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ⅩⅩⅩ.Ten of Swords
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『交渉決裂だと!?』
苛立たし気な男の声。
『残念だったな。アンタの為にこちらの条件は呑めないそうだ』
『アンタを婚約者にする為にあれだけ根回ししてたってのにな』
『王太子様は、愛しいアンタの為に父親を説得することもできないらしいぜ?』
少女にとっては完全に政略結婚だった。一方的に見初められ、筆頭公爵令嬢であった少女に王子からの求婚を拒めるはずはない。
それなのに。最終的に少女は見捨てられた。
『どうせ殺すことになるんだろ? だったらもう好きにしていいんだよな?』
『……ああ』
下卑た声と、思惑通りにいかなかったことへの苛立ち。
その牙は、囚われたか弱い少女へと向けられる。
『舌噛まないようになにか咥えさせろ』
自分の身になにが起きるのかくらいは想像がついた。
伸びる男たちの手。
か弱い少女の抵抗など、男たち数人がかりで押さえ込まれてしまえばないも同然だ。
泣き叫ぶ声も悲鳴も喉の奥に消えた。
抵抗も、そんなに長い時間は続かない。
地獄の時間に、舌を噛んで死ぬこともできない。
一度目が終わった頃には、もう全てを放棄していた。
『殺すなんて惜しいことしないで、飽きるまでは可愛がってやろうぜ』
『どうせ俺たちはもう逃げることしかできないんだ。足手まといになったらその辺に捨てていけばいい』
『上玉だ。売っ払って金にした方がいいんじゃねーか?』
もう逃げられるのだと。殺して貰えるのだと思ったのに。
地獄は終わりを見せなかった。
『可哀想にな。あんな薄情な王子様に見初められたばっかりに』
同情など、一つもしていない嗤い。
地獄は永遠に続いた。
終わりなどなかった。
「い、や…………」
「シェリル!?」
それは、まるで他人事を見るかのような感覚の記憶ではあったけれど。
ガタガタと震え出す身体に、セスクは愕然と目を見張る。
シェリルのその反応が記憶のフラッシュバックであることはすぐにわかった、
「ぃや……、ぃや……、いやぁ……っ!?」
「シェリル!!」
頭を抱え、なにかを振り切るように首を振る少女は、一瞬半狂乱になって悲鳴を上げかけた。
けれど。
「愛してる……!」
強い力で抱き締められ、現実へと引き戻される。
「……セ、スク……?」
「シェリルは、穢れてなんかないから!」
甦りかけた記憶が遠くなっていく。
決して忘れたわけではないけれど、外れかけた鍵がまた元に戻っていくような。
「むしろ、欲望で穢れてるのはオレの方だよ」
ぎゅっ、と少女を抱き締めて、セスクは身体を震わせる。
「オレは、シェリルの恐怖をわかってあげられない」
代われるものなら代わってやりたいと願っても。
「シェリルにこんな思いをさせた男たちが憎くて憎くて、目の前にいたら八つ裂きにしてやりたい」
泣き叫ぶ少女の身体を無理矢理暴いた男たち。
どんな残酷な罰でも冷ややかな目で与えられる自信がある。
「でも」
自分勝手な願い事に泣きたくなる。
「……オレは、酷い人間なんだ」
考えてしまう。
愛しいこの少女に。
そんな酷い過去がなかったら、と。
「もし、シェリルがその王子様とそのまま幸せに結婚していたらと思うと、身が凍る想いがする」
少女の身になにも起こらなければ、そのまま王太子妃として、その後は王妃として、人生に幕を閉じていたのだろう。
それは、つまり。
「シェリルが恐怖を味わうこともなく、王子様に大切に想われて愛されていたかもしれないと思うと、そっちを願うべきなのに」
自分の幸せよりも、愛しい少女の幸せを願うべきなのに。
「……そうしたら、オレはシェリルに出会うことはなかったんだ。そう思うと、胸が張り裂けそうになる」
そんな、悲惨な過去があったから。
だから、この少女は今ここにいる。
「酷いよね。そんな怖い思いをさせてまで、オレと出会う未来を望むなんて」
それでも、会いたい。
この少女に出逢わない人生など欲しくない。
「目の前で殺して欲しいと願うシェリルを見ても、きっとオレは、オレと出会うシェリルを望んでしまうんだよ」
いっそ死にたいと狂う少女を見ても。
自分と出会う為に耐えてくれと願ってしまう。
「……ごめん……。オレは酷い人間だ……」
「セ、スク……」
少女を抱き締めて独白し、あまりの自分の身勝手さに身体を震わせるセスクへと、シェリルの瞳へと涙が溜まっていく。
あの地獄の先にしか、二人が出会う未来がないというのなら。
「……私も……、もし、過去に戻ってやり直すことができたとしても……」
いつか、この未来が来ることがわかっていたら。
「……貴方と出会う未来だけを望むかもしれない……」
もう一度、あの地獄に身を投じるかもしれない。
「……でしたら」
抱き合う二人をみつめ、低い男の声が差し込まれた。
「これから二人でどんな未来を作っていくのか、よく考えて下さい」
苛立たし気な男の声。
『残念だったな。アンタの為にこちらの条件は呑めないそうだ』
『アンタを婚約者にする為にあれだけ根回ししてたってのにな』
『王太子様は、愛しいアンタの為に父親を説得することもできないらしいぜ?』
少女にとっては完全に政略結婚だった。一方的に見初められ、筆頭公爵令嬢であった少女に王子からの求婚を拒めるはずはない。
それなのに。最終的に少女は見捨てられた。
『どうせ殺すことになるんだろ? だったらもう好きにしていいんだよな?』
『……ああ』
下卑た声と、思惑通りにいかなかったことへの苛立ち。
その牙は、囚われたか弱い少女へと向けられる。
『舌噛まないようになにか咥えさせろ』
自分の身になにが起きるのかくらいは想像がついた。
伸びる男たちの手。
か弱い少女の抵抗など、男たち数人がかりで押さえ込まれてしまえばないも同然だ。
泣き叫ぶ声も悲鳴も喉の奥に消えた。
抵抗も、そんなに長い時間は続かない。
地獄の時間に、舌を噛んで死ぬこともできない。
一度目が終わった頃には、もう全てを放棄していた。
『殺すなんて惜しいことしないで、飽きるまでは可愛がってやろうぜ』
『どうせ俺たちはもう逃げることしかできないんだ。足手まといになったらその辺に捨てていけばいい』
『上玉だ。売っ払って金にした方がいいんじゃねーか?』
もう逃げられるのだと。殺して貰えるのだと思ったのに。
地獄は終わりを見せなかった。
『可哀想にな。あんな薄情な王子様に見初められたばっかりに』
同情など、一つもしていない嗤い。
地獄は永遠に続いた。
終わりなどなかった。
「い、や…………」
「シェリル!?」
それは、まるで他人事を見るかのような感覚の記憶ではあったけれど。
ガタガタと震え出す身体に、セスクは愕然と目を見張る。
シェリルのその反応が記憶のフラッシュバックであることはすぐにわかった、
「ぃや……、ぃや……、いやぁ……っ!?」
「シェリル!!」
頭を抱え、なにかを振り切るように首を振る少女は、一瞬半狂乱になって悲鳴を上げかけた。
けれど。
「愛してる……!」
強い力で抱き締められ、現実へと引き戻される。
「……セ、スク……?」
「シェリルは、穢れてなんかないから!」
甦りかけた記憶が遠くなっていく。
決して忘れたわけではないけれど、外れかけた鍵がまた元に戻っていくような。
「むしろ、欲望で穢れてるのはオレの方だよ」
ぎゅっ、と少女を抱き締めて、セスクは身体を震わせる。
「オレは、シェリルの恐怖をわかってあげられない」
代われるものなら代わってやりたいと願っても。
「シェリルにこんな思いをさせた男たちが憎くて憎くて、目の前にいたら八つ裂きにしてやりたい」
泣き叫ぶ少女の身体を無理矢理暴いた男たち。
どんな残酷な罰でも冷ややかな目で与えられる自信がある。
「でも」
自分勝手な願い事に泣きたくなる。
「……オレは、酷い人間なんだ」
考えてしまう。
愛しいこの少女に。
そんな酷い過去がなかったら、と。
「もし、シェリルがその王子様とそのまま幸せに結婚していたらと思うと、身が凍る想いがする」
少女の身になにも起こらなければ、そのまま王太子妃として、その後は王妃として、人生に幕を閉じていたのだろう。
それは、つまり。
「シェリルが恐怖を味わうこともなく、王子様に大切に想われて愛されていたかもしれないと思うと、そっちを願うべきなのに」
自分の幸せよりも、愛しい少女の幸せを願うべきなのに。
「……そうしたら、オレはシェリルに出会うことはなかったんだ。そう思うと、胸が張り裂けそうになる」
そんな、悲惨な過去があったから。
だから、この少女は今ここにいる。
「酷いよね。そんな怖い思いをさせてまで、オレと出会う未来を望むなんて」
それでも、会いたい。
この少女に出逢わない人生など欲しくない。
「目の前で殺して欲しいと願うシェリルを見ても、きっとオレは、オレと出会うシェリルを望んでしまうんだよ」
いっそ死にたいと狂う少女を見ても。
自分と出会う為に耐えてくれと願ってしまう。
「……ごめん……。オレは酷い人間だ……」
「セ、スク……」
少女を抱き締めて独白し、あまりの自分の身勝手さに身体を震わせるセスクへと、シェリルの瞳へと涙が溜まっていく。
あの地獄の先にしか、二人が出会う未来がないというのなら。
「……私も……、もし、過去に戻ってやり直すことができたとしても……」
いつか、この未来が来ることがわかっていたら。
「……貴方と出会う未来だけを望むかもしれない……」
もう一度、あの地獄に身を投じるかもしれない。
「……でしたら」
抱き合う二人をみつめ、低い男の声が差し込まれた。
「これから二人でどんな未来を作っていくのか、よく考えて下さい」
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