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アリア十歳
リモナイト
しおりを挟むパタパタと元気良く廊下を走り回る足音、其れを追い駆ける大人の足音をこっそりと隠れて聞き、口元に笑みを浮かべて、声が零れないように白くて小さな両手で隠した。僕の名前を呼んで走っていく侍女長の声に、ごめんなさいって一応謝って、向かう方向をくるっと変える。
(ラズ兄様に、今日は遊んで貰うんだもん)
魔法適性検査で、稀少な光属性が現れたからと言って、次々に勉強しろだの魔力を高める訓練をしろだの、正直聞き飽きた。王妃であるお母様の出身がアトランティ侯爵家の家系だから、水か風の属性を期待されていたのは知ってるけど、まさかの光。
それほど稀少属性って居ないのかな?回復魔法を使える術師も少ないって聞いてたけど。
「あ、ラズ兄様のお部屋に行かないと」
警護の騎士達が居ないのを確認して、僕はラズ兄様の部屋へと走り出す。今日はアイドクレーズが王宮に来る日だって聞いてるんだから、部屋でジッとなんてしてられない。アイドクレーズは、侯爵家から僕へのお菓子も持って来てくれるんだから。
(王宮に菓子職人を引き抜けばいいのに、何でしないのかな?)
お母様が従兄妹であるアトランティ侯爵に頼み込んで、やっとお菓子だけならって了承を貰って、アイドクレーズがラズ兄様の側仕えとして王宮に上がる日だけ、持って来てくれる貴重なお菓子。作り方も全部侯爵家だけの秘密だって聞いてるけど、今日こそはアイドクレーズに聞いてやるんだから!
『相変わらず、見事な菓子だな』
『有難う御座います、そういって頂けますと製作者も喜びます』
『それは無いだろう?アトランティ侯爵家だけの、特別なものだと聞いているのに。侯爵が嘆いていたぞ?母上に知られてしまったばかりに、口を利いて貰えないと』
『それは、父が迂闊なだけです』
『お前達兄妹は、侯爵に手厳しいな』
部屋の中から楽しそうなラズ兄様の声と、アイドクレーズの声が聞こえて来る。ラズ兄様とお菓子を見てるかな?もしかしたらもう食べているかもしれない!
「ラズ兄様!僕のお菓子は!?」
「リモナイト殿下」
「こら、リィ。お行儀が悪いな?侍女長はどうした?」
扉のノックも声を掛けることもしないで、いきなり開け放った向こうでは、籠に詰められた黄金色の美味しそうな焼き菓子がテーブルに置いてあって、僕は真っ先にそっちへと目を奪われてしまう。
この前はジャスパーも来ていた時にアイドクレーズが出して、食べられてしまったんだから焦りもする。言葉だけ『ごめんなさい』って言っても、心が篭ってないのを分かっているラズ兄様は、苦笑を浮かべて許してくれた。
「この前、ジャスパーに食べられた分も含めてお持ちしました。ですから、ジャスパーを許してやって頂けませんか?」
「…でもぉ」
「流石に王宮に引き抜けない菓子職人を、伯爵家でも引き抜けないからな。アイドクレーズが間に入って頼んでくれたそうだ。ジャスパーが謝っているんだよ、リィ?」
ジャスパーはラズ兄様の学園での護衛を担当する任務に付くと聞いているし、同じ年齢の伯爵家の騎士は将来近衛騎士になる可能性も十分だ。アイドクレーズだって間に入ってる意味は僕にでも分かる。
だけど、このお菓子は僕にとって、とても大切な物。
「リモナイト殿下が、我が家のお菓子を気に入ってくださるのは、王妃様自らが動いて手に入れてくださった大切な物ですからね。コレを食べている時のリモナイト殿下の嬉しそうな笑顔が好きだと、父に話していたのを、僕とアメーリアも聞いております」
「アイドクレーズ……」
王宮のご飯を全然食べれない僕を心配したお父様とお母様が、侯爵が持って来たコレならって、渋ってたアトランティ侯爵を説得して届けて貰ってる。お母様がわざわざアトランティ家まで出向いてまで、僕に見つけてくれたんだもん。
この御菓子のお陰で、少しでもご飯が食べれるようになったんだから、僕にすればこのお菓子だけは誰にも渡せない特別なもの。
お菓子職人を王宮に引き抜くのは、絶対に無理ってお父様でも諦めたから、アイドクレーズが持ってくるので我慢してるのに。
「ですので、我が家のお菓子職人から一つお願いがあります」
「お願い?」
「ジャスパーを許して下さったら、此方をリモナイト殿下に渡して欲しいと」
そういってアイドクレーズが差し出したのは、一通の手紙と美味しそうなクッキーの入ったいつもの小袋だった。ケーキのようなふわふわの焼き菓子も好きだけど、さくさくとした食感の美味しいクッキーも大好き!
「いいよ、許してあげる。だけど、今度又食べたら次は許さないから」
「有難う御座います、ジャスパーには私から伝えましょう」
「偉いなリィ」
にっこりと微笑みを浮かべ、ラズ兄様が頭を撫でてくれて、アイドクレーズがお菓子と手紙を渡してくれた。本当なら毒見に回ってしまうお菓子だけど、アトランティ侯爵家の子息が、王妃様の命で手ずから運ぶという事で無しにして貰った。
貰った手紙を開いてみると、可愛らしいけど綺麗な文字で
『リィ様へ
いつも私の作るお菓子を食べてくださり有難う御座います。今度一緒に作りましょうね。
アメーリア』
「…アリア?このお菓子、アリアが作ってるの?」
「はい、ラーヴァが好き嫌いをしないようにと、食の細い母の為に。ですから、引き抜くのは止めて下さいね?」
「アリアが作ってるなら、無理だね。…お父様でも無理なの分かった」
「だから、最初からリィに教えておけば良かったのに」
「ですが、アリアが作っているのは我が家の秘密ですから。王妃様がそれでもと仰るので、リモナイト殿下のみ特別に運んでるんですよ?」
「お母様がアトランティ侯爵と従兄妹で良かったと、感謝しているよ」
ラズ兄様とアイドクレーズが話をしているけど、僕はクッキーの入った小袋を開けて一枚を口に入れる。口の中でさくさくと軽い食感と、控えめな甘さが広がって、ジワリと胸に感じる温かい何かが、心をぽかぽかにしてくれる。
優しい気持ちになって、ジャスパーを怒っていた気持ちも、怒りすぎたなって思える。
「ねぇ、アイドクレーズ。今度アリアも一緒に王宮に連れてきて?」
「引き抜きは駄目ですよ?」
「しないもん!一緒にお菓子作るんだ!」
アリアに教えてもらって、出来たらお母様とラズ兄様と、お父様に渡しに行こう。そう思えるのは、きっとこのお菓子と、持って来てくれるアイドクレーズのお陰かな。
***
リィ様は、アリアの魔力菓子が無かったら、きっとツンデレのツンだけ王子様になってました。
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