離縁を申し出たら溺愛されるようになりました!? ~将軍閣下は年下妻にご執心~

姫 沙羅(き さら)

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「……離縁……っ、してくださいませ……っ」
 ここ数ヶ月ずっと頭を悩ませ続け、やっとの思いでなけなしの勇気を振り絞ったシャーロットが告げた一言に、今まで感情を表すことも顔色を変えることも一切なかった男は、相変わらずその無表情な顔のまま、しばらく無言を貫いていた。
「……今、なんと……?」
 もしかしたら、さすがに僅かばかりは眉を顰めたようにも感じられたその精悍な顔立ちに、シャーロットは腹部の前で組んだ手を、ぐっ、と強く握り締める。
「ですから……っ」
 それはもう、ここ数ヶ月。否、もしかしたら、ここへと嫁いでしばらくたった頃から頭のどこかではよぎっていた結末こと
「離縁を……っ、考えてはくださらないでしょうか……っ」
 再度間違いなく口にされたその言葉に、こんな時でさえあくまでも冷静な男の声が響く。
「……なぜ、突然」
 問いかけに、ほんの一瞬息を呑む。
「……っ。突然ではありません。ここ最近は、もうずっと考えておりました……っ」
 婚姻関係にありながら、ほとんど口も利くことのない“仮面夫婦”。
 初めてこの年上の夫を見た時から恋に堕ちていた少女にとって、これまでの夫婦生活はとても耐えられるものではなかった。
「私のような子供は、貴方に相応しくありません。きっと、他にもっと、釣り合う女性が……っ。ですから……!」
 早々に自分とは別れ、もっとおおらかで物分かりのいい、互いを理解し合える女性を新たに妻に迎えた方が、きっと男にとってもいいに違いない。
「……離縁は……、しない」
「旦那様……っ!」
 男にしては珍しく、ふと目を逸らしながら告げられた答えに、シャーロットは縋るような声を上げる。
「とにかく貴女も一度落ち着いて……」
「っ私は……っ」
 落ち着くもなにも、この結論は、昨日の今日で出したものでも、今一時の感情で口にしたものでもない。
 シャーロットは、もう、ずっとずっと一人で悩み、考えて……――。
「……少し、一人で考えさせてくれ」
「っ旦那様……!」
 そうして少女へ背中を向けて、自室に向かう様子を見せた男へと、シャーロットの今にも泣き出しそうな声がかけられていた。




 ◈◈✼◈◈┈┈┈┈◈◈✼◈◈




 伽羅きゃら色の美しく長い髪に、零れそうに大きい天色あまいろの瞳。公爵家の三兄弟・四姉妹の一番末の娘として生まれたシャーロットは、周りから愛され大切に育てられた、素直で可愛らしい少女だった。
 この国において、公爵の爵位にある家は二つだけ。そのどちらもが、過去に功績を残した偉大な王族が王籍を抜けたことを起源とした家となっている。
 その二家のうち、まだ歴史としては浅い、三代前の偉大な王女が降嫁したことによって興された家が、シャーロットの生家だ。
 貴族の家としての歴史は浅くとも、紛れもなく王家の血を継いだ血筋は間違いない。そのため、公爵家の娘たちは政略的な婚姻だけでなく、褒賞として嫁がされることも多かった。
 王家から独立した形を取ってはいても、それでもまだ三代前ということもあり、現公爵当主と国王は親友のように繋がりが濃く、周囲からの認識はほとんど王族と変わりないようなもの。
 だから、数年ぶりに戦火の切られた隣国との対戦で武勲を上げた男へと、四姉妹の誰かが嫁ぐことになったとしても、それは決しておかしな話ではなかった。
 だが、当時、シャーロットは十八を迎える手前で、一方、国軍の頂点に立つ男は三十路みそじを超えたところだった。そんな彼に嫁ぐのであれば、まだ未婚だった下二人の姉妹のうち、姉の方を、と考えるのが自然の流れではあったものの、なぜか男はシャーロットの方を妻に望んだということだった。
 王家も貴族も、政略結婚が当たり前のこの世界。自身の婚姻が決まったことを知った時、望まれて嫁ぐのであれば幸せだと、シャーロットは単純にそう思っていた。
 けれど、現実はとても残酷で。

 婚姻前の顔合わせで、初めて男と引き合わされた。
『ゼノン・ボルドーと申します』
 その、金色の瞳に見つめられた瞬間。身体中に、雷が落ちた時のような痺れが流れていった。
 一目惚れ、だったのだ。
 ゼノンは由緒正しい伯爵家の長子でありながら、国軍の若き将軍職に就いている、とても有能な人物だった。
 筋骨隆々とした大男というわけではなかったが、服の上からもしっかりとした筋肉の感じられる逞しい身体つき。醸し出す雰囲気こそ、紺青こんじょう色のその髪のような冷たさを感じられたが、シャーロットにはそんなこと、些細な問題でしかなかった。
 美しい黄金の瞳に囚われて逃げられなくなった。――否、逃げるどころか、傍にいたいと思った。
 まだ恋を知らない少女が己の気持ちに気づくまでにはそれからしばらく時間を要したが、シャーロットはその瞬間、間違いなく一回りも年上の未来の夫にときめきを覚えていた。
 寡黙で無表情で、冷え冷えとした美貌の持ち主であるゼノンは、実年齢よりも遥かに若く見え、シャーロットが隣に並ぶと「お似合い」だという感嘆の吐息が聞こえてきたほどだ。それに、素直に「嬉しい」というほんわりとした温かなものが胸を満たしていったことを覚えている。
 なにがあっても動じることのない、冷静沈着で頭脳明晰な指揮官として有名なゼノンは、結婚式の時でさえ、その表情を全く変えることはなかったけれど。

 ――『生涯、愛し抜くことを誓いますか?』
 ――『誓います』

 全く迷うことなく真っ直ぐ向けられたその宣誓に浮かんだ涙は、幸せの証。
 そっとヴェールを上げて見つめられ、神の前で誓いのキスをしたその時は、シャーロットは間違いなく世界で一番幸せな花嫁だったのに。
 男の淡々とした感情の見えない言葉も、冷めた瞳も態度も、いつまでも変わることはなかった――。
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