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息子の想いと曾祖父の願い
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「うむぅ……」
それでも陸郎は腕を組んで渋い表情を浮かべてみせる。俺は自分の手の平を差し出して、その上に手を乗せるように言った。
陸郎は片手を差し出し俺の上へそっと、その指先を乗せた。不安になる子供をあやす時は、必ずその子の身体の何処かに触れるようにしていた。ここが外でなければ陸郎を胸に抱いてやることもできたが、今はこれで我慢しておくれと目で語りかける。
「もちろん、お前の言うことも一理ある。別段、入籍を急がねばならない理由もなし。まずは彼のことをよく知る意味も含めて、今はこの同棲生活を楽しむとするよ。それでいいか?」
そう言うと、陸郎は皺くちゃな顔をさらに皺くちゃにさせ、俺の手の下にさらに反対の手を重ねて握り締めた。
「一喜にーちゃん達っ……! 頼むっ! 草葉の陰よりどうか、恵母ちゃんを守ってやってくれぇ!」
わんわんと泣き出す陸郎を前に、俺は天井を見上げながらしみじみと呟いた。
「一喜達の墓参りにも、行ってやらなきゃならんな……」
まさか生まれ変わって自分の子供の墓参りに行く日が来ようとは、思ってもみなかった。恵の記憶が戻る前まで、彼らは俺にとってただの遠い親戚で、無関心もいいところだった。その為、彼らがそれぞれどんな人生を送ってきたのか、詳細をまるで知らなかった。
また末の子だった陸郎以外、残念ながらすでに皆が亡くなってしまっている。会いに行くとしたら墓参りしかない。それぞれの墓はバラバラで、特に三番目の息子の三貴は、遥か南の地方にそれがあるらしい。
今住んでいる地域に墓がある子供三人のお参りは、すでに陸郎と共に済ませてある。残すは長男の一喜と遠方の三貴の二人だけだ。
そしてその一喜は、かつての恵が好きだった人……正臣の子だ。
「確か一喜は、田井中から姓が変わったんだよな」
「ああ。母ちゃんがいなくなってから、儂も含めてにーちゃん達はそれぞれ別の家に引き取られていったんだ。特に一喜にーちゃんはほれ、母ちゃんが奉公に行っとった金持ちαの血を引いとったから、そこの後継ぎになるべく養子に入ったんだ」
「そうか。あの子もαだったもんな」
一喜は同じ歳の子供よりも、よくできる子だった。頭が良く、運動もできてその上器用。種違いの兄弟達の面倒見も良く、仕事で家を空けがちな俺の代わりに家事や育児を嫌な顔一つせずしてくれていた。
そんな彼も十五歳になると働き始め、俺と共に家計を支えてくれるようになった。俺のように娼館ではなく、真っ当な仕事をやらせたくて知り合いの新聞社に頼み込み、事務員として雇ってもらった。持ち前の頭の良さで飲み込みも早く、彼は若くして事務所内のリーダーとなり、後に総務へと配属が決まった。俺が覚えているのはそこまでだ。
「一喜が養子になった先の家、何て名前だっけ?」
「丹下だ。今や家電製品で有名なアレだ」
「あー、タンゲデンキ! えっ……あれを一喜が!?」
「元は小さな町の電器屋を丹下が買収して、さらに大きくしたのがにーちゃんだ。母ちゃんが若い頃、にーちゃんに仕事を紹介してくれたお陰で下積みができ、成功を収められたと常々言っとったよ」
「一喜がそんなことを……」
そう言ってもらえると、親としてはとても嬉しい。あの子には特に苦労をかけさせてしまったから、恨まれても仕方がないと思っていた。俺のことを好意的に思ってくれていたのなら、こんなに喜ばしいこともない。
陸郎は、丹下の会社が大きくなってからはなかなか一喜に会えなくなってしまったことを、苦笑ながらに続けた。
「そんでも、儂ら兄弟のことは常に気にかけてくれとったよ。儂がばーさんと結婚したのも、一喜にーちゃんが儂を推薦してくれたからだ」
「なるほどな」
あの時代は家柄がものを言った。たとえ個人が相手を気に入ったとしても、おいそれと結婚はできない。でも、タンゲデンキで成功を収めた一喜の薦めであれば、陸郎は保証されたも同然だ。地主に気に入られるというのはそういうことだ。
「兄弟それぞれ、なかなか会うことはできんでも、手紙のやり取りを中心に互いが途絶えんようやっとった。一喜にーちゃんは元々、子供らだけで乗り切ろうと養子の話を断って、父ちゃん代わりに儂らの面倒を見てくれとった。すでに仕事も板についとったからな。でも儂や一つ上の皐月ねーちゃんがまだ幼かった。当時、母ちゃんの稼ぎとにーちゃんの稼ぎでやっと食えていたんだ。母ちゃんの身請けの金……いや、母ちゃんが貯めとってくれていた貯金だな。それがあるものの、にーちゃん一人じゃ限度があった。だから渋々、にーちゃんは養子になることを選んだんだ」
そこまで話を聞いて、俺は気になっていたあることを質問する。
「もしかして、一喜がお前に正臣の悪口を吹き込んでいたのか?」
陸郎の中で、俺はただ虐げられるだけの憐れなΩだった。中でも、正臣とのエピソードは酷い。もちろん、彼の慰み物になった記憶は全くない。だが、この子の中の俺は、憐れな存在だった。
俺は当時、子供達に正臣の悪口を言った覚えはない。そんな話をいったい何処から聞いたのか、常々疑問だったのだが……
陸郎は俺に隠すことなく「そうだ」と答えた。
「母ちゃんが仕事で家を空けとる間、儂ら兄弟はずーっと言い聞かされとったぞ。一喜にーちゃんの父親は毎日のように母ちゃんを虐げとったとな」
「お、おおぅ……すげえ嫌われようだな、正臣」
「家の者も母ちゃんへの仕打ちが酷かったと、とにかくにーちゃんは丹下を嫌っとったよ」
まさか、一喜がそんなに丹下の家を嫌っていたとはな。確かに、あの子が産まれてからしばらくは丹下の家で過ごしていた。でも正臣がいないあの家で、俺はただの厄介者。優しくしてくれた老婆や他の使用人も、俺を庇うには限度があった。
それに正臣には当時、婚約者がいた。当然家柄は良く、名だたる資産家の娘だった。この女性がとにかく俺を嫌っていた。
幼い一喜を食わせる為、数々の仕打ちに耐えてきた俺だったが、子供にも危害が及ぶとなれば話は別だった。仕向けられた男に襲われるところを、一喜に見られたこともあった。幼いあの子の目には、酷く映ったことだろう。
「一喜が腹にいる時に正臣は出征してしまったから、あの子が父親に直接会ったことはないんだよ。でも当時、俺が正臣の家に居たことを気に入らない連中がいて、あの子に肩身の狭い思いをさせてしまっていた。それがそう見えてしまったんだろうな」
結局、正臣は帰って来なかった。俺が死んだ後に、一喜を養子に迎えたのなら、あの家で直系の子は望めなかったのだろう。その上、一喜はα。彼らは喉から手が出るほど、その血が欲しかったに違いない。
「今更だが……一喜にーちゃん達は母ちゃんが死んだことを知っとったわけだ。あの頃、母ちゃんにべったりだった儂に伝えれば、泣き喚いて大変だと咄嗟に嘘を吐いたんだろう。思えば当時、儂や皐月ねーちゃんが他の家の豆撒きを見て自分らもやりたいと駄々を捏ねたことが原因だ。仕事の忙しい合間を縫って、母ちゃんは儂らの為に鬼をやろうとしてくれたというのに……ごめんなぁ、母ちゃんっ」
俺の手を握り締めながら、陸郎は大きく頭を下げた。
たくさんの子宝に恵まれた俺だったが、彼らを養う為に毎日働き詰めだった。その為、肝心の子供達と触れ合う時間が削られていき、寂しい思いをさせてしまっていたことが気がかりだった。
皆の喜ぶ顔が見たくて、少しでも子供達が楽しんでくれればと、駄菓子屋で豆を買い、節分の豆撒きをやろうとした。紙で手製の鬼の仮面も作った。
結果、間抜けな死に方をしたのは事実だが、当時の俺はいつ過労死してもおかしくないと周りに言われるほど働き詰めだった。ほぼ気力だけで持っていたようなものだ。節分の日、近所の人間から不審者扱いをされて逃げたものの、刹那に「死ぬ」と感じたのだ。
少しでも休んでいれば、あのような末路にはならなかったのかもしれない。でも俺は、必死だった。子供達にひもじい思いをさせたくなかった。少しでも多く、勉強をさせてやりたかった。生まれてきて良かったと、そう思える人生を送らせてやりたかった。
全部、全部子供達のことを思っての行動だった。しかしそれも、引いては全部、俺自身が満足したいが為の行動だった。
「お前のせいじゃない、陸郎。私がお前達に何かをしてあげたかったんだ。豆撒きだって、俺が鬼をやりたくてやったんだよ」
だからお前が自分を責める理由は一つもないんだよ、と。そう伝えたかった。
しかし陸郎のこの謝罪は、もう一人の俺である圭介に対してでもあった。
「儂は曾祖父として、圭介に良くしてやれんかった。お前が母ちゃんの生まれ変わりと知ってから、それがよくわかったよ。酷い爺だった。昔より待遇が良くなったとはいえ、Ωはいまだに不遇だ。世間からの風当たりも強ければ、Ωというだけで周りから人が去っていく。高校でも、大学でも、友はできんかっただろう? それを母ちゃんを通して見とった儂が、最も知っとったというのに。儂が圭介を守る立場だったのに……本当に悪かったなぁ、圭介。ごめんなぁ」
「陸郎……」
俺は何も見えていなかった。陸郎は俺の子だが、もう俺の「子」ではなかった。
曾祖父である陸郎は俺が見据えるさらに先を、考えてくれていたのだ。
「頼む。お前には幸せになって欲しいんだ。それが息子としての想い、そして曾祖父としての願いだ。本当に心から愛した人と、一緒になっておくれ」
それでも陸郎は腕を組んで渋い表情を浮かべてみせる。俺は自分の手の平を差し出して、その上に手を乗せるように言った。
陸郎は片手を差し出し俺の上へそっと、その指先を乗せた。不安になる子供をあやす時は、必ずその子の身体の何処かに触れるようにしていた。ここが外でなければ陸郎を胸に抱いてやることもできたが、今はこれで我慢しておくれと目で語りかける。
「もちろん、お前の言うことも一理ある。別段、入籍を急がねばならない理由もなし。まずは彼のことをよく知る意味も含めて、今はこの同棲生活を楽しむとするよ。それでいいか?」
そう言うと、陸郎は皺くちゃな顔をさらに皺くちゃにさせ、俺の手の下にさらに反対の手を重ねて握り締めた。
「一喜にーちゃん達っ……! 頼むっ! 草葉の陰よりどうか、恵母ちゃんを守ってやってくれぇ!」
わんわんと泣き出す陸郎を前に、俺は天井を見上げながらしみじみと呟いた。
「一喜達の墓参りにも、行ってやらなきゃならんな……」
まさか生まれ変わって自分の子供の墓参りに行く日が来ようとは、思ってもみなかった。恵の記憶が戻る前まで、彼らは俺にとってただの遠い親戚で、無関心もいいところだった。その為、彼らがそれぞれどんな人生を送ってきたのか、詳細をまるで知らなかった。
また末の子だった陸郎以外、残念ながらすでに皆が亡くなってしまっている。会いに行くとしたら墓参りしかない。それぞれの墓はバラバラで、特に三番目の息子の三貴は、遥か南の地方にそれがあるらしい。
今住んでいる地域に墓がある子供三人のお参りは、すでに陸郎と共に済ませてある。残すは長男の一喜と遠方の三貴の二人だけだ。
そしてその一喜は、かつての恵が好きだった人……正臣の子だ。
「確か一喜は、田井中から姓が変わったんだよな」
「ああ。母ちゃんがいなくなってから、儂も含めてにーちゃん達はそれぞれ別の家に引き取られていったんだ。特に一喜にーちゃんはほれ、母ちゃんが奉公に行っとった金持ちαの血を引いとったから、そこの後継ぎになるべく養子に入ったんだ」
「そうか。あの子もαだったもんな」
一喜は同じ歳の子供よりも、よくできる子だった。頭が良く、運動もできてその上器用。種違いの兄弟達の面倒見も良く、仕事で家を空けがちな俺の代わりに家事や育児を嫌な顔一つせずしてくれていた。
そんな彼も十五歳になると働き始め、俺と共に家計を支えてくれるようになった。俺のように娼館ではなく、真っ当な仕事をやらせたくて知り合いの新聞社に頼み込み、事務員として雇ってもらった。持ち前の頭の良さで飲み込みも早く、彼は若くして事務所内のリーダーとなり、後に総務へと配属が決まった。俺が覚えているのはそこまでだ。
「一喜が養子になった先の家、何て名前だっけ?」
「丹下だ。今や家電製品で有名なアレだ」
「あー、タンゲデンキ! えっ……あれを一喜が!?」
「元は小さな町の電器屋を丹下が買収して、さらに大きくしたのがにーちゃんだ。母ちゃんが若い頃、にーちゃんに仕事を紹介してくれたお陰で下積みができ、成功を収められたと常々言っとったよ」
「一喜がそんなことを……」
そう言ってもらえると、親としてはとても嬉しい。あの子には特に苦労をかけさせてしまったから、恨まれても仕方がないと思っていた。俺のことを好意的に思ってくれていたのなら、こんなに喜ばしいこともない。
陸郎は、丹下の会社が大きくなってからはなかなか一喜に会えなくなってしまったことを、苦笑ながらに続けた。
「そんでも、儂ら兄弟のことは常に気にかけてくれとったよ。儂がばーさんと結婚したのも、一喜にーちゃんが儂を推薦してくれたからだ」
「なるほどな」
あの時代は家柄がものを言った。たとえ個人が相手を気に入ったとしても、おいそれと結婚はできない。でも、タンゲデンキで成功を収めた一喜の薦めであれば、陸郎は保証されたも同然だ。地主に気に入られるというのはそういうことだ。
「兄弟それぞれ、なかなか会うことはできんでも、手紙のやり取りを中心に互いが途絶えんようやっとった。一喜にーちゃんは元々、子供らだけで乗り切ろうと養子の話を断って、父ちゃん代わりに儂らの面倒を見てくれとった。すでに仕事も板についとったからな。でも儂や一つ上の皐月ねーちゃんがまだ幼かった。当時、母ちゃんの稼ぎとにーちゃんの稼ぎでやっと食えていたんだ。母ちゃんの身請けの金……いや、母ちゃんが貯めとってくれていた貯金だな。それがあるものの、にーちゃん一人じゃ限度があった。だから渋々、にーちゃんは養子になることを選んだんだ」
そこまで話を聞いて、俺は気になっていたあることを質問する。
「もしかして、一喜がお前に正臣の悪口を吹き込んでいたのか?」
陸郎の中で、俺はただ虐げられるだけの憐れなΩだった。中でも、正臣とのエピソードは酷い。もちろん、彼の慰み物になった記憶は全くない。だが、この子の中の俺は、憐れな存在だった。
俺は当時、子供達に正臣の悪口を言った覚えはない。そんな話をいったい何処から聞いたのか、常々疑問だったのだが……
陸郎は俺に隠すことなく「そうだ」と答えた。
「母ちゃんが仕事で家を空けとる間、儂ら兄弟はずーっと言い聞かされとったぞ。一喜にーちゃんの父親は毎日のように母ちゃんを虐げとったとな」
「お、おおぅ……すげえ嫌われようだな、正臣」
「家の者も母ちゃんへの仕打ちが酷かったと、とにかくにーちゃんは丹下を嫌っとったよ」
まさか、一喜がそんなに丹下の家を嫌っていたとはな。確かに、あの子が産まれてからしばらくは丹下の家で過ごしていた。でも正臣がいないあの家で、俺はただの厄介者。優しくしてくれた老婆や他の使用人も、俺を庇うには限度があった。
それに正臣には当時、婚約者がいた。当然家柄は良く、名だたる資産家の娘だった。この女性がとにかく俺を嫌っていた。
幼い一喜を食わせる為、数々の仕打ちに耐えてきた俺だったが、子供にも危害が及ぶとなれば話は別だった。仕向けられた男に襲われるところを、一喜に見られたこともあった。幼いあの子の目には、酷く映ったことだろう。
「一喜が腹にいる時に正臣は出征してしまったから、あの子が父親に直接会ったことはないんだよ。でも当時、俺が正臣の家に居たことを気に入らない連中がいて、あの子に肩身の狭い思いをさせてしまっていた。それがそう見えてしまったんだろうな」
結局、正臣は帰って来なかった。俺が死んだ後に、一喜を養子に迎えたのなら、あの家で直系の子は望めなかったのだろう。その上、一喜はα。彼らは喉から手が出るほど、その血が欲しかったに違いない。
「今更だが……一喜にーちゃん達は母ちゃんが死んだことを知っとったわけだ。あの頃、母ちゃんにべったりだった儂に伝えれば、泣き喚いて大変だと咄嗟に嘘を吐いたんだろう。思えば当時、儂や皐月ねーちゃんが他の家の豆撒きを見て自分らもやりたいと駄々を捏ねたことが原因だ。仕事の忙しい合間を縫って、母ちゃんは儂らの為に鬼をやろうとしてくれたというのに……ごめんなぁ、母ちゃんっ」
俺の手を握り締めながら、陸郎は大きく頭を下げた。
たくさんの子宝に恵まれた俺だったが、彼らを養う為に毎日働き詰めだった。その為、肝心の子供達と触れ合う時間が削られていき、寂しい思いをさせてしまっていたことが気がかりだった。
皆の喜ぶ顔が見たくて、少しでも子供達が楽しんでくれればと、駄菓子屋で豆を買い、節分の豆撒きをやろうとした。紙で手製の鬼の仮面も作った。
結果、間抜けな死に方をしたのは事実だが、当時の俺はいつ過労死してもおかしくないと周りに言われるほど働き詰めだった。ほぼ気力だけで持っていたようなものだ。節分の日、近所の人間から不審者扱いをされて逃げたものの、刹那に「死ぬ」と感じたのだ。
少しでも休んでいれば、あのような末路にはならなかったのかもしれない。でも俺は、必死だった。子供達にひもじい思いをさせたくなかった。少しでも多く、勉強をさせてやりたかった。生まれてきて良かったと、そう思える人生を送らせてやりたかった。
全部、全部子供達のことを思っての行動だった。しかしそれも、引いては全部、俺自身が満足したいが為の行動だった。
「お前のせいじゃない、陸郎。私がお前達に何かをしてあげたかったんだ。豆撒きだって、俺が鬼をやりたくてやったんだよ」
だからお前が自分を責める理由は一つもないんだよ、と。そう伝えたかった。
しかし陸郎のこの謝罪は、もう一人の俺である圭介に対してでもあった。
「儂は曾祖父として、圭介に良くしてやれんかった。お前が母ちゃんの生まれ変わりと知ってから、それがよくわかったよ。酷い爺だった。昔より待遇が良くなったとはいえ、Ωはいまだに不遇だ。世間からの風当たりも強ければ、Ωというだけで周りから人が去っていく。高校でも、大学でも、友はできんかっただろう? それを母ちゃんを通して見とった儂が、最も知っとったというのに。儂が圭介を守る立場だったのに……本当に悪かったなぁ、圭介。ごめんなぁ」
「陸郎……」
俺は何も見えていなかった。陸郎は俺の子だが、もう俺の「子」ではなかった。
曾祖父である陸郎は俺が見据えるさらに先を、考えてくれていたのだ。
「頼む。お前には幸せになって欲しいんだ。それが息子としての想い、そして曾祖父としての願いだ。本当に心から愛した人と、一緒になっておくれ」
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