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生まれて初めての…
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それでも、Ωの俺がこの家の中を闊歩していることを善治以上に快く思わない連中がいる。そして俺が本家に顔を出したくない理由の最たるものが……
「げっ! なんでΩがここにいるんだよ」
「お前、新家だろ。本家に何の用だよ」
従兄弟。父の兄、純平の息子二人だ。
そもそも陸郎はただの商人だった。若くもがむしゃらに働く中、ここの大地主の男に気に入られ、その娘と結婚した。婿入りではないが、結果的に田井中の姓のまま娘の家に入ることになったのだ。マンションを買う! と、簡単に言えるほど金があるのは、つまりはそういうことだ。そしてやはり金は揉める元だとつくづく思う。
元から新家の俺を見下していた従兄弟は、俺がΩだと知るや否や、表立って馬鹿にするようになった。Ωだから弱いのだとか、Ωだから頭が悪いのだとか、Ωだからとろいのだとか。俺より三つも四つも歳上の癖に、悪口の内容がまんま子供のそれだ。もうちょい頭を捻った文句が言えないものか。
また陸郎の危篤の時、急いで本家に駆けつけるも、Ωが本家の敷居を跨ぐなど恥だ、裏口から入れと罵倒された。確かに、首にチョーカーをつける俺が本家を出入りすれば、近所の人間から噂されるわけだから隠したいという気持ちもわからなくはない。だから今日も気を遣って、裏口からササッと入ったわけだが。はあ。こうなると、しばらく俺いびりが止まらないな。
「そもそも、お前はもう田井中の人間じゃねえ。他所に売られたんだろ? 誰の許可を取って家の中に入ってんだよ。通報するぞ、コラ」
「ちょっと曾祖父ちゃんに気に入られたからって、調子に乗んなよ。クソΩが」
とにもかくにも俺が気に入らないらしい。そこに明確な理由はない。二人は俺の前に立ちはだかり、見下ろしながら汚い言葉を浴びせた。ひょろい癖に、背だけは俺より高いものだから、それだけで悦に入れるのだろう。俺と比べて威張れる点など、年齢と身長だけだろうに。
それにこの二人は俺が恵の生まれ変わりという話を信じていない。俺が陸郎に気に入られたいが為の嘘だといまだに思っている。信じたくない人間に信じろと強いるつもりはないが、かつての俺でないことにはそろそろ気づけと言いたい。
「おい、聞いてんのか! コラァ!」
「Ωが俺達を無視していいと思ってんのかぁ!」
口調がまるでチンピラのそれだ。早く帰れと言う割に、いちいち絡んでくるとは……実は好きなのか?
全く内容を聞いていなかった俺は、右耳に小指を突っ込みながら「はいはい、そーですね」と適当に返した。それが癪に障ったらしい。兄の方が俺の胸倉を掴み上げながら、巻き舌つきで唾を飛ばした。
「んだよ、その態度はぁ! 恵の生まれ変わりだぁ? ざけんじゃねえよ! 口だけなら俺でも恵になれるわ! 能なしΩの癖にふざけてんじゃねえ!」
「……っ、やめ……」
突然のことに対処ができず、俺はその場で鞄を落としてしまった。思いの外、激昂する従兄弟はそのまま拳を振り上げる。
あ、殴られる……そう思った時にはもう遅い。こんな時の為にも、護身術くらいは習っておいてもよかったのかもしれない。抵抗もできず、ぎゅっと目を瞑った。
でも、降ってきたのは拳ではなく叫び声だった。
「いってえええ!!」
恐る恐る瞼を開けると、そこには苦悶の表情を浮かべる従兄弟が、振り上げようとした腕を後ろに捻り上げらている姿だった。兄の半歩後ろで俺を罵っていた弟の方は、目を皿のようにさせて硬直していた。
そして俺もまた、大きく目を見開いた。
「宗、佑?」
従兄弟の腕を捻り上げている人物が、今の俺がお世話になっている人物……宗佑だったからだ。
「え……え? なんで? 何で宗佑がここに!?」
驚愕しながら宗佑を見上げると、当の彼は従兄弟達に向けて淡々と言い訳を口にした。
「軽々しく田井中本家の敷居を跨いでしまい申し訳ない。だが、あまりにも聞き捨てならない台詞を耳にしたものだから、つい手が出てしまった」
確かに出ている。ついとは思えないほど成人男性の腕を軽々と、しかしガッチリと後ろに回して締め上げている。それも片手で。余裕そうに。
対して従兄弟……兄の方はといえば、締め上げられる苦痛に耐えながらも、必死に首を振り向かせた。
「なんだ、てめえ……! げっ! α!!?」
おお、さすがの馬鹿……じゃない、従兄弟よ。お前も気づいたか。宗佑の頭上にある獣の耳に。
自分を拘束する相手がαであるとわかった途端、従兄弟達の顔からサアッと血の気が引いていった。弟の方に至ってはやや後退し始めている。
過去に何かがあったのだろうか? Ωの俺相手には強く出られる二人だが、α相手には何も言えないらしい。まるでスマホのバイブ機能のようにガタガタと震え始めた。
そんな様子の彼らなど気にもならないのか、宗佑は俺に視線をやると、心配そうに尋ねた。
「圭介、大丈夫か?」
「う、うん。大丈夫……です」
コクコクと頷くと、柔らかい笑みを浮かべてくれた。
まさにグッドタイミング。助けてもらったのはありがたいが……いやいや、それよりどうしてこの家に? ここは実家じゃなく、田井中の本家だぞ?
「は、放しっ……放してやってくださいぃっ」
俺がぐるぐると混乱する中、弟の方が自分の兄に指を差しつつも解放するよう宗佑に懇願する。
「ああ、すまない。すぐに放そう」
さっきまでの威勢はどうしたと言うのだ。αに対してこんなに怯えるなど、お前達にいったい何があったのか……と聞いてみたいのを抑えつつ宗佑を見ると、彼は悪びれた様子もなく、「すまない」と謝りながらも従兄弟の腕をさらに捻り上げた。
「いだだだぁっ!?」
「ん? 逆だったか? すまない、すまない」
あれぇ? 間違っちゃった♪ あっはは~! ……みたいに爽やかに笑っているけれど、宗佑の目の奥が全く笑っていない。まさか怒っているのか? サディスト気味なのは薄々気づいていたけれど、そんなに冷たい目をして笑う人だったとは。
怯える従兄弟が少しだけ不憫になってきたところで、宗佑は緩やかに手を放し、彼を一旦解放した。
「下ろしてあげるつもりが逆方向に捻っていたようだ……が、大丈夫だろう。君達は能なしのΩではないのだしね」
そしてドン! と。泣きべそをかく従兄弟の胸倉を掴むと、壁へと思い切り背を叩きつけた。
「そういうことだろう? なあ……β」
「ヒィッ! すみませんでしたぁっ!!」
目の奥が冷えたまま、口元だけは笑みを作りつつ囁いた台詞に、それ以上は何も言えないようだった。従兄弟が今にも失禁しかねない様子で宗佑に対し、ペコペコと頭を下げまくる。まるで壊れた玩具のようだ。
そして今度こそ従兄弟を解放すると、二人は揃って逃げ出した。宗佑は「情けないな」と呟きつつ、すぐに俺の方へと向き直った。
しゅんと耳を下へと垂らして。
「すまない、圭介。酷いことを言った」
「えっ?」
酷いこととは? 俺は首を傾げるも、さっきの台詞を思い出しプッと吹き出した。
「ふふっ。大丈夫。わかっていますから」
これだけ想われながら罵られる台詞もなかなかない。能なしのΩ。なんて素敵な響きなのだろう。
「ありがとう、宗佑」
うん。やっぱり俺は恵まれたΩだよ。
「げっ! なんでΩがここにいるんだよ」
「お前、新家だろ。本家に何の用だよ」
従兄弟。父の兄、純平の息子二人だ。
そもそも陸郎はただの商人だった。若くもがむしゃらに働く中、ここの大地主の男に気に入られ、その娘と結婚した。婿入りではないが、結果的に田井中の姓のまま娘の家に入ることになったのだ。マンションを買う! と、簡単に言えるほど金があるのは、つまりはそういうことだ。そしてやはり金は揉める元だとつくづく思う。
元から新家の俺を見下していた従兄弟は、俺がΩだと知るや否や、表立って馬鹿にするようになった。Ωだから弱いのだとか、Ωだから頭が悪いのだとか、Ωだからとろいのだとか。俺より三つも四つも歳上の癖に、悪口の内容がまんま子供のそれだ。もうちょい頭を捻った文句が言えないものか。
また陸郎の危篤の時、急いで本家に駆けつけるも、Ωが本家の敷居を跨ぐなど恥だ、裏口から入れと罵倒された。確かに、首にチョーカーをつける俺が本家を出入りすれば、近所の人間から噂されるわけだから隠したいという気持ちもわからなくはない。だから今日も気を遣って、裏口からササッと入ったわけだが。はあ。こうなると、しばらく俺いびりが止まらないな。
「そもそも、お前はもう田井中の人間じゃねえ。他所に売られたんだろ? 誰の許可を取って家の中に入ってんだよ。通報するぞ、コラ」
「ちょっと曾祖父ちゃんに気に入られたからって、調子に乗んなよ。クソΩが」
とにもかくにも俺が気に入らないらしい。そこに明確な理由はない。二人は俺の前に立ちはだかり、見下ろしながら汚い言葉を浴びせた。ひょろい癖に、背だけは俺より高いものだから、それだけで悦に入れるのだろう。俺と比べて威張れる点など、年齢と身長だけだろうに。
それにこの二人は俺が恵の生まれ変わりという話を信じていない。俺が陸郎に気に入られたいが為の嘘だといまだに思っている。信じたくない人間に信じろと強いるつもりはないが、かつての俺でないことにはそろそろ気づけと言いたい。
「おい、聞いてんのか! コラァ!」
「Ωが俺達を無視していいと思ってんのかぁ!」
口調がまるでチンピラのそれだ。早く帰れと言う割に、いちいち絡んでくるとは……実は好きなのか?
全く内容を聞いていなかった俺は、右耳に小指を突っ込みながら「はいはい、そーですね」と適当に返した。それが癪に障ったらしい。兄の方が俺の胸倉を掴み上げながら、巻き舌つきで唾を飛ばした。
「んだよ、その態度はぁ! 恵の生まれ変わりだぁ? ざけんじゃねえよ! 口だけなら俺でも恵になれるわ! 能なしΩの癖にふざけてんじゃねえ!」
「……っ、やめ……」
突然のことに対処ができず、俺はその場で鞄を落としてしまった。思いの外、激昂する従兄弟はそのまま拳を振り上げる。
あ、殴られる……そう思った時にはもう遅い。こんな時の為にも、護身術くらいは習っておいてもよかったのかもしれない。抵抗もできず、ぎゅっと目を瞑った。
でも、降ってきたのは拳ではなく叫び声だった。
「いってえええ!!」
恐る恐る瞼を開けると、そこには苦悶の表情を浮かべる従兄弟が、振り上げようとした腕を後ろに捻り上げらている姿だった。兄の半歩後ろで俺を罵っていた弟の方は、目を皿のようにさせて硬直していた。
そして俺もまた、大きく目を見開いた。
「宗、佑?」
従兄弟の腕を捻り上げている人物が、今の俺がお世話になっている人物……宗佑だったからだ。
「え……え? なんで? 何で宗佑がここに!?」
驚愕しながら宗佑を見上げると、当の彼は従兄弟達に向けて淡々と言い訳を口にした。
「軽々しく田井中本家の敷居を跨いでしまい申し訳ない。だが、あまりにも聞き捨てならない台詞を耳にしたものだから、つい手が出てしまった」
確かに出ている。ついとは思えないほど成人男性の腕を軽々と、しかしガッチリと後ろに回して締め上げている。それも片手で。余裕そうに。
対して従兄弟……兄の方はといえば、締め上げられる苦痛に耐えながらも、必死に首を振り向かせた。
「なんだ、てめえ……! げっ! α!!?」
おお、さすがの馬鹿……じゃない、従兄弟よ。お前も気づいたか。宗佑の頭上にある獣の耳に。
自分を拘束する相手がαであるとわかった途端、従兄弟達の顔からサアッと血の気が引いていった。弟の方に至ってはやや後退し始めている。
過去に何かがあったのだろうか? Ωの俺相手には強く出られる二人だが、α相手には何も言えないらしい。まるでスマホのバイブ機能のようにガタガタと震え始めた。
そんな様子の彼らなど気にもならないのか、宗佑は俺に視線をやると、心配そうに尋ねた。
「圭介、大丈夫か?」
「う、うん。大丈夫……です」
コクコクと頷くと、柔らかい笑みを浮かべてくれた。
まさにグッドタイミング。助けてもらったのはありがたいが……いやいや、それよりどうしてこの家に? ここは実家じゃなく、田井中の本家だぞ?
「は、放しっ……放してやってくださいぃっ」
俺がぐるぐると混乱する中、弟の方が自分の兄に指を差しつつも解放するよう宗佑に懇願する。
「ああ、すまない。すぐに放そう」
さっきまでの威勢はどうしたと言うのだ。αに対してこんなに怯えるなど、お前達にいったい何があったのか……と聞いてみたいのを抑えつつ宗佑を見ると、彼は悪びれた様子もなく、「すまない」と謝りながらも従兄弟の腕をさらに捻り上げた。
「いだだだぁっ!?」
「ん? 逆だったか? すまない、すまない」
あれぇ? 間違っちゃった♪ あっはは~! ……みたいに爽やかに笑っているけれど、宗佑の目の奥が全く笑っていない。まさか怒っているのか? サディスト気味なのは薄々気づいていたけれど、そんなに冷たい目をして笑う人だったとは。
怯える従兄弟が少しだけ不憫になってきたところで、宗佑は緩やかに手を放し、彼を一旦解放した。
「下ろしてあげるつもりが逆方向に捻っていたようだ……が、大丈夫だろう。君達は能なしのΩではないのだしね」
そしてドン! と。泣きべそをかく従兄弟の胸倉を掴むと、壁へと思い切り背を叩きつけた。
「そういうことだろう? なあ……β」
「ヒィッ! すみませんでしたぁっ!!」
目の奥が冷えたまま、口元だけは笑みを作りつつ囁いた台詞に、それ以上は何も言えないようだった。従兄弟が今にも失禁しかねない様子で宗佑に対し、ペコペコと頭を下げまくる。まるで壊れた玩具のようだ。
そして今度こそ従兄弟を解放すると、二人は揃って逃げ出した。宗佑は「情けないな」と呟きつつ、すぐに俺の方へと向き直った。
しゅんと耳を下へと垂らして。
「すまない、圭介。酷いことを言った」
「えっ?」
酷いこととは? 俺は首を傾げるも、さっきの台詞を思い出しプッと吹き出した。
「ふふっ。大丈夫。わかっていますから」
これだけ想われながら罵られる台詞もなかなかない。能なしのΩ。なんて素敵な響きなのだろう。
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うん。やっぱり俺は恵まれたΩだよ。
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