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新婚生活スタートです
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「……」
「……」
「……」
「……クス」
「くっくっくっ」
「ふぇっ……?」
なに? なんで肩が震えて……なんで二人とも震えてるの?
「くっ、くくっ……」
……笑って、る?
ちょっと涙目になりつつ首を傾げると、口元に手を添えた海さんが短く告げた。
「冗談です」
「冗、談?」
「ええ」
「くっくっくっ……」
まだ龍一様笑ってるし……。
「う、うぅ~……」
唇を噛み締めてちょっと俯く。
そんなに笑われることじゃないよね? そんなに変なことじゃないよね? こういうの、苦手な人だっているよね?
だって。だってなんか……上手くできないんだよ。
というか、あんまりしたくないんだもん。
え、エッチなことを。自分で、なんて……。
変な気分になるから。
いけないことしてるみたいで……嫌、だから。
おかしい、のかな……? でも、したくないんだもん。
いや、でも、全くしないのもおかしいのかもだし。僕はたぶん、人並みで……割と健全な男子だと思う、し。
で、でも、大人になるには、ちゃんとできるようにしないといけない……のかな。
「……」
目の前の二人を交互に見た。
素朴な疑問。
海さんたちは、どうやって大人になっていったんだろう?
「あの……」
「はい」
「海さんや龍一様は。こういうのを読んで大人になっていったんですか?」
僕は雑誌を指さした。
すると。
「必要ないですね。こんなもの」
「必要ねぇもんなぁ。こんなもん」
おんなじ回答が。
さいですか。
海さんの手にする雑誌の表紙を眺めながら、大人ってなんなんだろとぼんやり思う。
高校でも、夏休みが終われば誰かが言った。
『脱・童貞!』
ツヤツヤした顔で満面の笑み。ああ、大人への階段を登ったのかと少しだけ距離が開いて寂しく思う。
八十年くらいの人生。一度は通る(かもしれない)道。大人への儀式。子孫繁栄のための本能。
でも……。
今の時代、大人になるからって、エッチをしなきゃいけないわけじゃないんだよね?
ちらり、と。
海さんの目に視線をやれば、すぐに気づいてふわりと柔らかく微笑んでくれた。
「学生の本業は勉学です。今は転校に必要な物や揃っている教科書類の中身でも確認しておきなさい。こんなものがなくとも、生活はできます」
「……」
「調子が狂わされるようならこちらで処分しておきましょう。余計なことは考えず、今は自分のことだけを考えなさい」
僕の考えてることがわかったんだろうか。
海さんは雑誌をぐしゃりと丸めると、傍にあるゴミ箱の中へ躊躇うことなく突っ込んだ。
躊躇うことなく。
龍一様の前だってのに、躊躇うことなく!
「おいおい。せっかくの彼奴らの厚意を無駄にすんのか?」
「真城氏。貴方がここに来た目的がそれだというのであれば、ゆっくり時間を掛けて吟味しますが」
憐憫の表情で口元をニヤつかせるなんか気持ち悪い顔の龍一様にジロリと凍ったような目で睨みをきかせる海さんとの対決!
と、思ったら。龍一様、悪びれる様子もなく、あっさりと引いて僕に向き直りました。
「わかった、わかった。本題に入る。ほれ」
「? 何ですか、これ」
差し出された一通の封筒。それを受け取り中を見ると、一枚の書類が入っていた。
横書きの文書を読めば、龍一様の名と共に大きく書かれた「夢音」という旅館の名。
「温、泉?」
「やる。結婚祝いだ」
「結婚祝い?」
どういうこと?
首をかしげると、どこか気まずそうに頭を掻く龍一様が理由を話す。
「この一週間は魅色が邪魔しただろ? 奴を寄こしちまった詫びも兼ねてな。本当はもっと後に贈るつもりだったんだが。だいたい、この生活に慣れるまで時間がかかるだろうし、何より紫瞠のことをなんも知らないだろ?」
「知らないです」
「だから、まずは徐々にコレのことを知っていって、この生活に慣れていけ。温泉は落ち着いた頃に……そうだな。今年の冬か、来年の春くらいにでも行ったらどうだ? そのときにまた初夜をやり直せ。な?」
……。
あの初夜をやり直せと?
いや、あの夜のことは正直やり直したくないけど……
手にした書類にもう一度目を落とす。
温泉。
こういうところのお湯の色って何色なのかな? 露天風呂とかもあったりするのかな? 入れるのかな? 泳げたりもするのかな? しちゃうのかな?
えへへ。
「柳。ちょっとこっち来い」
「えへ……はい? はい……」
龍一様に頭を撫でられた。
「あの……?」
「悪かったな」
「へ? さっきの拳骨ですか?」
何の謝罪かわからなかったけど、思い当たるのはこれくらいしかないや……だってあれ、すごく痛かったし。
けど、どうも違ったらしい。龍一様は笑って、首を横に振った。
「いや、何でもねぇ……っと、酒ももうねぇな」
ハイペース!
いつのまにか、酒瓶は空になっていた。なのに二人とも、素面とそんなに変わんない。……うわばみってやつかな。
でも残念ながら、この家に酒は置いてない。
まだ九時前だし……お店、間に合うよね?
「僕、買ってきますね。ちょっと出てきます。日本酒でいいですか?」
「いや、いいよ。茶でも飲むわ。熱いの淹れてくれ」
腰ポケットに入れてたお財布の中身を確認しながらそう言うと、龍一様がいつになく遠慮してそれを止めた。
あのお酒大好き龍一様が!? ……明日、槍が降りますね。
「でも……まだお店開いてると思うし。そんなに離れてない場所に酒屋さんあったの知ってます。大丈夫です。僕、すぐに行ってきて……」
「「行くな!!」」
「ぴっ!?」
突如の怒号。
大きく肩を震わせてしまった僕。
ただ酒屋へと出掛けようとしただけなのに、二人の大人から怒鳴られてしまった。
龍一様ならまだしも、なんでっ?
なんで海さんまでそんな怖い顔していきなり怒鳴るんですかっ?
ちょっとどころじゃなくびっくりだよ。
混乱して何も言えなくなった僕。そんな僕に、二人は嘆息しながら最もらしい理由を口にした。
やっぱり怖い顔で。
「未成年相手に酒を売るわけがないでしょう。大人しくここにいなさい。いいですね?」
「茶でいいって言ってるだろうが。こんな時間に外へ出るな。さっさと淹れやがれ。いいな?」
「う、うん…………わかり、ました」
「よし」
「いい子です」
半ば強引な説得……と、思わなくもないけどコクコクと了解してみせる。
すると今度は、二人から頭を撫でられた。
……なぜに?
「……」
「……」
「……クス」
「くっくっくっ」
「ふぇっ……?」
なに? なんで肩が震えて……なんで二人とも震えてるの?
「くっ、くくっ……」
……笑って、る?
ちょっと涙目になりつつ首を傾げると、口元に手を添えた海さんが短く告げた。
「冗談です」
「冗、談?」
「ええ」
「くっくっくっ……」
まだ龍一様笑ってるし……。
「う、うぅ~……」
唇を噛み締めてちょっと俯く。
そんなに笑われることじゃないよね? そんなに変なことじゃないよね? こういうの、苦手な人だっているよね?
だって。だってなんか……上手くできないんだよ。
というか、あんまりしたくないんだもん。
え、エッチなことを。自分で、なんて……。
変な気分になるから。
いけないことしてるみたいで……嫌、だから。
おかしい、のかな……? でも、したくないんだもん。
いや、でも、全くしないのもおかしいのかもだし。僕はたぶん、人並みで……割と健全な男子だと思う、し。
で、でも、大人になるには、ちゃんとできるようにしないといけない……のかな。
「……」
目の前の二人を交互に見た。
素朴な疑問。
海さんたちは、どうやって大人になっていったんだろう?
「あの……」
「はい」
「海さんや龍一様は。こういうのを読んで大人になっていったんですか?」
僕は雑誌を指さした。
すると。
「必要ないですね。こんなもの」
「必要ねぇもんなぁ。こんなもん」
おんなじ回答が。
さいですか。
海さんの手にする雑誌の表紙を眺めながら、大人ってなんなんだろとぼんやり思う。
高校でも、夏休みが終われば誰かが言った。
『脱・童貞!』
ツヤツヤした顔で満面の笑み。ああ、大人への階段を登ったのかと少しだけ距離が開いて寂しく思う。
八十年くらいの人生。一度は通る(かもしれない)道。大人への儀式。子孫繁栄のための本能。
でも……。
今の時代、大人になるからって、エッチをしなきゃいけないわけじゃないんだよね?
ちらり、と。
海さんの目に視線をやれば、すぐに気づいてふわりと柔らかく微笑んでくれた。
「学生の本業は勉学です。今は転校に必要な物や揃っている教科書類の中身でも確認しておきなさい。こんなものがなくとも、生活はできます」
「……」
「調子が狂わされるようならこちらで処分しておきましょう。余計なことは考えず、今は自分のことだけを考えなさい」
僕の考えてることがわかったんだろうか。
海さんは雑誌をぐしゃりと丸めると、傍にあるゴミ箱の中へ躊躇うことなく突っ込んだ。
躊躇うことなく。
龍一様の前だってのに、躊躇うことなく!
「おいおい。せっかくの彼奴らの厚意を無駄にすんのか?」
「真城氏。貴方がここに来た目的がそれだというのであれば、ゆっくり時間を掛けて吟味しますが」
憐憫の表情で口元をニヤつかせるなんか気持ち悪い顔の龍一様にジロリと凍ったような目で睨みをきかせる海さんとの対決!
と、思ったら。龍一様、悪びれる様子もなく、あっさりと引いて僕に向き直りました。
「わかった、わかった。本題に入る。ほれ」
「? 何ですか、これ」
差し出された一通の封筒。それを受け取り中を見ると、一枚の書類が入っていた。
横書きの文書を読めば、龍一様の名と共に大きく書かれた「夢音」という旅館の名。
「温、泉?」
「やる。結婚祝いだ」
「結婚祝い?」
どういうこと?
首をかしげると、どこか気まずそうに頭を掻く龍一様が理由を話す。
「この一週間は魅色が邪魔しただろ? 奴を寄こしちまった詫びも兼ねてな。本当はもっと後に贈るつもりだったんだが。だいたい、この生活に慣れるまで時間がかかるだろうし、何より紫瞠のことをなんも知らないだろ?」
「知らないです」
「だから、まずは徐々にコレのことを知っていって、この生活に慣れていけ。温泉は落ち着いた頃に……そうだな。今年の冬か、来年の春くらいにでも行ったらどうだ? そのときにまた初夜をやり直せ。な?」
……。
あの初夜をやり直せと?
いや、あの夜のことは正直やり直したくないけど……
手にした書類にもう一度目を落とす。
温泉。
こういうところのお湯の色って何色なのかな? 露天風呂とかもあったりするのかな? 入れるのかな? 泳げたりもするのかな? しちゃうのかな?
えへへ。
「柳。ちょっとこっち来い」
「えへ……はい? はい……」
龍一様に頭を撫でられた。
「あの……?」
「悪かったな」
「へ? さっきの拳骨ですか?」
何の謝罪かわからなかったけど、思い当たるのはこれくらいしかないや……だってあれ、すごく痛かったし。
けど、どうも違ったらしい。龍一様は笑って、首を横に振った。
「いや、何でもねぇ……っと、酒ももうねぇな」
ハイペース!
いつのまにか、酒瓶は空になっていた。なのに二人とも、素面とそんなに変わんない。……うわばみってやつかな。
でも残念ながら、この家に酒は置いてない。
まだ九時前だし……お店、間に合うよね?
「僕、買ってきますね。ちょっと出てきます。日本酒でいいですか?」
「いや、いいよ。茶でも飲むわ。熱いの淹れてくれ」
腰ポケットに入れてたお財布の中身を確認しながらそう言うと、龍一様がいつになく遠慮してそれを止めた。
あのお酒大好き龍一様が!? ……明日、槍が降りますね。
「でも……まだお店開いてると思うし。そんなに離れてない場所に酒屋さんあったの知ってます。大丈夫です。僕、すぐに行ってきて……」
「「行くな!!」」
「ぴっ!?」
突如の怒号。
大きく肩を震わせてしまった僕。
ただ酒屋へと出掛けようとしただけなのに、二人の大人から怒鳴られてしまった。
龍一様ならまだしも、なんでっ?
なんで海さんまでそんな怖い顔していきなり怒鳴るんですかっ?
ちょっとどころじゃなくびっくりだよ。
混乱して何も言えなくなった僕。そんな僕に、二人は嘆息しながら最もらしい理由を口にした。
やっぱり怖い顔で。
「未成年相手に酒を売るわけがないでしょう。大人しくここにいなさい。いいですね?」
「茶でいいって言ってるだろうが。こんな時間に外へ出るな。さっさと淹れやがれ。いいな?」
「う、うん…………わかり、ました」
「よし」
「いい子です」
半ば強引な説得……と、思わなくもないけどコクコクと了解してみせる。
すると今度は、二人から頭を撫でられた。
……なぜに?
応援ありがとうございます!
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