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試験開始です。
観戦はお静かに。2
しおりを挟む何とか通して貰った先では、きっと女生徒のお友達だろうと思われる女の子が、青い顔をして騒動を見つめて居ました。自分では手が出せなくてどうしたら良いのか解らない、というのが正しいでしょうね。
(ふむ、この場所は確かにラズーラ殿下側がよく見えるわ)
ざわざわしている所為か、試合の準備をしているラズーラ殿下達は反対側を向いて話をしている。この場所なら、先に来てとって置くのは常識です。
「普通科の生徒ですか?」
「は、はい…、あの、友達の恋人が、騎士科で…」
「アズラ、知っている?」
「同じクラスの商家の三男で、騎士を目指して入学してきたって聞いてる。結構大きなお店だったから、婚約者かな?」
「なるほど」
騎士科は模擬戦だってしますから、クラスが違っていても貴族科や普通科のように関わらないという事はありません。訓練だってあるんですから、この予選に勝ち残っているなら名前や顔は解ります。
「このっ、平民如きが…っ!」
「困りましたわね、煩くて試合観戦が出来ませんわ」
「あ、アメーリア様!?」
取り巻きの生徒が手を上げて、瞳に涙を浮かべる女生徒を平手打ちしようとした瞬間、手首を扇で受け止め、にっこりと微笑みを浮かべ声を掛けてやった。
誰!?って般若の顔されて睨まれたよ、怖いなぁ。でも、相手も私の顔を見た瞬間青ざめました。何たってアトランティ侯爵家の長女ですもの。ありがとうお父様、今だけは権力者最高。
「此れから試合が始まりますの、魔法特進科や騎士科にとっては成績がつきますのよ。観戦するなら静かにとのお約束、ご存じなかったのかしら?」
「え、あの…、え、と…」
「あら、確かデマント侯爵家令嬢の…。失礼、お姉様のジュノー様のお名前は存じてますが、初めてお逢いするのでしたかしら?私、アトランティ侯爵家のアメーリアと申しますわ」
にっこりと表面だけは微笑みを浮かべていますが、心の中では腹黒合戦ですよ。姉の名前は知ってるけど、お前誰?って言ってるようなもんですからね。しかも、同じ侯爵家だというのにだ。私は魔法特進科ですから、クラスも違いますしおかしくは無いのでしょうけど、侯爵家の数は少ないんですよ。
「で、デマント侯爵家の末娘ヒアラと申しますわ」
「その制服、かなり針を入れてらっしゃるようですけど、貴族科ですわよね?」
制服を見れば所属の学科はわかりますが、何でこの人の制服こんなにジャラジャラ宝石ついてるの?重くないですか?勉強する時に邪魔になりません?しかもドレスみたいにレースとかフリルの裾が追加されてますわ。マウシット様の規定制服を思うと、凄いなこの改造。
私の制服に気がついたのか、部外者の貴族科では何も言えず悔しそうに唇を噛んでますが、これで終わりじゃないんですよ?
(まぁ正直、制服をどうしようがどうでもいいんですけどね。言いたい事、そこじゃないし)
「で?」
「は?」
「魔法特進科でもない只の貴族科の貴女が、その様な場所で、何をなさっているのかしら?」
微笑みを浮かべたまま向ける視線は、どこから持って来たのか片付けられていたはずの椅子。しかも、貴族使用の大きいふかふかのやつ。故に大きいから場所をとるんですよねー。これなかったら、もうちょっと前で見れる人増えるんだけどなー。というか、試合も出ない奴が何でかい顔してんですかね?
ニコニコと笑顔を浮かべていても、背後に背負っているのはオブシディアンも使った怖く感じる闇のオーラです。箱入りの御令嬢でも、これくらいすれば馬鹿でも分かると思うんですよ。
「もう一度、言わないと分かりません?」
「…っ!」
私の言葉に、慌てて座っていた席から立ち上がるヒアラ様。同じ侯爵家でも此方のが高位ですからね、座ったままというのも失礼だったのですが、今はさっさと立ち去れと言っているのですよ。こんな時だけ権力最高、お父様ありがとう、こんな娘でごめんなさい。
(でもね、人の恋路を邪魔する人は馬に蹴られるんですよ?それを思えば、痛くないでしょ?)
「私も有り難い事に勝ち進んでおりますので、対戦相手の戦略を確認したいと思ってますのよ。ヒアラ様も同じなのかしら?それにしては何もお持ちで無いようですけど…。全て記憶されているのかしら?」
「わ、私は別に参加は…」
「あら、でしたら何故、此方に?」
意地悪な方法ではあるけど、微笑みを浮かべたまま捲くし立てます。別に観戦は自由ですからね。私が何で此処に居るのかは聞けないでしょう?先に勝ち続けてるって言ってますものね?
(虐めてる人を上から虐める図だわー…虐め駄目絶対。これで懲りてくれたらいいのに)
「美味そうな魔力だ、試合前に食ってもいいか?」
「いけません、試合が始まりますわよギベオン」
「そんなモノよりも美味い魔力の方がいい、試合とやらは腹が減る」
「貴方の主はルチルレイ様でしょう?ご自分の主に頼みなさいませ」
突然下から現れた人型のギベオンに、きゃあきゃあと黄色い喜びの悲鳴が上がる。悲鳴?じゃないか、歓声ですかね。人型のギベオンが人気って聞きましたから。ヒアラ様もギベオンを目にした途端、頬を赤くされました。そして、私の髪に触れようとするギベオンの手を叩き落としたら、すっごい目で睨まれましたわ。やだ怖い。
(まさかのギベオン推しか、面倒なっ)
『推しとはなんだ?』
(貴方を好きって事ですわよ、脳内に話しかけるの止めてくれます?一応忙しいのですけど)
「魔力を感じない、質も悪そうだな。興味は無い」
「それは脳内のみでお願いしますわ」
「どっちだ」
(ああ、もう!脳内でいいですわよ!でも、確かヒアラ様はリィ様と同じ年齢だけど、お母様の身分が低くて候補にも上がらなかったと噂がありましたわね)
「ギベオン!試合がっ、ってどうしてアメーリア様と一緒なの!?」
「ルチルレイ」
「ご迷惑を…っ、ああ、私まで不参加になっちゃうううう!」
見事にルチルレイがてんぱってますね、ですけどルチルレイの声にギベオンに見惚れていた令嬢達の時間も動き出したようです。しかも、ヒアラ様の取り巻き達から聞こえて来ましたよ『家柄が悪いからはしたない』とか『身分が低いから教育がなってませんのよ、みっともない』とか。悪口ってねー?結構聞こえるんだよ?
「ルチルレイ様、応援しておりますわ。頑張ってくださいね、ギベオンはさっさとお戻りなさい」
「あ、アメーリア様…」
「アリアー!僕の応援はー?後でお菓子がいいなー!」
「アメーリア嬢、一人なのか?アイドクレーズは?」
「試合に集中なさってください、後でお聞きいたします」
ルチルレイに声を掛けた途端、私に気が付いていたリィ様とジャスパー様が大きな声を掛けてきました。こうなりますよねーやっぱり。ふふふっ、声を出すことに家柄とか身分なんて関係ありませんよ、後ろで苦笑を浮かべているラズーラ殿下もマウシット様も、後でお菓子と紅茶でお許しを。
私の気がそれた隙に、あの令嬢は逃げ出したようです。こっそりとアズラが教えてくれましたけど『アリアのお菓子、僕も食べたい』とぼやいてたのも聞こえてました。もう可愛いな!
「アトランティ侯爵令嬢様、ありがとうございました!」
「あら、私は静かに試合を見たかっただけですわ。それと此方、落として居ましたよ」
瞳に涙を浮かべたままお礼を言ってきた女生徒に、床に落ちていたノート代わりの羊皮紙を拾って差し出すと、ぎゅっと胸に抱き締めて又お礼を言われました。この方が恋人の為に下調べをしていたのかも知れませんね。安心した顔されています。
「やっと落ち着いて見れますわ」
「お疲れ様アリア、後でお母様に連絡でもしておこうか」
「はい、アイクお兄様。よろしくお願い致します」
(そう簡単には逃がしませんってね、貴族ならその辺りは落とし前つけましょう)
さぁ、気を取り直して。ルチルレイのチームの試合開始です。
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