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だまらっしゃい!!
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「……あ~、泣いたぁ」
起きてからの開口一番。誰もいない寝室のベッドの上で、俺は重い瞼を擦りながらゆっくりと上体を起こした。
全然目が開かない。何だこれは。瞼がパツパツに腫れ上がっているぞ。
顔を洗えば少しはマシになるだろうか? 布擦れを立てながら、俺はベッドから床へと脚を下ろした。
……ああ、違った。誰もいないことはない。俺は薄い腹に手を添え、自分の家族に挨拶の言葉をかけた。
「おはよう、赤ちゃん」
返事はもちろん返ってこない。これからどんどん大きくなるのだから、今は少し寂しくても仕方がない。
本当はまだ眠っていたい。何も考えず、何もせず、ただただ寝転がっていたい。それでも、身体を動かさなくては。
活動を放棄することは死を選ぶことと同じこと。それは駄目だ。俺は再び生を受けたのだから、何がなんでも生きなければならない。
それに俺の中には新しい命がある。どれだけ自暴自棄になったとしても、身体は動かし食事も摂る。それがこの身に命を宿す者の責任だ。
ふと、等身大の鏡が視界に入る。遠目からでもわかったのは、真っ赤に腫れた不細工な自分の顔だった。
「うわぁ、酷ぇ顔……」
散々泣き喚いたのだから当然か。スマホ向こうの宗佑にも、酷い言葉を浴びせてしまった。
「宗佑に酷いこと、言っちゃったなぁ……」
ちゃんとした検査もしていないのに、あんなに昂ってしまったのだ。その上、散々訳のわからないことを叫んでしまった。
宗佑は正しい。不安定な俺に、ただ冷静に対応してくれていただけなのに。俺一人が巣作りをしただけで、勝手に舞い上がってしまった。
一度、冷静になる必要がある。ひとしきり泣いたのだ。頭を切り替えよう。そして宗佑が帰ったら、もう一度彼と向き合って話し合おう。俺は静かに、頭の中で決心する。
「あ……番を解消されちゃってたら、どうしよう……」
ふと思い出すのは、つい勢いで言ってしまった番の解消だ。宗佑と番になった時、別段実感はなかったものだが、解消をされた場合は何かしら感じるものがあるのだろうか?
電話であれだけ酷いことを言ってしまったのだ。性格が温厚な宗佑でも、気分を害して怒ったかもしれない。番を解消しているかもしれない。
そうなったら……まあ、そうなった時か。残念だけれど。
ずっと発情期と共に歩む人生になるだけだ。それならもう、経験している。何も恐れることはない。
そう言い聞かせる反面、俺はベッド上のある物を握り締めていた。
「着流し……?」
ベッドを改めて見ると、皺くちゃになったシーツの上に宗佑の衣服をこれでもかと置いていた。最初の巣作りをした時に片付けたはずだから、再びこれらを出したことになる。
覚えはない。しかしこんな時でも、俺は宗佑を求めて泣いていたのか。
「好き、なんだなぁ……」
誰でもいいはずがない。俺はまだ、こんなにも宗佑を求めているのだから。それなのに、どうしてあんなことを思ってしまったのだろう。
着流しを握ったまま、俺は布地に鼻先を擦りつけた。
「宗佑……」
ああ、好きだ。俺が好きなのは宗佑なのに。誰にでも惚れるなんてそんなこと、あるはずがないのに。
「宗佑……うっ、宗佑ぇ……」
会いたい。宗佑に会いたい。
俺は彼の着流しを抱き締め、腫れた瞼からポロポロと涙を零した。
再び泣き散らかした後、時刻は昼に差し掛かろうとしていた。俺は首にチョーカーをつけていることを確認すると、エコバッグと財布、それからスマホを入れたボディバッグを身につけて外に出た。
顔を冷やしたので少しだけ腫れは引いたものの、細見されれば泣いた後の顔だとはっきりわかる。こういう時、前髪が長いのは便利だ。ヘアピンはしないで目元を髪で隠し、けれども帽子やマスクはつけずに外気に触れた。
まだ冷たさのある風が今の俺には心地がいい。雲一つない晴天。まさに買い物日和だ。……とは言うものの、本当は家の冷蔵庫や収納庫にはまだまだ食材が入っている。気分的に何か酸っぱいものが食べたかった。これは冷蔵庫にも収納庫にも置いていない…………はい。ダウト。本当は検査薬を買う為だけに外へ出たかっただけだ。
それに籠ってばかりなのも身体に良くないし、何より心が駄目になってしまう。負の感情が奥底の方から出てしまったせいだな。自我も揺らいでいる気がする。
しっかりしなくては。まず、俺にできることを、俺がやるべきことを、きちんとやろう。
改めて宗佑に連絡を取りたいが、スマホを壁に投げつけてしまったせいでディスプレイが壊れてしまった。操作を試みるも、うんともすんとも言わないので、店に行って直してもらわないといけない。ただ契約者が父さんから宗佑へと変わった為、俺が一人で店に行っても直してもらえるかがわからない。
もし、店で直してもらえなかったら実家に帰って、電話を借りるとしよう。両親にも赤ちゃんの報告をしないといけないし……いや、駄目か。それこそ検査をしてからでないとだ。それに結婚に反対の陸郎にも何と言えばいいか。ああ、それよりもとっくに宗佑の方から番が解消されてるかもしれな……
「っあ~! 駄目だぁ、この頭ぁ……!」
周囲の目も気にせず、両手でぐしゃぐしゃと頭を掻き回した。頭がグルグルと回ってしまい、全く冷静になれない。ぜんっぜん、働かない。
どうして俺は宗佑に電話をしてしまったのだろう。彼が帰ってきてから話せば良かったのに。そうすれば、こんなことにならずに済んだのかもしれないのに。
後悔してももう遅い。後から悔やむから後悔なのだから。
ただ……
「喜んでもらえると……思ったんだけどな……」
言いたかったのだ。喜んで欲しかったのだ。一緒に分かち合いたかったのだ。
そんな経験、一度もしたことがなかったから。
「散歩するか……」
不安が頭を渦巻くばかりだ。仕方がない。やるべきことを一旦、全て放棄しよう。
青い空や緑豊かな自然を見ながら少しだけ長く歩いて、街並みや赤の他人、犬や猫など、家の中では見られないものを目にしてみよう。
「ごめんな、赤ちゃん。こんな母さんで……」
着ているセーター越しに、そっと腹を撫でた。
何か美味しいものでも買って食べよう。果物の入っているゼリーがいい。公園などの静かな場所でそれを食べて、気持ちをリセットしよう。
起きてからの開口一番。誰もいない寝室のベッドの上で、俺は重い瞼を擦りながらゆっくりと上体を起こした。
全然目が開かない。何だこれは。瞼がパツパツに腫れ上がっているぞ。
顔を洗えば少しはマシになるだろうか? 布擦れを立てながら、俺はベッドから床へと脚を下ろした。
……ああ、違った。誰もいないことはない。俺は薄い腹に手を添え、自分の家族に挨拶の言葉をかけた。
「おはよう、赤ちゃん」
返事はもちろん返ってこない。これからどんどん大きくなるのだから、今は少し寂しくても仕方がない。
本当はまだ眠っていたい。何も考えず、何もせず、ただただ寝転がっていたい。それでも、身体を動かさなくては。
活動を放棄することは死を選ぶことと同じこと。それは駄目だ。俺は再び生を受けたのだから、何がなんでも生きなければならない。
それに俺の中には新しい命がある。どれだけ自暴自棄になったとしても、身体は動かし食事も摂る。それがこの身に命を宿す者の責任だ。
ふと、等身大の鏡が視界に入る。遠目からでもわかったのは、真っ赤に腫れた不細工な自分の顔だった。
「うわぁ、酷ぇ顔……」
散々泣き喚いたのだから当然か。スマホ向こうの宗佑にも、酷い言葉を浴びせてしまった。
「宗佑に酷いこと、言っちゃったなぁ……」
ちゃんとした検査もしていないのに、あんなに昂ってしまったのだ。その上、散々訳のわからないことを叫んでしまった。
宗佑は正しい。不安定な俺に、ただ冷静に対応してくれていただけなのに。俺一人が巣作りをしただけで、勝手に舞い上がってしまった。
一度、冷静になる必要がある。ひとしきり泣いたのだ。頭を切り替えよう。そして宗佑が帰ったら、もう一度彼と向き合って話し合おう。俺は静かに、頭の中で決心する。
「あ……番を解消されちゃってたら、どうしよう……」
ふと思い出すのは、つい勢いで言ってしまった番の解消だ。宗佑と番になった時、別段実感はなかったものだが、解消をされた場合は何かしら感じるものがあるのだろうか?
電話であれだけ酷いことを言ってしまったのだ。性格が温厚な宗佑でも、気分を害して怒ったかもしれない。番を解消しているかもしれない。
そうなったら……まあ、そうなった時か。残念だけれど。
ずっと発情期と共に歩む人生になるだけだ。それならもう、経験している。何も恐れることはない。
そう言い聞かせる反面、俺はベッド上のある物を握り締めていた。
「着流し……?」
ベッドを改めて見ると、皺くちゃになったシーツの上に宗佑の衣服をこれでもかと置いていた。最初の巣作りをした時に片付けたはずだから、再びこれらを出したことになる。
覚えはない。しかしこんな時でも、俺は宗佑を求めて泣いていたのか。
「好き、なんだなぁ……」
誰でもいいはずがない。俺はまだ、こんなにも宗佑を求めているのだから。それなのに、どうしてあんなことを思ってしまったのだろう。
着流しを握ったまま、俺は布地に鼻先を擦りつけた。
「宗佑……」
ああ、好きだ。俺が好きなのは宗佑なのに。誰にでも惚れるなんてそんなこと、あるはずがないのに。
「宗佑……うっ、宗佑ぇ……」
会いたい。宗佑に会いたい。
俺は彼の着流しを抱き締め、腫れた瞼からポロポロと涙を零した。
再び泣き散らかした後、時刻は昼に差し掛かろうとしていた。俺は首にチョーカーをつけていることを確認すると、エコバッグと財布、それからスマホを入れたボディバッグを身につけて外に出た。
顔を冷やしたので少しだけ腫れは引いたものの、細見されれば泣いた後の顔だとはっきりわかる。こういう時、前髪が長いのは便利だ。ヘアピンはしないで目元を髪で隠し、けれども帽子やマスクはつけずに外気に触れた。
まだ冷たさのある風が今の俺には心地がいい。雲一つない晴天。まさに買い物日和だ。……とは言うものの、本当は家の冷蔵庫や収納庫にはまだまだ食材が入っている。気分的に何か酸っぱいものが食べたかった。これは冷蔵庫にも収納庫にも置いていない…………はい。ダウト。本当は検査薬を買う為だけに外へ出たかっただけだ。
それに籠ってばかりなのも身体に良くないし、何より心が駄目になってしまう。負の感情が奥底の方から出てしまったせいだな。自我も揺らいでいる気がする。
しっかりしなくては。まず、俺にできることを、俺がやるべきことを、きちんとやろう。
改めて宗佑に連絡を取りたいが、スマホを壁に投げつけてしまったせいでディスプレイが壊れてしまった。操作を試みるも、うんともすんとも言わないので、店に行って直してもらわないといけない。ただ契約者が父さんから宗佑へと変わった為、俺が一人で店に行っても直してもらえるかがわからない。
もし、店で直してもらえなかったら実家に帰って、電話を借りるとしよう。両親にも赤ちゃんの報告をしないといけないし……いや、駄目か。それこそ検査をしてからでないとだ。それに結婚に反対の陸郎にも何と言えばいいか。ああ、それよりもとっくに宗佑の方から番が解消されてるかもしれな……
「っあ~! 駄目だぁ、この頭ぁ……!」
周囲の目も気にせず、両手でぐしゃぐしゃと頭を掻き回した。頭がグルグルと回ってしまい、全く冷静になれない。ぜんっぜん、働かない。
どうして俺は宗佑に電話をしてしまったのだろう。彼が帰ってきてから話せば良かったのに。そうすれば、こんなことにならずに済んだのかもしれないのに。
後悔してももう遅い。後から悔やむから後悔なのだから。
ただ……
「喜んでもらえると……思ったんだけどな……」
言いたかったのだ。喜んで欲しかったのだ。一緒に分かち合いたかったのだ。
そんな経験、一度もしたことがなかったから。
「散歩するか……」
不安が頭を渦巻くばかりだ。仕方がない。やるべきことを一旦、全て放棄しよう。
青い空や緑豊かな自然を見ながら少しだけ長く歩いて、街並みや赤の他人、犬や猫など、家の中では見られないものを目にしてみよう。
「ごめんな、赤ちゃん。こんな母さんで……」
着ているセーター越しに、そっと腹を撫でた。
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