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羽柴
外伝 2
しおりを挟む――――…
「たっだいまー!」
「おかえ……すごいね、荷物」
シキの所有するタワーマンション、その自宅へ入るなり出迎えた滴に無表情で呆れられた。
俺の両手にはベビー用品がわんさか抱えられており、それらを持ったままスタスタと奥のリビングへ向かった。
「これから何かと要るじゃん? オムツやタオル、着替えなんかはたくさんあっても困らないだろ」
「そうかもしれないけど……まだ赤ちゃん、十四週だよ」
少しだけふっくらした腹を擦る滴が言うことは最もだ。我ながら浮かれている。でも嬉しいものは仕方がない。
リビングにあるローテーブル上へ荷物をドサドサと置くと、俺は滴へ体調を尋ねた。すると、滴は自分の額へ手を宛がい体温を確認してから、やはり無表情のまま俺に答えた。
「絶好調」
「発熱してねーから好調ってわけじゃないからな」
妊娠は病気じゃないとは言うけれど、体調の良し悪しは個々による。何より命が懸かっているんだ。俺は滴の代わりに産んでやれないから、気遣うことくらいしかできない。
滴は薄い胸を手で擦りながら、本音を言った。
「ちょっと……気持ち悪い」
「ああ、ほら。座ってろよ。大事な時なんだから」
我慢する癖のある滴。ようやっと本音を言ってくれるようになったのはこちらとしても嬉しい。
俺は滴を支えながらソファへと促す。滴は「大げさだよ」と言った。
「ちょっと気持ち悪いだけで、つわりは殆ど終わったし……俺は動けるよ」
全く。動けるから大丈夫、は違うんだぞ。食べづわりから症状が悪化して、トイレからしばらく出てこられなかった日もあったっていうのに。もう落ち着いてもいい頃らしいけど、滴の体調はまだ安定しなかった。
俺は滴の腹に自分の手を重ねると、真剣な目を向けた。
「お前一人の身体じゃないんだぞ。ここにいるのは俺の子でもあるんだ」
「それを聞くと、またシキが怒るよ?」
誤解しかねない俺の発言。確かに、ここにいるのはシキと滴の子供だ。けれど、妊娠がわかった時に言った滴の願い。それが俺にとってこの上なく喜ばしいものだった。
俺達と家族になりたい。シキだけじゃなく、そこに俺が含まれていることがどうしようもなく嬉しかった。
「男の子かな。女の子かな」
「この腹の感じは男だな。間違いない。俺の子は男児だ」
「シキ、この会話を聞いてるよ?」
そう言いながら嬉しそうに腹を撫でる滴の姿は、確かに男でもあるのに母だった。
あんなにちっこくて、ヒヨコみたいだった滴が今やお母さんか。親に……違った、伯父になる気持ちってこんななのかなぁ。
ずっと望んでいた三人での暮らし。それがこの夏から四人に増えるんだ。
夢を見ているんじゃないか。毎朝起きる度にそう思ってしまう。目が覚めたら滴がいなくて、シキと二人で探す毎日に戻ってしまうのではないかと。
楽しい日々はあっという間なのに、滴のいない八年間は本当に途方もなかった。
諦めたことはない。けれど、何度か心が折れそうになった。
その度にシキが俺を叱咤してくれた。一番、責任を感じていたのはシキだ。理由がどうあれ、滴を一人にしたのは紛れもなくシキだった。
きっとこの嬉しさを量ることができるのなら、俺よりもシキの方が何倍も重いのだろう。
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