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第四話
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常に冷静沈着なゼノンだが、さすがにシャーロットのこの申し出に関してだけは予想外だったのだろう。
自室へ引きこもってしまったゼノンの消えた後ろ姿を呆然と見つめていたシャーロットは、ぺたりとベッドの端へ腰を落としてぼんやりと視線を彷徨わせていた。
離縁はしない。とはっきりと告げられた。考えてみれば、離縁を拒否されるかもしれないとは想像していなかった。
だからといって、よくよく考えてみれば、すぐに同意できるようなことでもない。この婚姻は元々王命だ。子供ができないことを理由に離縁することは可能だろうが、元々妻帯するつもりがなさそうだったゼノンにとっては、シャーロットの妊娠はそれほど問題視することではないのかもしれない。
(……どう……しよう……)
一人取り残された夫婦の寝室で呆然と自問する。
シャーロットの中では、もうゼノンから離れることは決定事項だった。だが、拒絶をされたらどう説得したらいいのかわからない。婚姻が王命である以上、それを盾に関係を続けることを求められたら、それを拒むことは難しい。
――ゼノンのことを愛していないから離縁してほしい――……、とは。心にもないことだけは口にしたくなかった。
そもそも、王命の婚姻に本人同士の気持ちは関係ない。――そう、ゼノンのように。
過去のこと、今のこと、そしてこれからのこと。そんなことをぼんやりと考えていたシャーロットは、音もなく開かれた扉の気配に気づくことが遅れていた。
冷静沈着で頭脳明晰なゼノンは、こんな時でさえ判断が早かった。
「……シャーロット」
「っ!」
ふいに呼ばれた低い声に、びくりと肩を震わせる。
反射的に顔を上げれば、そこにはいつになく神妙な顔つきをしたゼノンが立っていた。
「……先ほどの話だが」
「っ、……はい」
覚悟を決めてゼノンに向き合う。
ゼノンが話をしてくれる気になったのなら……。この機会を逃すわけにはいかなかった。
「……まず、聞かせてくれ。なぜ、離縁を?」
「……それは、貴方が一番よくわかっていることかと思います」
王命で仕方なく貰い受けた妻。
軍人であるゼノンは、ただ義務を果たしているだけで、それを辛いとも思っていないのかもしれなかった。
「……考えてもわからないから聞いているのだが」
案の定、僅かに眉を顰めた顔をされ、シャーロットはきゅ、と唇を噛み締める。
「……もう、二年になります。子供のできない出来損ないの妻は不要でしょう」
「子供は必ずしも必要とは思えないし、できないと判断するのは早計だろう」
間髪を容れず返される答えは正論で、ゼノンの思考の早さを感じられる。
こんな時でさえ理路整然としたゼノンの態度には、じわりと涙が滲んでくる。
感情的になっているのは自分だけ。そんな冷たいゼノンの反応が悲しくて苦しくて仕方がない。
「っですが……っ! 旦那様は……っ。貴方は、本当は私の相手などしたくはないのでしょう……っ!?」
一度堰を切った思いは止まらず、シャーロットは溜まりに溜まった思いを吐き出した。
「……なぜ、そんなことを」
「っ、なぜ、って……!」
訝しげな瞳を向けられ、ますます涙が溢れ出た。
「……月に一度、決まった時にしか抱いてくださらないではないですか……! っしかも、一緒に眠ってもくださらない……っ」
それは、本当に、子供を作るためだけに行われる儀式のようで。
熱が冷めればすぐに消えてしまうその後ろ姿は、子供を作ること以外はどうでもいいことだと語っているように感じられていた。
「そんな、義務感で夫婦関係を続けてくださらなくて結構です……! 子供もできずに二年もたちます。そういった理由であれば離縁も認められるでしょう。ですから……っ、旦那様はもっと相応しい方と……!」
あの、女性のような。シャーロットのようなこんな子供ではなく、きちんとゼノンを満たしてくれるような、そんな大人の女性と再婚すればいい。
「……貴女と義務感で夫婦関係を続けているわけではない」
「っ!」
男にしては珍しく、苦虫を噛み潰したような表情をしたゼノンへと、シャーロットは泣き笑いの顔を向ける。
「……そんな優しい嘘をついてくださらなくて結構です」
一見冷たそうな性格に見えるゼノンだが、義務感でシャーロットと共にいようとしてくれる程度の優しさを持っている。
淡々と返される言葉の数々に、自分が子供のような我が儘を口にしているだけのような気がしてきて哀しくなる。
「……嘘ではない」
「っでしたら、どうして……っ!」
嘘ならば嘘だと言ってくれて構わない。いっそ、そちらの方がすっきりとするものだ。
けれど、万に一にも嘘ではないというのなら。
ゼノンがなにを考えているのか、シャーロットには一切理解できなかった。
「……貴女は、抱いて欲しかったのか?」
「っ」
淡々と問いかけられて言葉に詰まる。
さすがに、自ら抱いて欲しかったとは恥ずかしくて言い出せない。
「……最初、あれほど怯えていただろう」
だが、少しばかり答えが見えるような気がする言葉が返ってきて、シャーロットは思わず小さく目を見張っていた。
「……そ、れは……」
「……だから、オレは……」
そこで、沈黙が落ちた。
「……」
「……」
ゼノンがなにを思っていたのか、その先を待っていたシャーロットは、そのまま閉ざされてしまった口におずおずと問いかける。
「……“オレは”……? ……なんですか?」
だが、そんなシャーロットに、なぜかゼノンは言い淀むように視線を逸らす。
「……いや」
返されたその一言は、ここでシャーロットが頑張らなければ、そのままこの一件がなかったことにされそうで。
「……っ、話してください」
ありったけの勇気を振り絞り、シャーロットは涙が溢れ落ちることも厭わずゼノンに迫っていた。
「言っていただかなければわかりません……っ!」
――と、その途端。
「…………言っても……、いいのか……?」
僅かな沈黙があった後、どこか不思議そうな声をかけられ、シャーロットはぱちぱちと瞳を瞬かせる。
「……は、い……?」
ゼノンの、質問の意味が良くわからなかった。
その疑問符をゼノンも感じ取ったのだろう。
「思っていることを口にしてもいいのかと聞いている」
改めて問い直され、シャーロットはおずおずと口を開く。
「……思っていることは口にしなければ伝わらないかと思うのですが」
「師には、“背中で語れ”、と」
師、というのは、軍人であるゼノンを育てた恩師のことだろうか。
「……それは……、軍の中ではそうなのかもしれませんけれど……」
「感情を口にすると、軟弱な男だと思われて女は付いてこないと」
シャーロットの推測は当たらずとも遠からずだったようで、戸惑いがちに思いを告げれば、ゼノンからは思いもよらない答えが戻っていた。
「…………それも、極論かと思うのですが……」
ゼノンとその師との関係はよくわからないが、どうやら師からの教えを忠実に守っているらしい男の極端な理論に、シャーロットは困惑してしまう。
――つまりは。ゼノンの今までの言動は、全て…………?
「……では、いいのか?」
「……え?」
シャーロットを見つめ下ろすその瞳が、どこか不安そうに見えるのは、果たして気のせいなのだろうか。
ぱちぱちと瞳を瞬かせるシャーロットへ、ゼノンは今度は打って変わって強い口調で尋ねてくる。
「思っていることを口にして、貴女は絶対にオレから離れていかないと誓えるか?」
「……そ、それほど酷いことを考えてらっしゃるのですか!?」
今まで本当は一体なにを考えていたのだろうと、興味半分、怖さ半分になってしまったシャーロットは、思わず怯えたように小さく身を震わせる。
「……ある意味、そうだな」
「……そ、それは……」
ふむ、と考え込むかのように肯定され、こくりと小さく息を呑む。
けれど。
元々は離縁するつもりだったのだ。
ここまで来て、なにを怖がる必要があるのだろう。
そう自分に言い聞かせ、シャーロットは覚悟を決めてゼノンの顔を正面から見上げていた。
「どうぞ」
ベッドの端に腰かけたまま。膝に手を置き、居住まいを正したシャーロットはその先を促した。
「……軽蔑しないか? もう離縁などとは言わないな?」
「……け、軽蔑、って……」
そこまで確認を取るほどに、ゼノンはなにを考えていたのだろう。
「もっとも、貴女を離したりはしないが」
ぎらり、と。まるで獲物を狙う肉食獣のような双眸に見下ろされて喉が鳴る。
自分はこのまま、この男性にどうされてしまうのだろう。
「貴女がそれを望むならばもう我慢したりはしない」
「……っ」
低いその声色に、一気に熱が孕んだ気がした。
「シャーロット……」
そうして、目の前までやってきたゼノンの腕が伸ばされて、そのまま逞しい腕の中へと抱き込まれてしまう。
「この腕の中に閉じ込めて、どこにもやりたくない……」
「…………ぇ……?」
今、自分はなにを聞いただろうか。
「本当は、ずっと抱きたくて堪らなかった……」
耳元近くで落とされる欲の覗く吐息に、シャーロットの体温も一気に上がっていく。
「可愛らしい声で啼く貴女の中に、いつまでも入っていたい」
「……っ!? ちょ、ちょっと……」
ぐっ、と力の籠った抱擁に、思わずあたふたと困惑する。
自分が今なにを言われているのか、すぐには理解できなかった。
「愛してる」
「!?」
だが、元々頭の回転の早いゼノンの言葉は止まらない。
「ずっと昔から愛していた」
「……ぇ……、ぇえ……!?」
“ずっと”、の意味がわからない。この婚姻は王命のはずで、ならばシャーロットと同じく初めて会ったあの顔合わせの時からのことを言っているのだろうか。
「幼い貴女のことが、ずっと欲しくて堪らなかった」
“幼い”というのは……。その言葉通りの意味だろうか。
「貴女の中に溢れるほどオレの欲望を注ぎ込んで、繋がったまま眠りたい」
「っ」
真っ直ぐ向けられる欲望の吐露に、真っ赤になって言葉を失った。
「毎日だ」
「……ゼ、ゼノン様……っ!?」
「泣いて嫌がっても許さない」
いつしか顎を掬われて、ギラギラとした欲望に燃える双眸に囚われる。
「……え……? え……っ?」
「だから、一緒になど眠れなかった。隣に貴女がいたら自分を抑えられない。小さな貴女を抱き潰してしまう」
「――っ!?」
では、一度だけの交わりで、すぐに部屋から出ていってしまっていた理由は。
「貴女に拒絶されるのが怖かった。だが、貴女がオレを拒まないというのなら……」
「……あ……っ?」
背後のベッドへと押し倒され、ゼノンの肩越しに見える天井に混乱する。
「……もう、手加減などできない」
熱い欲望に濡れた言葉を落とされて、シャーロットはこの後自分の身に起こるかもしれない未来を思い、ふるりと身体を震わせていた。
自室へ引きこもってしまったゼノンの消えた後ろ姿を呆然と見つめていたシャーロットは、ぺたりとベッドの端へ腰を落としてぼんやりと視線を彷徨わせていた。
離縁はしない。とはっきりと告げられた。考えてみれば、離縁を拒否されるかもしれないとは想像していなかった。
だからといって、よくよく考えてみれば、すぐに同意できるようなことでもない。この婚姻は元々王命だ。子供ができないことを理由に離縁することは可能だろうが、元々妻帯するつもりがなさそうだったゼノンにとっては、シャーロットの妊娠はそれほど問題視することではないのかもしれない。
(……どう……しよう……)
一人取り残された夫婦の寝室で呆然と自問する。
シャーロットの中では、もうゼノンから離れることは決定事項だった。だが、拒絶をされたらどう説得したらいいのかわからない。婚姻が王命である以上、それを盾に関係を続けることを求められたら、それを拒むことは難しい。
――ゼノンのことを愛していないから離縁してほしい――……、とは。心にもないことだけは口にしたくなかった。
そもそも、王命の婚姻に本人同士の気持ちは関係ない。――そう、ゼノンのように。
過去のこと、今のこと、そしてこれからのこと。そんなことをぼんやりと考えていたシャーロットは、音もなく開かれた扉の気配に気づくことが遅れていた。
冷静沈着で頭脳明晰なゼノンは、こんな時でさえ判断が早かった。
「……シャーロット」
「っ!」
ふいに呼ばれた低い声に、びくりと肩を震わせる。
反射的に顔を上げれば、そこにはいつになく神妙な顔つきをしたゼノンが立っていた。
「……先ほどの話だが」
「っ、……はい」
覚悟を決めてゼノンに向き合う。
ゼノンが話をしてくれる気になったのなら……。この機会を逃すわけにはいかなかった。
「……まず、聞かせてくれ。なぜ、離縁を?」
「……それは、貴方が一番よくわかっていることかと思います」
王命で仕方なく貰い受けた妻。
軍人であるゼノンは、ただ義務を果たしているだけで、それを辛いとも思っていないのかもしれなかった。
「……考えてもわからないから聞いているのだが」
案の定、僅かに眉を顰めた顔をされ、シャーロットはきゅ、と唇を噛み締める。
「……もう、二年になります。子供のできない出来損ないの妻は不要でしょう」
「子供は必ずしも必要とは思えないし、できないと判断するのは早計だろう」
間髪を容れず返される答えは正論で、ゼノンの思考の早さを感じられる。
こんな時でさえ理路整然としたゼノンの態度には、じわりと涙が滲んでくる。
感情的になっているのは自分だけ。そんな冷たいゼノンの反応が悲しくて苦しくて仕方がない。
「っですが……っ! 旦那様は……っ。貴方は、本当は私の相手などしたくはないのでしょう……っ!?」
一度堰を切った思いは止まらず、シャーロットは溜まりに溜まった思いを吐き出した。
「……なぜ、そんなことを」
「っ、なぜ、って……!」
訝しげな瞳を向けられ、ますます涙が溢れ出た。
「……月に一度、決まった時にしか抱いてくださらないではないですか……! っしかも、一緒に眠ってもくださらない……っ」
それは、本当に、子供を作るためだけに行われる儀式のようで。
熱が冷めればすぐに消えてしまうその後ろ姿は、子供を作ること以外はどうでもいいことだと語っているように感じられていた。
「そんな、義務感で夫婦関係を続けてくださらなくて結構です……! 子供もできずに二年もたちます。そういった理由であれば離縁も認められるでしょう。ですから……っ、旦那様はもっと相応しい方と……!」
あの、女性のような。シャーロットのようなこんな子供ではなく、きちんとゼノンを満たしてくれるような、そんな大人の女性と再婚すればいい。
「……貴女と義務感で夫婦関係を続けているわけではない」
「っ!」
男にしては珍しく、苦虫を噛み潰したような表情をしたゼノンへと、シャーロットは泣き笑いの顔を向ける。
「……そんな優しい嘘をついてくださらなくて結構です」
一見冷たそうな性格に見えるゼノンだが、義務感でシャーロットと共にいようとしてくれる程度の優しさを持っている。
淡々と返される言葉の数々に、自分が子供のような我が儘を口にしているだけのような気がしてきて哀しくなる。
「……嘘ではない」
「っでしたら、どうして……っ!」
嘘ならば嘘だと言ってくれて構わない。いっそ、そちらの方がすっきりとするものだ。
けれど、万に一にも嘘ではないというのなら。
ゼノンがなにを考えているのか、シャーロットには一切理解できなかった。
「……貴女は、抱いて欲しかったのか?」
「っ」
淡々と問いかけられて言葉に詰まる。
さすがに、自ら抱いて欲しかったとは恥ずかしくて言い出せない。
「……最初、あれほど怯えていただろう」
だが、少しばかり答えが見えるような気がする言葉が返ってきて、シャーロットは思わず小さく目を見張っていた。
「……そ、れは……」
「……だから、オレは……」
そこで、沈黙が落ちた。
「……」
「……」
ゼノンがなにを思っていたのか、その先を待っていたシャーロットは、そのまま閉ざされてしまった口におずおずと問いかける。
「……“オレは”……? ……なんですか?」
だが、そんなシャーロットに、なぜかゼノンは言い淀むように視線を逸らす。
「……いや」
返されたその一言は、ここでシャーロットが頑張らなければ、そのままこの一件がなかったことにされそうで。
「……っ、話してください」
ありったけの勇気を振り絞り、シャーロットは涙が溢れ落ちることも厭わずゼノンに迫っていた。
「言っていただかなければわかりません……っ!」
――と、その途端。
「…………言っても……、いいのか……?」
僅かな沈黙があった後、どこか不思議そうな声をかけられ、シャーロットはぱちぱちと瞳を瞬かせる。
「……は、い……?」
ゼノンの、質問の意味が良くわからなかった。
その疑問符をゼノンも感じ取ったのだろう。
「思っていることを口にしてもいいのかと聞いている」
改めて問い直され、シャーロットはおずおずと口を開く。
「……思っていることは口にしなければ伝わらないかと思うのですが」
「師には、“背中で語れ”、と」
師、というのは、軍人であるゼノンを育てた恩師のことだろうか。
「……それは……、軍の中ではそうなのかもしれませんけれど……」
「感情を口にすると、軟弱な男だと思われて女は付いてこないと」
シャーロットの推測は当たらずとも遠からずだったようで、戸惑いがちに思いを告げれば、ゼノンからは思いもよらない答えが戻っていた。
「…………それも、極論かと思うのですが……」
ゼノンとその師との関係はよくわからないが、どうやら師からの教えを忠実に守っているらしい男の極端な理論に、シャーロットは困惑してしまう。
――つまりは。ゼノンの今までの言動は、全て…………?
「……では、いいのか?」
「……え?」
シャーロットを見つめ下ろすその瞳が、どこか不安そうに見えるのは、果たして気のせいなのだろうか。
ぱちぱちと瞳を瞬かせるシャーロットへ、ゼノンは今度は打って変わって強い口調で尋ねてくる。
「思っていることを口にして、貴女は絶対にオレから離れていかないと誓えるか?」
「……そ、それほど酷いことを考えてらっしゃるのですか!?」
今まで本当は一体なにを考えていたのだろうと、興味半分、怖さ半分になってしまったシャーロットは、思わず怯えたように小さく身を震わせる。
「……ある意味、そうだな」
「……そ、それは……」
ふむ、と考え込むかのように肯定され、こくりと小さく息を呑む。
けれど。
元々は離縁するつもりだったのだ。
ここまで来て、なにを怖がる必要があるのだろう。
そう自分に言い聞かせ、シャーロットは覚悟を決めてゼノンの顔を正面から見上げていた。
「どうぞ」
ベッドの端に腰かけたまま。膝に手を置き、居住まいを正したシャーロットはその先を促した。
「……軽蔑しないか? もう離縁などとは言わないな?」
「……け、軽蔑、って……」
そこまで確認を取るほどに、ゼノンはなにを考えていたのだろう。
「もっとも、貴女を離したりはしないが」
ぎらり、と。まるで獲物を狙う肉食獣のような双眸に見下ろされて喉が鳴る。
自分はこのまま、この男性にどうされてしまうのだろう。
「貴女がそれを望むならばもう我慢したりはしない」
「……っ」
低いその声色に、一気に熱が孕んだ気がした。
「シャーロット……」
そうして、目の前までやってきたゼノンの腕が伸ばされて、そのまま逞しい腕の中へと抱き込まれてしまう。
「この腕の中に閉じ込めて、どこにもやりたくない……」
「…………ぇ……?」
今、自分はなにを聞いただろうか。
「本当は、ずっと抱きたくて堪らなかった……」
耳元近くで落とされる欲の覗く吐息に、シャーロットの体温も一気に上がっていく。
「可愛らしい声で啼く貴女の中に、いつまでも入っていたい」
「……っ!? ちょ、ちょっと……」
ぐっ、と力の籠った抱擁に、思わずあたふたと困惑する。
自分が今なにを言われているのか、すぐには理解できなかった。
「愛してる」
「!?」
だが、元々頭の回転の早いゼノンの言葉は止まらない。
「ずっと昔から愛していた」
「……ぇ……、ぇえ……!?」
“ずっと”、の意味がわからない。この婚姻は王命のはずで、ならばシャーロットと同じく初めて会ったあの顔合わせの時からのことを言っているのだろうか。
「幼い貴女のことが、ずっと欲しくて堪らなかった」
“幼い”というのは……。その言葉通りの意味だろうか。
「貴女の中に溢れるほどオレの欲望を注ぎ込んで、繋がったまま眠りたい」
「っ」
真っ直ぐ向けられる欲望の吐露に、真っ赤になって言葉を失った。
「毎日だ」
「……ゼ、ゼノン様……っ!?」
「泣いて嫌がっても許さない」
いつしか顎を掬われて、ギラギラとした欲望に燃える双眸に囚われる。
「……え……? え……っ?」
「だから、一緒になど眠れなかった。隣に貴女がいたら自分を抑えられない。小さな貴女を抱き潰してしまう」
「――っ!?」
では、一度だけの交わりで、すぐに部屋から出ていってしまっていた理由は。
「貴女に拒絶されるのが怖かった。だが、貴女がオレを拒まないというのなら……」
「……あ……っ?」
背後のベッドへと押し倒され、ゼノンの肩越しに見える天井に混乱する。
「……もう、手加減などできない」
熱い欲望に濡れた言葉を落とされて、シャーロットはこの後自分の身に起こるかもしれない未来を思い、ふるりと身体を震わせていた。
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