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だまらっしゃい!!

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 そんな俺をこの子は心配してくれているのだ。初めて出会った時に宗佑を見ていたあの目と同じだ。険しくも俺を覗く目がとても優しい。

 大好きな兄の気持ちもわかっているだろうに、それでも目の前の俺に寄り添ってくれるのだ。

「ありがとう、耀太君」

「……っ、礼を言われたくて言ったわけじゃ、ねえよ……」

 ポリポリと自分の鼻を掻く姿が、可愛らしいと思えた。不思議だ。あんなに獣人は怖かった存在なのに、今はとても愛しい生き物に見える。

 それにしても、耀太君の口ぶりからすると、この子は宗佑の不妊の理由を知っているのだろうか。宗佑はなかな教えてくれないが、その理由を知れば昨日の彼の気持ちも少しはわかるだろうか?

 本当は本人の口から聞くべきなのだろうが……そう思いつつも、俺は耀太君に尋ねた。

「耀太君は、宗佑に子供ができない理由を知っているの?」

 すると、耀太君は腕を前にして組みながら「うーん」と唸った。

「兄貴にっつーか、兄貴の飲んでる薬にだな」

「薬?」

「言ったろ。兄貴の人型になる薬、副作用があんだって。俺達みたいな獣人の身体を強制的に変えるわけだからさ。主に生殖能力に副作用が出るんだよ。服薬中はほぼ百パー、子供はできないって言われている。そんで兄貴みたいにあの薬をほぼ毎日のように使っていれば、薬の使用を止めたとしてもその成分が体内に残留してなかなか元の姿に戻れない。また元の姿に戻ったとしても、子供ができるようになるかといえばそうでもない。中には一生、不妊になっちまう奴もいる。だからあの状態でケースケに子供ができることはキセキなんだよ」

 その説明を最後まで聞いて、俺はわなわなと震えた。

「そんな……そんな、ことって……」

 知らなかった。あの薬にそんな恐ろしい副作用があるとは。ではなぜ、本来は子供を望むのに、そんな恐ろしい副作用のある薬を彼は常用していたのか。

「俺の、為……?」

 ハッとして、耀太君を見つめた。

 俺があの人を恐れたから? 俺があの人を怖がったから? 俺があの人に触れられるのを拒んだから?

 だから飲みたくもない薬を毎日、毎日、途切れないようにして、人型の姿を保ってくれていたというのか。

 それも俺に責任を感じさせないよう、わざと自分自身に不妊の要因があるような言い方をして。

「じゃあ、全部……俺の……俺の為に、宗佑……は、子供をっ……」

 あんなに子供を望む顔をしていたのに。あんなに子供ができたら嬉しいと言っていたのに。

 これで何度目だろう? ボロボロと涙が頬を伝った。

「ごめんなさいっ……! 俺、おれっ……宗佑に酷いこと、言った……! ごめんなさいっ……ごめっ……ごめんなさいっ」

「え? ちょっ……な、泣くなよっ……ケースケっ……なく……泣かないでっ! 泣かないでくれよぉ……!!」

 オロオロと取り乱す耀太君を前に、俺は声を上げながらわんわんと泣いた。

 宗佑はずっと俺に優しかった。その優しさに惚れたと、俺は自分で言っていたのに。

 その優しさの本当の意味に、俺は気づいてあげられなかった。

 Ωの俺のせいにしない為だ。俺が妊娠できなくても、それは俺のせいじゃないよ、と。だから、自分が妊娠しにくい身体なのだと、そう言ってくれていたのだ。

 酷いことを言った。知らなかったとはいえ、俺はあの人を傷つけた。

 今すぐ宗佑に会いたい。会って宗佑に謝りたい。

「うぅっ……ぐす……」

「ケースケ……な、泣き止んだ? あ! 俺、ガムとか持ってるからそれでも食べて……って、ガムは妊娠中に食べてもいいのか? 駄目なのか? そうだ、飴もあるぞっ。どれがいい……」

「コラー! 丹下ー! お前は学校に重役出勤かー!!」

 スンスンと鼻を鳴らしていると、突如フェンス向こうのグラウンドから、初老の男性がこちらに向かって大声を上げた。ジャージを着た教師のような風貌の彼は、距離こそ離れているものの確実にこちらへ向かってきている。

 タンゲと聞いて俺は首を傾げたけれど、耀太君はビン! と尻尾を立てて全身の毛を逆立てた。

「ひっ!? ケースケ、一旦逃げるぞ!」

「えっ?」

 耀太君がひょいっと俺を横抱きにすると、通常の人間では考えられないほどの瞬発力と速さでその場を立ち去った。あまりの速さに俺は耀太君の首に抱きつくと、彼もまた俺をしっかりと抱えた。

 彼はとにかく走った。自身のリュックを背負いつつ、俺まで抱きかかえてさぞ重いだろうに。何処にそんな力があるのか彼は軽々と走り抜けた。

「よ、耀太君、力持ち、だねっ」

「お前は軽すぎんだよっ」

 走って、走って、走った先に着いたのは、実家とは反対側の町だった。ここからなら田井中本家の方が近い。学校からこんなに離れなければならなかったのかという疑問はさておき、人通りの少ない路地で俺は耀太君から地に降ろされるのと同時にある一つの質問を口にした。

「あの、さっきの人が叫んでた……タンゲって?」

「は? 俺の名字だけど?」

「……へ?」

 今さら何を聞いているんだ? とばかりに首を傾げる耀太君。きょとんとする俺に、彼は改めて名前を名乗った。

「丹下耀太。宗佑の弟なんだから、当たり前だろ」

 宗佑の弟だから当たり前? どういうことだ?

 何がなんだかさっぱりわからない俺は、彼の前に手を翳しながら混乱を見せる。

「ちょ、ちょっと待って……宗佑の名字は里中と聞いていて……タンゲ? それはどういう……」

「は? ……ああ、ケースケには里中姓で名乗ってんだな、兄貴。けど、兄貴も一年くらい前から丹下姓だぞ。里中は俺らの親父の姓で、丹下はかーさんの姓だ。俺と兄貴はαだから、βしかいない丹下本家の養子になったんだよ」

「タンゲが、本家……?」

「知らね? タンゲデンキって。家電製品で有名なとこ。あそこのお嬢さんだったんだよ、ウチのかーさん」

 タンゲデンキ。それはつい最近、陸郎の口からも聞いた大手家電量販店のグループ名。小さな電器屋が、ある人間によって買収され、大きくなったとされる会社だ。

「…………一、喜」

「かずき? なんでケースケが曾祖父さんの名前を知ってんだ?」

「……っ、じゃあっ、正臣は!?」

 俺は耀太君の両腕を掴んだ。俺の必死の様子に、彼は「えっ!?」と驚きの声を上げる。

「ま、マサオミは……えっと、確か……曾祖父さんの父親の名前、だったはず……」

 ストン、と。俺の中で謎だった答えが明らかになった。

「だから、似てるんだ……」

「ケースケ?」

 正臣の血を引き継ぐ者。宗佑が彼に酷似している理由はそういうことだったのだ。あんなに似ているのだ。ただの偶然なわけがないと思っていた。正臣の血を引いているのなら、隔世遺伝で宗佑が彼に似ていても不思議なことではない。

 もしかしたら、俺と同じように彼もまた正臣の生まれ変わりかと思ってしまったこともあるけれど……やはり宗佑は宗佑なのだ。

「俺……マンションに帰るよ。宗佑の帰りを待ってみる。ちゃんと話し合うよ」

「そっか」

 耀太君に告げると、彼はほっとしたように頷いた。

「兄貴も会いたがっていると思う。マンションまで送るよ」

「えっ? 大丈夫だよ。自分で帰れる。それに耀太君には学校が……」

「うるせーな。身重の人間を放って学校に行くほど、落ちぶれちゃいねーよ」

「今から行って先生に怒られたくないだけじゃないの?」

「うううっ、うるせー!」

 図星だ。

 クスクスと笑いつつも、黒い耳の内側を真っ赤にさせる耀太君の優しさに、俺は甘えることにした。

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