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生まれて初めての…
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すっかり自分の誕生日を忘れていた俺は、ようやく宗佑の行動の全てを理解した。
デートをしようと言ってスーツを買ってくれたのも、アクアリウムに連れていってくれたのも、高級料理をご馳走してくれたのも、部屋を取ってくれたのも、すべてが俺の誕生日を祝う為だった。
「俊介さん達から聞いていたんだ。圭介は毎年、自分の誕生日を忘れるから、きっと今年もそうだって。だから思い出させてあげてほしいって」
「それで……スーツを? それも靴まで合わせて……」
確かに、俺は元々自分自身の誕生日を忘れがちで、バース性診断後は祝われることすら避けていて、より関心がなくなっていた。それを思い出させてくれるだけならケーキ一つで充分なのに、宗佑からのプレゼントが豪華すぎて頭が全然追いつかない。いくら誕生日だからといって、これは些かやり過ぎではないか? それとも、宗佑は元より誰かを祝うことが好きなタイプなのだろうか?
もちろん、オーダーメイドのスーツには憧れがあった。しかしそれをわざわざ宗佑にねだった覚えはない。でも彼は、俺の願望に気づいていたらしい。
「色々と勝手にやったことだけれど、気に入ってもらえたかな?」
ずるいな。そんな聞き方。そう言われて気に入らないなどと、言えるわけがない。
俺は目に涙を溜めながら頷いた。
「うん……とっても嬉しい……!」
生まれたことを、ここまでして祝ってもらえる日が来るなんて。こんなに幸せだと思う日がくるなんて。
「夢みたいだ……」
一度は生まれてきたことが間違いだったと後悔した。生きる意味を見い出せず、勝手に将来に絶望し、この世から消えてしまいたいと思った。
しかし今、この瞬間、一度でもそう思ってしまったことが間違いだったと気づかされた。
「生まれてきてくれてありがとう。圭介」
「うん……ありがとう……ありがとう……宗佑!」
目元から零れそうになる涙を宗佑の親指で優しく拭われる。「ごめんね」と謝ると、「可愛い」と返された。一回り近くも離れているのだから、そう思われても仕方がない。この時はそう思ったが、宗佑は別の想いを抱いて俺のことを見ていたらしい。
宗佑は一旦席を離れると、この部屋の奥にある金庫の中から何かを取り出して再び戻ってきた。
何だろうとそれを見つめると、手の平サイズの四角いダークブラウンの箱を差し出された。
宗佑は重厚そうなその箱を、貝のようにパカッと開いた。その中には見慣れたある物が収められていた。
「チョーカー?」
黒い皮素材のベルトに、中央がプラチナの装飾で覆われた大きな一粒の宝石が収められている。その煌めきに吸い込まれるように感嘆の声が漏れつつも、高価そうなそれはいったい何なのかと宗佑に尋ねた。
「これは?」
「指輪と迷ったんだ。どちらの方が君は受け取りやすいだろうかって。でも、君ならこちらの方が喜んでくれると思ったんだ」
そしてテーブル上にある俺の手を取りながら、宗佑はまっすぐに見つめ返した。
「圭介。私と結婚してください」
「…………え?」
今、彼は何と言った?
俺は驚きつつも、もう一度チョーカーに視線を落とす。今まで本物を見たことがなかったから、虹色の煌めきを纏うこの石が何なのかわからなかった。これはダイヤモンドだ。
指輪と迷ったと宗佑は言った。ではこれは、プロポーズ? でも、番はまだ……
静かに混乱する俺に、宗佑は決して追い詰めるようなことはしなかった。普段と変わらない穏やかな口調で、俺に逃げ道を提示した。
「嫌なら断ってくれて構わない。それで追い出すようなことももちろんしない。仮に結婚を受け入れても、私と番にならなければならないわけじゃない。番は君の方からは解消ができないからね。だから番にはならずとも、結婚だけの形を結ぶことも可能だ」
確かにこの国のΩは相手が同性だろうがαと結婚ができる。でも俺達は、まだ出会って間もない身だ。お互いのことをようやく知りかけたくらいの関係なのに、どうしてプロポーズができるのだろう?
俺はあからさまに躊躇った。
「なんでそんな、俺に……? 宗佑みたいに素敵な人なら、別にうんといい人が……」
「君が私の、運命の人だと思っているからだ」
ドクン、と大きく胸が鳴った。
運命なんて、どうしてそれがわかる? 何をもって、この人はそう言い切るのだろう?
俺相手にそんなことを言ってはいけない。俺はきっと宗佑にふさわしくない。
今日の全部はもちろん、幸せで嬉しかった。楽しくて満たされた。しかし俺がこの胸に抱く気持ちはきっと、彼に告げることができない。そしてそんな想いのまま、彼と共になることはできない。
許されない。
「俺……っ」
どうしてこんなにいい人が、俺を受け入れてくれるのだろう? 俺と一緒になることを望んでくれるのだろう?
いけない。これは断らなければならない。ここまで良くしてもらって断るのはとても心苦しいけれど、こればかりは頷くわけにはいかない。それに俺は、この人の本当の姿にいまだ恐怖を抱いている。
「おれ、俺は……」
俺は俺を恨んだ。どうして恵の記憶が戻ってしまったのだろう、と。そうでなければ、純粋にこの人を慕うことができたかもしれないのに。
どうしてこの人は、正臣と同じ顔なのだろう? そうでなければ、俺はこの人と……この人と……!
「全てを受け入れなくていいんだよ」
それ以上は言葉が続かない俺に、宗佑は優しく、そして許すように言った。
心の声が届いているのだろうか? 俺は驚いて宗佑を見た。彼は緩やかに首を振った。
「私を受け入れる為に、何もかも全てを打ち明けようとしなくていい。私だって全てを君に話せているわけじゃない。隠し事の一つや二つくらいはあるさ。人は胸に何かを秘めたままでもいいんだ。それにこちらは子供も容易にできる身体じゃない。本当は狼で、いつかは愛想をつかされるかもしれない身だ。性格だってそんなに良くはない。こんな私を受け入れようなんて、たとえ百年が経とうとも難しいかもしれない」
こんなに素晴らしい人なのに、どうして自身を卑下するような言い方をするのか、理解ができない。俺は否定しようと口を開きかけた。
そして気づいた。ああ、違う。それは俺だ。俺が自分を下げるから、この人は対等でいようと自身を下げるのだ。
俺は愚かだ。この人にここまでさせてから気づくなど。これではあの従兄弟達に対して、何も言えないではないか。
しかしそうまでして宗佑は、俺をまっすぐに見つめてくれる。
「私は君がいい」
誠実で、優しくて、素晴らしい人。
宗佑の心からの告白に、俺はぎゅっと瞼を閉じる。
そして、ふーっと長い息を吐き出すと、俺も抱いていたある想いを告白することにした。
「俺……他に慕っている人がいるんだ」
瞼を開けながらそう言うと、宗佑は残念そうに「そうか」と苦笑した。俺はすぐに「でもね」と続けた。
「その人は亡くなった。もうこの世にはいないんだ。そして俺は、その人を一生忘れることができないと思う。彼を好きだと想う気持ちに、最近やっと気づいたんだ」
もう巻き戻すことはできない。後悔しても、あの人の名前はもう呼べない。あの人の温もりを感じることはできない。
あの人はいない。綺麗な思い出を残したまま、俺の中で永遠に眠り続ける。
「それなのに、宗佑と過ごしていくうちに、俺は貴方と一緒にいたいと思うようになった。はじめは頭がごちゃごちゃで、わからなかったけれど……今、ようやくわかったんだ」
身体の関係から始まって、子供を作ると決意して、この人の為に尽くそうとして、自分をごまかそうとしていた。
いや、違う。きっと最初から、俺はこの人に惹かれていた。
正臣が好きだったから、それと混同していたのだ。
「俺は今、宗佑が好きだ」
正臣が嫌いになったわけではない。今後も忘れることはないし、忘れることもできない。
宗佑の本当の姿もまだまだ怖いし、この先一生怖いままかもしれない。人型のこの人しか受け入れられないかもしれない。
ごめん、正臣。俺は……圭介は宗佑が好きだ。
俺は宗佑の手を握り返し、もう片方で差し出されるチョーカーに触れた。
「過去の彼も、きっと想い続ける。でもこんな俺で良ければ……一緒になってください」
デートをしようと言ってスーツを買ってくれたのも、アクアリウムに連れていってくれたのも、高級料理をご馳走してくれたのも、部屋を取ってくれたのも、すべてが俺の誕生日を祝う為だった。
「俊介さん達から聞いていたんだ。圭介は毎年、自分の誕生日を忘れるから、きっと今年もそうだって。だから思い出させてあげてほしいって」
「それで……スーツを? それも靴まで合わせて……」
確かに、俺は元々自分自身の誕生日を忘れがちで、バース性診断後は祝われることすら避けていて、より関心がなくなっていた。それを思い出させてくれるだけならケーキ一つで充分なのに、宗佑からのプレゼントが豪華すぎて頭が全然追いつかない。いくら誕生日だからといって、これは些かやり過ぎではないか? それとも、宗佑は元より誰かを祝うことが好きなタイプなのだろうか?
もちろん、オーダーメイドのスーツには憧れがあった。しかしそれをわざわざ宗佑にねだった覚えはない。でも彼は、俺の願望に気づいていたらしい。
「色々と勝手にやったことだけれど、気に入ってもらえたかな?」
ずるいな。そんな聞き方。そう言われて気に入らないなどと、言えるわけがない。
俺は目に涙を溜めながら頷いた。
「うん……とっても嬉しい……!」
生まれたことを、ここまでして祝ってもらえる日が来るなんて。こんなに幸せだと思う日がくるなんて。
「夢みたいだ……」
一度は生まれてきたことが間違いだったと後悔した。生きる意味を見い出せず、勝手に将来に絶望し、この世から消えてしまいたいと思った。
しかし今、この瞬間、一度でもそう思ってしまったことが間違いだったと気づかされた。
「生まれてきてくれてありがとう。圭介」
「うん……ありがとう……ありがとう……宗佑!」
目元から零れそうになる涙を宗佑の親指で優しく拭われる。「ごめんね」と謝ると、「可愛い」と返された。一回り近くも離れているのだから、そう思われても仕方がない。この時はそう思ったが、宗佑は別の想いを抱いて俺のことを見ていたらしい。
宗佑は一旦席を離れると、この部屋の奥にある金庫の中から何かを取り出して再び戻ってきた。
何だろうとそれを見つめると、手の平サイズの四角いダークブラウンの箱を差し出された。
宗佑は重厚そうなその箱を、貝のようにパカッと開いた。その中には見慣れたある物が収められていた。
「チョーカー?」
黒い皮素材のベルトに、中央がプラチナの装飾で覆われた大きな一粒の宝石が収められている。その煌めきに吸い込まれるように感嘆の声が漏れつつも、高価そうなそれはいったい何なのかと宗佑に尋ねた。
「これは?」
「指輪と迷ったんだ。どちらの方が君は受け取りやすいだろうかって。でも、君ならこちらの方が喜んでくれると思ったんだ」
そしてテーブル上にある俺の手を取りながら、宗佑はまっすぐに見つめ返した。
「圭介。私と結婚してください」
「…………え?」
今、彼は何と言った?
俺は驚きつつも、もう一度チョーカーに視線を落とす。今まで本物を見たことがなかったから、虹色の煌めきを纏うこの石が何なのかわからなかった。これはダイヤモンドだ。
指輪と迷ったと宗佑は言った。ではこれは、プロポーズ? でも、番はまだ……
静かに混乱する俺に、宗佑は決して追い詰めるようなことはしなかった。普段と変わらない穏やかな口調で、俺に逃げ道を提示した。
「嫌なら断ってくれて構わない。それで追い出すようなことももちろんしない。仮に結婚を受け入れても、私と番にならなければならないわけじゃない。番は君の方からは解消ができないからね。だから番にはならずとも、結婚だけの形を結ぶことも可能だ」
確かにこの国のΩは相手が同性だろうがαと結婚ができる。でも俺達は、まだ出会って間もない身だ。お互いのことをようやく知りかけたくらいの関係なのに、どうしてプロポーズができるのだろう?
俺はあからさまに躊躇った。
「なんでそんな、俺に……? 宗佑みたいに素敵な人なら、別にうんといい人が……」
「君が私の、運命の人だと思っているからだ」
ドクン、と大きく胸が鳴った。
運命なんて、どうしてそれがわかる? 何をもって、この人はそう言い切るのだろう?
俺相手にそんなことを言ってはいけない。俺はきっと宗佑にふさわしくない。
今日の全部はもちろん、幸せで嬉しかった。楽しくて満たされた。しかし俺がこの胸に抱く気持ちはきっと、彼に告げることができない。そしてそんな想いのまま、彼と共になることはできない。
許されない。
「俺……っ」
どうしてこんなにいい人が、俺を受け入れてくれるのだろう? 俺と一緒になることを望んでくれるのだろう?
いけない。これは断らなければならない。ここまで良くしてもらって断るのはとても心苦しいけれど、こればかりは頷くわけにはいかない。それに俺は、この人の本当の姿にいまだ恐怖を抱いている。
「おれ、俺は……」
俺は俺を恨んだ。どうして恵の記憶が戻ってしまったのだろう、と。そうでなければ、純粋にこの人を慕うことができたかもしれないのに。
どうしてこの人は、正臣と同じ顔なのだろう? そうでなければ、俺はこの人と……この人と……!
「全てを受け入れなくていいんだよ」
それ以上は言葉が続かない俺に、宗佑は優しく、そして許すように言った。
心の声が届いているのだろうか? 俺は驚いて宗佑を見た。彼は緩やかに首を振った。
「私を受け入れる為に、何もかも全てを打ち明けようとしなくていい。私だって全てを君に話せているわけじゃない。隠し事の一つや二つくらいはあるさ。人は胸に何かを秘めたままでもいいんだ。それにこちらは子供も容易にできる身体じゃない。本当は狼で、いつかは愛想をつかされるかもしれない身だ。性格だってそんなに良くはない。こんな私を受け入れようなんて、たとえ百年が経とうとも難しいかもしれない」
こんなに素晴らしい人なのに、どうして自身を卑下するような言い方をするのか、理解ができない。俺は否定しようと口を開きかけた。
そして気づいた。ああ、違う。それは俺だ。俺が自分を下げるから、この人は対等でいようと自身を下げるのだ。
俺は愚かだ。この人にここまでさせてから気づくなど。これではあの従兄弟達に対して、何も言えないではないか。
しかしそうまでして宗佑は、俺をまっすぐに見つめてくれる。
「私は君がいい」
誠実で、優しくて、素晴らしい人。
宗佑の心からの告白に、俺はぎゅっと瞼を閉じる。
そして、ふーっと長い息を吐き出すと、俺も抱いていたある想いを告白することにした。
「俺……他に慕っている人がいるんだ」
瞼を開けながらそう言うと、宗佑は残念そうに「そうか」と苦笑した。俺はすぐに「でもね」と続けた。
「その人は亡くなった。もうこの世にはいないんだ。そして俺は、その人を一生忘れることができないと思う。彼を好きだと想う気持ちに、最近やっと気づいたんだ」
もう巻き戻すことはできない。後悔しても、あの人の名前はもう呼べない。あの人の温もりを感じることはできない。
あの人はいない。綺麗な思い出を残したまま、俺の中で永遠に眠り続ける。
「それなのに、宗佑と過ごしていくうちに、俺は貴方と一緒にいたいと思うようになった。はじめは頭がごちゃごちゃで、わからなかったけれど……今、ようやくわかったんだ」
身体の関係から始まって、子供を作ると決意して、この人の為に尽くそうとして、自分をごまかそうとしていた。
いや、違う。きっと最初から、俺はこの人に惹かれていた。
正臣が好きだったから、それと混同していたのだ。
「俺は今、宗佑が好きだ」
正臣が嫌いになったわけではない。今後も忘れることはないし、忘れることもできない。
宗佑の本当の姿もまだまだ怖いし、この先一生怖いままかもしれない。人型のこの人しか受け入れられないかもしれない。
ごめん、正臣。俺は……圭介は宗佑が好きだ。
俺は宗佑の手を握り返し、もう片方で差し出されるチョーカーに触れた。
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