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俺だけだった?
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「あら、糠漬け? いい具合に漬けてあるわね~。圭ちゃん、またお料理が上手になったのね」
「やっと俺好みの糠床ができたんだ。後で父さんにも食べさせてあげて」
二月も終わりに近づき冬の寒さも和らいで来た頃、俺は実家に来ていた。
新家であるウチはごくごく普通の戸建ての家だ。田井中本家と比べれば土地も小さく、その評価も低い。駅からも近くはないし、決して便利が良いとは言えない立地だが、それでも俺はこの家で十八年間を暮らしてきた。
宗佑の下に行ってからも時々は帰ってきていた。年始には彼を連れて挨拶に来ている。俊介父さんは言わずもがなで、聡子母さんは初めて目にする宗佑に一瞬でファンになってしまい、俺の番であることを心から祝福してくれた。そして同時に、俺のことをよろしく頼むと頭を下げてくれた。
いまだ結婚はしていないものの両親はすっかり宗佑を義理の息子として快く迎え入れてくれている。また、俺との関係も以前より良好に築けるようになっていた。
畢竟するに、俺は幸せの日々を過ごしている。
ただふらりと立ち寄るだけにしても、実家といえど手ぶらというわけにはいかない。自信作ともいえる俺の漬物を、母さんは喜んで受け取ってくれた。
「ありがとう。じゃあこちらからはこれ! 宗佑さんのお口にも合えばいいけれど」
「わ~、大福だぁ!」
百貨店か何処かで買ってきただろう上質な包み紙を開いて、母さんは中身を差し出した。中には真っ白な大福が六つもひしめき合うように詰められている。
「この大福はねぇ、中にはっさくが入っているのよ。旬のものだから美味しいと思うわ」
「はっさく!? 美味そう!」
「良ければ今、一個食べていきなさい。お父さん達には内緒よ」
「うん!」
母さんが淹れてくれたほうじ茶を横に、大きなそれを一つ手に取る。ズシリと重量感のあるそれを、俺はパクリと頬張った。すごい。大福の皮が極薄で、中にはっさくがこれでもかと詰められている。酸味を抑える為の生クリームがまた濃厚かつ甘みも少なく、調和が取れていて絶妙な味だ。つまり美味い。
「ん~美味いぃ……この酸っぱさ、癖になりそ~」
どちらかというと、柑橘類はそこまで好きな果物ではない。それが最近、自ら進んで酸味のある果物を食べるようになった。あの耳のあたりがツンとなる感じがたまらないのだ。アンコの詰まった大福も好物ではあるが、今はこのはっさく大福の方がより嬉しく感じる。
目を細めてもぐもぐと大福を堪能する俺を、母さんは向かい側でニコニコと微笑ましそうに見つめていた。
そして俺が大福をペロリと平らげると、ある一つの質問を俺に向けた。
「ねえ、圭ちゃん。少し気になっていたんだけど……」
「うん?」
「もしかして、赤ちゃんができたんじゃない?」
「えっ!?」
驚いて母さんを見つめると、彼女は「あら、違った?」と頬に手を当てて首を傾げた。
「じゃあ、充実しているのねぇ。なんだか圭ちゃん、一段と綺麗になったな~って思ったものだから」
綺麗という単語に俺は首を傾げた。恵ならわかるが、圭介はそういった顔立ちではない。俺は自分の顔をペタペタと触った。自分の容貌の変化に実感はない。強いてあげるなら髪が肩まで伸びたことくらいだ。すっかり前髪も長くなり、家ではピンで留めるようになった。色っぽくていいとかなんとか、宗佑がふざけたことを言うから本心ではばっさりと切ってしまいたいのだが。
「そう、かなぁ……?」
「ええ。宗佑さんとラブラブなのねぇ」
「らっ……そ、そう、そうかなぁっ?」
ラブラブという単語を母から言われると、とてつもなく恥ずかしい。カアッと赤くなる顔を隠すように、俺は膝に視線を落として俯いた。
ラブラブ……ラブラブか。ラブラブというより、宗佑が俺を可愛がり過ぎるのだ。どうしてそこまで平凡な俺を可愛いがれるのかわからないくらい、彼は俺を溺愛する。ありがたい気持ちはもちろんある。しかしこうも溺愛されると、すぐに飽きられるのではないだろうか。これで捨てられでもしたら、精神的なダメージは半端なく大きいと思う。
つい、そんな風に考えてしまうくらい、かくいう俺も宗佑にぞっこんなのだ。ぞっこんという言葉、今の時代は使わないか?
こんな俺を見て、母さんはきゃっ! と両頬に手を当てた。
「あらやだ。照れちゃって、可愛いわぁ。これなら孫の顔が見られるのも時間の問題ね。もう。陸郎おじーちゃんったら、早く二人の結婚を認めてくれればいいのにねぇ」
そこである。
宗佑側はいつでも顔合わせができるし、結婚もばっちこい! という状況らしいのだが、かの陸郎がいまだ首を縦に振ってくれない。あの子曰く、俺のことを好きだという宗佑が信用ならないとのことだ。
なら、尚更会って彼を見てみればいいじゃないかと話を振るも、それはそれで嫌なようだ。それに結婚したら宗佑が義理の父だとかなんとかブツブツ言っていたから、一番嫌なのはそこだろうな。
でも、母さんの言う孫に関しては……
「孫は……まだ、少し先かもしれない」
「あら、そうなの?」
「欲しいとは思ってるんだけど、なかなか……」
そう言って自分の腹に手を当てると、何かを察してくれたのかそれ以上は母さんも突っ込まなかった。
「そうよね。相性もあるだろうし、こればかりは絶対と言えないわよね。ごめんなさいね、急かすようなこと言っちゃって」
αと交わればほぼ間違いなく、子ができるものと思っていた。でも、宗佑はそれが難しい身体だという。
理由はいまだはっきりと聞かされていない。言いたくないのだろう。俺も無理に聞きたいわけじゃない。
今は宗佑と二人きりのこの生活が楽しい。幸せだ。
そしてここに子ができたらもっともっと幸せになる。ただそれだけのことなのだ。
「俺も宗佑も、すごく望んでいるから。子供ができたら、母さんも抱っこしてあげてね」
「もちろんよ!」
まだ出会ってから一年と経っていないのだ。諦めるにはとても早い。
俺の特技は妊娠と出産。それは圭介になった今でも、きっと変わらないはずだ。
「やっと俺好みの糠床ができたんだ。後で父さんにも食べさせてあげて」
二月も終わりに近づき冬の寒さも和らいで来た頃、俺は実家に来ていた。
新家であるウチはごくごく普通の戸建ての家だ。田井中本家と比べれば土地も小さく、その評価も低い。駅からも近くはないし、決して便利が良いとは言えない立地だが、それでも俺はこの家で十八年間を暮らしてきた。
宗佑の下に行ってからも時々は帰ってきていた。年始には彼を連れて挨拶に来ている。俊介父さんは言わずもがなで、聡子母さんは初めて目にする宗佑に一瞬でファンになってしまい、俺の番であることを心から祝福してくれた。そして同時に、俺のことをよろしく頼むと頭を下げてくれた。
いまだ結婚はしていないものの両親はすっかり宗佑を義理の息子として快く迎え入れてくれている。また、俺との関係も以前より良好に築けるようになっていた。
畢竟するに、俺は幸せの日々を過ごしている。
ただふらりと立ち寄るだけにしても、実家といえど手ぶらというわけにはいかない。自信作ともいえる俺の漬物を、母さんは喜んで受け取ってくれた。
「ありがとう。じゃあこちらからはこれ! 宗佑さんのお口にも合えばいいけれど」
「わ~、大福だぁ!」
百貨店か何処かで買ってきただろう上質な包み紙を開いて、母さんは中身を差し出した。中には真っ白な大福が六つもひしめき合うように詰められている。
「この大福はねぇ、中にはっさくが入っているのよ。旬のものだから美味しいと思うわ」
「はっさく!? 美味そう!」
「良ければ今、一個食べていきなさい。お父さん達には内緒よ」
「うん!」
母さんが淹れてくれたほうじ茶を横に、大きなそれを一つ手に取る。ズシリと重量感のあるそれを、俺はパクリと頬張った。すごい。大福の皮が極薄で、中にはっさくがこれでもかと詰められている。酸味を抑える為の生クリームがまた濃厚かつ甘みも少なく、調和が取れていて絶妙な味だ。つまり美味い。
「ん~美味いぃ……この酸っぱさ、癖になりそ~」
どちらかというと、柑橘類はそこまで好きな果物ではない。それが最近、自ら進んで酸味のある果物を食べるようになった。あの耳のあたりがツンとなる感じがたまらないのだ。アンコの詰まった大福も好物ではあるが、今はこのはっさく大福の方がより嬉しく感じる。
目を細めてもぐもぐと大福を堪能する俺を、母さんは向かい側でニコニコと微笑ましそうに見つめていた。
そして俺が大福をペロリと平らげると、ある一つの質問を俺に向けた。
「ねえ、圭ちゃん。少し気になっていたんだけど……」
「うん?」
「もしかして、赤ちゃんができたんじゃない?」
「えっ!?」
驚いて母さんを見つめると、彼女は「あら、違った?」と頬に手を当てて首を傾げた。
「じゃあ、充実しているのねぇ。なんだか圭ちゃん、一段と綺麗になったな~って思ったものだから」
綺麗という単語に俺は首を傾げた。恵ならわかるが、圭介はそういった顔立ちではない。俺は自分の顔をペタペタと触った。自分の容貌の変化に実感はない。強いてあげるなら髪が肩まで伸びたことくらいだ。すっかり前髪も長くなり、家ではピンで留めるようになった。色っぽくていいとかなんとか、宗佑がふざけたことを言うから本心ではばっさりと切ってしまいたいのだが。
「そう、かなぁ……?」
「ええ。宗佑さんとラブラブなのねぇ」
「らっ……そ、そう、そうかなぁっ?」
ラブラブという単語を母から言われると、とてつもなく恥ずかしい。カアッと赤くなる顔を隠すように、俺は膝に視線を落として俯いた。
ラブラブ……ラブラブか。ラブラブというより、宗佑が俺を可愛がり過ぎるのだ。どうしてそこまで平凡な俺を可愛いがれるのかわからないくらい、彼は俺を溺愛する。ありがたい気持ちはもちろんある。しかしこうも溺愛されると、すぐに飽きられるのではないだろうか。これで捨てられでもしたら、精神的なダメージは半端なく大きいと思う。
つい、そんな風に考えてしまうくらい、かくいう俺も宗佑にぞっこんなのだ。ぞっこんという言葉、今の時代は使わないか?
こんな俺を見て、母さんはきゃっ! と両頬に手を当てた。
「あらやだ。照れちゃって、可愛いわぁ。これなら孫の顔が見られるのも時間の問題ね。もう。陸郎おじーちゃんったら、早く二人の結婚を認めてくれればいいのにねぇ」
そこである。
宗佑側はいつでも顔合わせができるし、結婚もばっちこい! という状況らしいのだが、かの陸郎がいまだ首を縦に振ってくれない。あの子曰く、俺のことを好きだという宗佑が信用ならないとのことだ。
なら、尚更会って彼を見てみればいいじゃないかと話を振るも、それはそれで嫌なようだ。それに結婚したら宗佑が義理の父だとかなんとかブツブツ言っていたから、一番嫌なのはそこだろうな。
でも、母さんの言う孫に関しては……
「孫は……まだ、少し先かもしれない」
「あら、そうなの?」
「欲しいとは思ってるんだけど、なかなか……」
そう言って自分の腹に手を当てると、何かを察してくれたのかそれ以上は母さんも突っ込まなかった。
「そうよね。相性もあるだろうし、こればかりは絶対と言えないわよね。ごめんなさいね、急かすようなこと言っちゃって」
αと交わればほぼ間違いなく、子ができるものと思っていた。でも、宗佑はそれが難しい身体だという。
理由はいまだはっきりと聞かされていない。言いたくないのだろう。俺も無理に聞きたいわけじゃない。
今は宗佑と二人きりのこの生活が楽しい。幸せだ。
そしてここに子ができたらもっともっと幸せになる。ただそれだけのことなのだ。
「俺も宗佑も、すごく望んでいるから。子供ができたら、母さんも抱っこしてあげてね」
「もちろんよ!」
まだ出会ってから一年と経っていないのだ。諦めるにはとても早い。
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