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そうだ。新婚旅行へ行こう
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しおりを挟むどうして、海さんはこんなにも僕に優しいんだろう? 思えば、海さんは結婚する前から僕に優しかった気がする。
たまに真城の家で姿を見るくらいだったけれど、僕が風邪を引いた時とかもたまたま真城に来ていて、龍一様が海さんを僕の看病係にした時があったっけ。お客さまになんてことをさせるんだろうって非常識だと思ったけれど、海さんは嫌な顔をせずに僕を見ていてくれた。
初めて挨拶をした時もそうだったっけ。真城の家で僕が廊下を歩いていた時に、龍一様に声を掛けられて……振り返ると、初めて見る鮮やかな赤い髪を持った背の高い男の人が僕を見下ろしていて。僕はうわ~、綺麗な髪だな~って見惚れていたんだけれど、思い返せば……
思い返せば、海さんは……僕を見て、何だか悲しそうな、でも嬉しそうな顔をしていた。
ああ、いけない。挨拶をしなきゃって、僕は慌てて頭を下げて、「初めまして、真藤柳です」って言ったんだっけ。その時、海さんの方は「え?」って驚いた様子だったから、聞こえなかったのかなって思ってもう一度、顔を上げて名前を名乗った。そうしたら、やっぱり驚いた顔をしていたし、その時は龍一様も「やっぱりな……」って呟いていて、どうしたのかなって首を傾げると、海さんは一呼吸置いてから、「紫瞠海です。初めまして」って優しい顔をして僕に手を差し出したんだっけ。
差し出された手を握った時、初対面の筈なのに、すごく安心したのを覚えている。この時から、優しい人なんだろうなって思っていたんだけれど……。
「海さんは……どうして、僕を大切にしてくれるの?」
ふとしたその問いに、海さんは僕を抱きしめたまま、少しだけ間を置いてからポツリポツリと答えてくれた。
「過去に……後悔をしたことがあった。失ってから、初めてそれが大切だと知った。失ってから、それを取り戻せないことも。かけがえのないものだったことを……だから……」
悲痛な声で、答えてくれた。
「もう二度と、後悔をしたくないんだ」
顔を見ることは出来なかったけれど、海さんは今にも泣きそうな声だった。僅かに震える身体から、それがどれだけ大切なものだったかが伝わってくる。僕は海さんの広い背中に手を回して、ぎこちなく撫でることしか出来なかった。
海さんの大切なものがなんだったのか、それは少し気になったけれど、僕は同時に自分の大切なものはなんだろうって頭の中でぼんやりと思った。
ぼんやりと。その時、頭の中で浮かんだものは……
ヴー…。ヴー…。
ん? あれ、これ僕の携帯だ。メッセージかな? 朝から誰だろ?
海さんも携帯のバイブに気がついて、抱きしめていた手を緩ませると、僕を自分の膝の上から降ろしてから、携帯を取りに行ってくれた。お礼を言って受け取ると、メッセージは魅色ちゃんからだった。おはようって挨拶と、朝食を済ませたらロビーで待ってるねって内容だった。
昨日すっぽかしちゃったこと、ちゃんと謝らなくちゃ……。
「海さん、魅色ちゃんがロビーにいるんだって。お話してきてもいい?」
魅色ちゃんとよく喧嘩をする海さんだけど、これに関しては快く言ってくれた。
「ええ、いってらっしゃい」
僕はすぐに私服へと着替えた。浴衣でもいいよって言ってくれたけど、着慣れないせいかそっちの方が落ちついたからだ。ロングTシャツにチノパンだから、この旅館の品格にはあまり合ってないかもしれないけれど。
両眼にはコンタクトレンズを装着して、その上に持参してきた眼鏡を掛ける。道中は気心の知れた人たちとだったから掛けなかったけれど、旅館のロビーともなると知らない人とも顔を合わせることになるだろうから。
一人、お部屋に残す海さんに、僕はいってきますと一緒にこの後のことについて提案した。
「お天気もいいみたいだし、海さんが言っていたお庭、後で一緒に周ろうね」
「ええ」
「あと、温泉も……う」
一緒に入ろうねって言いかけたところで、昨日のえっちなことを思い出した。えっちなのは嫌だけど、普通に入りたい。でも、昨日の今日で普通にしていられるかどうか……ものすごく心配っ!
でも、海さんはさらりと涼しげに。
「ええ、後で一緒に入りましょうか。露天風呂も、昼間と夜では景色が違いますしね」
涼しげに仰った。さすがは大人っ! カチコチに固まった僕が一人恥ずかしいっ!
顔を真っ赤にさせて俯いて頷くと、海さんが可笑しそうに笑った。
その顔に、どきんと心臓が高鳴った。
ああ、僕やっぱり海さんのこと……
おにいさんのことが……好きなんだなぁ。
――――――
――――
――…
『本当に?』
『本当に好きなの?』
『そんなの変だよ』
『だって僕たち……』
『××だろ?』
『夫婦になんか、本当になれるわけないだろ?』
『おかしいよ』
『気持ち悪いよ……』
『死んじゃった癖にさ』
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