことを思えば、シャーロットもきちんとこの想いを言葉にしなければならないと思うのだ。
――『口にしていただかなければわかりません……!』
なによりも、そう訴えたのはシャーロットの方なのだから。
けれど、そうは思っても、いざとなるとそのタイミングが掴めない。さすがに使用人たちがいる前でそんなことを口にする勇気はシャーロットにはない上に、いざ二人きりになった時にと思っても……。
『……貴女は本当に可愛らしい人だ……』
昨夜も、散々啼かされた時間を思い出してしまい、シャーロットは一人赤くなる。
ゼノンと二人きりになって、どう言い出したらいいものかとタイミングを図っているうちに、気づければ与えられる甘美な熱に翻弄されてしまっているのだ。
「……今日こそは……っ!」
ぐっ、と拳を握り締め、シャーロットはもう見えないゼノンの後ろ姿に誓いを立てるのだった。
◈◈✼◈◈┈┈┈┈◈◈✼◈◈
夜。寝室に現れたゼノンに、ベッドの端に腰かけたシャーロットは、言葉にするタイミングを逃す前にと、自分を奮い立たせるようにぎゅ、と手を握り締めていた。
「今日は……っ、旦那様にお話が……っ!」
慌てて口にしたせいで、変に焦った声が出た。
刹那、ゼノンがぎくりと表情を強張らせていたことに、緊張感でいっぱいいっぱいのシャーロットは気づいていなかった。
「……なんだ」
だが、静かに返ってきたその低音に、どこか違和感を感じ……。
「?」
ふと顔を上げたシャーロットは、まるで以前のゼノンを思わせる冷たい無表情を前にして、ハッと息を呑んでいた。
ゼノンは、寡黙な無表情を装っているだけで、本来の姿は全くそれとは異なるもの。
むしろ真逆と言っていいほど熱く、饒舌な人間だということを、最近になって思い知らされていた。
本当のゼノンは、敬愛する師の教えを信じ、忠実に守っていたような、とても純粋な人。
――ゆえに、とても傷つきやすい人。
だから。
――『……今日は、旦那様にお話があります』
離縁を申し出たあの日。
あの夜と同じように畏まったシャーロットを前にして、今、ゼノンはなにを思っているだろうか。
そのことに気づいたシャーロットは、今日まであれこれと悩んでいたことなどすっかり忘れ、慌てて口を開いていた。
「ち、違うんです、旦那様……っ! そうでは、なくて……!」
自分は一体なにを言おうとしていたのだろうとわからなくなって、ますます焦りは募っていく。
今夜、ゼノンが扉を開ける前までも、一人悶々とどうしたものかと悩んでいた。
自分の気持ちを、どのタイミングでどう告げたらいいのか。
ゼノンへと、どんなふうに、どんな言葉で想いを伝えたらいいのだろうかと。
想いは溢れて止まないというのに、この想いを形作る言葉が見つからなくて。
けれど今は、そんなことで頭を悩ませている場合ではない。
いろいろと、考えていた。
どう、伝えようかと。
本当に、いろいろと。
でも。
「わ、私……っ」
焦ると、頭は本当に全く回らない。
それゆえに。
「す、好きです……っ!」
慌てたシャーロットの口から飛び出た言葉はそんなもの。
「あ……」
あまりにも端的すぎる気持ちの吐露に、シャーロットは別の意味で恥ずかしくなって赤くなり、おろおろと視線を彷徨わせてしまう。
「……」
流れた沈黙は数秒だろうが、ゼノンのその無言には焦る気持ちばかりが募ってしまう。
他に言い様はいくらでもあるだろうに、それだけしか口にできない自分が悲しくて悔しくて堪らなかった。
「……え?」
だが、固まっていたゼノンから僅かに驚いたような声が洩れ、シャーロットは悩んでいる暇などないと、きゅ、と両手を握り締める。
「だ、旦那様のことが……っ。私は、貴方のことを、誰よりも愛しています……っ!」
勢いでそう言ってしまってから、ぶわりと顔が沸騰した。
想いを伝えるだけの行為が、どうしてここまで恥ずかしいのだろう。
そしてその赤裸々な想いを、最近では全く臆することなく告げてくるゼノンのことを思い、シャーロットはどれだけ自分は愛されているのだろうと、じんわりと感動してしまっていた。
「……よかった」
と。ふいに肩を落としたゼノンの安堵に、シャーロットはおずおずと顔を上げる。
「……旦那様……?」
「貴女の態度から、嫌われてはいないだろうと……、どちらかと言えば好いてくれているとは思っていたが、自信がなかった」
ほっと、安心したかのように洩らされる静かな言葉は、恐らくシャーロットが感じるよりも切実なものだったに違いない。
「旦那様……」
自分も思い悩んでいたけれど、ゼノンも同じように不安な思いを抱えていたことを理解して、ズキリと胸が痛んだ。
こんなことなら、もっと早く自分の想いを告げていれば良かったと思う。
ゼノンは黙することで己を律していたが、シャーロットだってなにもしようとしなかった。
自分たちの間には、圧倒的に言葉が足りていなかった。
だから。
「オレも、貴女のことを愛している」
真っ直ぐ向けられるゼノンの思いに、自分も素直になろうと決意する。
「ほんの少しだけ、貴女の気持ちを疑ってしまった」
申し訳ない。と頭を下げるゼノンに、きゅ、と唇を噛み締める。
あの時シャーロットの胸に沸いた、子供っぽい醜い心。けれど、押し殺すことは止めようと思った。
きっと、ゼノンは、そんなシャーロットごと受け止めてくれるだろうから。
「……それは、私も同じです」
自分の醜さを見せることには勇気がいる。
ほんの少しの緊張感に胸をドキドキさせながら、シャーロットは思いきって口を開く。
「……嫉妬……っ、してました……っ」
ドクドクとうるさい鼓動と戦うシャーロットに、ゼノンから落とされた沈黙は数秒間。
「…………嫉妬?」
どことなく不思議そうに向けられる疑問符に、シャーロットはかぁぁ……、と顔を赤く染めていた。
「……この前の……っ、あの、パーティーの時の……っ」
――『是非また御寝所に呼んで下さいませ』
とても魅力的で綺麗な女性だった。
ゼノンを信じていないわけではないが、それとこれとは話が別。
過去の女性関係をとやかく言うべきではないこともわかっている。
それでも醜い嫉妬心は湧いてしまう。
今までも、これからも。きっと、こんなことは山ほどあるだろう。ゼノンは、それほど魅力的な男性だ。
妻がいても関係ないと、そう思う女性もたくさんいるに違いない。
「……あぁ」
そこでやっとシャーロットの言葉の意味を察したらしいゼノンが、なんとも言い難い表情で眉根を下げる。
「不安にさせてすまなかった」
シャーロットの前までやってきたゼノンが、さらりと髪を撫でてくる。
「……若い頃の話だ。だからと言って、過去の話だと割り切れるものではないこともわかっているが」
「……いえ、私は……」
優しく見下ろしてくる瞳が、シャーロットの気持ちは全てわかっているとでもいうかのように甘くなり、ほんの少しだけ居たたまれない気持ちになってしまう。
今のゼノンは、間違いなくシャーロットのことだけを真摯に愛してくれているのだから。
「まさか、こんなふうに貴女を妻に迎えられる日が来るとは思っていなかった」
シャーロットの髪に、頬に、優しく触れながら、ゼノンは静かに独白する。
「もしできるのであれば、過去の自分を殴ってやりたいくらいだ」
「……そ、そこまでは……」
そこだけは悔しげに本気を滲ませるゼノンに、さすがのシャーロットも小さく首を振る。
なによりもゼノン自身がそう思ってくれているなら、それはとても嬉しいことだった。
「妬いてくれたのではないのか?」
「……過去のこと、なのでしょう?」
くす、と、ほんの少しだけ可笑しそうな笑みを洩らすゼノンへ、シャーロットもまたくすり、と仄かに微笑みかける。
「今はもう、貴女だけだ。これから先もずっと、未来永劫、オレは貴女だけのものだ」
「……ゼノン様……」
言いながら真摯な瞳が目の前まで近づいてきて、シャーロットは自然と目を閉じる。
そっと重ねられた唇は柔らかく、そしてとても温かい。
「……ところで、オレからも一ついいか?」
「……はい」
すぐに離された唇に顔を上げれば、なぜか言い難そうな気配を醸し出すゼノンがいて、シャーロットはなんだろうかと不思議に思いながらも頷いた。
「……貴女はいつからオレのことを好いてくれていたんだ?」
「!」
確かにそれは、ゼノンにとっては疑問に感じるところなのかもしれない。
「小さな頃に一度会ったことはあるが、さすがに覚えてはいないだろう?」
そして、例え覚えていたとしても、あれほど小さな時に一回りも年上の青年に恋をするとは考え難い。
「……正直な話、情けないが、貴女に好かれる要素が見当たらないのだが」
「だ、旦那様は他のどんな殿方よりも素敵で魅力的な方です……!」
冷静な声色ながらも困った様子を見せるゼノンへ、シャーロットは反射的に声を上げていた。
ゼノンは、魅力溢れるとても素敵な男性だ。
それだけは、はっきりと断言することできる。
それこそ。
「……私が、一目惚れしてしまうくらいに」
「っ!」
ほんのり頬を染めながら告げたシャーロットの想いの吐露に、ゼノンは一瞬だけ本当に驚いたように反応し。
「シャーロット……」
それから、熱っぽい声と瞳でシャーロットへと手を伸ばしていた。
「もう、これ以上は無理だ」
「え?」
「貴女をたくさん愛して愛でて抱きたい」
「!」
その瞳と声に乗った欲の色に、シャーロットはドキリと鼓動を跳ねさせる。
「シャーロット……」
これ以上なく愛おしそうに呼ばれる己の名。
「……はい。私も貴方を感じたいです」
伸ばされた腕に、自らもその背中へと腕を回し、シャーロットは覆い被さってくるゼノンの身体を受け止めていた。
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