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羽柴
外伝 8
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それから六年が経った。滴は驚くほどの早さで言葉を覚え、常識を覚え、知識を得ていった。同年代の人間と、殆ど変わらぬ立ち振舞いができるようになった。元々、地頭が良いのだろう。高杉先生も滴の成長には舌を巻いていた。
しかしあの老人がした罪は根深かった。滴は時折魘されては、動物のように発情した。そしてシキは宣言通り、滴を抱くようになった。普通の刺激ではもの足らないのか、俺のいる前などで行為をすると、滴は嫌がるどころかシキを求めた。はじめは二人の情交を見るのが耐え難かった。青と雫の関係を知っているから余計にだ。しかし人間とは不思議なものでこれがすぐに慣れてしまった。何故だろうと自分なりに分析してみると、これが青と雫ではなく、シキと滴だからということに気がついた。
そして滴がシキを求めるように、シキもまた滴を求めるようになっていった。同じ血液型なのが関係しているのか? いや、違うだろう。年の差はあれど、きっと二人は元々そう結ばれる関係だったのかもしれない。
運命は信じないが、縁は信じる。シキと滴はそういう縁だったんだ。
それでも、滴は俺達のことを思い出すことはなかった。時折、俺達のことを聞きたそうにする仕草を見せるも、一線を引いて堪えるんだ。
自分から関係を明かそうか。何度かシキへ進言した。しかしシキはそれを止めた。滴自身が聞かない限り、俺達からは明かすことをしない、と。俺はシキの命令に従った。
滴の成長と共に、俺達にはない月のモノが始まった。正直、どうしてやればいいのか全くわからず、夜中だというのに高杉先生へコールした。滴の症状は平均よりも重く、毎回辛そうだった。代われるものなら代わってやりたい。ゲエゲエと嘔吐するその背を擦りながら、本当に俺は無力だと感じた。
後に高校へ入学することが決まり、俺も滴と共に同級生として入ることになった。きっと学校へ碌に通ったことのない俺に、シキが配慮したこともあるんだろう。俺は学校よりも、滴の傍にいられるだけで充分だったけれど。
しかし平穏な生活というのはなかなか難しかった。どうしてかこうしてか、滴は狙われやすかった。男子校だと女に飢えた奴が滴を狙うし、はたまた事情を知らない教師が誘惑するし。男女共学なら大丈夫だろうと入れてみると、なんでこんなとこに稀少種がいるんだよ、しかも鼻の利く奴! と、これまた信じられないくらい考えることがえげつない。滴をマワそうとしていた男どもはシキが報復したとして、女についてはあの時のシキ同様、腹に一発、蹴りをお見舞いしてやった。子供だろうが下衆は嫌いだ。
厄払いを真剣に考えている中、滴の方から俺のことを尋ねてきた。嬉しかった。すごく嬉しかった。
そしてある日から滴の体調が変化した。症状からしてもしや? とほんの僅かな可能性が頭に浮かんだ。けれど、相手がシキなら限りなくそれはゼロ。ならばと他の可能性を探ってみるも、相談先の高杉先生が「妊娠ならおめでたいことじゃーん」と昔から変わらない軽いノリで返してきた。シキにもそれを告げると、珍しく口を半開きにさせて、ポカンと俺を見つめた。さすがのシキもこればかりは予測できなかったんだろう。
検査をしないことにははっきりと言えない。俺は滴が口にするものに気をつけた。その後、自身の変化に戸惑う滴がボロボロと泣き出し、シキがピクニックを提案した。結局、一度もしたことのなかったそれをこのタイミングで? と、内心驚くも、夢が叶うようでワクワクした。弁当を作って、二人を車に乗せて、しかも行き先は動物園。こんな大人三人が……なんて、周りは思うかもしれない。でも、外野は気にならなかった。
動物園は楽しかった。滴のつわりが気掛かりだったけれど、滴も楽しんでくれていたようだった。俺が車で流すヘビメタは胎教に悪いんじゃないかと後になって心配したけれど、滴は気に入ってくれたようだ。耳を塞いでいたシキはどうでもいい。コアラや虎、キリンやゾウ、三人で観て回った。
何より、一番嬉しかったのは、弁当を食べた時に滴が言ってくれた言葉だった。
「ありがとう。二人に会えて、本当に良かった」
涙が出た。もう泣かないと決めていたのに、堪えられなかった。トイレまで駆け込んで声を抑えて泣いた。
俺達のことを恨んでいるんじゃないか。忘れていても、全てを知ったら離れていくのではないか。
あの時、小さな手を引いてやれば良かったと、ずっと後悔していた。それが全て、赦された気がした。
「滴っ……うっ……りがと……あり、がと……しずくっ!」
ごめんな、雫。ありがとう、滴。
ありがとう。ありがとう。
しかしあの老人がした罪は根深かった。滴は時折魘されては、動物のように発情した。そしてシキは宣言通り、滴を抱くようになった。普通の刺激ではもの足らないのか、俺のいる前などで行為をすると、滴は嫌がるどころかシキを求めた。はじめは二人の情交を見るのが耐え難かった。青と雫の関係を知っているから余計にだ。しかし人間とは不思議なものでこれがすぐに慣れてしまった。何故だろうと自分なりに分析してみると、これが青と雫ではなく、シキと滴だからということに気がついた。
そして滴がシキを求めるように、シキもまた滴を求めるようになっていった。同じ血液型なのが関係しているのか? いや、違うだろう。年の差はあれど、きっと二人は元々そう結ばれる関係だったのかもしれない。
運命は信じないが、縁は信じる。シキと滴はそういう縁だったんだ。
それでも、滴は俺達のことを思い出すことはなかった。時折、俺達のことを聞きたそうにする仕草を見せるも、一線を引いて堪えるんだ。
自分から関係を明かそうか。何度かシキへ進言した。しかしシキはそれを止めた。滴自身が聞かない限り、俺達からは明かすことをしない、と。俺はシキの命令に従った。
滴の成長と共に、俺達にはない月のモノが始まった。正直、どうしてやればいいのか全くわからず、夜中だというのに高杉先生へコールした。滴の症状は平均よりも重く、毎回辛そうだった。代われるものなら代わってやりたい。ゲエゲエと嘔吐するその背を擦りながら、本当に俺は無力だと感じた。
後に高校へ入学することが決まり、俺も滴と共に同級生として入ることになった。きっと学校へ碌に通ったことのない俺に、シキが配慮したこともあるんだろう。俺は学校よりも、滴の傍にいられるだけで充分だったけれど。
しかし平穏な生活というのはなかなか難しかった。どうしてかこうしてか、滴は狙われやすかった。男子校だと女に飢えた奴が滴を狙うし、はたまた事情を知らない教師が誘惑するし。男女共学なら大丈夫だろうと入れてみると、なんでこんなとこに稀少種がいるんだよ、しかも鼻の利く奴! と、これまた信じられないくらい考えることがえげつない。滴をマワそうとしていた男どもはシキが報復したとして、女についてはあの時のシキ同様、腹に一発、蹴りをお見舞いしてやった。子供だろうが下衆は嫌いだ。
厄払いを真剣に考えている中、滴の方から俺のことを尋ねてきた。嬉しかった。すごく嬉しかった。
そしてある日から滴の体調が変化した。症状からしてもしや? とほんの僅かな可能性が頭に浮かんだ。けれど、相手がシキなら限りなくそれはゼロ。ならばと他の可能性を探ってみるも、相談先の高杉先生が「妊娠ならおめでたいことじゃーん」と昔から変わらない軽いノリで返してきた。シキにもそれを告げると、珍しく口を半開きにさせて、ポカンと俺を見つめた。さすがのシキもこればかりは予測できなかったんだろう。
検査をしないことにははっきりと言えない。俺は滴が口にするものに気をつけた。その後、自身の変化に戸惑う滴がボロボロと泣き出し、シキがピクニックを提案した。結局、一度もしたことのなかったそれをこのタイミングで? と、内心驚くも、夢が叶うようでワクワクした。弁当を作って、二人を車に乗せて、しかも行き先は動物園。こんな大人三人が……なんて、周りは思うかもしれない。でも、外野は気にならなかった。
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何より、一番嬉しかったのは、弁当を食べた時に滴が言ってくれた言葉だった。
「ありがとう。二人に会えて、本当に良かった」
涙が出た。もう泣かないと決めていたのに、堪えられなかった。トイレまで駆け込んで声を抑えて泣いた。
俺達のことを恨んでいるんじゃないか。忘れていても、全てを知ったら離れていくのではないか。
あの時、小さな手を引いてやれば良かったと、ずっと後悔していた。それが全て、赦された気がした。
「滴っ……うっ……りがと……あり、がと……しずくっ!」
ごめんな、雫。ありがとう、滴。
ありがとう。ありがとう。
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