離縁を申し出たら溺愛されるようになりました!? ~将軍閣下は年下妻にご執心~

姫 沙羅(き さら)

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後日談 ②

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 目は口ほどに物を言う、とはよく言ったもの。
 今までシャーロットは、ゼノンのその金の瞳の奥に、自分を拒絶する色を見つけたくなくて、ずっと目を逸らし続けていた。
 目を合わせているようで、いつもゼノンの鼻筋辺りを見つめていた。
 だから、その瞳にこんな情熱的な想いを浮かばせていたことになど、気づく余地もなくて。
「……少し露出が激しくないか?」
 観劇に出かけるため、いつもより少しばかり大人っぽい赤ワイン色のドレスを着て現れたシャーロットの姿を見つめたゼノンは、しばしの間の後、そう言って眉間に皺を寄せていた。
「そ、そうですか?」
 デコルテラインが綺麗に覗く、いつものシャーロットとは少しだけ趣が異なるこのドレスは。
「ですが、今はこういった形のデザインが流行りだと」
 この日のために、馴染みの裁縫師と相談して仕立てて貰ったドレスを見下ろして、シャーロットは戸惑いの色を浮かばせる。
 シャーロットももう二十歳はたち。成人して二年もたてば、もう立派な“大人の女性”だ。
 大人になったのだから大人っぽいものを着たいと思うのは、なにも童顔の自分にコンプレックスがあるからという理由だけでない。一番は、年上のこの夫に少しでも釣り合う女性になりたいと思うから。
「流行遅れだと、貴女のセンスが問われることはいただけないが、それでも少し肌を出しすぎだ」
 デザインそのものはシンプルでシックなドレスは、その一方で華奢なシャーロットの身体のラインが綺麗に見える作りをしていた。それになんとも言えない表情をしたゼノンへと、幼い頃から仕える古参の女性の使用人が、横から助け船を出す。
「では、ショールでもお持ち致しましょうか」
「そうしてくれ」
 返ってきた即答に、女性がその場から離れて数分後。
「……どう、ですか?」
「……まぁ、これならば」
 肩から胸元をショールで覆って窺いを立てたシャーロットへ、ゼノンからは渋々といった頷きが返されていた。
 ゼノンとの“観劇デート”のためにわざわざ新調した、少しだけ背伸びしたドレス。まさか別のものに着替えるように言われてしまうのではないかと内心気が気ではなかったシャーロットは、ほっと安堵の吐息を洩らす。
 けれど、その直後。
「……あぁ、そうだ」
「?」
 なにかを思いついたようなゼノンの呟きに、シャーロットはきょとんと小首を傾ける。
 す……、と音もなく近づいてきたゼノンが身を屈め。
「……っ!?」
 肩を掴まれたかと思うとショールを外され、鎖骨の下辺りに走った覚えのある微かな痛みに、シャーロットは大きく目を見開いていた。
「っ! だ、旦那さま……っ!?」
「綺麗についたな」
 そう満足気に洩らされる低音に、シャーロットは真っ赤になって動揺する。
 ゼノンが吸い付いた肌の上に残された紅い跡。
 最近では、服の下に隠れて見えない身体のそこかしこに残されるようになったその鬱血を、“キスマーク”と呼ぶのだとシャーロットが知ったのは、つい先日のことだった。
「これで貴女はそのショールを手離せないだろう」
「っ!」
 元よりゼノンが望むならば外すつもりはなかったが、保険をかけるかのようなその囁きに、シャーロットはおどおどと目を泳がせる。
「ですが……っ、万が一にも見られてしまったら……っ」
「それはそれでオレは構わない。見せつけてやればいいだけの話だ」
 ――この美しい女性ひとが、誰のものかということを。
 悪びれもせずに淡々と告げられて、シャーロットは思わず返す言葉を失ってしまう。
「貴女のその胸元と細腰は、異性の目にはかなり毒だ」
「そんな、ことは……」
 上からじ、と見下ろされ、シャーロットはか細い声でそれを否定する。
 シャーロットの胸は、特に豊満というわけではない。ただ、その童顔と小さな身体に似合わず、少しだけ大きいかもしれない、という程度のもので。
 だが、それが却って危うい魅惑を醸し出していることなど気づかないシャーロットは、全体的に子供っぽい自分の容姿にコンプレックスを抱くばかりだった。
「……と、貴女を他の男に奪われたくないばかりについ説教じみたことを言ってしまったが……」
 そこで、ふいにゼノンの瞳が甘い色を乗せ、眩しそうに愛しい妻を見つめ直す。
「今日の貴女も綺麗だ」
「!」
「先ほど貴女が現れた時は、まるで女神が舞い降りたようだと思ってしまった」
「だ、旦那様……っ」
 表情はそれほど動いていないというにも関わらず、その瞳だけは蕩けそうに甘く、シャーロットは羞恥で瞳を潤ませる。
「そんな顔をしていたら、どれだけの男が貴女の虜になってしまうことか」
「っ旦那様……っ!」
 これ以上は恥ずかしすぎて聞いていられないと思うのに、元々頭の回転の早いゼノンの言葉は止まらない。
「いつもの貴女も可愛らしいが、今日は一段と美しくて目を奪われてしまう」
「っ」
「困ったな。劇場でこんな貴女の姿をみなの前に晒さなければならないかと思うと、ずっと腕の中に閉じ込めておきたくなってしまう」
「~~旦那様……っ!」
 次から次へと口にされる恥ずかしい発言の数々に、シャーロットが咎めるような声を上げれば、ゼノンは至極真面目な顔でとんでもない言葉を告げてくる。
「思っていることを口にすればいいだけなど、こんなに簡単なことはない」
「~~っ!」
 元々ゼノンは、思ったことを故意に口に出していなかっただけで、元来は無口というわけではないのだということを最近知らされた。
 むしろ、本当のゼノンは饒舌だったらしい。
「あ、あまりそういったことを口にされますと、将軍としての威厳が損なわれます……!」
 本気でそんなことを思っているわけではないが、あまりの恥ずかしさから、ついゼノンの師の教えを引き合いに出せば、ゼノンの目は可笑しそうに細められる。
「貴女にしかこんなふうに饒舌にはならないから大丈夫だ」
「……っ!」
 確かにゼノンは、今でも外では冷静沈着で無表情な人間を作っているらしかった。
 こんなふうに甘い瞳を向けるのも、思ったことを口にするのも、シャーロットに対してだけ。
「あぁ、もうこんな時間だな。貴女を人前に出したくはないが仕方がない」
 と。出発の時刻を気にしたゼノンは時計を見上げ、渋々といった様子で小さく肩を落としていた。
「行くか」
「……はい」
 馬車までとはいえエスコートするかのように手を差し出され、シャーロットはその手を取って仄かに微笑わらう。
 ずっと前からシャーロットがこの日の“観劇デート”を楽しみにしていたことを知るゼノンは、愛しい妻の願いを阻むようなことは絶対にしないだろう。
「シャーロット」
 そっと腰に手を回されて上を向く。
「他の男を見ないように」
「!」
 シャーロットを見下ろしてくる、真剣な瞳。その奥に、独占欲のようなものを感じ、シャーロットは思わず目を見張る。
「嫉妬でおかしくなってしまう」
 本気で告げられるその言葉を、嬉しいと思ってしまうのはなぜだろう。
「……そのお言葉、そっくりそのままお返しします……!」
 シャーロットは恥ずかしそうに顔を赤く染め、少しだけ拗ねたようにそう言って、愛する夫の胸元へと身を寄せていた。
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