1 / 13
アリア二歳
兄とモフモフ達
しおりを挟む其の日、グラッシュラー伯爵領は晴天に恵まれていた。
朝からメイドや使用人達が準備してくれたのは、美味しいお弁当に日除けのパラソルや、ゆったりと休める居心地良くしつらえられた馬車。
二歳になったばかりのアズライトは、獣化したまま元気に飛び跳ねて、母の足元にじゃれ付いては抱き上げられ、嫌がって下りるを繰り返していた。
「アズラ、母上が疲れてしまうだろ」
「ふにゃあ」
「いい加減元に戻れ、いつまで虎の姿でいるつもりだ」
アズライトと俺グラッシュラー伯爵家長男マラカイト=グラッシュラーは、十歳年の離れた兄弟だ。違う事といえば、弟のアズライトは獣人である母から生まれ、俺は平民の母から生まれた。父上も伯爵家の跡継ぎの癖に何やってんだと思うが、平民の母とはクラスター王国の学園に通っていた時に出会い恋に落ちたらしい。
生まれた俺は男子であった為に父上に引き取られたが、顔も知らない母は父上との仲を許されず、引き離され今は修道院に居ると聞いた。
「カイト様、先に馬車で待ちますか?」
「いいえ、俺がアズラを連れてきます。母上こそ休んでいて下さい」
「今日は気分が良いのですが…。折角ですし、お願い致しますわ」
俺が母の事を聞かされたのは、アズラが生まれた時。母上の耳や尻尾を受け継いだアズラを『ズルイ』と何度も癇癪を起こし父上と母上を困らせたものだった。俺の頭の上にはアズラや母上のような耳や尻尾は無く、父上と同じだったから。
実の母親に会いたいか?と聞かれた事はある。だけど、俺には母上が本当の母上だ。赤ん坊の俺を大切に育ててくれたのは、グラッシュラー伯爵家と懇意にしているコルネル辺境伯家の令嬢だった母上だ。
「アズラ、お兄様を困らせてはいけませんよ」
「うにゃあ」
母上に返事するアズラに見えないように、手に魔力を集中させ風の魔法を練る。ふわりとアズラを持ち上げると、地面から離れた感覚に驚いたのがにゃあにゃあ鳴き出した。俺の力だと解っている母上はまぁまぁと笑っているが、アズラは怖がりなのでそれどころではない。
「アズラ、母上のいう事を聞かないからこうなるんだ」
「にゃあああ!」
「聞こえて無いようねぇ」
のほほんとして微笑みを浮かべる母上は、獣人とは思えない程おっとりした方で、コルネル辺境伯のご気性を受け継いだのだろうと、父上も言っていた。では、アズラのこの弱虫は誰に似たんだ?俺は此処まで泣いていない…はずだ。
「あらあら、アズラ良い眺めね」
「コーラル様、それにセレナローズまで」
「今日ピクニックに出ると聞いて、連れてきたの」
母上の兄でもある、コルネル辺境伯の奥方も獣人だ。正確には正妻はクラスター王国の人間だと聞いているから、妾になるのかもしれないが、この国は跡継ぎ問題もあるので、貴族のみ多くの妻を持つ事を許されている。
(妾を持つかどうかは、本人次第だが。父上が正妻しか持たないところは尊敬してる)
コーラル様の腕には可愛い雪豹の子供がいた。コーラル様は隣の国の貴族の娘だとは聞いていたが、獣人でも珍しい雪豹なのに、どうしてクラスター王国の辺境伯に嫁いだんだろう?
アズラを空から下ろしてやると、泣きながら母上に飛び込んでいった。じっとその姿を大きな空色の瞳で見つめているのは、腕に抱かれたセレナローズ。
突然、コーラル様の腕から飛び降りたセレナローズが、アズラに向かって走り出し、頭に噛み付いた!?
「あ、アズラ!?」
「まぁまぁ、アズラ」
「……に、にゃああああああ!!」
「あははは!!」
自分に何が起きたのか、理解するまで時間が掛かったようで。衝撃で人型に戻ったアズライトとセレナローズ。アズライトの頭からは赤い筋が伝い、慌てた俺がセレナローズを即刻引き離した。それを見ていたコーラル様は笑いを止めるのに必死で、お腹を抱えてた。
「アズラを傷物にするとは、とんだお転婆のようね」
「元気でいいですわ、獣人ですもの女性騎士を目指せますわよ」
「いいね、女性騎士になって、アズラを責任持って養いましょうかセレナ」
「あらあら、従兄妹で婚約だなんて素敵ですわコーラル様」
ニコニコと和やかな母上達を横目に、泣き疲れて眠るアズラと、噛み付いて満足したのか、のんびりと昼寝を始めるセレナを溜息を零しつつ見守っていた。
0
お気に入りに追加
739
あなたにおすすめの小説
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
婚約破棄を訴える夫候補が国賊だと知っているのは私だけ~不義の妹も一緒におさらば~
岡暁舟
恋愛
「シャルロッテ、君とは婚約破棄だ!」
公爵令嬢のシャルロッテは夫候補の公爵:ゲーベンから婚約破棄を突きつけられた。その背後にはまさかの妹:エミリーもいて・・・でも大丈夫。シャルロッテは冷静だった。
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろうにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
悪役令嬢ってこれでよかったかしら?
砂山一座
恋愛
第二王子の婚約者、テレジアは、悪役令嬢役を任されたようだ。
場に合わせるのが得意な令嬢は、婚約者の王子に、場の流れに、ヒロインの要求に、流されまくっていく。
全11部 完結しました。
サクッと読める悪役令嬢(役)。
婚約破棄された悪役令嬢は王子様に溺愛される
白雪みなと
恋愛
「彼女ができたから婚約破棄させてくれ」正式な結婚まであと二年というある日、婚約破棄から告げられたのは婚約破棄だった。だけど、なぜか数時間後に王子から溺愛されて!?
悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。
三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。
何度も断罪を回避しようとしたのに!
では、こんな国など出ていきます!
【完結】初夜の晩からすれ違う夫婦は、ある雨の晩に心を交わす
春風由実
恋愛
公爵令嬢のリーナは、半年前に侯爵であるアーネストの元に嫁いできた。
所謂、政略結婚で、結婚式の後の義務的な初夜を終えてからは、二人は同じ邸内にありながらも顔も合わせない日々を過ごしていたのだが──
ある雨の晩に、それが一変する。
※六話で完結します。一万字に足りない短いお話。ざまぁとかありません。ただただ愛し合う夫婦の話となります。
※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる