【完結】「奥さまは旦那さまに恋をしました」〜紫瞠柳(♂)。学生と奥さまやってます

天白

文字の大きさ
上 下
202 / 241
奥さまは旦那さまに恋をしました

しおりを挟む
「ユキちゃん、ありがと」

 おむすびを頬張る桐矢くんに麦茶を出した。

「休憩って、これからまた?」
「うん、納屋とか、物置とかさ、子供が隠れんぼに入り込んだりするから、オレらは家の周りを見てみようかって、鍵掛かって出れなくなってる可能性もあるしな」
「そっか……」
「なぁ、ユキちゃん食べてないだろ?」
「えっ……」

 食欲が湧かず、何も手をつけれなかったのがナゼかバレてる。
 はいと、おむすびを渡された。続けて楊枝に刺した肉団子まで、口元にきて、私は大人しく肉団子を頬張った。

 晩ごはん、と言うには遅いけれど、こうして夜に桐矢くんと食事をするのは、ここに戻った頃の、泣くばかりだったあの頃以来だ。
 最近では、晩ごはんに誘っても「食べたら帰れなくなりそうだから」と、断られる。食べたらすぐ眠くなっちゃうのは子供の頃から変わらないらしい。

「あのな、チカちゃんのお母さんの、リカコさんがさ、昨夜ゆうべチカちゃんに怒鳴ってしまったんだと、亡くなったお母さん、リカコさんのお母さんな。その手作りの人形を壊したって」

 卵焼きを飲み込み、桐矢くんは話してくれた。

「朝になって、おばあちゃんに直してもらってくるって、言って、チカちゃん、人形を持って出たんだって」
「……」

「リカコさんも、おばあちゃんって言うから、隣の坂木のばあちゃんのことかと思ったらしいんだ。前の日、坂木のばあちゃん家に行ったらしいから」

 私も出会った、メロンをおすそ分けした時だ。

「でも、坂木のばあちゃん家には行ってないって分かって……」
「今朝ね、私が見たのは、坂木のおばあちゃん家とは反対に行く姿だったの」

『おばーちゃん、まってぇ』

 チカちゃんは誰に言ったのか……。
 私は、縁側からしましまさんの拾い物の入ったカゴを持ってきた。

「ねぇ、桐矢くん、今朝しましまさんが拾ってきたバースデーカードね、この“りっこちゃん”って、リカコさんのことだったの」

 告げる私に、は? のまま桐矢くんは固まった。そして、何度かカードと私を見比べた。

「しましまさんはね、拾い物の持ち主にあった時、体を擦り寄せるて教えてくれるの。まるで“待ってたよ”って伝えてるみたいに」
「え……それ、三島の時」

 そう、実際しましまさんの拾い物の持ち主が家にきた時に、桐矢くんが居合わせたのは、三島さんと沖野ヨウコさんが訪れた時だけだ。

「うん、三島さんの時もそうだった。しましまさんがそうやって教えてくれるから、私も声を掛けて縁側まで来てもらってたの」

 縁側でお茶を飲みながら、他愛のない話をし、偶然のようにカゴの中の縁ある物を見つける。そうやって、しましまさんの拾い物を返していた。

「そう、だったんだ」
「こんな話、信じられる?」
「信じるよ」

 応えはすぐだった。

「しましまが、他の猫と違うのは、知ってるから」

 その言葉に私の方が絶句した。

「……それって、どういう」

「見つかったぞー!」

 外からの声に桐矢くんも私も立ち上がり、表に出た。

「チカ!!」
「チカちゃんが見つかったぞ!」
「よかった、よかったねぇ」

 足取りに疲労などは見えない様子で、チカちゃんは戻ってきた。
 懐中電灯に照らされたチカちゃんは、両手に人形を二体抱えて、しましまさんと一緒に、戻ってきた。

 そして、それは、チカちゃんに縋り付き泣くリカコさんと、笑顔の戻った町の人に囲まれた中で、

「はいママ! おばーちゃんが、りっこちゃんにわたしてって」

 チカちゃんは二体の人形を母親に差し出した。

「え……」

 人形を手渡されリカコさんは固まっていた。
 動かないリカコさんに、一度戻ろう、と声をかけられたがチカちゃんは「まって!」と大人たちを止めた。

「あのね、にゃんちゃんが、ママのおたんじょうびのカードもってるの!」

 息を飲んだ。

「にゃあん」

 チカちゃんの足元でしましまさんがひと鳴きする。

「あぁ、よく何か拾って持って帰るって猫か」
 
 しましまさんのことを知る人の声があがる中、動けない私の耳元で「オレが取ってくるから」と残し、桐矢くんは離れて行った。

「誕生日のカードってこれかな?」
「うん!」

 知っていたかのようにチカちゃんはバースデーカードを受け取った。

「それを、猫が拾ってきたのか?」
「そうだよ! その猫は賢いけぇ、こないだは、わたしのお守り見つけてくれたんだよ」

 隣のおばあちゃんに続くのは、

「あー、その猫か! うちのじーさんが作ったルアーも見つけたらしいからな」
「あぁ、ユキさん家の猫か! うちも娘にもらった、手作りのキーホルダーを見つけてくれてたんだよ!」
「鼻がいいんだよ」
「そんな賢い猫だったのか!」
「チカちゃんを見つけたのは、その猫なのか!?」
「すごいな! 猫なのに鼻がいいのか」
「なぁ、カードにはなんて書いてあるって?」

 こんなふうに、大勢の前で知られたくなかった。
 ドクンドクンと心臓の音が頭で響く。

「ユキちゃん、ユキ! 息しろ」
「はっ……、は、とうやくん……」

 呼吸を忘れるほどの不安に、固く握り締めていた手を解いた。

「戻ろう、ユキちゃん」
「…………」

 振り返えり、見たのは、膝を着き、人形を抱きしめたリカコさんと、体を擦り寄せているしましまさんの姿。




 しましまさんの拾い物は町の皆が知ることになった。
 翌日から猫の拾い物を覗きに、何人もの人が家を訪れ、拾い物をする珍しい猫しましまさんも人に追い回された。

 そして、しましまさんは家へ戻って来れなくなり……。

 私は総司くんとの繋がりを失った。


しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

寡黙な貴方は今も彼女を想う

MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。 ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。 シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。 言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。 ※設定はゆるいです。 ※溺愛タグ追加しました。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……? ※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

処理中です...