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俺だけだった?
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沸騰したように顔が赤くなった。誰にも見られていないその顔を、俺は手の甲で隠すように覆った。
これで信じてくれただろうか? 羞恥を堪えて打ち明けたのだ。今すぐ何かしらの返答、もしくは反応が欲しい。
しかし宗佑はしばし黙った後、やはりというべきか淡々と、まるで俺を説得するように努めて冷静に語りかけた。
『圭介。逸る気持ちはわかるけれど、まず検査をしてみよう。Ωの巣作りは妊娠だけじゃなく、発情期中もなると言われているからね。まだ君は発情を経験したばかりだし、身体のサイクルも整っていない。日曜日には帰るから、まず一緒に検査薬を買おう。ね?』
期待していた反応とはまるで違うそれに、俺は内心苛立ちを感じた。
何故、宗佑は妊娠を否定するような言い方をするのだろう? 確かにこの巣作りはΩによって様々だ。妊娠をしていなくとも、懸想をしているαがいれば巣作りを行ってしまうΩもいるし、発情期の際にそれを行ってしまうΩもいるのは知っている。だが、今は世間一般の話をしているのではない。恵の場合は妊娠をしてそれを行うのだ。これは圭介の身体だが、絶対にそうだと言い切れる。恵も圭介も同じだ。
俺は語気を強くして反論した。
「ううん! 絶対にしてるよ! 根拠なら他にもある。巣作りだけじゃないんだよ。だって俺、最近は味覚も変わって……体温だって僅かだけど普段より高いんだ! それにこの巣作りはっ……」
『落ち着いて、圭介。味覚の変化や体温の上昇は発情中にもなることがある。実際、発情した君の身体は熱かった。君が妊娠を望んでいるのはもちろん、わかっているよ。しかし私は妊娠しにくい身体なんだ。そんな簡単にはできないんだよ』
スマホ向こうの宗佑が、俺が求めていた宗佑ではなかった。
言われている内容は別段、おかしなことを言っているわけではない。
妊娠しにくい身体。
検査をしよう。
落ち着いて。
……それだけだ。
ただ、それらの言葉はどれも、俺を突き刺すナイフのようだ。
どうしてこの人は、俺の言うことを信じてくれないのか? 俺の言うことがわからないのか? 言葉が通じないのか? 頭の中がぐるぐると回り始めた。
この時、俺の中の恵が閉じ込めていた、奥底の記憶が甦った。蓋をしていた昔の、もうとっくに忘れていた過去の感情を、宗佑の言葉によって引き摺り出されたのだ。
「嬉しく……ないのか?」
ポツリと呟くように言った台詞が、宗佑には聞こえなかったらしい。『え?』と戸惑うような声が聞こえた。
人間より耳が良い癖に、俺の声が聞き取れなかったのか? ならば、もう一度言ってやろう。俺は宗佑に尋ねた。
「確かにまだ検査はしていないし、病院にも行っていない。提示できる根拠も証拠もないけれど……でも、俺が妊娠したら宗佑。貴方は……嬉しくないのか?」
『そんなことはない。妊娠していたら嬉しいよ。でもね、圭介。前にも言ってある通り、私は妊娠が……』
「全くできないわけじゃないだろ!? どうしてそんなに否定的なんだよ! 時期的に見てもおかしくないし……それに、あれだけ頑張ってるんだ! 赤ちゃんはいる! 絶対にそうだよ!」
『圭介……』
俺達の赤ちゃんができた。本当? 嬉しい! よくやった、圭介! ただその言葉が聞きたかっただけだ。
ああ、そうか。思い出したよ。
ほら、やはりね……だ。
ぐるぐると、ぐちゃぐちゃと。
パンドラの箱は開かれた。
俺は必死に、俺の中の恵を抑えつけようとするも抵抗虚しく……恵の封じ込めたある一つの感情が溢れ出した。この人は違う。そう言い聞かせても、もう駄目だった。
俺は圭介であり、恵でもある。人生経験は十九年とプラスαだ。妊娠も、出産も、たくさん経験し、知っている。そして俺から離れていった男達も……。
ああ、ほら。やはりだ。やはり、Ωはこういう運命なのだ。そんな言葉をたくさん浴びせられてきた。そしていつしか、それは自分の言葉となり、俺は自身に言い聞かせるようになった。
期待なぞしたくはない。俺には子供達がいればそれでいい。人並みの幸せを望んではいけない。それは恵の時に充分、思い知っただろう?
そうだ。知っている。わかっている。覚えているよ。忘れたフリをしていただけだ。
ただ俺は生まれ変わってから、宗佑と出会ってから幸せだった。宗佑なら信じられる。宗佑は悪い人ではない。彼は俺を求めてくれたのだ。そして俺だけではなく、俺に対して本当に子供を望んでくれている。目を見ればわかる。この人なら俺を裏切らない!
望んだのは、それだけだったのに。
「俺だけだった?」
しかし、そうか。これは俺の勘違いなのだ。たくさんの人を見てきた分だけ、人を見る目はあると思い込んでいた。
もしも本当にそうだったなら、六人の子供を産んで六人とも父親がつかなかったのは何故だ、という話だろう。
どれだけ美しくても、どれだけ綺麗でも、どれだけ人の目を惹いても、結局求められるのは違うところにある。
「妊娠を望んでたの……俺だけ?」
『違う、圭介。私も赤ん坊を望んでいるよ。でも、今の私にできるはずが……』
「もういいよ」
『圭介っ』
喜んでくれると思った。ここにいたなら、俺を抱き締めてくれるのだと、そう期待していた。
どうしてだろう。宗佑の言葉が全然、頭に入ってこない。
グルグルと、そしてガンガンと頭の中で響くのは、「あの人達」の台詞の数々だ。
『子供? それ、俺の子って証拠はあるのかよ』
『ふーん。で、今後もセックスはできるんだろうな?』
『え、子供っ? そんな……困るよ……あ、他の客という可能性はないの? あるでしょ? ね?』
『何それ。堕ろす費用目的か? 払うわけねーだろ』
『そう、か。でも、僕には金銭的な余裕がなくて……それに、黙っていたけれど、本当は家庭があって……』
そうか。そうだった。期待するだけ無駄だったのだ。喜んでもらえると、そう思う方が間違いだった。悪いのは俺だ。あの人達は悪くない。ただ俺が妊娠しただけなのだから。
だから、宗佑だって……
「ごめん、宗佑。俺、変な期待してた。本当にごめん。忙しいのに……もう、切るね」
『圭介、ちゃんと聞いて欲しい。私は……』
「もういい! 聞きたくない! もう、たくさんだ!!」
そういう身体だ。繁殖能力しかない。じゃあ、ヤることが好きなんだろ?
そうだよ。きっと宗佑じゃなくても俺は惚れるし、セックスだって気持ちがいい。宗佑じゃなくとも、正臣じゃなくとも、優しくしてくれればすぐに堕ちる。
愛しているなど、まやかしだ。
「アンタも奴らと同じだ! 好きだのなんだの言って懐柔してっ……結局目当ては俺のっ……俺のっ……!!」
Ωとしての俺の身体だ。
わかっていたのに。顔がどうとか、性格がどうとか、そんなものは関係ない。
何故なら、俺はΩだから。
ただ本能のままに発情して繁殖して、発情して繁殖して、発情して繁殖して……その繰り返し。それしかできない。どれだけ勉強を頑張っても、どれだけ料理の腕を磨いても、どれだけ子育てに力を入れても、誰も認めてくれない。褒めてもくれない。
結局、信じられるのは自分が産んだ子供達だけだ。
スマホ向こうの宗佑が何かを言っている。しかし何も聞こえない。過去の声が頭の中を抉るようにぐちゃぐちゃと俺を犯した。
俺を嘲笑い、押し倒し、脚を開けと舌舐めずりをする男達しか浮かばない。
「もう嫌だっ……番、解消してっ……! もう、嫌ぁ……!!」
『圭介っ……圭介!』
今度こそは一緒に生きてもらえると、そう思っていた。今度こそは喜んでもらえると、そう信じていたのに。
俺だけだった。だから恵は、番にならなかった。こうなることをわかっていたからだ。
『圭介……!』
ガン! と、音を立ててスマホを壁に叩きつけた。
煩い。何もかもが。
愛しかった人の声がプツンと切れた。
これで信じてくれただろうか? 羞恥を堪えて打ち明けたのだ。今すぐ何かしらの返答、もしくは反応が欲しい。
しかし宗佑はしばし黙った後、やはりというべきか淡々と、まるで俺を説得するように努めて冷静に語りかけた。
『圭介。逸る気持ちはわかるけれど、まず検査をしてみよう。Ωの巣作りは妊娠だけじゃなく、発情期中もなると言われているからね。まだ君は発情を経験したばかりだし、身体のサイクルも整っていない。日曜日には帰るから、まず一緒に検査薬を買おう。ね?』
期待していた反応とはまるで違うそれに、俺は内心苛立ちを感じた。
何故、宗佑は妊娠を否定するような言い方をするのだろう? 確かにこの巣作りはΩによって様々だ。妊娠をしていなくとも、懸想をしているαがいれば巣作りを行ってしまうΩもいるし、発情期の際にそれを行ってしまうΩもいるのは知っている。だが、今は世間一般の話をしているのではない。恵の場合は妊娠をしてそれを行うのだ。これは圭介の身体だが、絶対にそうだと言い切れる。恵も圭介も同じだ。
俺は語気を強くして反論した。
「ううん! 絶対にしてるよ! 根拠なら他にもある。巣作りだけじゃないんだよ。だって俺、最近は味覚も変わって……体温だって僅かだけど普段より高いんだ! それにこの巣作りはっ……」
『落ち着いて、圭介。味覚の変化や体温の上昇は発情中にもなることがある。実際、発情した君の身体は熱かった。君が妊娠を望んでいるのはもちろん、わかっているよ。しかし私は妊娠しにくい身体なんだ。そんな簡単にはできないんだよ』
スマホ向こうの宗佑が、俺が求めていた宗佑ではなかった。
言われている内容は別段、おかしなことを言っているわけではない。
妊娠しにくい身体。
検査をしよう。
落ち着いて。
……それだけだ。
ただ、それらの言葉はどれも、俺を突き刺すナイフのようだ。
どうしてこの人は、俺の言うことを信じてくれないのか? 俺の言うことがわからないのか? 言葉が通じないのか? 頭の中がぐるぐると回り始めた。
この時、俺の中の恵が閉じ込めていた、奥底の記憶が甦った。蓋をしていた昔の、もうとっくに忘れていた過去の感情を、宗佑の言葉によって引き摺り出されたのだ。
「嬉しく……ないのか?」
ポツリと呟くように言った台詞が、宗佑には聞こえなかったらしい。『え?』と戸惑うような声が聞こえた。
人間より耳が良い癖に、俺の声が聞き取れなかったのか? ならば、もう一度言ってやろう。俺は宗佑に尋ねた。
「確かにまだ検査はしていないし、病院にも行っていない。提示できる根拠も証拠もないけれど……でも、俺が妊娠したら宗佑。貴方は……嬉しくないのか?」
『そんなことはない。妊娠していたら嬉しいよ。でもね、圭介。前にも言ってある通り、私は妊娠が……』
「全くできないわけじゃないだろ!? どうしてそんなに否定的なんだよ! 時期的に見てもおかしくないし……それに、あれだけ頑張ってるんだ! 赤ちゃんはいる! 絶対にそうだよ!」
『圭介……』
俺達の赤ちゃんができた。本当? 嬉しい! よくやった、圭介! ただその言葉が聞きたかっただけだ。
ああ、そうか。思い出したよ。
ほら、やはりね……だ。
ぐるぐると、ぐちゃぐちゃと。
パンドラの箱は開かれた。
俺は必死に、俺の中の恵を抑えつけようとするも抵抗虚しく……恵の封じ込めたある一つの感情が溢れ出した。この人は違う。そう言い聞かせても、もう駄目だった。
俺は圭介であり、恵でもある。人生経験は十九年とプラスαだ。妊娠も、出産も、たくさん経験し、知っている。そして俺から離れていった男達も……。
ああ、ほら。やはりだ。やはり、Ωはこういう運命なのだ。そんな言葉をたくさん浴びせられてきた。そしていつしか、それは自分の言葉となり、俺は自身に言い聞かせるようになった。
期待なぞしたくはない。俺には子供達がいればそれでいい。人並みの幸せを望んではいけない。それは恵の時に充分、思い知っただろう?
そうだ。知っている。わかっている。覚えているよ。忘れたフリをしていただけだ。
ただ俺は生まれ変わってから、宗佑と出会ってから幸せだった。宗佑なら信じられる。宗佑は悪い人ではない。彼は俺を求めてくれたのだ。そして俺だけではなく、俺に対して本当に子供を望んでくれている。目を見ればわかる。この人なら俺を裏切らない!
望んだのは、それだけだったのに。
「俺だけだった?」
しかし、そうか。これは俺の勘違いなのだ。たくさんの人を見てきた分だけ、人を見る目はあると思い込んでいた。
もしも本当にそうだったなら、六人の子供を産んで六人とも父親がつかなかったのは何故だ、という話だろう。
どれだけ美しくても、どれだけ綺麗でも、どれだけ人の目を惹いても、結局求められるのは違うところにある。
「妊娠を望んでたの……俺だけ?」
『違う、圭介。私も赤ん坊を望んでいるよ。でも、今の私にできるはずが……』
「もういいよ」
『圭介っ』
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どうしてだろう。宗佑の言葉が全然、頭に入ってこない。
グルグルと、そしてガンガンと頭の中で響くのは、「あの人達」の台詞の数々だ。
『子供? それ、俺の子って証拠はあるのかよ』
『ふーん。で、今後もセックスはできるんだろうな?』
『え、子供っ? そんな……困るよ……あ、他の客という可能性はないの? あるでしょ? ね?』
『何それ。堕ろす費用目的か? 払うわけねーだろ』
『そう、か。でも、僕には金銭的な余裕がなくて……それに、黙っていたけれど、本当は家庭があって……』
そうか。そうだった。期待するだけ無駄だったのだ。喜んでもらえると、そう思う方が間違いだった。悪いのは俺だ。あの人達は悪くない。ただ俺が妊娠しただけなのだから。
だから、宗佑だって……
「ごめん、宗佑。俺、変な期待してた。本当にごめん。忙しいのに……もう、切るね」
『圭介、ちゃんと聞いて欲しい。私は……』
「もういい! 聞きたくない! もう、たくさんだ!!」
そういう身体だ。繁殖能力しかない。じゃあ、ヤることが好きなんだろ?
そうだよ。きっと宗佑じゃなくても俺は惚れるし、セックスだって気持ちがいい。宗佑じゃなくとも、正臣じゃなくとも、優しくしてくれればすぐに堕ちる。
愛しているなど、まやかしだ。
「アンタも奴らと同じだ! 好きだのなんだの言って懐柔してっ……結局目当ては俺のっ……俺のっ……!!」
Ωとしての俺の身体だ。
わかっていたのに。顔がどうとか、性格がどうとか、そんなものは関係ない。
何故なら、俺はΩだから。
ただ本能のままに発情して繁殖して、発情して繁殖して、発情して繁殖して……その繰り返し。それしかできない。どれだけ勉強を頑張っても、どれだけ料理の腕を磨いても、どれだけ子育てに力を入れても、誰も認めてくれない。褒めてもくれない。
結局、信じられるのは自分が産んだ子供達だけだ。
スマホ向こうの宗佑が何かを言っている。しかし何も聞こえない。過去の声が頭の中を抉るようにぐちゃぐちゃと俺を犯した。
俺を嘲笑い、押し倒し、脚を開けと舌舐めずりをする男達しか浮かばない。
「もう嫌だっ……番、解消してっ……! もう、嫌ぁ……!!」
『圭介っ……圭介!』
今度こそは一緒に生きてもらえると、そう思っていた。今度こそは喜んでもらえると、そう信じていたのに。
俺だけだった。だから恵は、番にならなかった。こうなることをわかっていたからだ。
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