【完結】檻の中の劣等種

天白

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「ああ、そうだ」

 ここでシキが思い出したように俺の顔を見る。

「羽柴だけど、このままの羽柴がいい? それとも、お前の慕う武虎になってもらおうか?」

「え……」

 そう言われて、俺は運転席側へと顔を向ける。すると、気づいた羽柴さんがミラー越しでニコリと微笑んだ。

「羽柴さんは、どっちがやりやすいですか?」

「どちらも本当の私ですから、苦ではありません。ただここに静かな人間がいる方がいいか、騒がしい人間がいる方がいいか。それだけのことですよ」

 だから俺が決めていい、と。羽柴さんは俺に選択を委ねた。

 俺は三秒程考えた後、羽柴さんにお願いした。

「じゃあ……武虎、出てくれる?」

「おっけー♪」

 武虎はすぐに応えてくれた。そっか。羽柴さんだとこの服装は若々しすぎると思っていたけれど、このコーディネートは武虎としてのスタイルなんだ。ワックスでふわふわとした髪型も、羽柴さんよりは武虎としての方が良く合っている。

 武虎はミラー越しでシキに向かうと、ニヤリと口端を持ち上げた。

「無礼講ってことでいいんだよな? シキ」

 シキは当然と云わんばかりに頷いた。

「酒盛りじゃないが、今日だけは許そう」

「よっしゃ! 折角のピクニックなんだから、道中楽しくやろーぜ! 音楽流していい?」

「音楽?」

「こーゆーの♪」

 武虎はハンドルから片手を離すと、ジャケットの胸ポケットからスマホを取り出し、画面を見もせずに手元だけを素早く操作して大音量の音楽を流し始めた。

「わっ!?」

 ギャンギャンと鳴り出すギターに激しく叩かれるドラム、そしてそれらに負けんとする咆哮のような歌声が車内に流れ出した。いや、もしかしたら車外にも漏れているかもしれない。それほど激しい音楽だ。この曲のジャンルは何なんだろう? 俺は大きな声を出した。

「これ、なに!?」

「ヘビメタ! 武虎ちゃんザ・ベスト♪」

 へびめたって何だろう? でもなんだか、血が騒ぐ感じがする。身体の奥が熱くなるって言えばいいのか。うわーって吠えているせいで何を歌っているのか、歌詞が全くわからないけれど……とても興奮する。

 自然と上下に動き始める俺の頭。しかし隣のシキが眉を顰めながら左耳を手で抑えていた。

「騒がしいだけで何を歌っているのか全くわからないな」

「でも、すごく格好良い」

「滴、わかってる~♪ シキは頭固すぎ! 歌はソウルだ!」

「その頭が割れそうだ」

「でも、格好良い!」

 ジャンジャン流れる音楽。サビに入ると武虎も歌い出し、俺はリズムに合わせて首をコテンコテンと動かした。シキはずっと眉を顰めていたけれど、俺の様子を見てその口元を綻ばせていた。

 あっという間に車は動物園の敷地内にある駐車場へ停車した。武虎が車から降りて後部座席側へと回り込み、ドアを開けてくれる。シキが先に降りて、続いて俺がシキの手を取りながら車から降りた。

 サアッと頬に当たる風が少し冷たいけれど心地よかった。

 俺はシキの手を握ると、武虎を先頭に駐車場から施設の中へと入っていった。

 入り口近くにカウンターらしき場所があり、武虎が何かを購入する。シキからそれが入場チケットであることを教えてもらい、武虎は長細い紙切れを三枚手にして戻ってくると、俺に一枚差し出した。

「入り口前にもぎりのおねーさんがいるから、このチケットを出すんだぞ。そしたら半券をくれるから」

 俺は言われた通り、チケットをスタッフの女性に渡すと、彼女はそれを半分に切って絵柄がついている方を返してくれた。ポップな字体で「ようこそ」と書いてあるコアラやキリンのイラストがとても可愛かった。

 入場すると、そこから先は異次元のようだった。ジャングルのような草木がそこら一帯を覆っており、奥からキーキーと何かの鳴き声が聞こえてくる。未知の世界に少しだけ不安が過り、俺はシキの手を強く握った。

 それを感じ取ったシキが、入ってすぐにある案内掲示板まで俺を連れていき、「何から見たい?」と尋ねた。

 簡易的な地図となっているそれを見ると、中は大まかにゾーンが分かれていた。小動物、大型草食動物、肉食動物、猿に鳥など、観るものはたくさんあるらしい。

 俺は再びチケットの半券を見つめてから、「コアラ」と呟いた。シキは掲示板を見て地図を把握すると、俺の手を引いて進み出した。

 迷わず進むものだから、シキにここへ来たことがあるのかと尋ねた。するとシキは……

「初めてだよ。楽しみだね」

 仕事柄、一度見たものを覚えることは得意らしい。簡易的でも一瞬で地図を把握してしまうシキを、改めて尊敬した。

 ちなみに武虎にも聞いてみると、「俺もここは初めて~。動物園はチビの時以来かな!」と言った。

 何でも知っているような二人なのに、俺と同じで初めてなんて。同じ体験を今日一緒に過ごせることが嬉しくて、心をワクワクさせた。

 館内は思ったほど、人が入っていなかった。冬だからということもあるのかもしれない。いたとしても、小さな子供を連れたお母さんか、老夫婦、一人でカメラを持った人などで、全体的にまったりとしていた。シキの正体がバレるのでは? という心配はどうやら無用らしい。

 コアラがいるゾーンへ向かうまで、キリンや猿を観た。キリンは思った以上に大きくて首が長く、本当に人間は食べないのだろうかとつい疑ってしまった。

 猿は種類が豊富すぎて、何が何なのか全部覚えられなかった。定番の日本猿は寒いからか、身体を寄せあっている姿が微笑ましかった。ゴリラは厳つくて少しだけ怖かった。

 コアラがいるゾーンに到着すると、ちょうどお昼寝タイムなのか鏡張りの向こうにいる全員が寝ていた。起きているコアラはいないのかな? そう思いながらキョロキョロと探していると、武虎が豆知識を披露した。

「知ってるか? コアラって一日十六時間以上、寝るらしいぜ」

「そんなに? 身体は大丈夫なの?」

「それがさ~、食うもんがユーカリって植物だろ。あれ、毒があるんだよ。それを食うもんだから解毒する必要があるらしくってさ、その為にたくさん寝てんだと!」

「だから全員寝てるんだ……」

 だったらユーカリを食べなきゃいいのに。毒性のあるそれを食べるようになったルーツを知らない俺は呑気に思った。

 でも、寝ている親コアラの上で一緒に寝ているチビコアラは、やっぱり可愛い。

「あそこにいるのは、みんな家族なのかな?」

 隣のシキが同じくコアラを眺めながら答えた。

「どうだろうね。ずっとこの中で管理されているなら、血の繋がりは濃いだろうけれど」

「生まれた時から、ずっとこの中?」

「ここにいる子達は見せ物だからね」

 見せ物という単語に、俺は少しだけ胸を痛めた。

 生まれた時からずっと囲われて育ったことに、俺と重ねるものがあったからかもしれない。

 でも、ここのコアラ達は気持ち良さそうに寝ているように見える。たとえそれが、ユーカリの毒性を解毒する為に休んでいるのだとしても。

 囲われていても、一人じゃないことが羨ましかった。

「家族と一緒なら、いいね」

「そうだね」
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