【完結】「奥さまは旦那さまに恋をしました」〜紫瞠柳(♂)。学生と奥さまやってます

天白

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そうだ。新婚旅行へ行こう

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「ねえ、海さん」

 僕がもぞもぞと身体を動かして、海さんに向かい合うように体勢を変える。海さんはもう笑っていなくて、ただ僕のほっぺに手を当てたまま、僕を見下ろしていた。

「その……ごめんね」

「何が?」

 僕のいきなりの謝罪に対して、海さんは淡々と聞き返す。そりゃそうだよね……いきなり理由もなく謝ったら、そう言うよね。

 でも、あの日から僕、海さんにちゃんと謝っていないから。今はこうして笑ってくれたけれど、まだたぶん、許してくれてないはずだから。

 僕は訥々と謝罪の理由を口にした。

「その……旅行を、魅色ちゃんに譲ろうとしちゃったこと。海さんも旅行を楽しみにしてたんだよね。なのに、勝手に……ごめんなさい」

 ぺこりと頭を下げる。その時、海さんの手が僕のほっぺから離れたわけだけど。

 たとえ海さんが許してくれるだろうと思っても、海さんの意見を聞かずに勝手にやってしまったのは僕。こういうのを、独りよがりっていうんだろうな、きっと。このまま謝らないのは、駄目なことだと思うから。

 でも、そこに降ってきたのは短い溜め息と、呆れた様な声だった。

「馬鹿ですか。そんなことで私が憤るとでも?」

「へっ?」

 グキッて音が鳴る程、僕は顔を上げさせられて海さんを見る。い、痛い……けど、え? 何? 怒ってない、の?

 頭に疑問符を浮かべていると、海さんは本当に呆れた様な顔で言葉を続けた。

「全く……お前のその思考だけは、どうにも理解しかねますね。これから生きていく上で……いえ、社会に出て生活していく上で、それは時には活かされるのかもしれませんが、決して褒められたものではありませんよ」

 な、なに? どういう、こと?

 僕がわかってない、ということがわかったのか。海さんがさらにわかりやすく教えてくれた。

「お前は今回のこの日を楽しみにしていたでしょう? その自分の気持ちを置いてまで、他人の喜びを優先する。それは止めなさい。そしてまずは自分のことを優先しなさい。他人は二の次で構わない。考えられる余裕と時間があるのなら、尚更です。今後はそうしなさい」

 言っていることは難しくなかった。でも、僕がそれを理解して納得することは難しかった。

 僕は自分のことをないがしろにしているつもりはなかったけれど、自分の気持ちを諦めることは多々あった。でもそれはもう癖になっているようなもので……。

 それに、僕が我慢することで相手が喜んでくれるのなら、僕も嬉しいなって。そう思っていたから……だから海さんが言ったことは。それを実行することは。今の僕にはとても、難しい。

 再び俯く僕に、海さんはほっぺを優しく撫でた。

「お前は賢い子です。きっとできるでしょう」

 賢い、なんて……。

「僕……賢い、かな?」

「転校早々の学力テストの結果に加えて、先日の中間テストの結果を見れば、誰でもそう思うでしょう。あの学校で学年三位とは、大したものです。テストが全てとは言いませんが、結果というのは誰もが目にする目安です。勉強、頑張りましたね」

 頑張りましたね。その一言で、僕のお腹はカッと熱を持ったように熱くなった。

「あ……ありが、とう」

 どうしよう……すごく、嬉しい、かも。

 ほ、褒められ慣れてないから、すごく嬉しい~!

「え、えへへへっ……海さん、ありがとうっ」

 なんだかすごく嬉しくて、笑ったまま海さんの顔を見た。それが、なぜか……。

「柳」

 海さんの顔が近づいて、僕の顎はがっちりと固定されて、そのまま僕の口に海さんの口が……

「んんっ……!」

 って、ちょっと!? 何で何で!? 何でちゅー!? 何でちゅーされてるの、僕!? それにこれ……

「んっ……ぁ、ふ……」

 べろちゅーだよっ!? 僕の舌がべろんべろんされるやつ! すごくあのっ……僕の舌、吸われてるしっ……口蓋も擽られるように舐められてるしっ……!

 海さんのっ……さっき飲んだコーヒーの苦い味が伝わってきてっ……ふわっ、ふわあああ~っ!?

「一週間分」

「んう……ふ、ぁ?」

 ふわふわし始めた僕の頭をよそに、海さんは何かを言った。え……何て?

 するとご丁寧なことに、海さんが耳元で囁いてくれた。

「一週間です。キス、していなかったでしょう? だからその一週間分を貰っています」

「んぅっ……」

 な、なんか耳元で囁かれるとすごく、ゾクゾクするっ……背中が寒くなるようなそんな感覚で、身体がビリビリと痺れるように震えた。

「そ、そ、そんなにっ……で、でもいつもだって、毎日してなかったよねっ?」

 た、確かにキスする時はあったけど……でも、毎日ちゅっちゅらちゅっちゅをしているわけじゃないでしょ!?

 反論しようとする僕。でもそこに海さんはぴしゃりと。

「今回はお前が悪いです。私の言っている意味が、わからないわけではありませんね?」

「う」

「それをキスだけで許そうという夫の優しさがわかりませんか?」

「うう……」

 そ、それを言われてしまうと、何も言い返せない……。

 ぐっと黙って固まってしまう僕に、海さんはニヤリと意地悪そうに笑って、僕の唇やほっぺ、額や髪に擽るようなキスをし始めながら言葉を続けた。

「さて、着いて早々ですが……どうしますか? 少し休憩でもしてから、館内を回りますか? 季節柄、紅葉や花は楽しめませんが、外の庭園は広く、遊覧だけでも気分が変わるでしょう。それとも、早速温泉に入りますか?」

「あ、そ、そうだね……んっ……お、温泉に、来たんだもん……ね」

 そ、そこっ……耳は駄目っ、耳はっ! 特に耳の裏は駄目っ! 力が抜けるからっ! ふにゃふにゃしちゃうからっ!

「そういえば、まだ一緒に風呂に入ったことはありませんでしたね。そこの露天風呂、二人で入りましょうか?」

「え? う、うん……ふあっ……な、ないねっ!」

 あ、顎の下!? 顎の下も駄目だよっ……く、擽ったいっ……! 擽ったいからっ!


「そうだ。せっかくですから、私が背中を流してあげましょうか?」

「ふえっ!?」

 どさくさに紛れて何を言ってるの!? そ、それって僕と一緒にお風呂に入るってことだよねっ? それは構わないけれど、なんだか言い方が怪しく聞こえるのは気のせいかなっ!?

「その髪も、洗ってあげましょうか。自分で洗うよりも、人の手の方が心地良い時もあるでしょう。ねえ」

「んっ……」

 最後にちゅっと、僕の唇にちゅーをする。そして海さんは、満足したとばかりに微笑んで、僕から顔を離した。

 多分、いつものようにからかっているだけだと思うんだけど……でももしも、いつものようにからかっているだけなんだとしたら、なんだかそれは……悲しい、と。思ってしまう。

 悲しいなんて、変だよね……本当に。

 なんで海さんを目にすると、胸がドキドキと高鳴るんだろう? なんで海さんに抱きしめられると、身体が熱くなるんだろう?

 なんで海さんにちゅーをされると、すごく安心するんだろう?

 変だ。みんなにはそんなこと無いのに……海さんの前でだけ、こんな風になる。こんな僕はおかしい? こんな僕は、変じゃない?

 これを。こんな風になった僕を、海さんは嫌いに、ならない?

「その、海さん」

「はい」

「ぼ、僕みたいなのとその……ちゅ、ちゅーして……嬉しい?」

 意を決して尋ねた。これは前から尋ねたいと思っていたことだったから。

 だって、だって僕は……

「ほら、僕……綺麗じゃないし。それに、身体だってちっちゃいし……お、女の子じゃないから、胸だってない、し……」

 それどころか下についてるし……。お、大きくはないけれど……。

 でも、それでもね。

「僕に、ちゅー……されたら、海さんは……嬉しい?」
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