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その命あるかぎり…誓えますか?【真城 side】

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 ー数ヵ月前ー



「ただいま~! 龍一様~! 『福ふく』の大福買ってきましたよ~!」

 いつの間にか、こんな俺でも可愛いと思えるようになった。

 不思議なもんだ。血は一切、繋がっていないというのに、まるで息子か、孫……いや、親戚の子か。目に入れても痛くないとまで思える存在になっていた。

 どうやったらあんな口の悪いグータラの下でこんなにも素直なガキが出来上がるのかは謎だが、口癖の「こんにゃろう」だけはしっかりと受け継いでいた。

 家がでかく、強面連中がよく出入りするせいか、ソッチ系の人間だと近所じゃ恐れられがちだが、ただ土地と金を人より多く持っていてそれを転がし増やすことを生業としているだけのもんだ。その中に、男でも小さなガキが住み込むことでうちの連中も自分の子供か弟のように可愛がっていた。養子に貰おうと本気で思ったくらいだ。

 だが……

「柳、ちょっとこっち来い。話がある」

「へ?」

 菓子皿に大福を用意していた柳に声を掛け、空いてる座敷へと呼んだ。茶は後でいいと伝えると、俺の後をちょこちょことついて座敷へと入り、向かい合って正座する。

 ああ、チビだなぁ。正座すると特にそう感じた。ウチんとこがガタイのいい連中が多いせいかもしれんが。

 対面しても物怖じしないとこは、チビでも流石と感心するがな。

 俺は柳に向かって、ある命令を下した。

「嫁に行ってこい」

「……は?」

 ぽかんと開く口。間抜け面もいいとこ間抜け面。

 いや、わかってるんだよ。我ながら、なんつう突拍子もねぇことを言ってんだと頭を抱えたくなるのは。

 しかし、そのくらいのことを言ってやらんと、此奴は……此奴らは壊れそうだった。医者からの時間をかけろという言葉にもいい加減、うんざりしていたしな。

「僕、男なんですけど」

「知ってる。それがどうした?」

「同性、ですけど」

「そうだな」

「子ども、産めませんけど」

「そうだな」

「そもそも結婚、できないと思うんですけど」

「そうだな」

 もうそれしか返せねえのよ。知ってんだよ、お前が聞きたいことは。野郎なのに嫁に行けるわけねえだろってことはよ。

 けどな。

「他に質問は?」

 ここでもしも……怒り狂ったり、ふざけんなって暴れたり、冗談だろって笑い飛ばしたりしたのなら、俺は撤回してそのまま住まわせるつもりだったんだ。誰が好きでこんな可愛いのを他所にやるよ。二年近くも傍に置いといたガキをすんなりと手離せるくらい、抱いていたもんが浅い情だったならもっとあっさりしてただろうさ。

 それが……

「え~と……ない、です」

 何もかもを既に諦めちまってる、そんな顔をガキにされてみろ。これほど虚しいこともねえよ。

 俺は柳というガキを彼奴に代わって育てるつもりだった。成人するまで責任を持つ覚悟をしていたんだ。

 腹違いの兄、蒼からガキを一人預かってくれと話があったのは約二年前……年越し後すぐのことだった。この親父の口から出るガキといえば、紫瞠んとこの息子だろ。何で俺がそのガキを預かんのよと言えば、普段は口の悪い彼奴が俺に向かって頭を下げた。こりゃあ槍が降るな、と。そん時は思ったさ。

 話を聞けば、実の息子と預かってるガキが一緒に道を踏み外そうとしてる、とよ。それが一時のもんなのか、本物なのか、それはわからんがあの二人をこのまま一緒にさせるわけにはいかない、距離を開けさせてやってくれ、と。

 蒼の息子はともかく、ガキの方はまだ思春期だ。それを恋愛感情だ、セクシャリティだと括っちまうのは早計だ、ということだろう。俺にしてみりゃ、何事も経験だろと好きにさせるほうに賛成だが、蒼の奴……相当可愛がってたんだろう。血の繋がった我が子よりも、預かってるガキの方を守りたかったらしい。

 そんなら今まで通り、てめえとガキが一緒に暮らしゃいいことじゃねえか。そう言えば、自分はもう長くはないと抜かし始めた。確かに、昔から虚弱体質ではあったが、なんだかんだ言いつつも生き長らえてるだろ、と返せば……病院での検査結果を差し出された。

 俺はそれを一通り眺めた後、璃々子は知ってるのか? と尋ねた。彼奴は一つ頷いた。

 ギリギリでもガキと一緒に過ごしてやりたいと思わないのかと聞けば、無様な姿を晒せってか。そう口悪く答えてきた。

 もちろん、彼奴のことだから素直にガキには伝えないはずだろう。そう踏んじゃいたが、結果は予想の斜め上をいった。

 俺のところに連絡が入ったのは、ガキの受験の合否発表の日の翌日のことだった。

「事故?」

 まさか、預かる予定だったはずのガキが車に引かれ重傷になっていたとは……誰が思うよ。

 運び込まれた先の病院の院長とは知り合いだったからそのよしみで面会時間外にガキの様子を見させてもらうことにした。

 酷い有り様だった。それでも打ち所はまだ良い方だったらしく、外傷は酷いが命は助かったらしい。

 直接の面識はなかったが、前々から蒼にガキの話は聞いていた。彼奴は不器用だが、不器用なりにガキの面倒を見ていたことを知っていたせいか、実際に会ったことのある甥よりも好感があったし、妙な情もあった。

 そのガキが何故、事故に至ったのか? 俺は権力と金と伝手に物言わせて警察とは別に調べさせてもらった。

 すると、出るわ出るわ。真っ黒いのが。

 女の嫉妬は怖いねぇ。蒼の実の息子の海に……いや、正確には海の持ってる付属品に、か。目が眩んで女になったつもりでいた奴が突如として切られ、その怒りの矛先を義理の弟であるガキに向けた。金で雇った連中にガキを捕まえて何をさせるつもりだったのか、それは聞かないでもわかっちまう自分がやんなるわ。

 目論みとは違い、結果的にはガキにダメージを与えることに成功した女は気が晴れたのか、その心境を流行りのSNSに投稿していたお陰で早く釣ることが出来た。折角、金で雇った連中を取っ捕まえてじっくり話を聞いてやろうと思ってたんだがな。

 女とその親を俺の家に招待してやると、何にビビってやがるのか終始ガタガタ震えてやがった。俺はソッチ系じゃねえっちゅうのに……ソッチ系の知り合いはわんさかいるけどよ。

 金だけはそこそこ持ってるお嬢様育ちの女は、よくよく調べれば海の女になったつもり、は本当のつもりだった。つまり、手すら出されてねえのに勝手に女になったつもりでいて、勝手に振られ、勝手に逆上し、馬鹿な行動に出た、と。また今回の件だけでなく、海に近寄る女たち相手にも散々なことをしてきたらしい。金で雇われた男連中に至っては金も貰えて自分の欲も吐き出せて最高の仕事だったらしいがな。ある意味では素晴らしく羨ましいオツムの女だったということだ。

 そんな女とその親に、俺は提案をした。女の面倒をこっちで見させてくれないか? ってな。そんな案を、女は自身の親が受ける筈もないと高を括っていたようだが、親の方はといえば二つ返事で女を差し出してきた。

 俺は誓約書を書かせて女と、女が金で雇った連中を纏めて預かると、それ相応の灸を据えてやることにした。年端もいかないガキ相手にこれだけのことをした、その腐った性根を叩き直すってだけだが、俺の側近の遠藤という男が生き生きとしていたな。彼奴はそういうのが好きだ。

 男連中については、三日目辺りで頭を地に擦り付け泣き喚きながら謝罪の言葉を並べるようになったが、女の方はただ泣き騒ぐばかりで煩いことこの上なかった。それ以上のことを他の女どもにしてきただろうに、我が身に返ることを知らん馬鹿は直すのに根気がいる。

 その間、ガキは……柳は病院のベッドの上でずっと眠り続けていた。

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