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Ⅸ.The Hermit

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 次の日の夜。
 戻ったセスクを玄関まで出迎えに来てくれた少女の顔色はとても良くなっていた。
 大体にして、昨夜はあんなこと・・・・・ができるくらいにまでに回復していたのだから、男の手元に留まらず、自分の傍へ来て欲しかったというのがセスクの本音だ。

 ――嫉妬と憎悪と、それ以上の自分の不甲斐なさに対する悔しさで、おかしくなってしまいそうだ。

「もう大丈夫なの?」
「うん。心配かけてごめんなさい」

 楚々としてセスクに付き従う少女は、本当に妻のように献身的で。
 手渡された上着を皺がつかないようハンガーにかける姿をみつめながら、セスクは唇を噛み締める。

「……昨日の夜は……」
「え?」

 自分は、一体なにを口にしようとしているのだろう。
 刹那、ギクリと少女の肩が強張ったのがわかってしまい、セスクは慌てて苦笑いを貼り付ける。

「……ううん。会えなくて寂しかったなぁ、って」
「! 私も………」

 そうして「ただいま」と「おかえりなさい」のキスをすれば、少女は嬉しそうにはにかんだ。

「もっとして?」
「……キス、好きなの?」
「……貴方とするキスは好き」
「……そっ、か……」

 恥じらいをみせる少女の告白に、それだけで気分が上がっていくのだから、現金なことこの上ない。

「んっ、ん……っ」

 ついついお互いの熱を交じり合わせる深いものになってしまい、離れた互いの唇から透明な糸が引く様に、ぞくりと背筋が痺れる心地がした。
 仄かに熱が籠った吐息を吐き出す少女の表情は酷く扇情的で、理性を総動員させることにかなりの労力を強いられる。

「……ねぇ、話してくれる?」

 華奢なその肩に手を置いて、真剣な顔でその大きな瞳を覗き込む。

「え?」
「……これまでずっと、アイツ・・・に良い様に利用されてたんじゃないの?」

 話したくないならば話さなくてもいいと思っていた。
 もし、好きでもない男たちに身体を自由にさせていた過去があったとして、それを正直に口にすることは苦痛だろうと思ったから。
 けれど。

――『本当に抱いていないんですか』
――『言わなかったですか?男に抱かれないと正気を保てなくなる淫乱な身体だと』

 嘲るような男の低い声が甦る。
 お互い、そんな風に気を遣っている場合ではないのではないだろうかと。そんな焦りも浮かぶから。

「……それは誤解だから」

 途端、迷うように揺れた瞳は、まるで男の仕打ちを庇っているかのようで一気に頭へ熱が上る。

「だったらおかしいだろうっ?君自身が望んでたっていうか!」
「それは違……っ!」

 これは、嫉妬だ。
 昨夜のことはともかくとして、少女の過去など気にしないと言いながら、心の何処かで今まで彼女の身体を好きにしてきた男たちを全員八つ裂きにしたくなってくる。
 慌てたように首を振る少女にも、ただ怒りが増すばかりの結果になる。

「違うの、違う……」

 けれど、少女は泣きそうに顔を歪め、縋るような瞳でふるふると首を振り続ける。

「全部、私が悪いの……。私が弱いから……っ」

 その悲痛の叫びは、セスクの胸を締め付ける。
 自分が悪かったからそんな風に泣かないで、と。一気に怒りが静まっていく。

「ごめんなさい……っ、ごめんなさい……っ」
「シェリル……」

 その謝罪が、セスクの為に"守ってこられなかった"ことに対するものだと感じてしまうのは、セスクの自惚れだろうか。

「……生きていけないの……」

 震える唇で少女は言葉を紡ぐ。

「そうしないと、生きていけないから……」

 死にたくはない。生きたい、と。そう告げる少女の心の吐露は本音だろう。
 生活の為、泣く泣く娼館で働く女性たちがいることを知っている。
 自分を含め、そうしないと家族が生きていけないからと。
 困窮する彼女たちが仕方なく身体を売ることを、誰が責めることができようか。

「ごめんね。シェリルを責めるつもりじゃないんだ」

 さらりと綺麗な髪に触れ、セスクは心の底から謝罪する。
 もう、そんなことをしなくていいのだと、優しい眼差しでその大きな瞳を覗き込む。
 震える唇で吐き出された告白は、本当はそんなことをしたくはないのだという気持ちが滲み出ている気がするのは、セスクの願望なんかじゃきっとない。

「シェリルのことが本当に好きなんだ」

 愛しい少女にここまで想われて。
 欲しい、と思わない男が何処にいるだろうか。

「愛してる」
「セスク……、様……」

 驚きに見張られた瞳から、今度こそ本当に大きな涙の雫が溢れ落ちた。
 それは、喜びの涙だと、そう思っていいはずだ。

「だから、ちゃんと自信がもてたら」

 少女のことを愛しいと思う。
 間違いなく、少女も同じ想いを返してくれている。
 だから、必要なのは、セスクの自信だけ。
 一度抱いてしまったら、きっともう手離せない。
 元々手離す気などないけれど、その時にやはり身体目当てだったのかと、そんな風に悲しませたくはない。

 きっと、少女に溺れてしまうだろう自信がある。
 どんなに嫌がられても、毎夜求めてしまうのではないだろうかという危惧があった。
 だから。

「そしたら抱くから。もう少しだけ待っていて……?」

 少女も自分なしでは生きられないところまで堕ちて欲しいと。そこまで堕としてみせるとセスクは決意する。

――『貴方が彼女を堕とせるというのでしたら、差し上げても構いません』

 これは、あの男に対する宣戦布告。

「……はい……」

 嬉しそうに泣き微笑わらった少女の顔は、どこまでも清廉で綺麗だった。
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