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ⅩⅩⅣ.Eight of Cups
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「なんだよ。改まって話って」
二人だけで話したいことがあると言われたセスクは、わざわざ仕事の合間を縫って、ラファエルの元へと訪れていた。
「そろそろお暇させて頂こうかと思いまして」
「……え?」
「次は海の向こうですかねぇ……。しばらくは船旅です」
相変わらずの胡散臭さでにっこりと微笑んで。それからしみじみと呟いた男の言葉にセスクは時を止めていた。
「なにをそんなに驚いているんです。むしろちょっと長居をしすぎました」
元々は一所に腰を据えたりしない放浪の身だ。王妃の治療が長引いたとはいえ、今回は同じ場所に留まり過ぎたと肩を落とし、男はすでに遠い世界を眺めていた。
王妃の病を治した優秀な医者がこの国を離れることを、国王は残念がるだろうが、もはや男をこの地に留めておく理由はない。
「……シェリルはどうするんだ」
「置いていきますよ、もちろん。前々から言っていたじゃないですか」
少女を独り立ちさせたいのだと、確かに随分前にそうは言っていたけれど。
すでに少女は男の所有物ではなく、セスクの恋人だというのに、つい尋ねてしまったことに動揺する。
「お任せしていいんですよね?」
「……特殊な持病があるって……」
男が離れることに不安を覚えるのは、シェリルの身体が心配だからに違いない。
それ以外に、理由はない。
「ここ最近全く発症していないでしょう?貴方がいれば大丈夫だと判断しました」
「子供は……っ」
「私はオールマイティーになんでもできる医者ではありますけど、産科の専門医ではありませんから」
後はお任せします。という男は、本当にこの地から独りで離れることを決めたようだった。
「私は貴方に嫌われていると思っていたんですが……。そんなに行って欲しくないですか?」
「そんなわけないだろ……っ!」
「でしたら、あの子をお願いしますね?」
売り言葉に買い言葉のように声を荒らげるセスクへと、ラファエルは相変わらず意味ありげにくすりと微笑う。
「死ぬまで愛し続けてください。そうすれば二度とあの子の病が再発することはありませんから。あれだけ私に啖呵を切ったのですからできますよね?」
では、自分が死んだ後は――?と、ついそんな不安を感じてしまうのはなぜだろうか。
「……せめて、後二週間はいてくれ」
「はい?」
「シェリルの誕生日だ。それまでは」
「……ああ」
ちょうど今月はシェリルの誕生日があった。
出会って三年。今年21になるはずのシェリルは、18で出会ったあの時からなに一つ変わらない。
――そう、なに一つ、変わらなくて。
シェリルは、相変わらず綺麗で美しい。
そして、今年はある意味節目の年にもなるから。
「……プロポーズ、しようと思ってる。もう何度と断られてるけど」
決意新たに拳を握れば、ラファエルの瞳が僅かに見張られた。
「今度こそ頷いて貰う。……子供もできたんだから」
すでに周りの人間も社交界でも、シェリルがセスクの隣にいることは当たり前のことになっている。
恐らくは、誰も二人が結婚していない事実を忘れてしまっているほどに。
子供ができたのだ。もう、他に相応しい人がいるなどとは言わせない。
一生を共にすると、そう誓ったのだから。
「……そうですね。それはいいと思います」
そう小さく笑みを洩らした男へと、セスクは身内だけとはいえ、今年はこの男も招いて盛大な誕生日パーティーをしようと、その日を楽しみに想像するのだった。
そして、明日はシェリルの誕生日だというその日。
絶対にプロポーズに頷いて貰おうと意気込んでいたセスクは、何処にも見えない愛しい少女の姿を必死で探していた。
部屋には、たった一言。
――「今まで、ありがとう」と。
そう書かれた紙が一枚、残されていた。
息吹いたばかりのお腹の子を抱えたまま。少女は男と共に、忽然と姿を消していた。
二人だけで話したいことがあると言われたセスクは、わざわざ仕事の合間を縫って、ラファエルの元へと訪れていた。
「そろそろお暇させて頂こうかと思いまして」
「……え?」
「次は海の向こうですかねぇ……。しばらくは船旅です」
相変わらずの胡散臭さでにっこりと微笑んで。それからしみじみと呟いた男の言葉にセスクは時を止めていた。
「なにをそんなに驚いているんです。むしろちょっと長居をしすぎました」
元々は一所に腰を据えたりしない放浪の身だ。王妃の治療が長引いたとはいえ、今回は同じ場所に留まり過ぎたと肩を落とし、男はすでに遠い世界を眺めていた。
王妃の病を治した優秀な医者がこの国を離れることを、国王は残念がるだろうが、もはや男をこの地に留めておく理由はない。
「……シェリルはどうするんだ」
「置いていきますよ、もちろん。前々から言っていたじゃないですか」
少女を独り立ちさせたいのだと、確かに随分前にそうは言っていたけれど。
すでに少女は男の所有物ではなく、セスクの恋人だというのに、つい尋ねてしまったことに動揺する。
「お任せしていいんですよね?」
「……特殊な持病があるって……」
男が離れることに不安を覚えるのは、シェリルの身体が心配だからに違いない。
それ以外に、理由はない。
「ここ最近全く発症していないでしょう?貴方がいれば大丈夫だと判断しました」
「子供は……っ」
「私はオールマイティーになんでもできる医者ではありますけど、産科の専門医ではありませんから」
後はお任せします。という男は、本当にこの地から独りで離れることを決めたようだった。
「私は貴方に嫌われていると思っていたんですが……。そんなに行って欲しくないですか?」
「そんなわけないだろ……っ!」
「でしたら、あの子をお願いしますね?」
売り言葉に買い言葉のように声を荒らげるセスクへと、ラファエルは相変わらず意味ありげにくすりと微笑う。
「死ぬまで愛し続けてください。そうすれば二度とあの子の病が再発することはありませんから。あれだけ私に啖呵を切ったのですからできますよね?」
では、自分が死んだ後は――?と、ついそんな不安を感じてしまうのはなぜだろうか。
「……せめて、後二週間はいてくれ」
「はい?」
「シェリルの誕生日だ。それまでは」
「……ああ」
ちょうど今月はシェリルの誕生日があった。
出会って三年。今年21になるはずのシェリルは、18で出会ったあの時からなに一つ変わらない。
――そう、なに一つ、変わらなくて。
シェリルは、相変わらず綺麗で美しい。
そして、今年はある意味節目の年にもなるから。
「……プロポーズ、しようと思ってる。もう何度と断られてるけど」
決意新たに拳を握れば、ラファエルの瞳が僅かに見張られた。
「今度こそ頷いて貰う。……子供もできたんだから」
すでに周りの人間も社交界でも、シェリルがセスクの隣にいることは当たり前のことになっている。
恐らくは、誰も二人が結婚していない事実を忘れてしまっているほどに。
子供ができたのだ。もう、他に相応しい人がいるなどとは言わせない。
一生を共にすると、そう誓ったのだから。
「……そうですね。それはいいと思います」
そう小さく笑みを洩らした男へと、セスクは身内だけとはいえ、今年はこの男も招いて盛大な誕生日パーティーをしようと、その日を楽しみに想像するのだった。
そして、明日はシェリルの誕生日だというその日。
絶対にプロポーズに頷いて貰おうと意気込んでいたセスクは、何処にも見えない愛しい少女の姿を必死で探していた。
部屋には、たった一言。
――「今まで、ありがとう」と。
そう書かれた紙が一枚、残されていた。
息吹いたばかりのお腹の子を抱えたまま。少女は男と共に、忽然と姿を消していた。
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