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そうだ。新婚旅行へ行こう
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しおりを挟む海さんがコーヒー、そして僕達の分の飲み物を買ってくれた後、車は再び夢音へと向かって発進。温かいミルクティーを飲みながら、魅色ちゃんと他愛ない雑談をすること一時間。周りを白塗りの壁で囲われた大きな和風建造物が見えてきました。お邸みたいだね。もしかしなくともここ? と思っていると、案の定というか、海さんはそのまま車をお邸の中へとIN! で、車はお邸の玄関らしき所の前に停められて……って、ちょっと、ちょっと!? 海さんはそのまま車を降りてしまいました! いいの!? 駐車場は!?
「柳ちゃん、降りましょう」
「えっ? う、うんっ」
魅色ちゃんも綾瀬さんも車から降りて、僕一人だけが車にポツン。慌ててシートベルトを外し、車から降りると、お邸の中から着物を着た女の人や、黒いスーツを着た男の人たちが出てきて、トランクに詰めてある僕らの荷物を出してくれたり、海さんの車のキーを預かってその車をどこかに持ってっちゃったり……
結局のところ、僕は手荷物だけを持ってお邸の中へと入ったわけだけど。
「でかっ!?」
「お前の感想はいつもそれですね」
「い、いつもじゃないよっ」
な、なんか想像していた以上にでかくて広い、旅館夢音へと到着したのです。
「ふわ……」
旅館のロビーは僕の想像以上に奥行きがあって広々としていた。お琴のBGMみたいなのは静かに流れているんだけれど、それは本当に控えめな感じで流れてて。どちらかというと、その静かで広い空間を愉しんで下さいねっていうような趣向だった。
飾りっ気はそんなに無くて、でもちらりと目に入る壺とか、絵とかは、おそらくでなくお高い物なんだろうということは僕でもわかった。フリーマーケットで格安で売ってたからと満面の笑みで買ってたはとりさんの、「ロワゾ」に飾ってある絵とは多分、段違いにお値段が違うと思う。あ、あれはあれで、面白い絵だとは思うんだけどねっ!
入口上がってすぐの段差からは、目に優しいうぐいす色のカーペットが敷かれている。そこに土足のまま脚を乗せると、ふかふかとした感触が脚の裏に伝わってきた。長旅で疲れた脚には優しいカーペットだね。癒されるね。
ちょこっとしたところの一つ一つに感動していると、一人だけ違う着物を身に纏った女の人が現れた。派手、ではないんだけれど、決して地味でもない、藤色で竹の模様が描かれている着物だった。年齢は、四、五十代くらいかな? もしかしなくとも、この人が女将さん……という人かな。
「紫瞠様、綾瀬様。ようこそ、いらっしゃいました。夢音女将の南戸と申します。長旅でお疲れでしょう? お部屋の方をご案内致しますね」
にこりと上品な微笑みと丁寧な挨拶で、僕は頭をぺこりと下げた。
「よ、よろしく、お願いします」
女将さんはにこりと微笑み返してくれて、手をこちらに差し出した。
「そちらのお手荷物をお預かりしても宜しいですか?」
「え?」
こ、こんな手荷物すらも持ってくれるのっ? 僕、手ぶらになっちゃうよ? 箸より重いもの、ちゃんと持てるよ?
「柳。どうしました?」
「え、ええと……」
はっ!? こ、こんなところで手間取ってる場合じゃないよねっ。別に荷物を取られるわけじゃないんだし、それに魅色ちゃんや綾瀬さんも荷物を他の人……多分仲居さん? に、渡してるし……。
僕は持ってた手荷物をおずおずと女将さんへと差し出した。
「お、お願い、します」
「はい。お預かり致します」
女将さんは僕の手荷物を持つと、今度は海さんの方へと声を掛けた。
「紫瞠様のお手荷物も、こちらでお預かり致します」
でも、海さんの方に手を差し出しているのは別の人。女将さんよりも若い女の人だ。にこりと上品な微笑みを向けているけれど、なんだかほっぺが赤い様な気がする。頬紅をつけているからかな?
海さんがスッと自分のセカンドバッグをその人に差し出すと、その人の手が海さんの手に当たって……当たって……あ、当たってる……。ただバッグを持つだけなのに、海さんの手に当たってる……。ば、バッグを持つだけだよね? なのに何で海さんの手をそんな風に触るのかな……。
む、むう……。
「柳ちゃん?」
「え……何? 魅色ちゃん」
「いえ……」
魅色ちゃんが僕に声を掛けた。何かな? と、首を傾げたんだけど、魅色ちゃんは不思議そうな顔をして僕を見て、首を横に振った。え? どうしたの?
「ねえ、柳ちゃん。お部屋に着いてゆっくりしてからでいいのだけど……後で、少し話しましょう? ロビーで待ってるわ」
「?」
「柳。部屋に行きますよ」
「あ、はい」
海さんに肩を抱かれて、僕は先導してくれる女将さんの後について行く。魅色ちゃん達は別の部屋みたいで、別の方へと案内されていった。お話って、何だろ?
魅色ちゃんの方をもう一度振り返る。魅色ちゃんはもうロビーにはいなかった。そして再び、海さんの方に顔を向けようとしたその瞬間。
誰かの視線を感じた。
何処からだろう? と、感じた方へ視線だけを向けると、ロビーの方にいた他のお客さん? でも、着ている服がお客さんじゃないみたいな……その何人かの内の一人の、知らない女の人が。僕達の方を見つめていた。ううん。見つめていたっていうよりは、こう……睨んでいた? ような……。
だ、誰だろ? 全然知らない人だけど、そう見えただけ? あ、もしかして目が悪くてピント調節の為に目を細めていた、とか? そうだったらいいけど。
なんだろう。この、嫌な胸騒ぎは……。
僕は首を傾げながらも、お部屋の方へと向かった。
旅館の廊下も綺麗だけど、ガラス張りの壁からは、旅館の外からは観られなかった広大なお庭が見渡せた。時期が時期だから紅葉はもうとっくに終わっちゃってるんだけど、冬の静けさが感じられる綺麗なお庭だ。
って、そういや旅館の大分奥へと通されているみたいだけど、僕達のお部屋ってこんなに奥なの? 室内なのになんか、橋みたいな所を通った先まで来ちゃったんだけど……
「こちらです。お足下にお気をつけ下さい」
そして通されたお部屋というのが、もう何と言えばいいのか……。
「うわあっ! 海さん、海さん! お部屋っ! すっごく広いよっ! それからお外! お風呂があるっ! 露天風呂だよ!」
何畳あるんだろう? お座敷がとても広い! そして部屋に入るなり目に飛び込んで来たのは、大きな窓の向こうにある、先ほど目にした広大なお庭とは別の、多分このお部屋の為だけのお庭。そして露天風呂だった。
こんなの、テレビでしか観たことが無い! 大人が三人くらいは余裕で入れそうな感じの木の桶のお風呂。そこに滾々と流れる掛け流しだろう温泉! はっ、温泉の色は無色透明だっ……!
うわ~、ここに入れるの? すごいすごい! 大浴場もあるみたいだけれど、こんなに贅沢なお風呂っ、入っていいなら今すぐ飛び込みたいくらいっ!
女将さんがクスクス笑っているのが聞こえたけれど、露天風呂に夢中な僕は駆け出して窓を開ける。びゅうっと寒い風が入ってきたけれど、間近でお風呂を見たかったんだ。
僕は縁を乗り越えんばかりに上体を乗りだして浴場を眺めた。
「そんなにはしゃぐと、落ちますよ」
「落ちないよっ。僕、高い所平気だからっ」
後ろからゆっくりと近づく海さんも、クスクスと笑っている。そんなに可笑しい? だって初めてなんだよ、露天風呂!
「それでも……」
まだなお乗りだしたままの僕の身体を、海さんは抱きかかえるようにして腰に腕を巻きつける。そして僕の身体を部屋の中へと戻すと静かに窓を閉め、僕に窘めるように言った。
「このような所で窓を開けて前のめりになるなど、幼子か馬鹿のすることです。少しは自重なさい」
僕の腰に巻かれた腕に、ぎゅっと力が籠る。た、確かに、非常識な行動だったかも。お部屋に案内されてすぐに駆け出して、はしゃいで、暖かかったお部屋に冷たい外気まで入れて……それに女将さんのいる前でこんなみっともないところまで見せちゃって……
つ、妻としての自覚がなさすぎた、かも。
「ご、ごめんなさい……」
「まあ、お前は幼子でも通る程でしょうが」
「なんですと!?」
謝ったのに! 幼子って言われた! いつもの意地悪な顔で!!
む~っとほっぺを膨らませると、海さんは可笑しそうに笑って宥めるように僕のほっぺを後ろから撫でた。
「ふふ。仲が宜しいんですね」
はっ、女将さんっ!?
「お手荷物はこちらの方に置かせて頂きましたので。何かございましたら、何なりとお申し付け下さいませ。それでは、ごゆるりとお寛ぎ下さい」
女将さんはそう言い終えると、ささっとお部屋の襖を閉めて出て行かれました……す、すみませんでした。
改めて、二人きり……です。しかも、海さんが僕の腰に抱きついたまま、で。
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