【完結】檻の中の劣等種

天白

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番外編:花火

【滴 side】

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 ※時間軸は最終章「空」からしばらく経過しています。



 今日はこの地域で大きな花火大会がある。俺達の住む海沿いの家からでも見られると聞いて、急遽浴衣を購入することになった。

 俺、シキ、武虎、そして三歳の息子の空と一緒にショッピングモールへとお出かけ。道中、車の中で武虎厳選のヘビメタで空と一緒に頭をコテンコテンとさせながら、ワクワクすること一時間。

 空は到着するなり、その青い目をキラキラと輝かせた。小さな子供からすると、ショッピングモールは一種のアトラクションだと、武虎が笑った。

 中へ入ると夏ということで、別途浴衣コーナーが設置されていた。空は玩具を見つけた時と同様に駆け出し、たくさんの浴衣の中から一つを選んで引っ張り出した。

「ママ、見て! くーちゃん、これにする!」

「格好いいな、くうちゃん」

「うん!」

 三歳の子供にはそれ用の甚平があるとのことだったけど、空は決めるのが早かった。ビニールの包みに入っているそれを手にするなり、母親の俺へと差し出した。

 空がいるのは子供向けのコーナーだし、てっきり今流行りのキャラクター物を選ぶのかと思っていたけれど、決定したのは濃紺の波模様。息子のチョイスは渋かった。

「ママは!?」

 まだ会計前だけど、既に自分の物となったそれを抱き締めながら、空は俺にどの浴衣にするのか聞いてくる。どうしようかな。俺もこういう浴衣は初めて着るし、どれがいいのか……

「この青いのはどうよ? 滴は色白だし、映えると思うぞ!」

 そう言って俺に浴衣を見せてくるのは武虎だ。今日は完全にオフ! と宣言して仕事用のスマホも電源オフ。その格好も完全に私服。耳にピアスもつけて、すごく格好いいんだけど、さっきから他人の注目をこれでもかと浴びている。出来れば他人のフリをしていたい。

 出された浴衣を細見させてもらうと、青色の布地に朝顔の絵が描かれている物だった。とても可愛らしい。しかし、その付属の黄色い帯を見て俺は首を傾げた。

「これ、女の子用じゃないの?」

 男物と違って、帯の幅が広い。実際に着たことはないけれど、女物か男物かくらいは区別がつく。武虎を見ると、舌を出してとぼけられた。

「間違えちゃった♪」

 うん。絶対わざとだ。俺は嘆息しつつそれを戻そうとすると……

「ママ、きれーだよ! それがいいよ!」

「えっ?」

「くーちゃん、それがいい!」

「おっ。わかってんな~、空! やっぱりママはこれが似合うよな!」

「うん!」

 キラキラとした笑顔で息子に浴衣を決められてしまった。これは女の子用なんだよ、と説明しても首を傾げられた。俺も説明していくうちに、自分の性別がはっきりとそれ! と言えないものだと思い、結局のところ他の誰に見せるわけでもないかと諦めた。そして明日の武虎の朝食は作らないと決めた。

「とーちゃんはどれ?」

「俺は空とお揃いだぞ~! ほらっ!」

 空に尋ねられた武虎はジャンッ! と、白色の甚平を取り出した。大人用のそれはサイズこそ大きいものの、空が選んだ物と同じ波模様でとても渋い。空は自分とお揃いで大喜び。俺もそういうのが良かった……。

「残念だったね。滴」

「シキ」

 クスクスと笑うのは空の父親のシキだ。息子と同様の青い目を細めて、俺の頭を撫でながら慰める。

 三年前、ギャンブルを辞めて表舞台からは身を引いたシキ。有名人ではなくなったわけだけど、こうしたショッピングモールに顔を出すとやはり目立つ。前のような変装はもうしないし、そのままのシキと出かけられるから俺としては嬉しいよ。嬉しい、けど……

「ねえっ、もしかしてあれっ……」

「シキ様? シキ様なの!?」

「きゃー! こっち向いて~!」

 武虎以上にすっっっごく目立つ。遠くからのヒソヒソ話も丸聞こえだ。

 正直な話、空と俺の二人きりの方が買い物は楽なんじゃないだろうか。

「ごめんね、滴。後でソフトクリームを買ってあげるから」

「もう子供じゃないよ、俺……」

 黙っていても、考えていることを読まれて宥められた……むうぅ。ソフトクリームは好きだけど。

「パパ! くーちゃん、これだよ!」

「男前だな、空は。センスがいい」

「ふふ~♪」

 空がシキに、自分の選んだ甚平を自慢気に見せる。シキが褒めると空が嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。やっぱり父親に褒められると嬉しいんだな。

 それはそれとして、シキはどうするんだろう? 武虎よりも背がうんと高くて身体も大きいし、そもそもサイズがないんじゃないか?

 そう思っていたら、黒色の浴衣が既にシキの手の中にあった。

「シキのサイズ、あるんだ」

「海外の人間も着るからな~。数は少ないけど」

「なるほど」

 でも布地が安定の黒色で、ほっとしたような、残念なような……ちょっと選んでみたかったかも。

「パパはそれ? かっこいい!」

「そうか。空に褒められると嬉しいよ」

 まあ、空がとても喜んでいるし……いいか。俺は口端を少しだけ持ち上げる。

「花火、楽しみだな」

「うん!」

 こうして俺達は浴衣を買い、ついでにソフトクリームも買ってホクホク顔の空を乗せた車は家路についた。武虎がコソッと、「浴衣エッチは空が寝てからな」と変なことを耳打ちしてきたのは気のせいにしておこう。

 しかし、お天気のご機嫌は斜めだったようだ。

「うえっ……うええん! はなびっ……はーなーびー!! うえーん!!」

 家へ帰ると途端にどしゃ降りの雨が降ってしまった。夕立ならとそれぞれ浴衣を着て、しばらく様子を見ていたけれど、止む気配は全くなく。

 街の花火大会も、残念ながら今回は中止となってしまった。

 花火がないと知って、甚平を着てスタンバイオーケーだった空はわんわんと大泣きしてしまった。しかも天気はますます悪くなるばかりで、どうすることもできない俺はオロオロと困ってしまう。代わりに冷静なシキが空を抱いて宥めてくれていたんだけど……

「どっ、して……えぐっ……どうしてっ……ひっく……あめっ……うえええん!!」

 この日を楽しみに、ティッシュで照る照る坊主まで作っていたのに。自分の努力が報われず、裏切られてしまったことも大きいんだろう。それを受け入れろといっても幼い空には酷な話だ。

 大好きな焼きそばを作って外で食べながら花火を楽しむ予定だったのにな。

 空の悲しむ姿を見て落ち込んでいた俺だけど、その間何処かへ出かけていた武虎が家の中へと戻ってきた。頭から雨を被ったのか、せっかく買った甚平もびちゃびちゃ。俺は慌ててタオルを用意して彼に渡した。

「いや、すっごい雨だわ~! もう、車で走ると前が見えねーの!」

「そんなにすごい天気なのに、何処へ行っていたの?」

「シキがさ~、これ買ってこいって!」

「何?」

 ガサッと差し出されたのは、ビニール袋に入ったカラフルな筒状の束。たくさん入っているみたいだけど、これは何だろう?

「花火だよ」

「えっ、これが?」

「打ち上げ花火とは違うけど、結構綺麗なんだぞ。コンビニで売ってる物だからそんなに種類がなかったけど、とにかくたくさん入っているのを買ってきた。四人だし、充分遊べるだろ」

 玩具花火と言うらしい。手で持って間近で花火を楽しむことが出来るんだとか。

「これで空の機嫌が直ってくれるかわかんねえけど、自分で遊べる花火だからきっと楽しいぞ! 空~!」

 タオルで頭を拭きながら、武虎が泣きじゃくる空へ玩具花火を見せた。はじめは「そんなのやだ! はなびじゃない!」と頭を振っていたけれど、空を抱いたシキが立ち上がって試しにやってみようとその中の手筒花火というものを取り出した。自分の胸に顔を埋めて嗚咽を上げる空に声をかけながら、シキはベランダへ出ると雨がかからないよう屋根の下でしゃがみこみ、花火を持って先の方に火をつけた。

 たちまち花火はシューと音を立て、筒先から勢いよく火花を噴き出した。派手な音にびっくりしたのか、空はシキに抱きついたまま振り返り、ぱちくりと瞬きを繰り返した。一メートル以上も噴き出す火花はとても綺麗で、初めて目にする俺もつい見入ってしまった。

 しばらくすると花火は鎮火してしまい、辺りは再び雨の降る大きな音に包まれる。しかしそれまで泣いて止まなかった空は。

「もっかい! もっかいみる! くーちゃんもやりたい!」

 すっかり玩具花火の虜となっていた。空は顔を湿らせたまま、花火が欲しいとシキに向かってその小さな手を差し出す。

「なら、まずは顔を拭こうか。格好いい甚平に相応しい男にならなければな」

 俺はすぐに濡らしたタオルを持ってくると、それを受け取ったシキが空の顔を優しく拭った。目元はパンパンに腫れていたけれど、空は手持ちすすきというものを選んでシキと一緒にそれを持ち、先の方に着火した。その間に武虎が水を張ったバケツを近くに用意し、俺を呼んですぐに別の花火を選ぶように言われた。一つずつ着火していくのではなく、誰かが遊ぶ花火を火種とし、リレーのように火をつけていくのが楽しいんだとか。

 俺は空と同じすすきを選び、空の持つ花火へと先を近づけ火を分けてもらった。シューシューと音を立てて噴き出す花火はとても綺麗で、また自分で遊ぶという実感があるからかとても楽しい。

「空、次はどれにしようか?」

「これ! くまさんの!」

「よし、俺の火をあげちゃろう!」

 食事をすることをすっかり忘れ、次々と花火を持ち出し彩り豊かな火花に夢中になる。外では変わらずザーザーと雨が降り続けているというのに、何にも気にならなかった。

「楽しいね、くうちゃん」

「うん!」

 四人でこんなにたくさんの花火、余っちゃうんじゃないかと少し心配だったけれど、杞憂に終わった。線香花火だけを残して、全部使いきったのだから。

 空は今日一日、喜んで、泣いて、はしゃいで、楽しんで……ついに電池が切れたかのように花火を持ったまま寝てしまった。可愛い寝顔を見つめて空をベッドに移そうとすると、すかさず武虎が空を抱いた。そして俺とシキに……

「後は二人でごゆっくり~♪」

 とだけ残して、ベランダからリビングへ。そしてその奥の部屋へと行ってしまった。

 ごゆっくり、と言われても何をすればいいのか。こんな雨だし、残っているのは線香花火だけだし。もしかしたら空がやりたいかもしれないし。

 俺が考えているとシキが隣に座って、線香花火を手に取った。

「残していても湿気るだけだし、後は二人で楽しもうか」

 そう言って、線香花火の先に着火した。

 パチパチと小さく弾ける花火は、それまでの玩具花火に比べて微かな物だけれど、この小さな花が儚くて美しいと感じた。

 ジッと見つめていると、隣のシキが微笑みながら俺を見つめていた。

「どうしたの?」

「綺麗だなと思ってね」

「うん。綺麗だな……花火」

「ふふっ」

 シキが笑って、違うと首を緩やかに振った。

 ポトリと花火の先が落ちると、シキが俺の顔を上げさせてしっとりと唇を重ねてきた。

 嘘だよ。本当は俺に向かって言ったのはわかっている。そして俺も、本当はシキが綺麗だと言おうとしたのに、咄嗟に花火とつけ加えてしまったんだ。

 浴衣を艶やかに着るシキは、ずっと見つめていられないくらい綺麗だから。

「……ん、んぅ……」

 唇の隙間から舌を挿し込まれ、俺のそれに絡めながら吸い上げられる。

「シキ……」

「愛してるよ、滴」

 雨はまだ降りしきる中、俺はシキの首に抱きついた。そしてシキもまた俺の身体を抱き締めると、欲望のまま互いを求め合う行為へと溺れていった。







 END.



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