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生まれて初めての…
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それから、百貨店を出て宗佑に連れていかれた先は、タクシーですぐの有名な高級ホテルだった。いくら世間に疎い俺でもホテルの名前くらいは知っていた。何故なら恵の記憶の中にもある、一世紀の歴史を持ち今では全国的に展開している老舗ホテルだったからだ。
その外観を目にするだけでガチガチに固まる俺を、宗佑は半ば引き摺るように動かしてくれた。本当にこんな場所で食事を? それよりΩの俺が入っていいのか? そう思いつつも、宗佑と一緒に大きな回転扉を潜り抜けると、そこは別世界。まるでお伽噺に出てくるお城の中のようだった。素敵という言葉では括りきれない。壁紙、絵画、絨毯など、見渡す限りどれを取っても精巧な一級品ばかりだ。
途端、ホームシックになる俺を他所に、宗佑に近づいたホテルスタッフさんが頭を下げると、「どうぞ」と広いエレベーターホールの下まで案内してくれた。
道中、上流階級の人間しか立ち入ることができないようなラウンジで、宗佑以外の獣人が会食する姿をちらほらと目にした。これほどの獣人αが密集する様など、そうそうない。やはり俺は、場違いが過ぎるのではないだろうか。
しかし身なりだけは一級品に包まれているおかげか、ホテル側の人間もすんなりと俺を受け入れてくれている。宗佑が俺にスーツを仕立ててくれたお陰だ。
到着したエレベーターに乗り込むと、その内装もまた豪奢だった。まるで箱型の絵画を見ているようで、途端両目が賑やかになった。そんな俺を、宗佑が微笑ましそうに見つめていたことに気づいたのは、エレベーターが目的の階に到着した頃だった。
そしてスタッフさんに案内されるがまま向かったのは、扉が一枚しかない部屋だった。おそらくここが食事場所なのだろう。中は一風変わった造りのレストランだった。
室内はとても広く、ロビー同様豪華なのは変わらない。だがそこに俺達以外の客がいる様子はない。個室にしてはやけに広い。テレビやソファが配置され、広い客室のような構造だと感じた。
大きな窓の近くにあるテーブル席へ案内されると、互いに向き合う形で着席する。高級料理店は自ら椅子を引く必要がないことを今日初めて知った。
すぐ隣の夜景が眩く、それだけでロマンチック。すでにカトラリーはテーブル上にセットされており、呑気な俺は今時のレストランは個室への気合が違うのだな……などと、思っていた。本当に俺は世間知らずだったのだ。
その後、こちらが注文することなく提供された料理は見るからに高級そうなもので、宗佑にテーブルマナーを教えてもらいながら、俺は一品一品を余すことなく完食した。高級な料理は食べる食材からではなく、器からこだわるものらしい。目で楽しみ、鼻で楽しみ、口の中で楽しむ。五感を最大限に刺激され、腹が膨れた頃にはアトラクションを乗り終わった時のような高揚感を覚えた。
ナプキンで口元を拭きつつ、俺は宗佑に言った。
「美味しかった~! ごちそうさまでした!」
「満足してもらえたかな?」
満足どころじゃない。大満足だ。俺は興奮気味に宗佑へ頷いた。
「こんなに美味しいパスタ、初めてだった! サラダもお肉もデザートも! 俺、鹿肉のローストなんて初めて食べたよ!」
デザートを食べ終えた後、空の皿は片付けられて食後のコーヒーが出された。それが最後と、スタッフさんは頭を下げて部屋から出ていった。このコーヒーも美味しいけれど、俺は宗佑が淹れてくれるコーヒーの方が好きだ。すっかり舌が肥えてしまった。
変わらず、この部屋で俺達以外に飲食をする客はいない。飛び入りでこの個室を取るのに、宗佑はいったいどれだけの大枚を叩いたのだろう。きっと俺がΩだから、ホテル側からそうするように言われたに違いない。
申し訳なさが顔に出ていたのか、宗佑はコーヒーカップを手に取りながら、この部屋を取った理由を明かした。
「ここの経営者と知り合いなんだ。そのお陰で優遇される利点はある。圭介がΩだから、という理由じゃないよ」
「そうなの?」
宗佑の本業が経営コンサルトだからか。人脈の広さが覗える。友達すらいない俺とは大違いだ。
「そういえば、今何時だろう? 俺がゆっくり食べていたから、遅くさせちゃったな……」
とっぷりと暮れた外の様子を窓から眺め、俺は帰り支度をしようとナプキンをテーブルに置いた。すると宗佑が、その必要はないと俺を引き止める。
「大丈夫。今夜はここに泊まるから」
「え?」
「この奥にベッドルームがある。バスルームはこの反対側だから好きに使いなさい。洗面台はバスルームの中にあって……」
「えっ、ここ!? この部屋!? 嘘!?」
思わず、宗佑の説明を遮ってしまった。でも仕方がない。まさかここが、客室とは思わなかったのだ。確かに客室のようだとは思っていたけれど……まさか、本当に客室を取って食事をしていたとは!
俺が立ち上がって驚くと、宗佑はぽかんと俺を見上げた。
「そんなに驚くこと?」
「だってこんなに広い部屋っ……ま、まさか、俺が洋食って言ったから? 和食だったらわざわざ客室なんて取らずに……」
「違うよ。圭介。落ち着いて」
「だって……!」
俺が無理を言った? 何気なく洋食が食べたいと言っただけなのに、それだけで宗佑がこんなに立派な部屋を取るなど思いもしない。俺相手なら食事はチェーンのファミリーレストランでも充分なのに。
家族でもない、番でもない、ただ居候をしているだけの俺の為に、この人はどうしてそこまでするのだろう。
金銭感覚がおかしくなりそうなこの状況に、宗佑は俺の手を引きながらゆっくりと着席するよう促した。おずおずと椅子に座ると、宗佑は俺の手を握りながら、「ごめんね」と謝った。
「実はあの時、君が洋食を選ぶことは予測できていたんだ。形だけでも一応、聞いたけれど……それに、たとえ中華や和食を選んだとしても、最終的にはここへ連れてくるつもりだったんだよ」
「そんな、どうして……」
「誕生日、おめでとう。圭介」
一瞬、俺は何を言われたのかわからず、宗佑に向かってパチパチと瞬きをする。そしてもう一度、言われた言葉を頭の中で繰り返すと、ようやくその意味に気づかされた。
「俺、の?」
俺の誕生日って確か、十一月の……え、今日なのか!?
その外観を目にするだけでガチガチに固まる俺を、宗佑は半ば引き摺るように動かしてくれた。本当にこんな場所で食事を? それよりΩの俺が入っていいのか? そう思いつつも、宗佑と一緒に大きな回転扉を潜り抜けると、そこは別世界。まるでお伽噺に出てくるお城の中のようだった。素敵という言葉では括りきれない。壁紙、絵画、絨毯など、見渡す限りどれを取っても精巧な一級品ばかりだ。
途端、ホームシックになる俺を他所に、宗佑に近づいたホテルスタッフさんが頭を下げると、「どうぞ」と広いエレベーターホールの下まで案内してくれた。
道中、上流階級の人間しか立ち入ることができないようなラウンジで、宗佑以外の獣人が会食する姿をちらほらと目にした。これほどの獣人αが密集する様など、そうそうない。やはり俺は、場違いが過ぎるのではないだろうか。
しかし身なりだけは一級品に包まれているおかげか、ホテル側の人間もすんなりと俺を受け入れてくれている。宗佑が俺にスーツを仕立ててくれたお陰だ。
到着したエレベーターに乗り込むと、その内装もまた豪奢だった。まるで箱型の絵画を見ているようで、途端両目が賑やかになった。そんな俺を、宗佑が微笑ましそうに見つめていたことに気づいたのは、エレベーターが目的の階に到着した頃だった。
そしてスタッフさんに案内されるがまま向かったのは、扉が一枚しかない部屋だった。おそらくここが食事場所なのだろう。中は一風変わった造りのレストランだった。
室内はとても広く、ロビー同様豪華なのは変わらない。だがそこに俺達以外の客がいる様子はない。個室にしてはやけに広い。テレビやソファが配置され、広い客室のような構造だと感じた。
大きな窓の近くにあるテーブル席へ案内されると、互いに向き合う形で着席する。高級料理店は自ら椅子を引く必要がないことを今日初めて知った。
すぐ隣の夜景が眩く、それだけでロマンチック。すでにカトラリーはテーブル上にセットされており、呑気な俺は今時のレストランは個室への気合が違うのだな……などと、思っていた。本当に俺は世間知らずだったのだ。
その後、こちらが注文することなく提供された料理は見るからに高級そうなもので、宗佑にテーブルマナーを教えてもらいながら、俺は一品一品を余すことなく完食した。高級な料理は食べる食材からではなく、器からこだわるものらしい。目で楽しみ、鼻で楽しみ、口の中で楽しむ。五感を最大限に刺激され、腹が膨れた頃にはアトラクションを乗り終わった時のような高揚感を覚えた。
ナプキンで口元を拭きつつ、俺は宗佑に言った。
「美味しかった~! ごちそうさまでした!」
「満足してもらえたかな?」
満足どころじゃない。大満足だ。俺は興奮気味に宗佑へ頷いた。
「こんなに美味しいパスタ、初めてだった! サラダもお肉もデザートも! 俺、鹿肉のローストなんて初めて食べたよ!」
デザートを食べ終えた後、空の皿は片付けられて食後のコーヒーが出された。それが最後と、スタッフさんは頭を下げて部屋から出ていった。このコーヒーも美味しいけれど、俺は宗佑が淹れてくれるコーヒーの方が好きだ。すっかり舌が肥えてしまった。
変わらず、この部屋で俺達以外に飲食をする客はいない。飛び入りでこの個室を取るのに、宗佑はいったいどれだけの大枚を叩いたのだろう。きっと俺がΩだから、ホテル側からそうするように言われたに違いない。
申し訳なさが顔に出ていたのか、宗佑はコーヒーカップを手に取りながら、この部屋を取った理由を明かした。
「ここの経営者と知り合いなんだ。そのお陰で優遇される利点はある。圭介がΩだから、という理由じゃないよ」
「そうなの?」
宗佑の本業が経営コンサルトだからか。人脈の広さが覗える。友達すらいない俺とは大違いだ。
「そういえば、今何時だろう? 俺がゆっくり食べていたから、遅くさせちゃったな……」
とっぷりと暮れた外の様子を窓から眺め、俺は帰り支度をしようとナプキンをテーブルに置いた。すると宗佑が、その必要はないと俺を引き止める。
「大丈夫。今夜はここに泊まるから」
「え?」
「この奥にベッドルームがある。バスルームはこの反対側だから好きに使いなさい。洗面台はバスルームの中にあって……」
「えっ、ここ!? この部屋!? 嘘!?」
思わず、宗佑の説明を遮ってしまった。でも仕方がない。まさかここが、客室とは思わなかったのだ。確かに客室のようだとは思っていたけれど……まさか、本当に客室を取って食事をしていたとは!
俺が立ち上がって驚くと、宗佑はぽかんと俺を見上げた。
「そんなに驚くこと?」
「だってこんなに広い部屋っ……ま、まさか、俺が洋食って言ったから? 和食だったらわざわざ客室なんて取らずに……」
「違うよ。圭介。落ち着いて」
「だって……!」
俺が無理を言った? 何気なく洋食が食べたいと言っただけなのに、それだけで宗佑がこんなに立派な部屋を取るなど思いもしない。俺相手なら食事はチェーンのファミリーレストランでも充分なのに。
家族でもない、番でもない、ただ居候をしているだけの俺の為に、この人はどうしてそこまでするのだろう。
金銭感覚がおかしくなりそうなこの状況に、宗佑は俺の手を引きながらゆっくりと着席するよう促した。おずおずと椅子に座ると、宗佑は俺の手を握りながら、「ごめんね」と謝った。
「実はあの時、君が洋食を選ぶことは予測できていたんだ。形だけでも一応、聞いたけれど……それに、たとえ中華や和食を選んだとしても、最終的にはここへ連れてくるつもりだったんだよ」
「そんな、どうして……」
「誕生日、おめでとう。圭介」
一瞬、俺は何を言われたのかわからず、宗佑に向かってパチパチと瞬きをする。そしてもう一度、言われた言葉を頭の中で繰り返すと、ようやくその意味に気づかされた。
「俺、の?」
俺の誕生日って確か、十一月の……え、今日なのか!?
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