【完結】檻の中の劣等種

天白

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 確か、「シズク」を探していたと言っていた。俺の名前が滴だから当たりをつけた? それはないだろう。俺はシキに拾われてから名づけられたんだ。戸籍にもなければ本名でもない。彼が元から俺を探していたとは考えにくい。

 何故、俺を狙った? それもわざわざ劣等種の俺を。そして何故、「シズク」を探していた?

「……何故、欲しいの?」

 俺はすっかり乾いてしまった唇を動かし、馬野へと尋ねる。もう、彼のことを先生とは言わないし、思わない。

 視線も、ぼやける馬野の顔へ向けると、彼は穏やかな口調で話してくれた。

「もちろん、君が稀少種だからだよ。それもあの中瀬……いや、君からすれば羽柴か。あの男が傍にいたからね。絶対に『雫』に辿り着けると思っていたよ」

 やはり、この人の言う「シズク」は違う。でも、稀少種を狙ってのことならば、もしやその「シズク」も稀少種なのか?

 そもそも、稀少種を狙ったのであれば、俺は違う。俺は男で、劣等種だ。稀少種を狙うのであれば……

「俺……女、じゃない……劣等種、だ……」

 俺が通っていたのは男子校。それに気づかないわけがないのに。

 すると馬野は、がらりと口調を変え、唾を飛ばしながら怒鳴りつけた。

「馬鹿を言うもんじゃない! 劣等種? それはあの女どもの方だ! 馬鹿みたいに繁殖しやがって……稀少種というのは君達、男性のことを表す言葉だよ!」

 驚いて身体を震わせる俺に、馬野は「すまない」と口元を袖口で抑えた。

 ここまで憤慨するなんて、いったい何なんだ? この人にとって稀少種とは何だ? それに尊ばれる方の女性をそこまで蔑視するなんて……

 俺はまだ冴えない脳を動かし、言葉を慎重に選びながら馬野へと問いかける。

「何で俺が……稀少種だって、思った……の?」

「羽柴が傍にいたからだと言っただろう。まさか君は何も知らないのか? 全く……だから学校なんてものに通わせていたのか。あの男、優秀だからとちやほやされてはいたものの、やはり何もわかっちゃいない」

 言っていることがわからず、俺は眉を顰めた。すると、馬野は近くにあった椅子をベッドの近くへと持ってきて、ドカッと腰を下ろした。

 校医をやっていた時のキャラクターは演技だったのか。顎を突き上げ、俺を上から見下ろしている。そのあまりの違いに、俺の額から冷たい何かが滴り落ちた。

「まあいい。時間はたっぷりある。君がいかに貴重な存在なのか、教えてあげようか。自覚はしておいた方がいい」

 この余裕は何処から来るんだろう。ここには誰も来られないと踏んでいるのか? 俺はきゅっと唇を引き結んだ。

「君達のような男性の稀少種はね、女のそれよりも能力的に遥かに優れているんだよ。絶対数が女よりも少ないのだからその凡例が公にされていないのは仕方ない。生殖能力を持たないとされる共通項だけが広まってしまい、いつしか劣等種という蔑称が生まれてしまったようだがね。だからこそ、男性の稀少種は慎重に扱われる。生まれたらすぐに各研究機関によって保護される場合が殆どだ。君は例外みたいだがね」

 まるで自分のことのように誇らしげに語る馬野。背中の方から虫が走るように、その口振りが気持ち悪く感じられる。

 こちらのことなど気にもしない彼は饒舌に語り続けた。

「私が羽柴と同じ塾に通っていたと言っただろう? そこはある財団法人が才能ある子達を集め、最先端の技術と教育で持ちうる能力を引き伸ばすという養成機関だったんだよ。研究所もたくさん併設されていてね。私は稀少種について研究し、学んでいた。そして運が良いことに、研究に協力をしてくれる一人の稀少種がいたんだ。それが『雫』。もちろん、男性だ」

 「シズク」の漢字は異なると、宙に指で描きながら教えてくれた。

 やはり違う。俺はそんな場所にいた覚えなどない。俺はずっと、檻の中で老人一人に囲われていたんだから。

「私の他の同期は知らないだろうね。彼は財団の中でも極秘に扱われていた存在だった。私はお祖父様が法人に属する研究者だったから特別に彼のことを知ることができたんだよ。生まれた頃からずっと施設で育った彼は自分の世話役を探していた。私は幼いながらも『雫』に近づきたかった。それをっ……!」

 突如、自身の手の平に爪を食い込ませ、拳を強く握る馬野は怒りの形相になった。

「あの男はっ! 中瀬は奪った! 少しばかり優れているからといって何故、あの男が『雫』の世話役に選ばれる!? 稀少種についてもただ血液型が稀というだけでヒトと異なる根拠がないと否定していたあの男がっ! たった七歳のガキだった癖に!!」

「…………え?」

 待って。世話役? 羽柴さんが? 七歳の頃に?

 「雫」の?

 それに似た話を、俺は最近聞いた気がする。劣等種の世話役だとは聞いていない。彼はギャンブルで負けた戦利品の筈だ。でも……この話は既視感がある。

 パズルのピースが嵌まるように、パチリパチリと音がした。

「私は中瀬に成り代わろうとした。努力したさ! あの男の真似をいくらでもした! なのに数年経っても一向にそれは変わらなかった! それがっ! 突如、『雫』は消えた。中瀬もだ! 二人して消えた! 忽然とだ! 私は絶望した。私の『雫』が消えてしまったと。私は『雫』を探した。一から稀少種を探すのは困難に近かったからな。だから中瀬共に探し続けた。それが今じゃ……ははっ! 何ということだろう! 有名人? 私は目を疑ったよ。ああ、覚えている。覚えているさ! あの青い瞳は間違いないっ……!」

 パチリ、と。ピースが埋め込まれる。

「私の求めていた『雫』は葛城シキと名前を変え、今じゃ国中にその名を轟かせる存在となっていた。やはり彼は特別な存在だったんだよ!」

「シキが……劣等、種……?」

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