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アリア十五歳

薔薇の数

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 クラスター王国の一年は、十二個の月に分かれている。柘榴月(一月)・紫水晶月(二月)・水宝月(三月)・金剛月(四月)・翠玉月(五月)・金緑月(六月)・紅玉月(七月)・赤縞月(八月)・蒼玉(九月)・紅石英月(十月)・血碧月(十一月)・灰簾月(十二月)となっている。
 前世でもあったお菓子会社の策略とも言われていた、女の子がチョコを渡すあのイベントは、此処では男の子から女の子へとなっている。ゲームの設定だと、好感度の高い攻略対象者から貰えるんだけど、たった一人とは決まっていない。一定の数値があればいいし、薔薇を貰えるというのが、目安になっている。

(それでも、お菓子は作ってしまいますけどねー)

 毎年薔薇の花は、アイクお兄様とラーヴァがくれます。そのお礼に、私は手作りのお菓子を渡しています。お父様はお母様にしか渡さないようで、何年経っても夫婦仲が良いのはいいことです。

「お嬢様、そろそろ学園へ行くお仕度を」
「あら、もうそんな時間なの?アイクお兄様を待たせてしまうわね」
「アリアお姉様、待って下さい」

 学園へ行く為の馬車に向かおうとした時、ラーヴァが同じ年齢の男の子になったハウライトと、猫の姿のオブシディアンと一緒に走って来た。時折まだ走ってしまってアイクお兄様やお母様に怒られているけど、私はこっちの方が子供らしくて元気でいいと思うんですよね。広いしいいと思いません?
 ハウライトとオブシディアンは、成長して魔力が強くなってきたといっても、まだまだ聖獣としては子供なので、光属性のハウライトは昼間、闇属性のオブシディアンは夜だけ、小さな男の子の姿を実体化出来るようになりました。

(ハウライトとオブシディアンの二匹が作った結界の中でなら、二匹は青年の姿になる事が出来るんだけど、私はこっちの少年姿が好きです。可愛いですし、モフモフも最高)

「どうしたの、ラーヴァ」
「これ!大好きですアリアお姉様」

 ハウライトにも手伝って貰って抱えてきたのは、色取り取りの薔薇の花束でした。庭にも薔薇は沢山植えていますが、この日に沢山切り取ってしまうのは、お父様に怒られるから、コレはラーヴァが自分で買ってくれたようです。
 ラーヴァの肩に乗っていたリピドもパタパタと周りを飛んで風を起こし、数枚の薔薇の花弁を舞わしてまるで薔薇園に居る様な感じがします。

「綺麗ね、嬉しいわラーヴァ、ありがとう。此方はお姉さまからのお礼よ」
「ありがとうございます!」
「今日はマーカサイト様とお逢いするのでしょう?おやつの時にでも召し上がれ」
「ええー、コレは僕だけのです!」

 白い頬をぷくっと膨らませて、あげたお菓子の袋を背中に隠してしまいました。可愛い仕草につい笑ってしまいましたが、小さな子供からすれば、お菓子は独り占めしたい大切な物ですからね。ハウライトとオブシディアンは、学園でお茶をした時に一緒に食べるので今はあげません。リピドには花弁のシャワーのお礼で、クッキーを上げました。

「アメーリアお嬢様、馬車が待ってます」
「解りましたわ。ラーヴァ、また帰ってきたらケーキを焼きますわね」
「はい!楽しみに待ってます。行ってらっしゃいませアリアお姉様」

 ぎゅっとラーヴァを抱き締めて、頬にキスをするのが、私とラーヴァの行ってきますの挨拶になってます。何処の新婚だとか突っ込まない!ぎゅっとするのが癖にはなってるのは否定しませんわ。
 花束を部屋に置きに戻る時間は無さそうなので、そのまま学園へ行く事にします。侍女のセシルに任せても良かったのですが、どうせならルチルにも見せたいですものね!

「アイクお兄様、お待たせいたしました」
「ラーヴァにはいつも負けてしまうね、今年は私が一番かと思っていたのに」
「沢山ありますの、学園に行くまでに数えますわ」
「では、私のもその中に加えて頂けますか?お姫様」

 可愛い弟から貰った花束に目を丸くしつつも、アイクお兄様はにこっと微笑みを浮かべて差し出し手くれたのはピンクの薔薇の花束でした。アイクお兄様はいつもピンクの薔薇をくれます。

「ありがとございます、アイクお兄様。とても嬉しいですわ」
「学園に行くまでに、薔薇に埋もれてしまいそうだね」
「それでもいいですわ、私の大好きな人達からの薔薇ですもの」

 ガラガラと進んでいく馬車の中で数えた薔薇は、ラーヴァが22本ありました。アイクお兄様は10本ですから、30本以上の薔薇ですね。暫く馬車の中は薔薇の匂いで一杯になりますよ。アイクお兄様にお渡しするお菓子は、カフェテリアでお茶をご一緒する約束をして、私はルチルが待つ魔法特進科の一年生の教室へと向かいました。

「おはようございます、アリア。凄いですわその薔薇」
「ルチルも沢山持ってるじゃない、どなたに頂きましたの?」
「これは、教室に来るまでに頂いたんです。毎年寮で決まりのようなものがあるらしいんです」

 真っ赤な薔薇に埋まって困惑しているルチルも可愛いですが、確かにルチルに渡すには少し色合いが濃いかもしれません。赤やワインレッドなど、濃い色の赤は学園の温室や薔薇園で多数見かけてます。きっと其処からですわね。

「教室の中も凄いですね、良い匂いですけど多すぎて…」
「薔薇で埋まってしまう前に、預けておきましょうか。私も屋敷に帰るまでに萎れるのは哀しいですもの」
「アリアはどなたに?」
「可愛いラーヴァとアイクお兄様ですわ、此方はルチルに」

 崩れてしまわないように鞄に入れていたのは、薔薇の形をしたクッキーです。型は家の力をこっそりと使って頂いて作って貰いました。数もちゃんと13枚入ってるんですよ。意味は『永遠の友情』です。

(あ、それを思うと、ラーヴァとアイクお兄様の数は嬉しいですね)

 
****


「おはよう二人共、今日は薔薇の香りが一杯だね」

 授業開始ギリギリに駆け込んできたリモナイト殿下は、白い頬を薔薇色に染めて笑みを浮かべていました。ルチルと一緒に朝の挨拶をして席に着くと、こっそりとリモナイト殿下が私とルチルへと黄色の薔薇を下さいました。薔薇だけではなくて、草花の中に黄色い薔薇を一輪というもの、リモナイト殿下らしくて可愛いです。

「薔薇の香りもいいけど、沢山過ぎると酔ってしまうからね。王宮の温室が凄いんだよこの季節」
「でしょうね、国王陛下が送られるのですか?」
「王宮の温室、私まだ拝見した事ないです。いつか見て見たいです」
「いいよ、今度のお休みなら、きっとまだ沢山咲いてるよ」

『今日は何かあったか?』
『薔薇の日だそうですよ』
『僕達も、アリアにあげた』

 私とルチルの席の間で、狼に圧し掛かった二匹の猫達が、狼に何かを聞かれて話をしている。ガウガウとにゃあにゃあで話になるのか?と同級生達は不思議なものを見る目になっていますが、私とルチルだけには聞こえている内容。たまにオブシディアンがギベオンに猫パンチしてるのは何でしょう?其れだけがちょっと解らないのが残念。

「ギベオンは薔薇の日を知らないの?」
「ハウライトとオブシディアンはラーヴァから聞いたようですけど、聖獣ってそういうのは気にしないのでしょうか?」
『女神の祝いの日だという認識しかないな、それに、ローズは愛の女神だから我には関係ない』
「関係有るか無いかですの?」
「ギベオンは闇の属性だからって事なの?」

  ルチルと二人で聖獣の性質について疑問をぶつけてしまうのは、最早お約束になっていますね。うちの二匹は子猫の時代に私が契約をしたものですから、まだまだ知らない事の方が多いようです。こればかりはゲームの設定にも無かったので、興味津々で聞いてしまいます。

「失礼、ルチルレイ嬢は登校されていますか?」
「マウシット様!?」

 上級マナー講座の専属講師をしているマウシットがルチルに、個人的な用事だなんて、しかも今日にわざわざ離れている魔法特進科にやってくるなんて、同じ魔法特進科の生徒がルチルに集中しています。当然マウシット様の手には学園の物ではない、可愛らしいピンク色の薔薇の花。

(マウシット様に、リモナイト殿下のような配慮を求めるのは難しいのかしら……?でも色は的確ですわね)

『色にも意味があるのか?』
「薔薇の日を知らないのなら解りませんわよね、薔薇は多色ありますから花言葉も花の色の数ありますの、後で付けられた意味もありますのよ」
『覚えるのが面倒だな』
「薔薇の数でも違いますわ、ルチルが今マウシット様から頂いたものにも……」
『一本だけなのにか?』
「アリア詳しいね?」

 こそこそと私とギベオンが話をしていると、リモナイト殿下もじっと此方を見て話しに入ってきました。もしかしてリモナイト殿下もこの話に興味あるのかとしら?男の子はあまり興味が無いと思ってましたわ、ギベオンでさえうんざりした様な口調でしたから。

「一本は『貴女に一目惚れしました』って意味ですわ」
「へー、マウシットってそうなんだ」
『ルチルは我が契約している』
「まぁ、マウシット様が知ってるかは謎ですけどね。貴族の令嬢では勉強にも含まれて居ますから、もしかしたら噂が立つかも知れませんわねー」

 薔薇の日は先生方も授業にならないと解っているのか、薔薇の匂いやウロウロしている貴族科の生徒にも寛大でした。いつもなら魔法特進科に貴族科の生徒がいると、一言二言何か苦言が飛ぶのですけどね。

(こんなところは、前世のバレンタインと同じなのかもしれませんね)

 貴族科の生徒に混じって、時折姿を見るのは騎士科や普通科の生徒。魔法特進科は平民でも魔法を勉強したい者の為の特別学科ですから、色んな階級の生徒がやってきます。リモナイト殿下には流石に近寄らないように、騎士科から何人か生徒を護衛につけているようですけどね。コレはきっと学園を知っているラズーラ殿下の配慮かもしれません。

『アリアは欲しいと思わないのか?』
「あら、アイクお兄様にもラーヴァからも頂きましたわよ?ハウライトとオブシディアンも、ラーヴァと一緒に持って来てくれたんです。リモナイト殿下にも頂きましたし、私はコレで十分ですわ」
「アリア、ジャスパー様からも貰いましたよ」
「あら、いつの間にいらしたのかしら?リモナイト殿下にご挨拶無しなんて」
「ジャスパーは今日大忙しだからね、アズラは薔薇の匂いが駄目で、屋敷に篭ってるってさ。残念だよね、アズラって」
「獣人は鼻が良いですからね…。可哀想に」

 ニコニコと笑顔で駆け寄ってくるルチルに微笑みを返し、膝で丸くなるハウライトとオブシディアンの柔らかな毛並みを撫でました。ギベオンを見ると、匂いが強いのか鼻を両手で隠して寝て居ました。こんなところは可愛いですよね。
 リモナイト殿下と笑って騎士科の話を聞いて、この日はいつも静かな魔法特進科が凄く賑やかで楽しかったです。


『アリア』

 名前を呼ばれ、辺りが真っ暗になったと思えば、そこに居たのはギベオンの人型。相変わらずカッコイイのですが、この姿は警戒しないといけません。多少の距離をとっていると、肩を揺らして笑うギベオン。

「何ですの?」
「薔薇は綺麗かと思うが、匂いは苦手だ」
「犬科は鼻がいいですものね」
「猫科も、人に比べればいいだろ」

 自然に手が伸ばされ、そこへ重ねると引寄せられた指先に唇が触れる。けれど、直ぐに唇を離し何か考えた顔になったかと思うと、手首を噛まれた。

「ちょっと、何しますのこの馬鹿犬」
「間違えたんだ、指先はルチルだけだ」
「もしかして、まだルチルにも唇から魔力を取っているんじゃあ…」
「それはもうしていない、噛み付いた侘びにコレをやる」

 ギベオンの世界なので、風景はギベオンの思いのままなのですが、魔力を使った気配がした瞬間、目の前に広がる薔薇の花。まるで温室のように沢山の薔薇が咲き乱れていた。

「……綺麗」
「これなら、数を数える暇もないだろう?」
「薔薇園を所望した覚えはありませんわね」

 得意気なギベオンの顔に思わず笑ってしまいましたが、この日ばかりは無駄にもならない薔薇の花を嬉しく楽しむ事にしました。あ、勿論アイクお兄様とラーヴァから貰った薔薇は、ポプリやドライフラワーにしてます。明日ルチルに、薔薇の対応で聞かれたら、薔薇ジャムもいいかも知れませんね。種類を見てからですけど。


 

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