【完結】生まれ変わってもΩの俺は二度目の人生でキセキを起こす!

天白

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レッツ! 妊活!

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 ――――…


「ほんとだ。妊娠していない……」

 両手でスティック状の妊娠検査薬を持ちながら、判定窓を見つめる俺は感心した口振りで呟いた。

 こんなことってあるのか。発情期の五日間をかけてαの里中さんとズッコンバッコンのゴム無しセックスをしたΩの俺だけど、市販のそれは陰性を表していた。念の為、初めての発情期から一ヶ月以上を空けて検査薬を使用してみたのだが、陽性ならば浮かび上がるはずのブルーの線が判定窓から出てこない。

「うーん」

 検査薬を持ってトイレから出ると、俺は色つきの紙袋に包んでから可燃用のゴミ袋の中に入れた。昔はこういった検査をせずとも本能的に巣作りを始めていたから、妊娠したことがわかったものだけれど……今回はそれが全くない。

 俺はまな板のような自身の下腹部を撫でた。β相手ならともかく、発情期にαとヤったのだ。これで妊娠しないなら、原因は何だろうか? 里中さんの精液の量か? いや、それは俺の腹が苦しくなるくらいたくさん出ていた。じゃあその中に含まれる精子の数か? それは病院で検査してみないと何ともわからないな。

 人間である俺との相性もあると思うが、やはり子供は授かりもの。絶対にできるという確証はαとΩをもってしても、あるとはいえないということだ。

 それにただでさえ言いにくそうにしていたその理由を、あけすけと聞けるわけもない。

『私は……子を望めない身体なんだ』

 きっと俺に告白したのも勇気がいることだっただろう。それこそ、世間に知られたらαの癖にと囁かれかねない内容だ。

 大切なことを打ち明けてくれた里中さん。誠実で優しい彼の子を産むことを決意した俺は、Ωの威信をかけて妊活に励むことを誓った。

 とは言うものの、やり始めたことは至ってシンプル。まず相手の里中さんに特別何かをしてもらうのではなく、自分の身体の観察から始めた。

 妊娠と出産の経験があるとはいえ、それは前世での恵の身体の話。今の俺はまだ十八歳で、発情期を迎えたばかりのΩだ。これから起こるだろう発情期のペースも掴めていない。

 食生活も日々の過ごし方も当時とまるで違うのだから、俺自身も妊娠しにくい身体の可能性がある。受け止める側の俺が万全を期さねば、里中さんの精子も届かないかもしれない。

 俺はエプロンを纏い、着ているロングTシャツの袖を捲ると、今夜の献立を今一度見直す為、廊下を渡りキッチンへと向かった。

 マンション特有のシステムキッチンの上にはすでに食材を用意している。昨日、スーパーで買い出しした材料の一部だ。とにもかくにも栄養バランスが大事。これが整う、整わないだけで翌日のコンディションが変わるというもの。

 昔はツナの缶詰を争奪したり、豆腐の切れ端をタダでもらってはキャベツと合わせて味噌汁の具材にしたりと、食材を手に入れることが容易ではなかった。今はタイムセールという名の争奪戦はあるものの、食材は豊富でお肌もツヤツヤ。食に恵まれた国へと発展を遂げている。

 里中さんから食費をたんと預からせて頂いているが、毎日キャビアやフォアグラといった高級食材を食べるわけじゃない。無駄な贅沢も、変に切り詰めることもしない。作るのは一汁三菜を基本に副菜多めのもの。これが俺にできる最大の仕事だ。

「ふんふふんふーん♪」

 キャベツをトントンとリズミカルに千切りしながら、俺は上機嫌に鼻歌を歌う。大学を辞めてからというもの、母さんから家事を習っていたお陰ですっかり料理は得意になった。また、恵の時の記憶が甦ったことで当時よく作っていた料理も思い出した。レパートリーも増えて、家事の中でも料理は特に好きになった。

 普段、多忙な里中さんはこれまで業者に頼んで家事を代行してもらっていたと聞く。ここへ来た俺に何かをさせるつもりはなかったみたいだが、アルバイトにも行けず、また彼の仕事を手伝えるわけでもないので、業者の代わりにそれをさせてもらうことにした。優しい里中さんは申し訳なさそうに尻尾をフリフリさせていたけれど、料理は好きだと伝えたらそれを素直に受け取って俺に任せてくれるようになった。

 働かざる者食うべからず。せめてこのくらいはしなければ。

 野菜のカットや肉の味つけなどの下ごしらえが終わると、俺はデジタル表記の置き時計を確認する。

「えーと、今が六時だから……あと三十分くらいか」

 今夜は早く帰ることができると里中さんは言っていた。後は肉を焼くだけだし、仕上げは彼が帰ってきてからでもいいだろう。使用したボウルやまな板を洗浄すると、彼の着るワイシャツのアイロンがけに取りかかった。

 普段、里中さんは着流しを部屋着としている。古風なんですねと言ったら、身体にピッタリとくっつく洋服よりも楽だからと言っていた。また、獣人にはつきものの長い尻尾はボトムとの相性が悪いのだとか。何処で仕立てたのかしれない上質な着流しも、尻尾を出す為の切れ込みがちゃんと入っている。

 しかし仕事で人と会う際はそうしていられない。俺と初めて会った時のようなスーツを着て家を出るから、仕立ててあるワイシャツの数も二桁を超えている。身体が大きいことに伴い布地の面積が大きいから、彼の服はアイロンし甲斐がある。また昔のと違って、今のアイロンは性能もいい。楽チン、楽チン。

 アイロンがけが終わりワイシャツを畳むと、今度はそれを持ってクローゼットへと向かった。何着かのスーツを掻き分け、その近くに並んでいるワイシャツの一番後ろにアイロンをかけたばかりのそれを置いた。

「格好いいな……スーツ」

 パリッと並ぶスーツを見上げて、俺はポツリと呟いた。

 やっぱりスーツは憧れる。前世では和装が主流だったからそもそも身に纏う国民自体が少なかったし、恵も着物しか着たことがない。現世で着たのは大学の入学式用に買った大量生産品の安いもの。あれはあれで良かったけれど、もう着る機会はないだろうし、ましてや仕立てることはないだろう。無いものをねだっても仕方ない。里中さんのスーツ姿で目の保養をしておこう。

 正臣に瓜二つの顔の里中さん。彼も和装が主な人だったから、里中さんのスーツ姿が実は新鮮だったりする。

 髪や肌、そして目の色は正臣とは異なるものの、パーツはこれでもかというほど恵の記憶の中の彼にそっくりだ。正臣は周りの人間がうっとりするくらいの男前だったから、スーツはもちろんのことタキシードなども似合っただろう。それがまさか里中さんで証明されるとは思わなかった。たまに入れ違うマンションの住人が仕事着の里中さんを見てポカンと口を開けるのも頷ける。

 そして同時に、申し訳ないと思っている。里中さんは俺を迎えてから今日までずっと、本来の姿ではなく人型の姿でいてくれているのだ。

 どんな副作用があるのかしれない薬を常用させたくなくて、本来の姿でいて欲しいと何度も言った。しかし一ヶ月やそこらで落ちつくはずもないからと、里中さんは人型であり続ける。確かに、獣人に対する恐怖心はそうそう拭えるものじゃない。正直なところ、里中さんの身体に負担がかからないのであれば、このまま人型でお願いしたい気持ちがある。

 でもそれは、里中さん自身を否定していることに繋がる。

「ただいま、圭介」

「あ……おかえりなさーい!」

 玄関の方から里中さんの声が聞こえた。俺はクローゼットから大きな声を出して返事をすると、すぐに玄関の方へと向かった。

 パタパタとスリッパで駆けていくと、コートを脱ぎながら廊下を歩く里中さんが俺を見るなり笑顔を浮かべた。俺もまた笑顔を向けると、里中さんの持つ鞄を受け取ろうと手を差し出した。

「お疲れ様です。里中さん」

 しかし里中さんは少しだけ眉間に皺を寄せながら、伸ばす俺の手を取るとそのまま引き寄せてガブッと噛むように唇にキスをした。

 そしてすぐに離すと、子供に対して注意をするような口調で俺に言った。

「お願い、忘れているの?」

「あ……ごめんなさい。そ……宗佑」

 俺は口元を抑えながら、彼の名前を言い直した。下の名前を呼ばれた里中さんは嬉しそうに、パタパタと尻尾を振った。

 里中さんが俺に何かを要求することも、命令することもなかった。ただ一つだけ、お願いをされた。それが彼を、敬称をつけずに下の名前で呼ぶことだ。

 下の名前で呼ぶこと自体に異論はない。でも、さすがに十も歳上の人を呼び捨てで、というのは気が引けてしまう。

 しかし今みたいに間違って名字や敬称をつけて呼んでしまうと、里中さんはペナルティと称して今のようなキスをする。狼がゆえ? 食むようなそれは少しだけこそばゆい。

「うぅ……やっぱり慣れませんよ。せめて『さん』をつけたいです」

「何事もはじめが肝心だよ。確かに私は歳上だけど、君とは対等でいたいんだ」

「でも……」

 渋る俺に、里中さんは意地悪そうな笑みを浮かべた。

「私の子を産んでくれるんだろう?」

 正臣と決定的に違うのがこれだ。挑発的な目つきにニヤリと上げる口角は、優しいだけの人間が浮かべられるものではない。一緒に暮らし始めてからちょいちょいこの表情を拝むけれど……里中さん、意外とSっ気があるらしい。

 彼は俺に顔を近づけると、目線を合わせた。

「これから幾度となく身体を重ねていくんだ。その最中に名字で呼ばれると、ただでさえ子供ができにくい私の身体に支障が出るかもしれない。だから名前で呼んで……ね?」

 うぐぅ。恵はややMっ気があったからな。ずるいわ、これは。

「はい……宗佑」

 諦めるようにもう一度名前を呼ぶと、里中さん……宗佑は満足そうに頷いた。

「敬語も徐々に外れていくと嬉しい。さて、食事を頂こうかな」

「はい。今夜はしょうが焼きですよ」
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