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幼少期を楽しみましょう

番外編 食べ物の恨み(ジャスパー視点)

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 王宮の一室の扉を叩くと、短い返事が聞こえて来る。自分の名前を告げて扉を開くと、その部屋の主である金髪の少年が顔を上げる。いつも薄っすらと浮かべている微笑みもその部屋では無く、俺の顔を見ても表情を動かさない。
 休憩中なのか、いつも本や羊皮紙が乗せられているテーブルにはお茶セットが置かれていた。

「ジャスパー、どうした?」
「休憩ですか?」
「ああ、アイクが来てね。今リィを呼びに行っている」
「なんだ、それなら最初からアイクに頼めばよかった」

 手元に残していた書類に目を向けつつ、俺の言葉に返事を返してくれはしたが、報告書を見つめる其の瞳はいたって冷静。何をどう勉強したらこんなに落ち着いた子供になるのやら。
 まだ九歳で学園にも通っていないというのに、第一王子だからと色々詰め込まれているのは本当に頭が下がる思いだ。おれ自身が好き好んでやっている剣術とは違い、第一王子の勉強や剣術と魔術の鍛錬は課せられた義務でもある。

「また見失ったのか?護衛にならないな」
「リモナイト殿下は諜報部隊にでも入るつもりなんですかね?本当にいつも何処に隠れているのやら…」
「お前は身体が大きいからね、リィを簡単に見つけるのは難しいよ。見つけられるのは、アメーリア嬢かアイクくらいだろうね」
「それなら、アイクをリモナイト殿下の護衛にすればいいのに」

 口を尖らせて不満を口にしつつ、テーブルに用意されている皿から菓子を摘んだ。サクリと軽い食感と甘いだけの菓子を想像していたのに、バターの香りのする美味しさに目を丸くした。

「あまり食べるなよ?それは特別なんだ」
「特別って、アイクはいつも最後にしか手を付けませんし、リモナイト殿下はお茶しか口にしないでしょ?殆ど俺が食べてるんだからいいじゃないですか」
「私は忠告したからね?ジャスパー」
「はいはい」

 サクサクと食べていると、困った様な呆れたような顔をするラズーラ殿下だが、最初に言われただけで積極的に怒るとか止めようとはしない。リモナイト殿下とお茶をする時は女官がお菓子を用意しているが、リモナイト殿下はラズーラ殿下が用意したお茶くらいしか口にしないからいいだろう。
 女官に用意されたお菓子を口にして倒れ、それから食事を食べれなくなったとは聞いていたけど、詳しくは子供には教えてもらえない。

(まぁでも、ラズーラ殿下は知ってるんだろうな)

「なんだ?」
「知っているんだろうな…と。リモナイト殿下の護衛の詳細を」
「其れが出来なければ、王太子には選ばれないだろうね。其れを思えば、リィの隠蔽能力は生きる為に身につけた能力なのかもしれない」
「狙われたのは、誰ですか?」
「なんだ?ロードナイト近衛騎士団長にでも探って来いと言われたか?」
「親父は自分で調べているでしょう、俺は、リモナイト殿下だけを守るのは違うと感じているだけです」

 俺の言葉に微笑みを浮かべるラズーラ殿下を見つめていると、トントンと扉を叩く音に気を取られた。返事も無しに扉が開いた先には、大きな空き瓶を手にしたアイクと嬉しそうなリモナイト殿下の姿。

「お待たせ致しました」
「なんで!?すくない!」
「え?」
「だから言っただろ?ジャスパー」

 クスクスと楽しそうに笑うラズーラ殿下に、俺は手にしていたクッキーを見てリモナイト殿下へと視線を向け悟った。俺の手の中にあるクッキーと減った皿を見て、絶望した顔をして、今度は怒りに燃えた瞳で俺を睨みつけている。

「でていって」
「え?」
「ジャスパーなんてきらい!ボクのまえにすがたみせるな!」
「えええ!?ちょ、リモナイト殿下!?」

 どういう事だ?とアイクに視線を向けると、呆れた顔とゆっくりとラズーラ殿下の側へと近寄っていく。だから言っただろ?とでも言いたげなラズーラ殿下はリモナイト殿下を宥める事もしようとしなかった。

(助ける気は無いって事かよ!)

 幼くとも流石は王族とでも言うべきか、其の日から王宮へと向かう事は禁止され、リモナイト殿下の護衛はアイクが緊急で付くことになり、ロードナイト家からお菓子を献上して許しを請うも、リモナイト殿下の怒りは解けなかった。
 親父からも説教された俺は、好きな剣術の稽古を取りやめられ、部屋に閉じ込められて勉強漬けの地獄の日々となったのだ。

―そのまま、二月が過ぎるかと項垂れたとき

「ラズ殿下の話しをキチンと聞かないからだよ、ジャスパー」
「アイク…」
「まぁ、説明をしていないとは聞いていたからね。これはリィ殿下からその話を聞いた、お菓子係からの温情だよ。ありがたく受け取らないとあげないから」
「それ!何処を探しても無かったやつ!」
「今の話し聴いていたかな?兎に角、伯爵とリィ殿下には先に手紙を出しているから、これから王宮へ行こうか」

 そっと差し出された白い手と、光に当たると金色に輝く亜麻色の髪、にっこりと微笑みを浮かべる優しい口元と蕩けそうな琥珀の瞳。お仕置きに打ちのめされていた俺は、そんなアイクの優しさに、涙を流してリモナイト殿下に謝ったのだった。

****

(アリア視点)

「あの時に知った、菓子の恨みと殿下の微笑みは怖い」
「まぁ、詳しくは聞いておりませんでしたが…。何にしても、リィ様のご機嫌が治ってよかったですわ」

 にっこりと微笑みを浮かべて淹れられた紅茶を口にしつつ、昔の記憶に又恐ろしさを思い出したのか、身体を震わせるジャスパー様に苦笑を浮かべた。

(本当は、直ぐにでもお菓子を用意できたんですけどね…)

 九年も前の話しだけど、アイクお兄様にお願いした『リモナイト殿下用のお菓子』を、ジャスパー様が食べてしまったとリモナイト王子が怒りながら教えてくれたのは、その事件?が過ぎて二ヶ月近く経ってからだった。
 最近見ないなぁと思っていただけに、アイクお兄様にもっと早く教えてくださいと告げたら『簡単に許したら、罰にならないよね?』ってそれはもう、にこやかな笑顔で言われたからだった。

(怖いのは、アイクお兄様も含まれますのよ。ジャスパー様、不憫…。)
 

 
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