【完結】檻の中の劣等種

天白

文字の大きさ
上 下
72 / 74
羽柴

外伝 9

しおりを挟む
 ――――…




「なあなあ、名前どうする?」

「俺が決めていいのかな?」

「いいだろ。お母さんなんだから」

 シキが決めるのもいいけど、ネーミングセンスないからなぁ。俺もいくつか候補を上げてみようか。

 頭の中で男と女の名前をそれぞれ考えていると、滴が控えめに考えていることを口にした。

「……もし、なんだけど。この子がシキと同じ目の色をしていたら、『空』がいいなって」

「そら?」

「もしも、だけど」

 遺伝的な優劣でいけば、確かに滴の目の色を引き継ぐ可能性の方が高いだろう。でも、この二人はそれを覆した。限りなくゼロだと言われていた新たな命を生み出した。だったら、その可能性もアリだろう?

「いいじゃん。空ちゃん。いや、空君か」

「男でも女でも、変じゃないでしょ?」

「変なもんか。空は海よか広いぜ。なあ、空~」

 まだまだ小さな命に、俺はさっそく呼びかけた。腹を撫でてもまだまだ胎動はわからない。けれど、何かがトクトクと俺の手から伝わった。

「な、滴。体調が安定したらさ、水族館に行こうぜ。あの動物園の隣の。シャチが入ったんだってさ!」

「しゃち? あの、黒と白の大きい生き物?」

「でかいけど、顔はかわいーぞ。また弁当を持ってってさ!」

「うん。行きたい」

「おっしゃ。今度は弁当も豪勢にしなきゃな~」

「ヘビメタ、聴ける?」

「おう、流す流す!」

 相変わらず、表情は変わらないけれど滴はワクワクした様子で俺に答えた。今度は計画を立てて、朝から支度して行けばいい。開館から閉館まで、ゆっくり楽しもう。

 俺も今後の楽しみに胸を膨らませていると、滴が俺の名前を呼んだ。

「武虎」

「なに? ……おっ?」

 滴が俺の首に腕を回して、ぎゅっと抱きついた。思わず腹から手を離し、滴の腰へ手を回した。倒れないように支える為だ。

 まさか体調が? しかし俺の心配は外れた。滴は俺に、そっと囁いた。

「本当にありがとう」

「な、何だよ、改まって……」

「……ん。何だろう。でも、ずっとこうしてみたかったんだ」

 チビだった頃の雫を抱っこしたことはたくさんある。でも、滴から抱き締められたのは初めてだ。

 シキに見られたら少しどころでなくかなりマズいぞ、と内心慌てた俺は早口で捲し立てた。

「おいおい、シキが見たら妬いちゃうぜ、困ったな~。あ、それとも今から俺に乗り替える? 武虎ちゃんってば、罪な男だわ~。だからそろそろ俺から離れ……」

「ありがとう…………お兄ちゃん」

 ああ。本当に夢みたいだ。神様……あんま信じてなかったけど、ありがとう。もしも夢なら覚めないでくれ。

 目頭が熱くなる。駄目だ。ここでは堪えろ。嬉しいものは一滴も零すな。俺は自身に言い聞かせながら、滴の背中に腕を回すと、一回り以上も細い彼の背を優しく撫でた。

「……ああ、お兄ちゃんだからな」

 だから、ずっとお前を守ってやる。今度こそは、違わない。シキと滴、お前達の傍で俺は生きるよ。

 これから生まれてくる命も、きっと守ってみせるから。

 滴と抱き合っていると、そこにゆらりと大きな黒い影が落ちてきた。何だ? と、視線だけを上にすると、見知った顔がニッコリと綺麗な笑みを浮かべていた。しかしその青い双眸は笑っていない。

「うっお!?」

「夫の居ぬ間に浮気とは、なかなかやるね。滴」

「……あ。おかえりなさい、シキ」

 俺はパッと滴から手を離すも、当の滴は俺に抱きついたまま離れない。文字通りあたふたと慌てて焦る俺。滴には優しく微笑むも、俺に向かう視線が鋭く怖い。抉るような目つきだ。この視線で殺られた奴らがどれだけいたことか……それは俺しか知らない事実だけど。

 しかし引き剥がすことはできない。滴は今、身重だ。でもその滴がさっきより俺に抱きついて、はたまた顔を俺の胸へ埋めてくる。俺が大好きなのはわかったから、シキの前でそんなに抱きつかないで、滴ー!

「滴っ、ちょっ、ごめん! こうしていたいのは山々なんだけど、は、離れて……」

「……武虎」

「なに!?」

「ごめん……吐き、そう……」

「え……え!? ちょっ、三秒! 三秒待って滴……シキ! 洗面器! てかこのタイミングで!?」

「うぶっ……」

「しっ……ぎゃー!!」

 騒がしくって、賑やかしい。

 でも静かで平穏な日々はつまらない。そうだろう?

 これからの毎日は、きっとめまぐるしくて楽しい日々だよ。

 なあ? 俺の大切な家族。





 終


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

【完結】ワンコ系オメガの花嫁修行

古井重箱
BL
【あらすじ】アズリール(16)は、オメガ専用の花嫁学校に通うことになった。花嫁学校の教えは、「オメガはアルファに心を開くなかれ」「閨事では主導権を握るべし」といったもの。要するに、ツンデレがオメガの理想とされている。そんな折、アズリールは王太子レヴィウス(19)に恋をしてしまう。好きな人の前ではデレデレのワンコになり、好き好きオーラを放ってしまうアズリール。果たして、アズリールはツンデレオメガになれるのだろうか。そして王太子との恋の行方は——?【注記】インテリマッチョなアルファ王太子×ワンコ系オメガ。R18シーンには*をつけます。ムーンライトノベルズとアルファポリスに掲載中です。

ブラッドフォード卿のお気に召すままに~~腹黒宰相は異世界転移のモブを溺愛する~~

ゆうきぼし/優輝星
BL
異世界転移BL。浄化のため召喚された異世界人は二人だった。腹黒宰相と呼ばれるブラッドフォード卿は、モブ扱いのイブキを手元に置く。それは自分の手駒の一つとして利用するためだった。だが、イブキの可愛さと優しさに触れ溺愛していく。しかもイブキには何やら不思議なチカラがあるようで……。 *マークはR回。(後半になります) ・毎日更新。投稿時間を朝と夜にします。どうぞ最後までよろしくお願いします。 ・ご都合主義のなーろっぱです。 ・第12回BL大賞にエントリーしました。攻めは頭の回転が速い魔力強の超人ですがちょっぴりダメンズなところあり。そんな彼の癒しとなるのが受けです。癖のありそうな脇役あり。どうぞよろしくお願いします。 腹黒宰相×獣医の卵(モフモフ癒やし手) ・イラストは青城硝子先生です。

侯爵様の愛人ですが、その息子にも愛されてます

muku
BL
魔術師フィアリスは、地底の迷宮から湧き続ける魔物を倒す使命を担っているリトスロード侯爵家に雇われている。 仕事は魔物の駆除と、侯爵家三男エヴァンの家庭教師。 成人したエヴァンから突然恋心を告げられたフィアリスは、大いに戸惑うことになる。 何故ならフィアリスは、エヴァンの父とただならぬ関係にあったのだった。 汚れた自分には愛される価値がないと思いこむ美しい魔術師の青年と、そんな師を一心に愛し続ける弟子の物語。

有能社長秘書のマンションでテレワークすることになった平社員の俺

高菜あやめ
BL
【マイペース美形社長秘書×平凡新人営業マン】会社の方針で社員全員リモートワークを義務付けられたが、中途入社二年目の営業・野宮は困っていた。なぜならアパートのインターネットは遅すぎて仕事にならないから。なんとか出社を許可して欲しいと上司に直談判したら、社長の呼び出しをくらってしまい、なりゆきで社長秘書・入江のマンションに居候することに。少し冷たそうでマイペースな入江と、ちょっとビビりな野宮はうまく同居できるだろうか? のんびりほのぼのテレワークしてるリーマンのラブコメディです

宰相閣下の絢爛たる日常

猫宮乾
BL
 クロックストーン王国の若き宰相フェルは、眉目秀麗で卓越した頭脳を持っている――と評判だったが、それは全て努力の結果だった! 完璧主義である僕は、魔術の腕も超一流。ということでそれなりに平穏だったはずが、王道勇者が召喚されたことで、大変な事態に……というファンタジーで、宰相総受け方向です。

アルケミスト・スタートオーバー ~誰にも愛されず孤独に死んだ天才錬金術師は幼女に転生して人生をやりなおす~

エルトリア
ファンタジー
孤児からストリートチルドレンとなり、その後も養父に殺害されかけたりと不幸な人生を歩んでいた天才錬金術師グラス=ディメリア。 若くして病魔に蝕まれ、死に抗おうと最後の研究を進める彼は、禁忌に触れたとして女神の代行者――神人から処刑を言い渡される。 抗うことさえ出来ずに断罪されたグラスだったが、女神アウローラから生前の錬金術による功績を讃えられ『転生』の機会を与えられた。 本来であれば全ての記憶を抹消し、新たな生命として生まれ変わるはずのグラスは、別の女神フォルトナの独断により、記憶を保有したまま転生させられる。 グラスが転生したのは、彼の死から三百年後。 赤ちゃん(♀)として生を受けたグラスは、両親によってリーフと名付けられ、新たな人生を歩むことになった。 これは幸福が何かを知らない孤独な錬金術師が、愛を知り、自らの手で幸福を掴むまでの物語。 著者:藤本透 原案:エルトリア

不憫王子に転生したら、獣人王太子の番になりました

織緒こん
BL
日本の大学生だった前世の記憶を持つクラフトクリフは異世界の王子に転生したものの、母親の身分が低く、同母の姉と共に継母である王妃に虐げられていた。そんなある日、父王が獣人族の国へ戦争を仕掛け、あっという間に負けてしまう。戦勝国の代表として乗り込んできたのは、なんと獅子獣人の王太子のリカルデロ! 彼は臣下にクラフトクリフを戦利品として側妃にしたらどうかとすすめられるが、王子があまりに痩せて見すぼらしいせいか、きっぱり「いらない」と断る。それでもクラフトクリフの処遇を決めかねた臣下たちは、彼をリカルデロの後宮に入れた。そこで、しばらく世話をされたクラフトクリフはやがて健康を取り戻し、再び、リカルデロと会う。すると、何故か、リカルデロは突然、クラフトクリフを溺愛し始めた。リカルデロの態度に心当たりのないクラフトクリフは情熱的な彼に戸惑うばかりで――!?

処理中です...